第93話 サービス回の【ゴーレム使い】~おっぱいって、お湯に浮くったい!?~
磨き上げられた、白い大理石づくりの床と柱。
豪華なシャンデリア型魔道灯が、いくつも吊り下げられた天井。
シックで高貴な雰囲気を醸し出す、臙脂色の絨毯。
「ここはお城か……?」
ホテルのエントランスが放つ圧倒的な高級感に、安川賢紀は圧倒されていた。
外面は平然としているが、彼は基本的に小市民である。
こんな高級ホテルに宿泊するなど、気後れしてしまう。
温泉があると聞いていた賢紀は、寂れた旅館のような宿泊施設を勝手にイメージしていたのだ。
しかし実際に訪れてみると、セレブ御用達という表現がしっくりくる王宮紛いのホテルだった。
戦闘でボロボロになっていたルータス王国首都エランの王宮より、よっぽど王宮っぽい。
ここまで立派な宿だと、宿泊費が気になるのが賢紀という男。
エリーゼ女王陛下をお連れしてはいるものの、彼女の財布はアテにできない。
ルータス王国の首都エランの復興や戦費にお金がかかり、現在彼女の称号は借金女王だ。
賢紀がマシンゴーレムや各種特許を売って得た資金も、かなり少なくなってきている。
「エリーゼ。こっちの方は、大丈夫なのか?」
賢紀は手の平を上に向け、人差し指と親指で丸を作る。
「お金」を意味する、ハンドサインだ。
しかしそれを見て、サッと顔を赤らめたエリーゼ・エクシーズとイースズ・フォウワード。
そして、殺気を放つアディ・アーレイト。
「ちょっとケンキ! こんなところで何を!」
「ケンキ様、射殺されたいのですか?」
「いやん。ケンキさん、それはでけんばい。心の準備が……」
賢紀はそのジェスチャーが、この世界では違う意味を持つことに気付いた。
「そうか。この世界では、意味が違うのか……。これは俺のいた国では、『お金』を意味するハンドサインだったんだがな」
「『お金』のサインは、こうですわ!」
アディは人差し指、中指、親指の3本で、何かを摘むような仕草を見せた。
「まったく、もう。びっくりしちゃったじゃない。……宿泊費の心配なら、無用よ。ここの宿泊費だけじゃなく今回の旅費全額、ヴィアお爺ちゃんにおねだりしたら出してくれたの」
小悪魔孫娘と孫バカ大統領、恐るべし。
賢紀は心の中で、密かに戦慄した。
「そうか、それならいい。……ところで俺がさっきしたサインは、この世界ではどういう意味だ?」
「教えない! ……今後、公衆の面前では絶対にしちゃダメよ!」
エリーゼ達の態度を見て、どうやらかなり卑猥なサインだったのだろうと推測する賢紀。
彼は今頃になって、恥ずかしくなった。
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部屋は全員が、個室を与えられていた。
しかもそれぞれに与えられた部屋は、全てスイートルーム。
ヴィアルゼ・スヴェール大統領の孫に対する甘やかしっぷりは、とどまるところを知らない。
「……なのに何故みんな、俺の部屋に集まる?」
広いため、こうして4人集まっても全然窮屈ではない。
だが皆それぞれ、自室で寛げばいいのにと賢紀は思う。
「あんなに広い部屋に、1人で居てもね~」
「わたくしは、姫様のお世話がありますので」
「広すぎて、落ち着かんばい」
これではスヴェール大統領が出してくれた宿泊費の大半が、無駄になってしまう。
大統領のお給料がイーグニース共和国民の税金から出ていることを思うと、胸が痛む賢紀だった。
「あ、ケンキ。晩御飯は全員分、この部屋に運ばせるよう言ってあるから」
自由神の使徒に、プライベートな時間はないのである。
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エリーゼが言った通り、賢紀の部屋には夕食が運び込まれてきた。
かなりの量だ。
4人分ということもあるが、1人あたりの量も多い。
「きたきた~! サスィミィのモリュアワッセ! 魔国ディトナを訪れたら、いちどは食べとかないとね」
「確かに綺麗ばってん……。これ、生魚ど? 噂には聞いとったけど、抵抗あるばい」
大きな平皿に盛り付けられた、色とりどりの切り身。
中には、微量の魔力を感じるものもある。
魚系魔物の切り身も、混ざっているのだ。
竹っぽい植物で作られた器の中には、半透明の小さな球体がびっしり入っている。
宝石のように美しいこれは、おそらく魚卵だ。
地球のイクラと似ているが、異世界のものは色がかなりピンク寄りである。
「どう見ても、刺身の盛り合わせなんだが……」
夕食を見て、地球を思い出す賢紀。
懐かしい気分に浸っていたが、ふと気付いてしまった。
「そういえば俺、刺身の盛り合わせなんて食った記憶がない」と。
ノスタルジックな気分は、きれいさっぱり消え去ってしまう。
代わりに余計なツッコミが、脳裏に浮かんでくる。
そもそも洋風なホテルのスイートルームと、刺身の盛り合わせはミスマッチなのではないのかと。
「はいはーい。みんな、私にちゅうも~く。今からこの、『チョップスティック』の使い方を教えるわよ。昔、ティーゼお義母様に教えてもらって……。何でケンキは、そんなに馴れた手つきで扱えるのよ?」
「だって、普通に箸だしな。……っていうか、何で箸だけ英語なんだ?」
エリーゼ先生によるお箸の使い方講座を聞き流し、ひょいひょいと刺身を摘んでは黒色の液体につける賢紀。
ちなみにこの液体の名前は、醤油ではない。
「ショウ・ユー」というらしい。
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刺身を満喫し終えてから、約30分後。
大浴場の温泉を堪能するべく、お風呂の支度を整えたエリーゼ達は集合していた。
またしても、賢紀の部屋に。
「俺の部屋に集合する必要、無くないか?」
「いーえ、あるわ。ケンキが覗かないように、前もって釘を刺しておかないと。……もし覗いたら、風呂桶投げつけるからね」
「隣のメイドさんは、それ以上のことをする気みたいだが?」
エリーゼの隣では、アディが無言で拳銃の弾倉を装填していた。
爆炎魔法を炸薬代わりに用いたケースレス弾は、お風呂の中でも問題なく発砲できるはずだ。
「エリーゼちゃん。そんな心配せんでも、クールな賢紀さんはそぎゃんこつせんよ」
「いーえ! イースズは分かっていないわ! ケンキはむっつりスケベ! これが真実よ!」
「2人とも、ご心配なさらずに。覗いた瞬間に、わたくしが両目を射抜きます」
「アディ。人前で、あんまり発砲するなよ」
一応警告すると、賢紀も男性浴場へと向かうべくお風呂の支度を整え始めた。
特に忘れてはならないのは、入浴中に手首に嵌める耐瘴バンド。
これが無ければ、入浴中に瘴気中毒でお湯にプカリと浮く羽目になる。
「いい? ケンキ? ホントに覗いちゃ、ダメだからね? こーんなナイスバディを拝むことができなくて、残念ね。プークスクス」
「いや、別に……」
淡白な【ゴーレム使い】の反応に、何故かムッとするエリーゼ。
彼女はズカズカと大股で、大浴場へと歩いて行った。
賢紀はエリーゼ達を見送り、自分も入浴の準備を整える。
「よし、準備OKと……」
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ホテルの大浴場は、露天風呂となっていた。
日本生まれである賢紀にとってはそう珍しいものではないが、エリーゼ達にとっては初体験である。
女湯に入った彼女らは、美しい星空と荘厳な岩風呂に「ほわぁ~」と声を漏らす。
浴場の注意書き通りに、かけ湯で体を流す3人娘。
みずみずしい肌をお湯が伝い、なんとも艶かしい。
旅の汗を洗い流した彼女達は、さっそく湯に浸かった。
「はぁ~。癒されるわぁ~」
「これは気持ち良過ぎて、蕩けてしまいそうですわね」
「極楽ばい♪」
しばらくは「あ゛~」だの「う゛~」だの呻きながら、お湯の中で脱力しスライムと化していた3人娘。
イースズはちらりと、隣にいたエリーゼの胸元を見た。
「す……凄か……。おっぱいって、お湯に浮くったい!?」
「ちょ……ちょっとイースズ! どこ見てるのよ!」
「そうですわよ、イースズ。姫様のおっぷぁいは、わたくしのものです。わたくしの許可を取ってから、ガン見してください」
「アディ! 貴女も何を言ってるのよ!?」
アディに注意を向けたのが、悪かった。
エリーゼの視界から外れたイースズは、密かにお湯へと身を沈めた。(マナー違反)
そのまま潜水でエリーゼの背後へと回り込み、浮上と同時にたわわな果実を鷲掴みにする。
「キャッ! ちょっとイースズ! やめなさい!」
「よかじゃなかね。よかじゃなかね。減るもんじゃなかし」
「く……くすぐったい! アディも見ていないで、イースズを止めて……」
アディは見ていなかった。
胸を揉みしだかれる主に興奮し過ぎた彼女は、鼻血による出血多量で風呂場の床に倒れていたのである。
とても幸せそうな笑顔で。
完全に、護衛失格である。
「アディ! 後で、お仕置きだからね! ……あっ! ちょっとイースズ! これ以上は、ダメだってば!」
イースズの手は止まらない。
ドMな者がSに回るとやり過ぎる傾向があるといわれているが、まさにその状態なのだろう。
自らが責められる光景をイメージして、エリーゼに重ね合わせるイースズ。
恍惚とした表情で、3つの瞳を妖しく輝かせる。
「いい加減に、しなさーい!」
イースズは失念していた。
接近戦では、エリーゼに敵わないことを。
胸に伸びていたイースズの両手を、怪力でガッシリ拘束するエリーゼ。
そのまま変態エルフの腕を、後ろ手に捻じあげてしまう。
「で……でけんばい、エリーゼちゃん! 拘束して、むりやりだなんて……。いや~ん!」
「『いや~ん』じゃないわよ! よくもやってくれたわね? うりうり! URYEYYYY!」
今度はエリーゼが、イースズの胸を揉みまくる。
エリーゼほどではないが、彼女もかなりのボリュームである。
「へ……変な声が、出そうばい……」
「我慢しなくてもいいのよ? イースズ」
「変な声出したら真夜中の世界に追放されるって、死んだ母さんが言っとったばい!」
ちょっと涙目になりながら意味不明なことを口走るイースズを見て、エリーゼは手を止めた。
「どう? ケンキ? 想像して、興奮しちゃった?」
男湯に居るはずの賢紀に向かって、エリーゼは問いかける。
しかし、返ってくるのはカポーンという風呂桶の音だけだ。
「……1人分の気配は感じるばってん、ケンキさん本当に壁の向こうにおると? 別のお客さんじゃなかとね?」
途端にイースズは恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
先程の痴態を、賢紀以外に聞かれるのは嫌なのだ。
恥ずかしいが、賢紀にならば構わない。
「今は観光シーズンじゃないから、私達以外に宿泊客はいないわ。フロントの人が、そう言ってたもの。つまり壁の向こうにある気配は、ケンキのもの」
「でも、返事がなかよ?」
「きっと今頃壁の向こうで、『膨張してしまった……。恥ずかしい……』とかやってるのよ。あいつ、むっつりスケベだから」
「えー。ケンキさんは、クールに見えるばってんねー」
「もっと興奮させてやりましょう。そんで我慢できずに壁の向こうから覗き込んできたところを、風呂桶で撃墜してやるんだから」
エリーゼの意地だった。
淡白な仮面の裏に隠した欲望を、自分達の魅力で狂わせ暴く。
そして覗いた罪を責め立て、【ゴーレム使い】にアレコレ要求してやるのだ。
「もっと私を、甘やかしなさい」とか。
「……というわけでイースズ、もっとイイ声で鳴きなさい」
「ええっ!? そこはエリーゼちゃんが、自分でエッチな声出すところばい」
2人は湯けむり漂う浴場の中で、対峙した。
手には石鹸と、植物から作られたボディスポンジが握られている。
両手はすでに、泡々。
これで相手の体を卑猥に洗い、嬌声を上げさせてやるのだ。
「……エリーゼちゃん。ここはアディちゃんに、犠牲になってもらったらどぎゃんね?」
「……悪くないアイディアね。それをお仕置きにしましょうか?」
鼻血を垂らして伸びていたアディは、危機を感じてガバッ! と身を起こす。
「い……嫌ですわ! 姫様にお仕置きされるのは興奮しますけど、あのムッツリ【ゴーレム使い】にサービスしてやるつもりは毛頭ありません!」
アディは尻尾をプルプルと震わせながら、壁際へと後退りした。
そんな彼女を、友人と主は追い詰めてゆく。
泡まみれの両手を、ワキワキさせながら。
「くっ! かくなる上は! どうせ恥ずかしい思いをさせられるなら、あちらの恥ずかしい姿も拝ませていただきますわ! 粗末なモノを、わたくしに見せてご覧なさい!」
アディ(全裸)は、高く跳躍した。
さすが獣人族という素晴らしい身のこなしで、男湯と女湯を仕切る壁の登頂部に腕をかける。
そのまま彼女は身を乗り出し、男湯を覗き込んだ。
「……覗きは困りますね」
アディと目が合ったのは、無愛想【ゴーレム使い】ではない。
男湯の清掃に入っていた、やたら恰幅のいい魔族の女性職員だった。
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男湯を清掃していた魔族女性は、ホテルの支配人だった。
彼女は他のお客様に迷惑をかける行為に厳しく、警察に突き出すと言ってきたのだ。
男湯を覗いたアディは元より、おふざけが過ぎたエリーゼ、イースズに対しても激おこである。
警察行きだけは、勘弁してもらったエリーゼ達。
だが脱衣所の床に正座させられ、みっちりお説教を受けた。
「ケンキ! どういうつもりなの!」
賢紀に割り当てられた部屋のドアが開け放たれ、エリーゼが踏み込んできた。
艶やかな浴衣姿だが、足がプルプルしている。
エリーゼの後方からは、同じく浴衣姿のイースズも入室してきた。
アディだけは、風呂上がりでもやっぱりメイド服だ。
譲れぬポリシーを感じる。
彼女達も、足が痺れていた。
「ん? エリーゼ、何を怒っているんだ? みんな今戻ったのか? だいぶ長風呂だったな」
「『何を怒っているんだ?』じゃなーい! あなた結局、大浴場に来なかったでしょう!?」
「何で男湯に居なかったことが、お前にわかるんだ?」
「覗いて見たのよ! ……アディが」
「エリーゼ……。覗きは犯罪だぞ? 主である、お前が止めないとダメだろ?」
「わ……わかっているわよ! おかげで、すっごく怒られたんだから! それもこれも、全部ケンキのせいなんだからね!」
賢紀には、さっぱり状況が分からない。
「何で大浴場に、来なかったのよ?」
「風呂の準備を終えたところで、ウトウトしてしまってな。ちょっと寝てた」
「寝てたですって~!?」
「ああ。おかげで頭が、スッキリしたぞ。俺も温泉に、入ってくるとするか」
「……もう! おっぱい揉まれ損じゃない! ケンキのバカ! 知らない! あなたのせいで怒られたって、フリード様に密告ってやる!」
エリーゼはプリプリと怒りながら、自室に帰ってしまった。
「本当に、何を怒ってるんだ? エリーゼの奴は?」
「乙女心のわからない人ですわね。フリード神から、神罰を受けるといいのですわ」
冷たく言い放ち、アディも自室に引き上げてしまう。
「正座でお説教されるなら、ケンキさんからが良か。それなら萌えるばい」
と、意味不明なことを言いながらイースズも退散した。
「……何かよく分からんが、風呂入って寝よう」
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【ゴーレム使い】は1人で、温泉を堪能した。
豪奢な岩風呂を占拠するという贅沢は、たまらないものがある。
「この世の天国だな。……最高だ」
少しぬるっとした泉質の湯が、賢紀を包み込む。
戦いや旅に疲れた彼の体は、芯から温まり癒されていった。
「今夜は寝心地抜群の巨大ベッドで寝れる。……いい夢が見られそうだ」
充分に温まった賢紀は、湯から上がる。
肉弾戦に弱い【ゴーレム使い】だが、体は見事に引き締まっていた。
湯が伝う筋肉は、芸術的ですらある。
エリーゼの方こそ、セクシーな賢紀の肉体を目の当たりにしたらドキドキしてしまうに違いない。
なお、賢紀の股間をアディが見ていたら、「粗末なモノ」発言は撤回せざるを得なかっただろう。
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幸せな気分で眠りについた、【ゴーレム使い】。
しかし彼が翌朝目が覚めると、ある部位から毛が生えていた。
いつもは生えていない場所から、突然の発毛。
これがエリーゼの理不尽な密告により下された、上司からの神罰だということはいうまでもなかった。




