第91話 サーペントロードの狼~狂人ですか?~
ライフウォールを抜けた後は、青々とした草原の丘陵地帯が続く。
首都である魔法都市イムサまでは、これがずっと広がっているのだ。
国境付近であるこの辺りの風は、まだそんなに瘴気を含んではいない。
穏やかな風に吹かれ、波打つ草原はさながら緑の海原だ。
丘も多いので、やや荒れた海原ともいえるが。
そんな草原の上に、異質な灰色の人工物が伸びている。
丘を避け曲がりくねりながら続くそれは、舗装された道路だ。
「この道路は……アスファルト舗装? いや。粗骨材から、微量な魔力を感じる。これはいったい……?」
ゴーレム・ワゴンを降りて、道路の舗装をしげしげと見つめる安川賢紀。
そんな様子を見たエリーゼ・エクシーズは、自分もワゴンを降りて【ゴーレム使い】に解説してやる。
「ふっふっふっ、凄いでしょう? これが魔国ディトナの舗装技術を駆使した街道、『蛇神の道』よ。他国と行き来するゴーレム馬車が、高速・快適に走行できるように作られているの。もちろんゴーレム馬車の発展系である車両型ゴーレムなら、もっと快適なドライブができるでしょうね」
自分が作ったわけでも、ましてや自国の技術でもない。
なのに、ドヤ顔で語るエリーゼ。
あどけない顔立ちである彼女のドヤ顔は、見ていて気持ちいいと賢紀は思う。
自分が仕えるちょいワルおっさん神のドヤ顔なんかより、よっぽどだ。
「粗骨材には、『輝瘴石』というものが使われているの。空気中の微量な瘴気と反応して、夜間に発光するのよ。真っ暗な平原の中に、幻想的に輝く紫色の道が浮かび上がるの。それはもう、綺麗なんだから」
魔国に足を踏み入れるのは初めてなはずなのに、まるで見てきたかのように語るエリーゼ。
彼女のポケットには、筒状に丸められたパンプレットが刺さっていた。
先程入国ゲートで、受け取ったものだ。
「わっ! 何ね? それ? 夜に光るってね? ロマンチック~。ケンキさん、見たか見たか~」
ゴーレム・ワゴンの窓から身を乗り出したイースズ・フォウワードが、両手を組んでうっとりと道路の先を見つめる。
期待に3つの瞳を輝かせる彼女に、賢紀は淡々と告げた。
「どうせ、イムサに着くのは夜だ。飽きるほど見れるさ」
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賢紀はゴーレム・ワゴンの運転を、エリーゼに交代した。
自分は助手席で、リラックスすることに決める。
いつもなら安全が確保されている状況になれば、【ファクトリー】を全力稼動させ新型マシンゴーレムの開発に没頭する賢紀。
だが今は開発に行き詰っているし、修復が必要な機体もない。
せっかくなので、美しい風景を堪能することに決めた。
基本的には金属製の機械に囲まれた、メカニカルな空間をこよなく愛する【ゴーレム使い】。
しかし窓の外に広がる丘陵地帯と青空を見て、心が安らぐくらいの感性は持ち合わせている。
丘陵地帯を通る日本の舗装道路によく似た道を見ていて、賢紀はふと思い付く。
隣でゴーレム・ワゴンのハンドルを握る、エリーゼに話しかけた。
「なあ、エリーゼ。お前確か、16歳だよな?」
「もう、17歳になったわよ。……しまった! ケンキから、誕生プレゼントもらい損ねた!」
「こないだの『星天使の涙』のペンダントが、誕生プレゼントってことにしといてくれ。……俺が住んでた国では、自動車――車両型ゴーレムの運転は、18歳から。しかも、免許を取る必要があった。エンス大陸の各国や、この魔国ディトナにそういう法律はないのか?」
「うーん。車両型ゴーレムは新しい乗り物だから、まだ運行に関する法整備が進んでいないわね。各国の馬車に関する法律では、御者に年齢制限や免許はないわ。だけどあんまりスピード出したり無謀な走行をすると、衛兵とかに捕まって厳重注意されるわ。悪質だと、罰金ね」
「そんならあれは、罰金ものじゃなかとね?」
窓から身を乗り出したイースズ・フォウワードは、後方を指差している。
それに倣って賢紀も窓から身を乗り出し、後方を見やった。
ちょうど今、ゴーレム・ワゴンは上り勾配区間に入っている。
今まで走ってきたワインディングロードを、眼下に一望できた。
賢紀の視界に入ったのは、鮮やかな水色の物体だ。
道路という名の蛇の背を、猛スピードで駆け上がって来る。
「何ですの? あれは? 車両型ゴーレム?」
アディ・アーレイトが疑問の声を発したが、賢紀も確信を持てない。
あまりにも、スピードが速すぎる。
見た目が特徴的すぎるのも、確信が持てない理由のひとつだ。
今までに賢紀が見てきた車両型ゴーレムとは、かけ離れた外観をしている。
地を這うような、低い全高。
乗車可能人数を絞り、小さくまとめられた客室。
高速旋回時の安定性を考慮してか、全高に対して車幅は異様に広い。
そして最低限確保された地面と車体底面の隙間からは、不必要なくらい太いタイヤが覗いている。
「あれは……? スーパーカー?」
その車両型ゴーレムは、例えるならば地球のスーパーカーによく似ていた。
地球では普通の会社員だった賢紀は、そのように高価な代物とは縁がない。
車両型ゴーレムとして作ってみようなどと、考えたこともなかった。
みるみると賢紀達のゴーレム・ワゴンに追いついてきた、スーパーカー・ゴーレム。
車体からありえない音を聞きつけ、アディの犬耳がピクピクと揺れる。
彼女は賢紀と同じく、窓から身を乗り出していた。
「ケンキ様。わたくしあのゴーレムから、ものすごく聞き慣れた音が聴こえるのですが……」
アディは自らの聴力に自信がありながらも、半信半疑といった反応だ。
アディが半信半疑なのも、無理はない。
「あの吸気音。間違いなく、〈トライエレメントリアクター〉を積んでいるな」
マシンゴーレムの動力源である〈トライエレメントリアクター〉を、車両型ゴーレムに積む。
それは地球でいうならば、自動車に核融合炉を積むような暴挙だ。
この世界の車両型ゴーレムは、通常では運転者の魔力とコンデンサに蓄えられた魔力を使って走行する構造になっている。
もはやあの魔改造された車両型ゴーレムは、「車両型ゴーレムのような何か」と表現されるべきだろう。
「小型・低出力化はしていると思うが……非常識な。開発者は、よっぽどクレイジーな奴に違いない」
自分のことは棚に上げ、スーパーカー・ゴーレムの開発者を狂人扱いする賢紀。
人間程度のサイズしかない〈トニー〉にリアクターを搭載したのも、なかなかの暴挙なのだが。
スーパーカー・ゴーレムは、さらにスピードを上げる。
大きな吸気音。
ロードノイズ。
静粛性無視な高出力魔道モーターのうなり。
そしてゴオッ! と風を切る轟音を響かせながら、賢紀達のゴーレム・ワゴンを抜き去っていく。
すれ違う瞬間、賢紀は運転手の姿を目撃した。
筋骨隆々で、ずんぐりとした体型。
整髪料でツンツンに逆立てられた、鮮やかな水色の髪。
太陽の光を、キラリと反射するサングラス。
ドワーフ族としては珍しく、髭は綺麗に剃られている。
「レイン七兄弟の三男、コージー・レインだな」
賢紀が魔国で、会いたかった人物だ。
兄リッチー・レインから聞いた(目で語られた)話では、コージーは賢紀が空戦型マシンゴーレム開発で行き詰っている分野の技術に造詣が深い。
賢紀に見えたということは、彼より動体視力に優れる3人娘達に見えていないはずがなかった。
「これでレイン七兄弟、コンプリートですわね」
「ここで会えたのは、ラッキーじゃない! ……でも、追いつけるかしら?」
「あっ。ばってんドワーフ族って……」
技術チートを地で行く集団、ドワーフ族。
そんな種族としてのハイスペックさに性能調整をかけるべく、残念な特徴があることを賢紀達は思い出した。
彼らはゴーレムの操縦・運転が、ヘタクソだったはず。
それを裏付けるように、前方のカーブを猛スピードで旋回中コージーはやらかす。
【ゴーレム使い】である賢紀には、わかってしまった。
雑なアクセル操作で急激な回転力をかけられた後輪が、路面を掴み損ね空転するのが。
コントロールを失い、大きく車体をスライドさせるスーパー・カーゴーレム。
逆ハンドルを切って、車体を押さえ込もうとするコージー。
だがドリフト状態になったことに焦った彼は、アクセルを全閉にするというミスを犯す。
アクセルオンで沈み込んでいた後輪は急激なオフで浮き気味になり、さらに接地力があやしくなる。
その結果、もたらされたのは逆方向へのスライド。
完全にコントロールを失ったスーパーカー・ゴーレムは、スピンしながらカーブの外側へと飛んでいく。
「あ」
「あ~」
「ああっ!」
「…………」
道路の外、丘陵地帯へと飛び出したスーパーカー・ゴーレム。
「お前は体操選手か!」と突っ込みを入れたくなるほど、横転、側転、ムーンサルトを連続して決めてしまう。
カーブから200m以上離れて、ようやく車体は暴走を止めた。
あまりに非現実的な光景に、ゴーレム・ワゴンを路上に停車させたまま呆然とする4人。
幾多の実戦を経験し、非常時の行動力も充分持ち合わせているはずの賢紀達パーティ。
だがあまりにも非常識な車両型ゴーレムと暴走行為、盛大な自爆を見せ付けられてポカーンとしてしまっていた。
「ぼ……ボーっとしてる場合じゃないわ! 助けるわよ!」
1番最初に我に返ったエリーゼの号令で、一同はスーパーカー・ゴーレムの残骸へと向け駆け出した。




