X-4-3"about Ⅹ(テン)years ago:13歳の絶縁日"
十三歳になって、中学校生活にも慣れてきた夏のある日、わたしを異変が襲った。
「お、お母……さん……」
リビングで洗濯物を畳んでいたお母さんに、震える声で話しかけた。
「……どうした?」
「ち、ちが……」
「なんだ、はっきり言え」
「……血が出たの! トイレに、行ったら……血がぁ……!」
「……最近食欲が増したと思ったら……。なんだ。そんなことか」
「そ、そんなことって……!」
お母さんは立ち上がって、わたしの頭を撫でながら言った。
「今から買い物に行こう。話は、歩きながらしようか」
そのときのお母さんは、いつも以上に、優しい顔をしていた。
◆
その日の夜、慌てたようにお父さんが帰ってきた。
「邑、ちょっと行くぞ」
「え? え?」
そうして手を引っ張って連れてこられたのは、わたしの部屋。
扉を閉めたお父さんは、嬉しそうに言った。
「なに? お父さん……」
「いやー、遅くて心配していたんだけどなぁ。よかった。お前にもようやく『その日』が来たんだな。父さんは凄く嬉しい」
「なんの、話……?」
「ん? 来たんだろ? 『女の子の日』が」
「な、なんで知ってるの……? まだ、お母さんにしか言ってないのに……」
「……家の中に、いくつも防犯カメラと盗聴器をつけていたんだよ。大切な家族を悪い奴から守るために」
「防犯カメラ……? 盗聴器……?」
お父さんが……この人が何を言い出したのか、さっぱり分からなかった。
わたしが混乱していると、この人が急にわたしを抱き締めて、耳元で囁いた。
「安子も、みんなも、むこうで待ってる。すぐに、麻子も楓も連れてきてやる。家族みんなで、幸せに暮らそう。な?」
すると、この人はわたしを突き飛ばして、ベッドに押し倒した。
「俺は、お前達をこの上なく愛しているんだ」
ズボンのベルトを、カチャカチャと鳴らす。
「大切な家族、だからな」
ベルトごと、ズボンがずり落ちた。
「俺は、『愛』のために行動しているんだ。今までも、これからも」
わたしの方に倒れ、わたしのパジャマのボタンを慣れた手つきで外していく。
「大好きだぞ、邑。俺達家族には、もっと『繋がり』が必要なんだ。何者も引き裂くことができない、堅い『絆』が」
「愛……? 家族……? 繋がり……? 絆……?」
フラッシュバックする。小五の頃の記憶。
釜桐の家にいた、この人の記憶。
お母さんに言うのはやめようと誓っていた、あの恐ろしい記憶。
「た………………たすけて! たすけて、おかーさん!」
わたしは必死で抵抗したが、この人の剛力に阻まれて敵わない。
「最初は怖いかもしれない。けど、すぐに慣れる。なんてったって、『家族』が増えるんだからな」
「やだ…………やめて……やめてよ…………」
「あっ……。もしかして、将来のことを気にしているのか? 心配するな。安子だって、何年も前に家族を増やせたんだ。明日菜っていって、確か楓と同い年だ。可愛いんだぞー。……だから、安心しろ。お前にも、すぐにデキる」
「やだっ! そんな話してないっ!」
「どうした、邑。あんなに叫んで。マンションなんだから、もう少し静かに……」
最後の衣服を脱がされそうになったその瞬間、お母さんが扉を開けてやってきた。
「あ……」
この人の、動きが止まった。お母さんの動きも止まった。
「……テメェ、『私』の大事な娘になにしてやがる」
その時のお母さんは、鬼のような顔をしていた。
お母さんは尋常じゃない速度で部屋の壁際に置いてあったコート掛けを両手で持って、この人の頭を殴り付けた。
「うぐっ。な、なにをするんだ……!」
呻き声と共に、血飛沫が辺り一面に飛んだ。わたしも、その一部を浴びた。もちろん、お母さんも。
「出てけ」
「な、なにを言って……」
「いいから、この家から出てけ!」
「出ていくもなにも、ここ俺が借りた家……」
「出てけっつったのが聞こえなかったのか!」
お母さんは、あの男をこの家から引きずり出していった。
扉の閉まる音が聞こえたあと、部屋に戻ってきたお母さんがわたしの顔を覗き込んできた。
「おい、大丈夫か、邑」
「うっ、うっ……」
「あんな奴とは、もう離婚だ。金輪際会わなくていい。……邑?」
わたしは痛む頭を抱えて……。そして……。
「……なに……愛って……? 好きって……なに……? 愛してるって……なに……? 好きだって言われて、こんなに苦しいの……? こんなに気持ち悪いの……?」
「邑……? おい! 邑!」
お母さんがわたしの肩を握って揺すってくるけど、それどころじゃない。
気持ち悪くて、目が回りそうで。
「『好き』なんて……もう、信じられない……。……じゃあ、わたしが大好きなお母さんも、信じられない……?」
「バカ! なに言ってるんだお前は!」
「愛されてこんなに嫌な気分になるのなら、わたしは、わたしは……もう、誰も愛せない……愛したくない………………」
「しっかりしろ!」
「お母さんも、楓も、みんな、みんな……嫌い、嫌い、キライ、キライ…………」
「おい!」
「家族……キライ。愛……キライ。大好き……キライ。お母さん……キライ。楓……キライ。みんな……キライ。みんな……大キライ…………………………」
「おい! 戻ってこい! 邑! 邑!」
わたしはその日から……人から受ける『愛』を信じられなくなった。
「なんで、こんなことになったんだよ……邑……」
「……キライ……」




