Under the deep
残酷な描写注意です。
木隠墨子です。
「ただいまー、楓ちゃん」
「墨子! 会いたかったわよー!」
買い物から帰ってきたわたしを出迎えたのは、熱い抱擁でした。
「えっ……お、お母さん!?」
「お父さんもいるぞー。二年ぶりだなぁ墨子」
「二人とも、帰ってきてたの!?」
「サプライズだ。どうだ、驚いただろう」
「向こうでの仕事が一段落ついたのよ。半年日本でゆっくりしたら、またイタリアに戻るわ」
「そ、そうなんだ……」
「……そうだ、墨子は、進路どうするんだ?」
「就職する、天寿に。もう、先生達と話を進めて、…………それでね、楓ちゃんには、専業主婦になってもらうの。……あ、楓ちゃんっていうのはね……」
「全部聞いたわ、本人に」
「……え?」
お父さんとお母さんは、それぞれわたしの手を取って。
「……墨子、お前が楓ちゃんと一緒になるって決めたのなら、楓ちゃんだって、俺達の立派な家族だ。お前達だけで、全部背負う必要は、どこにもないんだぞ?」
「お父さん……」
「なにかあったら、いつでも言いなさいよ? お母さん達が、国際線で飛んできてあげるから」
「お母さん……! ……そうだ、楓ちゃんは?」
「……それが、さっきなにか呟いて出ていっちゃったのよ……。『ごめんなさい。優秀な用務員焼き払って』って残して」
「なんか違うんじゃないか?」
「ところどころ聞き取れなかったのよね」
「……ふ、楓……ちゃん……」
「「墨子……?」」
わたしは持っていたレジ袋を床に落として、頭を抱えた。
『……やっちゃったね』
やっちゃった……?
『楓ちゃん、きっとお父さんとお母さんが帰ってきて、ここにわたしの居場所はないんだって思っちゃったんだよ』
で、でも、家に帰ったってことだよね……。
「……楓ちゃんから、少しくらい事情は聞いたことあるでしょ……?」
……うん。
『実家にも、学校にも、そしてココにも居場所がなくなったと思った楓ちゃんがなにをするつもりなのか……。すぐにわかるでしょ……』
そ、そんな……。
「そんなぁぁぁっ!」
「「墨子!?」」
「どうしたんだ!?」
「しっかりして!?」
『……手遅れ、かもしれない。わたしは……』
人殺し……?
『だから縛っておいた方がいいってあれほど忠告したのに……』
◆
『戦え、戦え……』
なにと……?
『戦え、戦え……』
……なにと戦うの?
『戦え、戦え……』
……どうして戦うの?
『戦え、戦え……』
……どうやって戦うの?
『戦え、戦え……』
わからないよ……。
『手遅れかもしれない……。もう、会えないかもしれない……。でも、戦うしかない……。わたしには、何よりも大切な人が、いるから……』
大切な……人……。
「楓ちゃんっ!」
わたしは、勢いよく「立ち上がった」。
「……木隠さん、座ってください」
「……え?」
見下ろすと、目の前には白衣を着た男の人が座っていた。わたしの右側には、ナース服の女の人が立っている。
「あの、わたし……」
「……ここまでどうやって来たか、覚えていますか?」
「……いえ」
わたしはそう答えて、丸椅子に座った。
「……待合室にいるご両親にも、あとで説明しますが……。……木隠さん、あなたはうつ病です。今日から、入院していただきます。何日か病院で過ごしてもらって、落ち着いたら、ご自宅に帰りましょう」
「嫌です」
「え?」
「だってわたし、うつ病じゃないですし。楓ちゃんのご飯も作らないと」
そうだ、こんなところにいないで、早く楓ちゃんを探しにいかないと。
ご飯を食べて。
お風呂に入って。
一緒に寝よう。
楓ちゃんが、この世からいなくなっちゃう前に。
「あぁ、楓ちゃん、楓ちゃん。早く会いたいよ楓ちゃん……」
「……『楓ちゃん』というのは?」
「わたしの大切な、大切な人です。それじゃあ、お世話になりました」
「まだ診察は終わっていませんよ。……そんなにストレスを与えるなら、恋人さんとは、別れた方が良いでしょうね」
「いえ……ストレスなんて全然感じてないですよ?」
楓ちゃんが、わたしのストレス……?
そんなこと、あるわけない。
「だって、楓ちゃんにご飯食べさせてあげないと」
「ご飯くらい、一人で食べられないのですか?」
「楓ちゃんは、一人でご飯を食べられません。わたしが見ていないと、お味噌汁とかこぼして火傷するんですよ」
「……病室の準備を」
「はい」
「え? わたしは入院しないって」
「入院しましょう。入院して、ゆっくり休養をとりましょう。大丈夫です。一緒に治していきましょう。……彼女を病室へ連れていってください」
「さぁ、いきましょう木隠さん」
ナース服の女の人がわたしの手首を握って、引っ張る。
「え? そんな……楓ちゃん、楓ちゃん、楓ちゃぁぁぁんっ!」
◆
目の前に、背を向けた楓ちゃんがいる。
『楓ちゃん!』
背を向けて、誰かと喋っている。
『楓ちゃん、誰と話しているの?』
聞こえない、聞こえない。
だから近づかないと。
『楓ちゃん……?』
『……お巡りさん、わたしです』
……え?
『わたしが、彼女を騙しました』
何を言っているの、楓ちゃん。わたし、騙されてないよ。
「お巡りさん」に差し出された楓ちゃんの両手首に、手錠がかけられる。
『今まで、ごめんなさい』
『待ってよ楓ちゃん! 楓ちゃんっ!』
世界が、グルグル回っていく。
グルグルが直ると、今度は裁判所にわたしが座っていた。
『裁判官! 被告人は、なんの罪もない、なんの関係もない被害者を自らの孤独感を埋めるためだけに、ただそれだけのために、人を騙すという罪を犯しました! これは重罪であると言わざるをえません! 是非、相応の審判を!』
『被告人、異論は』
『……ありません』
本来いるはずの席に、楓ちゃんの弁護士はいなかった。
『……判決を下す。被告人は……死刑』
『ま、待って! そんなの間違いに決まってる!』
再び世界が、グルグル回っていく。
わたしは、膝から崩れ落ちていた。
見上げると……。
『い、いやあぁぁぁぁっ!』
首からロープを伸ばし、アイマスクを着けられた、楓ちゃんの変わり果てた姿が、そこにあった。
『そんな、そんな……楓ちゃんが……楓ちゃんが一体何をしたっていうの!? ねぇ、答えてよ、楓ちゃん……』
『……楓ちゃんは、何も悪くないよね』
『そうだよ、そうだよ……。え?』
『……』
『わ、わたし……?』
もう一人のわたしが、そこにはいた。
『これは全て、わたし自身の落ち度だ』
『わたし、自身……?』
『楓ちゃんが逃げないように調教してこなかった結果が、これだよ』
『……そっか。全部、わたしのせい、だったんだね……』
『でも、まだ間に合う!』
『え?』
『楓ちゃんは不器用だから、そう簡単に死ねるとは思わない。だから、まだ時間はある。今すぐ、わたしが行動すれば! こんな風に!』
もう一人のわたしが指し示す先には、椅子に縛り付けられた楓ちゃんがいた。
『ほら、もっと近づいて見てみてよ』
わたしは歩み寄り、楓ちゃんを覗き込んでみる。
ピクリとも動かない楓ちゃん。
『キレイ……』
誰にも汚されていない、楓ちゃん。
純粋で、清純な、楓ちゃん。
瞳から光が無くなった楓ちゃん。
どれを取っても、魅力的で。
『これが、あるべき楓ちゃんの姿なんだよ』
『そう、だね……』
『じゃあ、頑張って』
◆
目が覚めると、わたしは深夜の病院のトイレにいた。
掃除用具が置いてある個室の扉を開けて、青いホースを拝借する。
「待っててね、楓ちゃん……」
さぁ、楓ちゃんを探しにいこう。




