第一八〇話 何を視る
□■???
シュウは、いつか必ずベヘモットと戦うことになると分かっていた。
ギデオンで<超級激突>が起きた日、最初に出会ったときから……より正確にはレヴィを見たときからその予感があった。
着ぐるみの頭によじ登っていたときのベヘモットでは気づかなかった。
動物でなく人間……<マスター>であることには気づいていたが、中身の幼さも分かっていたからだ。
着ぐるみ、マスコットに癒される程度には子供だった。
だが、彼女を迎えに来たレヴィは気配の隠し方が下手だった。
《紋章偽装》はしていたし、人の姿でもあったし、ステータスも抑えていた。
逆に、それ以外の気配が隠せていない。
シュウでなくとも……フィガロやゼクスとて一目見れば気づいただろう。
さらに言えば、これまでに二度……<超級>の中でも規格外に相当する“最強”と相対した経験がシュウにはあった。
だからこそ、彼女達が“物理最強”なのだとシュウも察しがついた。
王国の企画した<超級激突>の日に彼女達が何をするのかと警戒し、フィガロに伝えもした。
結果としては<超級激突>で動いたのはフランクリンだけであり、ベヘモットが動くことはなかった。
その日の彼女はただ、シュウが戦う様を……ヒーローの如き勇姿をジッと見ているだけだったからだ。
◇◆
事件の後、ベヘモットがギデオンに滞在したことで、シュウもギデオンに拠点を置いた。
シュウはいつ何をするか分からない“爆弾”に等しい彼女を警戒していたし、ベヘモットも彼を見ていた。
お互いに、いつか必ず戦うことになると分かっていた。
違う国、違う立場、そして目指すゴールの違い。
何より、当時のベヘモットは知らなかったが【邪神】を軸とした対立構造があった。
シュウは王国所属の<マスター>で唯一人、テレジアを【邪神】と知りながらその正体を隠し、【グローリア】のときなど事あるごとに護っていた人物。
対して、ベヘモットの親友たるクラウディアは【邪神】を殺すために、戦争をも引き起こした。
【邪神】の盾とでも言うべきシュウと、【邪神】を殺すクラウディアの矛であるベヘモットはぶつかる運命にあった。
それでも……ギデオンにいた頃の二人は奇妙な友人関係を築いていた。
シュウの作った菓子を食い、公園で共に犬と戯れ、愛闘祭ではデートもした。
敵になると分かっていながら、二人は傍目にも仲良く過ごしていた。
敵であることを忘れたことはなかったというのに。
ベヘモットがそうしていた理由は、端的に言えば『過去』だ。
彼女は、シュウを通して掛け替えのない『過去』を見ていた。
シュウへの好意はシュウと重ねて見たヒーローへの好意であり、代替行為に近い。
それでも、親友の頼みで『やらなければいけないこと』が生じるまで、その交流の時間を続けることに否はなかった。
そうして彼女は交流の中で、今の自分となりたかった自分を比べたいという願望も自分の中で形にした。
そうした理由から、ベヘモットはシュウを敵であっても好んでいた。
では、シュウは……最初からベヘモットと戦うと分かっていた彼は、彼女に何を視ていたのだろうか?
◇◆◇
□■<城塞都市 クレーミル>跡地
黄昏の巨神と怪獣の女王が、滅んだ都市で拳をぶつけ合う。
空間そのものが軋みを上げ、破れかねないほどの力の激突。
その衝撃だけで、周囲の空気が吹き飛ぶほどだ。
そして巨神と怪獣が破壊を齎し合った拳は……どちらもいまだ健在だった。
「…………」
その結果に、バルドルのコクピットでシュウが目を細める。
ベヘモットは必殺スキルによってレヴィアタンと合体してステータスが倍加。
更に【苦行僧】の《ぺネンスドライブ・フィジカル》を重ね、STR・END・AGI、そのいずれもが一〇〇万オーバーの大怪獣と化した。
それでも、攻撃力だけはバルドルが勝るはずだった。
【グローリアγ】のスキル……《既死壊世》の効果は全ステータス強化。
バルドルの全ステータスが倍化し、攻撃力の最終値に至っては従来の十倍に達する。
今のベヘモットと比べても数倍、バルドルが勝るのだ。
そんなバルドルとベヘモットが正面から拳をぶつけ合ったならば、どうなるか。
かつて、愛闘祭の日にシュウとレヴィが拳をぶつけあったときのように……あのとき以上にベヘモット側の拳が砕けていてもおかしくない。
だが、現実はそうなっていない。
拳から血が滴っており、ダメージは受けている様子だが……致命的ではない。
継続回復の特典武具【逐治闘入 ロングゲーム】で問題なく回復できる範囲だろう。
なぜ。それほどまでにダメージが抑え込まれているのか。
その理由は、一目で分かる。
『――GUU』
――怪獣の拳が、その全身が、金銀の鎧に覆われている。
《天翔ける一騎当千》。
かつて講和会議の戦いでベヘモットが見せた力。
超級金属の鎧を展開し、五分間のみ身に纏う超級武具。
その強度は神話級金属の比ではない。
それはシュウも知っていた……が。
(……講和会議の情報より随分と守りが堅いな)
あの時の戦いにおいて、【グレイテスト・トップ】の装甲は“神殺し”の一撃で砕かれた。
だが、今の……【γ】を起動したバルドルの攻撃力はそれを凌駕する。
ならば当然砕けているはずが……そうはなっていない。
明らかに、【トップ】の装備としての性能が跳ね上がっている。
今のバルドルと打ち合っても砕けず、装着者を保護しているほどに。
単純な素材の強度ではなく防具・装甲としての優秀性が桁違いに上昇している。
……否。
(逆だな。戻ったのか)
シュウはすぐに理解した。
性能が上がったのではなく……こちらが本来の性能なのだ、と。
ベヘモット単独のときと、今の合体形態。
身に纏う鎧の素材は同じでも質量も何もかもが違う。
装着者の状態に合わせてサイズ変化する特典武具はそう珍しくもない。
問題は、デフォルトがどちらであるか。
考えるまでもなく、今の状態だ。
(大元の<SUBM>を倒したときも合体していただろうからな)
ゆえにその状態をデフォルトとしてアジャストした。
この巨大な鎧が本来の【半騎天下 グレイテスト・トップ】だ。
小動物の姿……ダウンサイジングされた状態は著しく機能が劣化していたのだろう。
特に、防御能力は比較にならない。
素材が同じでも、紙と隔壁ほどに厚みが違えば同じ強度のはずがない。
そして……。
(単純な厚みの差……だけじゃねえ)
基本的に、特典武具はサイズの大きいものほど性能は高くなる。
様々な制限によって使い勝手も悪くなるが、内部に収める機能も増える。
本来の【トップ】もその類だろうとシュウは予想した。
(講和会議で見せたって機能も、あのときと今じゃ別物になってるかもな)
例えば、口から放つ分子振動熱線砲も攻撃範囲や威力が別物だろう。
今のサイズで小動物状態と同じ規模の攻撃ならば笑い話だ。
だが、相対するならば笑い話である方がマシだった。
(講和会議で所有している事実は公にしたが、真の性能は今まで隠してたってことだ。ま、俺も人のことは言えねえが)
超級武具は、同じ『超級』の等級であっても超級職や<超級エンブリオ>より稀少で数が少ない。
その総数は――似て非なる試製滅丸シリーズを除けば――現時点で十二。
それらも所有者は分かっていても、性能の詳細までは掴めていないものが殆どだ。(ゼクスの所有する【δ】に至っては、存在すらも知られていない)
『MPとSPを注いだ分だけ威力が上がる』とシンプルな能力をアピールしていた【応龍牙 スーリン・イー】の正体が、《龍神装》を発動するものだったように。
ベヘモットもまた、今の今まで【トップ】本来の性能を隠していた。
(感触からすると衝撃吸収……装着者への物理ダメージの割合カットもありそうだな。防御補正込みで最低五割……下手すりゃ八割は削がれたか)
その防御性能は、ベヘモットを倒す上で極めて大きな問題だ。
【トップ】の存在によって、シュウとバルドルがベヘモット達に勝っていた攻撃力……一撃の威力を大きく抑えられてしまった。
防御力と速度においては、ベヘモットが大きく勝る。
そして【トップ】の装着時間は五分間だが、【γ】の起動の代償としてシュウが死ぬまでの時間も五分。この戦闘中に【トップ】が外れることはない。
さらには【逐治闘入】での継続回復もある。
シュウが、タイムリミットまでに勝利する可能性は著しく低くなったと言える。
この戦闘を見る者がいれば、シュウが絶望的な状況にいると分かるだろう。
だが……。
(――さて)
――絶望的な情報を把握しても、シュウ自身は全く狼狽えていない。
この逆境でも、彼は変わらない。
彼の目は、何も見失っていない。
シュウ・スターリングは、椋鳥修一は……。
(五割から六割。どう残すか)
冷静に、冷徹に、可能性を掴む術を――勝利への道筋を視ていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<……忘れないで欲しい
(=ↀωↀ=)<数十万とか一〇〇万とか普通に書いているけれど
(=ↀωↀ=)<STR・END・AGIのどれかが一万超えてたら一般的に上澄みなのだということを……
(=ↀωↀ=)<こんな規模で殴り合ってる二人が怪物すぎるのだと……
( ̄(エ) ̄)<数字のインフレって怖いクマ―
( ꒪|勅|꒪)<お前が言うナ
○【逐治闘入 ロングゲーム】
(=ↀωↀ=)<SP3の方で名前が決まってたのでこっちでも名前が出てきた特典武具
(=ↀωↀ=)<講和会議でレヴィの方が装備していた奴です
○【半騎天下 グレイテスト・トップ】
(=ↀωↀ=)<合体状態で解禁されるフルバージョン
(=ↀωↀ=)<大きくなって防御性能が高くなったというか戻った
(=ↀωↀ=)<他も色々オリジナルに近づいたけど
(=ↀωↀ=)<【ボトム】と分けたりそもそも特典武具についてない機能がある
(=ↀωↀ=)<その辺もSP3にて追々




