第一七八話 混沌
□■<王都アルテア>・王城・テレジア自室
混沌というほかない戦場が幾度も発生した今回の戦争。
しかし、その中でも最たるカオスになっているのはこの王城での戦いだろう。
まず、カルディナ……議長陣営のスパイであった王国ランカー、【鎌王】ヴォイニッチが《飼の宣告》によって王国の<マスター>を身代わりにした。
それから間もなく、【邪神】テレジアを殺すべく王城に【死神】と<死神の親指>【金剛力士】ゴゥルが襲撃し、テレジアを護送したいヴォイニッチや城を護りたい王国戦力と交戦。
さらにミリアーヌ誘拐のために忍び込んだ【盗賊王】ゼタが、王城防衛を担う【狂王】ハンニャと交戦。
最終奥義を発動したハンニャに追い詰められたゼタは、偽装によってテレジアの眷属であるモーターにハンニャを押し付け、ミリアーヌを奪う。
暴走したハンニャは【水晶】陣営の要請で王城に忍んでいた【剣王】フォルテスラによって殺害。
フォルテスラはそのままテレジア&ヴォイニッチVS【死神】の戦いに乱入。
その隙にヴォイニッチは離脱して【死神】退散のために動く。
しかし、救急医療のために王城に紛れ込んだカルディナの<超級>、【神刀医】イリョウ夢路がゴゥルを無力化したことで【死神】は退散。
その直後にヴォイニッチはダムダムの案内で王城に駆けつけた【抜刀神】カシミヤと交戦し、不死身の仕組みごと斬られて相討ちとなる。
ミリアーヌを連れて王城からの脱出を図っていたゼタは、彼女にとっての恐怖の対象……ハンニャが死ぬ前に呼んでいた【超闘士】フィガロに追い回される。
そしてミリアーヌの先導によって彼女が飛び込んだのはテレジアの部屋。
そこでフィガロとフォルテスラが互いの姿を認めた瞬間に交戦を開始した。
あまりにも多くの勢力がそれぞれ異なる思惑で動き続けた結果の惨状。
俯瞰して推移を見ている者達にとってさえもカオス極まる。
ましてや当事者の中に全容を把握できている者などおらず、ほとんどの者は『誰が何のために戦っているか、そもそも敵か味方かもさっぱり分からねえよ!?』という状態だ。
その代表が、ゼタを追ってこの部屋に戻ってきたモーターだ。
(…………何だこの状況)
モーター・コルタナ自身、コルタナ市長の御曹司であったが陰謀によって浮浪児になり、<遺跡>強盗に堕ち、敗北して改造人間にされ、犯罪組織の駒となり、今度は【邪神】に敗北して眷属になった男である。
随分と混沌とした変遷を辿ったと自嘲していたが、今のこの状況ほど混沌とはしていないと断言できる。
この混沌の中で、モーターが考えるべきことは何か。
まず、笑顔で斬り合っている戦闘狂二人は無視しよう。
モーターも知る王国最強のフィガロと、先刻モーターの前でハンニャを瞬殺したフォルテスラ。両者ともモーターについては警戒し、「一回斬るか?」という探るような視線はあるものの、眼前の相手が最優先なのか実行はしていない。
何よりテレジアへの害意は見られず、モーターがゼタからテレジアを庇うように立ち位置を変えると「なら後回しにするか」と優先順位を更に下げたのが気配で分かった。
自分の上司であるテレジアも今は問題ではない。
なぜか部屋が大爆発でもしたように荒れているし服も煤けているが、本人は無傷だ。いつもの泰然とした態度も変わらない。
ただ、その視線はモーターを冷ややかに見ている。
無言だが、視線は実に雄弁だ。
『ねえ? ミリアーヌはどうしてそこにいるのかしら?』、と。
そう、問題は彼が迂闊にも奪われたミリアーヌが、今も元上司ゼタの背中にいることだ。
何としても奪還しなければならない……が。
「いっしょに――グランバロアにおでかけしよ」
当のミリアーヌ本人がゼタの背中にしがみつきながら、そんな風にテレジアを誘うのだ。
まさかの誘拐された児童からの誘拐倍プッシュである。
(いや、それは……まずいんじゃないか?)
テレジアがゼタに着いていくこと自体が非常にマズいと、モーターは考える。
かつてモーターを従えていた頃のゼタは皇国の意向でこの王城に侵入した。
皇国の目的が【邪神】……テレジアの発見であったことは今となっては明白だ。
今も皇国の意向で動いているならば、ゼタについていくのは自殺行為である。……それだとテレジアは望みかねないが。
そして皇国の下から離れていたとしても、ゼタは<IF>の幹部だ。
かつてテレジアを誘拐しようとした犯罪者であり、彼女が【邪神】であることも知っているらしいゼクスがオーナーを務めるクラン。やはりついていくのはリスクしかない。
どちらだとしても、モーターから見たゼタは見えている地雷だ。
(???)
だが、ゼタからしても、ミリアーヌの発言はアンコントローラブルである。
モーターはゼタの背後に【邪神】に対する企てを持つ勢力がいると考えているが、実際には海賊船団幹部エドワルドの望みと本人の感傷によってミリアーヌを連れ出したいだけである。テレジアについては関係ない。
強いて言えばフィガロに追われる状況を何とかするための人質にならないかと思っていたが、部屋に入ってみればフィガロは自分を放置して楽しく殺し合いを始めた。
(確認。というか、裏切者の今の所属そこなんですか?)
そもそも【邪神】云々の話もゼクスやクラウディアからは聞いていない。
何で名実共に蝙蝠野郎が第三王女の護衛面をしているのかも分からない。
恐怖対象のフィガロが斬り合う様は意図的に思考から外したい。
何より、ミリアーヌの提案が意味不明だ。
「おでかけって……どうして?」
「なんとなく! そうした方がいい気がするから!」
テレジアの返答に、ミリアーヌはニコニコと理由にならぬ理由を述べる。
子供の思いつきにしか聞こえないし、実際モーターなどはそう受け取った。
だが、ミリアーヌがグランドリア家……“偉大なる”バロアの血を引く者の一人であると知っているゼタは子供の思いつき以上の何かである可能性も見る。
先刻この部屋に誘導されたときはどうなるかと思ったが、結果として最も恐ろしいフィガロは別の相手に夢中になってゼタは難を逃れた。
ならば、この誘いもまた、どこかへとゼタやテレジアを先導するものではないかと考えてしまう。
(疑問。何故わざわざ第三王女を海賊船団に連れて行かなければならないのでしょう?)
とはいえ、それをしてしまえばミリアーヌ一人を連れ出すことと比較にならない問題になることはゼタにも理解できる。
グランバロアから抜けたはずの指名手配犯が王女を誘拐してグランバロアに連れ去る。どう見ても体面が悪い。
グランバロアは言い訳すら難しい立場になり、戦争にもなりかねない。
ゼタの中のイマジナリーゼクスは『とても良い……いえ、とても悪い犯罪ですね』と笑顔だったが、流石にゼタはそこまで吹っ切れていない。
(前提。そもそも第三王女だって誘拐されそうになってる友達からのそんな言葉に乗らないでしょうし、護衛に就職したらしい裏切者も認めないでしょう)
ゼタはそう考えてテレジアを見たが……。
「…………」
なぜか彼女は、拒否せずに何事か考えているようだった。
ゼタの気のせいでなければ『それもいいかもしれないわね』とでも思ってそうな顔だ。
『モーター。旅立ちの準備は?』
テレジアは眷属との間に伝わる傍受不可の念話でモーターに呼びかける。
『済んでいるけどよ……マジかよ? アイツ、前にお前を誘拐した【犯罪王】の部下だぞ?』
『ゼクスの思惑ならむしろ問題ないのよ。ゼクスなら私を姉さまに殺させようとはしないでしょうし。それにこの戦争中に問題なく死ねるなら話は別だったけど、雲行きが変わってきたもの』
この混沌に、テレジアも思うところはあった。
【死神】の襲来もそうだが、もっと大きな問題が水面下で進行しているような気配がある。
そして、テレジアもゼタ同様にミリアーヌの『なんとなく』を重く見ている。
何故なら、彼女がある程度記憶を持つ先代【邪神】……その討伐メンバーには件の“偉大なる”バロア本人がいたのだ。
ゆえに……。
「いいかもしれないわね」
「やったー♪」
テレジアはミリアーヌの誘いを承諾する方向で話を進めた。
横で聞いていたゼタとモーターは『何で?』と思わずにはいられない。
ゼタはモーターを見ながら、『アナタは護衛でしょう止めないのですか?』と視線を送るが、モーターは『いや、眷属に【邪神】の決定覆す権利ないから……』と言いたげに首を振った。
(……方針転換。ポジティブに考えましょう)
子供二人がなぜか誘拐されることにノリノリになってしまっている。
護衛のモーターはその意向に全面的に従うらしい。
ならば邪魔者が一人減り、脱出の戦力が一人増える。(実際には最大戦力たる【邪神】のテレジアも含まれるが)
ならば残る問題は……バトルに夢中の戦闘狂くらいだ。
(この後、戦争終了後……戦争結界の解除と同時に王都を脱出することを考えると、彼我戦力の変化は大きな助けとなります)
ギデオンの日没と午後五時、二ヶ所で同時に決戦という話だった。
今の時間は五時になろうかという頃だ。
早ければ数分もすればその逃走劇を開始することになるだろう。
ゼタはそう考えていた。
しかし、午後五時になったとき……。
【――現在地<王都アルテア>はアルター王国の領土から放棄されました】
【――当該地域はいずれの国家も領有していない状態です】
――そんなアナウンスがゼタの脳内に響いた。
「え?」
思わず、ゼタは声を漏らす。
それほどに信じられない情報であり、空耳を疑った。
だが、ウィンドウのログにはこのアナウンスのログが残っている。
「「?」」
それはゼタだけではなく、フィガロとフォルテスラにも同時に届いていた。
この王都にいる……否、放棄された王国領土にいる全ての<マスター>が聞いただろう。
最初に考えたのは戦争の決着による領土変更だが、それならば皇国が領有するはずだ。
ならば、なぜこんなアナウンスが流れたのか、ゼタには理解できない。
まさか【破壊王】が【獣王】と真っ向から殴り合うためだけに、第一王女に王国の領土の大半を放棄させたのだと分かる筈がない。
だが、この動きは好機でもある。
(今ならば……!)
王都が王国の領土でなくなった。
それが他の周辺地域でも同様であるならば、戦争終了前に脱出行を開始できる。
ゼタがそう考え、動き出そうとしたとき……。
「おーい! ヴォイニッチの奴が死に際に『王都が滅ぶから王女連れて一刻も早く逃げろ』って言いやがった! さっきのアナウンスといい何か変なことが…………え? 何だこの変な状況?」
扉の向こうから一人の<マスター>……ダムダムが部屋の中に飛び込んできた。
彼はデスペナルティになったヴォイニッチが告げた『王都が滅びる前にテレジア殿下に逃げてほしい』というメッセージを伝えに来たのだ。
敵の言葉だが恐ろしいことに《真偽判定》は反応せず、何なら手間賃まで渡されていた。
王城の奥深くに入るのは罰せられるかもしれないが、もしも本当に王都が滅ぶならば一大事と駆けつけたものの、室内の面々を見て大層困惑した。
そして、室内の者達も彼の発した言葉の意味を考えてしまう。
(滅ぶ? どうやって?)
街の一つ二つはふとした拍子に滅ぶのがこの世界だ。
ゼタにしても、実行自体は可能である。
だが、その要因が何かが問題だ。
彼女の目的はミリアーヌを無事に連れ帰ること。王都が何らかの原因で滅びるとしても、最低限彼女に被害が及ばないようにしなければならない。
「…………」
同時に、テレジアも思案する。
ヴォイニッチは彼女を生存させ、<終焉>を覚醒させるために動いている一味の者。
その彼が『逃げろ』と言い遺したならばこれは自分を殺しうるのではないか、と。
そうなればテレジアとしては半ば望むところだが、王都ごととなればここにいる友人や多くの人間を巻き込んでしまう。
それならば先ほどの【死神】に送られていた方が余程にマシだ。
そんな形の終わりならば、拒まねばならない。
「「――――」」
そしてそれまで斬り合っていた二人は、同時にある方角へと視線を向ける。
二人共が、爆発で開放された壁の亀裂から北の空を見ていた。
そして……。
『――皇都より【四禁砲弾】二発が発射されました』
『――弾種は超熱量弾頭【昇華砲弾】、並びに多重固定損傷弾頭【生滅砲弾】』
『――五〇秒後、及び三分後に王都に着弾します』
『――可能ならば対処を要求します』
『――不可能ならば、第三王女の退避を優先してください』
――そんな声が、王城のスピーカー設備から響いた。
「…………」
その声の主を知る者は王城にほとんどいなかったが、フォルテスラだけは何かを理解したように息を吐いた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<状況整理回(整理しても混沌回)
(=ↀωↀ=)<スピーカーから警告流したのが誰かとかは次回




