第一六六話 狂化精霊
□■皇都ヴァンデルヘイム
《エレクトロ・スリング》によって射出された砲弾二発の直撃。
人体はおろか戦車すら粉砕される威力を受けて、ミミィは顔面と胸部を砕かれ、輿から弾かれて後方へと吹き飛んだ。
道路を転がり、跳ね飛ばされ、最後は俯せになって倒れ伏す。
「…………」
しかし敵手の無残な姿を見ても、エレクィングは油断しない。
砲弾は二発とも直撃したが、それは【ブローチ】が発動しなかったということだ。
可能性は二つ。元々着けていないか、あるいは致命ダメージに届いていないか。
それを探るべく、自らの装備品の一つ……ヘルメットに仕込まれた高レベルの《看破》を発動する。
彼の装備は秘匿工廠の試作品であり、自らの漏電を防ぎながら、高い防御力と汎用スキルを搭載したものとなっている。
(生命力は……ゼロだな)
《看破》での確認により、あれが死体であるとエレクィングは判断した。
自分の魔法は絶属性を使う敵手を確実に殺したのだ、と。
このとき、エレクィングには一つの判断ミスがあった。
彼は数年前に死んだがゆえに<マスター>の生態に詳しくない。
だから、<マスター>であるミミィの死体が遺っていることをおかしいと思わなかった。
活躍した年代ゆえに対人戦ではティアンとの戦いばかりを積み重ねてきた彼は、<マスター>が死んで光の塵になる現象を見たことがなかったのだ。
「…………?」
しかしそこに気づけなかったエレクィングだが……別のことには気づく。
(俺の撃った砲弾はどこだ?)
砲弾がミミィの顔面と胸部を砕いて相手を吹き飛ばしたのは見た。
だが……後頭部と背中には貫通していない。
人体など容易く貫通する砲弾は、今しがた生命力を削り切った砲弾は……何処に行った?
そして消えたというのならば、もう一つ消えたものがある。
それは、輿を担いでいた小人達。
輿は転がっているのに、それを担いでいた者達がどこかに消えていた。
(彼女が【召喚師】や【精霊術師】の類だったなら、死んだ時点で解除されるか)
普通に考えれば、そうなる。
試してみれば、雷属性魔法を発生させても減衰される感覚がない。
絶属性の結界も解除されていた。
『…………』
それでも、エレクィングは妙な悪寒を感じている。
思い出すのは自らの命日、どうしようもない天敵の待つ地へと向かう時にも似た感覚だ。
『…………』
エレクィングは静かに、再び《エレクトロ・スリング》を準備する。
狙いは、俯せに転がっているミミィの死体だ。
《看破》で視ても生命力は失われている。
だが、歴戦の猛者であるエレクィングは、あれから感じる不気味さを無視しない。
(死体を損壊する趣味はないけどな……)
石橋を叩くように、死体を砕く。
そのためにエレクィングは魔法を発動し、
「――■」
――その寸前に、死体が動いた。
地面に手をついて、身体を起こそうとしている。
『!』
『やはり』と、エレクィングは内心で自分の行動が正しかったと実感する。
そして、既に魔法は発動している。
今度こそ完全にあの身体を破壊してやると、電磁加速した砲弾を撃ち放つ。
動き出したばかりの無防備なミミィの腕に着弾し、今度は右腕が砕ける。
だが、接触面は砕けても、反対側の皮膚は残っている。
半分ほどの厚みになった腕を動かして、ミミィは起き上がろうとする。
(まただ……!)
依然としてミミィのHPがゼロであることは最早どうでもいい。
問題は、砲弾はどこに消えたか。
砲弾は、あの細い腕を半分砕いた後になくなってしまった。
そも、こうはならないのだ。
《エレクトロ・スリング》の砲弾ならば女の細腕など千切る、貫通する。
まして明らかな魔法職、耐久力などないも同然の肉体だろう。
だというのに損傷度合いがおかしく、砲弾は消え失せている。
(空間系のスキルか何かか? いや、そうした防御ならそもそも着弾自体を防いで…………?)
ふと、エレクィングは自分が何か思い違いをしているのではないかと気づいた。
(まさか……)
砲弾は消えたのではなく、入ったのではないか、と。
だとすれば、顔面を、胸を、腕を、半ば砕いたのも理解できる。
つまり、エレクィングの砲弾の行き先は、今のミミィに起きていることは……。
「――――■■」
そんな折、ミミィが俯いていた顔を上げる。
砲弾の直撃を受けた顔は、本来ならば潰れているはずだ。
顔面を砕かれているせいか、声も不明瞭だ。
ならば、顔を挙げれば見えるのは無惨に破壊された女の顔のはずだ。
だが……そうではなかった。
ミミィの顔には、『穴』があった。
顔の有るはずの場所に、ぽっかりと『穴』があった。
胸もそうだ。ぽっかりと『穴』が空いている。
まるで、建物の壁を壊して中身が見えてしまうような『穴』だ。
そして、『穴』の向こうには……世界が見える。
雲の浮かぶ空。
清らかな水の流れる川。
風に揺れてざわめく森。
小人達の住まう小屋。
稲光る雷雲。
旋風の荒野。
生命のない沼。
機械の発着場。
赤茶けた鉱山。
豊かな自然が、劣悪な環境が、『穴』の向こうに見えている。
一人の女の中に、世界が一つ収まっている。
同居するとは思えない風景さえも、なぜか一緒くたに見えている。
『……ッッ!?』
それを見たとき、死人であるはずのエレクィングの背筋が凍る。
少女――に見えていたモノ。
それが本当は人間ですらない何かなのではないかと、自らの正気を削るような怖気と共に実感する。
自分の死因となった怪物すらも、これと比べれば生温いと思えるほどに。
『――■■■――』
そして今、この世界は騒めいている。
それはまるで、蜂の巣に石をぶつけたかのような無数の敵意と威嚇の気配。
巣を狙う外敵への無数の防衛本能の発露。
『穴』の向こうの世界からは――無数の怒れる精霊の気配がした。
人間などひとたまりもない暴威の奔流が、堤を切って溢れ出さんとするかの如く。
(だが、よぉ……!)
それでもエレクィングは恐怖に目を逸らさない。
未知の怪奇現象の如き存在を前にしても、観察を止めない。
任務に際し、勝ち筋を探すことを中止しない。
魔法を無為とする怪物に対しても、彼は最期まで抗って死んだのだから。
そしてそんな彼だからこそ、ソレを見つけた。
『穴』の先に見える混沌とした世界、その一角。
世界の中でも特に美しい場所、麗らかな日差しと柔らかな風に揺れる花畑の中心。
「すぅ……すぅ……」
そこに、世界の中心に……女が一人。
先刻砕かれた顔と同じ顔をした女が、花畑の中で眠っていた。
『そいつだな……!』
エレクィングは確信する。
女に見えていた姿は、人間ではない何か。
だが、その何かの中身である世界には、本人がいる。
そして、本人を殺せば生命力がなくとも動いているこれも死ぬのだと確信する。
『《ゴールデン・グリッド》!!』
《エレクトロ・スリング》は効果が薄いと判断した。
砲弾は全て、外装に『穴』をあけた後にあの世界の中に落ちてしまったのだ。
内部の空間法則も分からない以上、『穴』を通して砲弾を当てることは難しいため、別の魔法で攻撃する。
発動に準備と時間の掛かる【雷王】の奥義ではなく、上級職【金雷術師】の奥義。
着弾点から雷撃を拡散するこの魔法ならば、あるいは内部のミミィにも届くのでは、と。
だが、その雷撃は雲散霧消する。
再び絶属性の結界が展開されていたからだ。
だが、先刻とは違う。
『――――』
いつの間にか、『穴』だらけのミミィの外装の近くに男が浮いていた。
古い時代の日本の装いをした男には足がない。
それは怨霊の如き気配の『精霊』――ミチザネだ。
ミミィには精霊魔法によるスキル使用で運用されていた彼が、今度は顕現して自らスキルを行使している。
そして同様の動きをしていたのは、ミチザネだけではない。
『ッ?』
不意に、エレクィングは自分の左手に違和感を覚える。
《エレクトロ・スリング》を発動するべく動かそうとして、何かが引っかかったような幽かな手ごたえを覚えた。
彼は咄嗟に、自身の周囲への放電を実行する。
広域に張られた絶属性結界によって雷撃は周囲に傷を与えない。
だが、雷の発光がそれの姿を空間に映し出す。
『――クスクスクスクス――』
不規則な明滅する発光の中、透明なクラゲにも似た何かがエレクィングの腕に絡みついていた。
それも顕現した精霊、なのだろう。
腕に絡んだ触手には牙もなく、ダメージを与えない。
だが、エレクィングはすぐに気づく。
それは傷を与えるなどよりも余程に恐ろしいことをしているのだと。
『ッ!? こ、いつ……!? 俺の、レベルを……!?』
透明なクラゲの『精霊』は、エレクィングに絡みつき……器の中身を啜っていた。
透明な身体で忍び寄り、人間が器に集めたリソースを啜り、奪う精霊。
名を、スターヴァンパイアという。
(まずい……! それだけはまずい……! レベルを奪われすぎれば、もう復活できなくなる……!)
奇しくも、それは<天獄の駒>にとって最大のタブー。
何度も繰り返し死亡し、復活に消費するレベルと復活後に稼いだレベルの釣り合いが取れなくなったとき、駒は復活できなくなる。
ゆえに、直接レベルを奪いに来るこの精霊は、エレクィングに限らず彼らの天敵だ。
即座に倒さなければならないと、《エレクトロ・スリング》を発動せんとして……。
空中で射出準備中だった砲弾が、一本の矢に射貫かれて爆散した。
『……フン、私と同じ失敗をしたようだな』
何が起きたのかと言えば、新たな精霊が現れたのだ。
だが、それは精霊というには奇妙だった。
新緑の衣に身を包み、金の長い髪を風に揺らす……眉目秀麗且つ長身の男。
長い耳からエルフであると分かる。
そう、エルフだ。ミチザネと違い足もある。どう見ても、生きた人間にしか見えない。
『お前、は……!?』
何より、エレクィングはその存在を知っていた。
『しかし相憐れむことはせんぞ。貴様は私の今の住処も損なおうとしたのだからな』
弓を引き絞る彼の名は、エルヴィオン・マーフ・アールヴ。
ハイエルフにして当代一の弓の担い手、【弓神】。
『私が命じる。我々が正気の内に往生せよ』
レジェンダリア屈指の英雄であり、彼も今は――ミミィの精霊だ。
◆
外傷によって『穴』が空く奇妙な身体。
『穴』の向こうに広がる世界と、その中で眠るミミィ。
そして多種多様な……既に死したティアンまでも含んだ精霊達。
あまりにも奇妙な現象は全て、ミミィの<エンブリオ>によるもの。
TYPE:フュージョンラビリンス……【転生筐 ニライカナイ】によるものだ。
ミミィの身体……身体に見えるものは<エンブリオ>の外壁である。
内包した世界と外界を隔てる壁なのだ。
ミミィ自身の身体は内包世界の中にいるが、意識は彼女を象った外壁とリンクしている。
外壁のステータスも彼女の本人の写しであり、通常は彼女自身と変わらない。
自分と同じ容姿と性能の外壁で活動しながら、本人は内包世界で安らいでいる。
言うなれば自分の形をした動く家に住んでいるようなものであり、それこそがフュージョンキャッスルに連なるカテゴリーの特性だ。
次にこの異常を成り立たせるのがニライカナイの基本スキルたる《魂の故郷》。
ニライカナイの内部空間を生み出す《魂の故郷》は、内部に収めた精霊の性質と力、数によって変化する。
精霊に合わせた環境が精霊の力に合わせたサイズで形成され、地形も増えていく。精霊を入れれば入れるほど、内部の世界は広大且つ複雑化するということだ。
ただし、出入りは精霊によって自由であるため、精霊を留めておけなければ小さく萎んでいく。
通常の精霊であれば、精霊同士の相性もあってある程度は単純化するだろう。
その前提を覆すのがもう一つの基本スキルであり、常時発動型必殺スキルへと昇華された《祖霊転生》。
その効果は、読んで字の如く『転生』。
ミミィの周囲で死した者は彼女の<エンブリオ>の中で転生し、精霊に変わる。
ティアンやモンスターであれば魂を核に精霊に変換。
ガードナー系列の<エンブリオ>であれば、情報を象った鋳型によってコピーを生む。
必ず成功する訳ではない。
むしろ失敗の方が多いだろう。
成功したところで、必殺スキルとなった今でも本来の半分程度の力になってしまう。
ガードナー系列の場合、それらのオリジナルが有していた必殺スキルも使えない。
低確率且つ劣化というリスクがなければ、この破格のスキルは成立しない。
しかし矛盾するようだが……それらの精霊は生前やオリジナルよりも強くなりうる。
精霊と化したことで、【精霊姫】のジョブスキルの恩恵が受けられるからだ。
転生によるパワーダウンよりも、強化補正の方が高いゆえの逆転現象が起きる。
そして、彼女に転生させられた精霊は、ニライカナイから離れることができない。
《魂の故郷》から遠く離れれば消滅する、そんな不自然な精霊達だ。
だからこそ、生前の人格を遺すエルヴィオンも彼女の《魂の故郷》に留まっている。
結果、彼女の世界は膨れ上がっていく。
精霊を生み、精霊を強化し、精霊を入れ、精霊を留め、世界を連れ歩く。
精霊術師系統の異端にして完全シナジー型準<超級>。
それが【精霊姫】ミミィ・ミルキィ・ミストルティーだ。
◇◆
『クソッ……!』
エレクィングは見せかけではない本気の動揺を浮かべながら必死に抵抗を続けている。
しかし、届かない。届かない。
彼の攻撃は届かない。
雷撃電撃言うに及ばず。
砲弾すらも、外壁を砕けても内なる世界は壊せない。
『見た目だけの変化じゃねえ……! 絶属性の結界範囲も広がっていやがる! これはまるで……!』
エレクィングが考えたのは、【精霊術師】を相手取る際の常識。
『【精霊術師】のホームグラウンドでは戦わない』。
なぜなら、精霊とは馴染んだ環境で戦うほどに力を増す存在。
精霊を扱う部族は、自分達と精霊の縄張りを護る防衛戦でこそ本領を発揮する。
(こいつの精霊の、巣食う環境は……!)
言うまでもなく、《魂の故郷》こそがミミィの精霊達の棲み処。
精霊に合わせて変化し、精霊を住まわせるに足る環境を生み出す《魂の故郷》は、こうして外壁に『穴』が空いてこそ真価を発揮する。
外壁が健在な間のミミィは、ただの【精霊術師】の範疇。
使える手札は多いが、MPSPや戦闘スタイルは常識の範囲。
準<超級>の中でも強いと言えるかは微妙だろう。
だが、ミミィを写した外壁の生命力が尽きた後は別だ。
生命力が尽きれば、外壁に《魂の故郷》と繋がる『穴』が空く。
今回のような外傷がなくとも、必ずそうなる仕組みだ。
ミミィ本人を倒すための道を、敵手の前に開いてしまう。
代わりに、内外が繋がることで《魂の故郷》に巣食う精霊達が己の全霊を発揮できる防衛戦へと移行する。
そこからが、ミミィという準<超級>の本領。
無数の艦載機を抱えた空母の如く精霊を顕現、あるいは要塞の如く無数の砲撃を撃ち放つ。
人一人にしか見えずとも、小さな世界を敵に回すことになる。
決闘の結界内では外壁の生命力が尽きた時点で敗北と見做されるため、実戦でしか使えない彼女のバトルスタイル。
ただしそれは……。
『――■■■■――』
ただしそれは、――頭部が損壊していない場合に限られる。
ミミィと寸分違わぬ姿の外壁を動かしているのはミミィ自身。
彼女には《魂の故郷》から身体を動かしている感覚はなく、他の<マスター>同様にアバターを動かしているのと変わらない。
だからこそ、フィードバックがある。
思考部位である頭脳を破壊された場合やあるいは過度の損傷を受けた場合、彼女は気を失う。
他の<マスター>と同様に【気絶】へ陥り、意識は何もない空間に放り込まれる。
その間、残った外壁と《魂の故郷》はどうなるか。
動かすミミィの意識がないならば、棒立ちになって無防備な身体と『穴』を晒すのか。
否。
むしろその状態こそが、ミミィ……ニライカナイの最も恐ろしい状態。
『――■■――』
ニライカナイは、《魂の故郷》の中の精霊達は、世界の主の意識が戻るまでの間、内包世界の全てを用いて周囲の危険全てを排除する暴走状態に突入する。
《魂の故郷》の異常動作。
内包世界を暴走させ、取り込まれた精霊の出力を引き上げる。
精霊の強化……否、狂化を行うのだ。
自らの禁忌に触れた人間に、精霊が荒れ狂うように。
今、この時のように。
『天罰天罰天罰天罰』
怨霊染みていたミチザネは、より壮絶な表情に変貌し、人体の生体電流すらも消してしまうほどの絶属性を無差別にバラまき始める。
『狂吸苦吸躯吸喰吸』
スターヴァンパイアは全身を赤く染め、不気味な音と共にエレクィングの全てを啜ろうとする。
『言ワヌコトデハナイ。サッサト死ネ』
先ほどまで人間と変わらぬ姿で、優雅に話していた【弓神】エルヴィオンも徐々に変わっている。目の色が変わり、言動からも理性が消え始めている。
【弓神】エルヴィオンの言っていた『正気の内に』とはこういうことだ。
暴走状態での戦闘が長引くほど、狂化が進行し、精霊は強力かつ凶暴な状態へと変異する。
敵も味方もあったものではなく、敵に見えるもの全てを滅ぼすまで止まらない。
無論、この状態はノーリスクではない。
精霊の再生成スパンは長期化し、内包世界が荒れ果てる。
再生成叶わずロストする精霊もいるだろう。
そも、レジェンダリアを抜ける際の後遺症もまだ完治していない。
だが、ニライカナイは、狂化精霊は、それにも構わず敵を殺し尽くすまで暴れ続ける。
『テメエ、うちの姫様に何してくれてんだ』、と。
『――■■――』
ニライカナイは、《魂の故郷》から次々に強化精霊を顕現させる。
雷撃を阻み、逆にエレクィングへの攻撃に利用する竜、ガルグイユ。
物理無効の霧の身体を持つガーディアン、アメノサギリノカミ。
各々が特化した性能を持つ機械鳥の群れ、スィーモルグ。
不眠不休で動き続けるロボット軍団、R.U.R.。
あらゆる鉱物を融解するスライム、アルカヘスト。
かつてレジェンダリアの有志連合に討伐され、特典は他者に渡りながらも魂はミミィにより精霊化した古代伝説級、【朽木魔獣 イルハーベスト】。
幻獣人種にして【獣拳士】の中でも我が道を征く求道者、三頭流のバルフォン・サーベラス。
精霊という名の力の群れは、次々に、次々に、顕現して溢れ出してくる。
『ふっざけんなあああああ!?』
エレクィングは絶叫する。
プロの軍人であろうと、一度死んだ身であろうと、こんな理不尽を前には叫ばずにいられない。
こんなものどうやって、倒せばいいのか。
(いや、分かっている……倒し方は、分かっているが……!?)
あの『穴』の外から攻撃してもミミィ本人に届かない。
ならば、あの『穴』に飛び込んで行って、直接倒すしかない。
だが、それこそが無理難題。
精霊を強化する【精霊姫】と集めた精霊の相乗効果により、《魂の故郷》は広大無辺。
広く、何よりレジェンダリアの特殊環境と同じで適者以外を拒む。
そも、精霊の棲み処に戦いを挑むこと自体が自殺行為。
無数の精霊が待ち構える、準備万端のタワーディフェンスを攻略するに等しい。
それができる者など、この世界にどれほどいるだろう。
そして、今ここにいるエレクィングには……できないことだ。
『またこんな理不尽な死に方かよぉぉおおおお!?』
少しの善戦の果てに、エレクィングは二度目の死を迎えた。
◇◆
『――■■――』
敵を殲滅し終えたニライカナイは、安全を確認し、外壁を補修し始める。
身体に空いた幾つもの『穴』が塞がり、外界と内包世界の道が閉ざされる。
そして、外壁の傷が全てなくなったとき……。
「……ほわっ!? 寝てません……!」
授業中の居眠りを教師に起こされたようなリアクションで、ミミィが目を覚ました。
「え、えぇっ……と? なんだか急に真っ暗になって、何がなんだか……ふぇ?」
彼女が気を失っている間に、発電所は跡地といった方がいい程に破壊されている。
しかしそれでも、まだマシな状態だ。今回は敵がエレクィング一人であったからこそ、早期で決着し、この程度で済んだともいえる。
内包した世界への反動も、レジェンダリアを脱したときほどではない。
「……これ、また私……みゃあ……」
ドライフ皇国に訴えられたらどうしようと、ミミィは頭を抱える。
彼女も彼女で暴走したくはないのだが、ニライカナイは言っても聞いてくれず、条件を満たすとどうしても暴走状態に陥り、彼女にもどうにもならない。
「はぅぅ……」
しかしこうなっては仕方がないとミミィは気持ちを切り替える。
そうして、後でバルサミナに相談しようと思ったとき……ふと気づく。
「えっと……どなた様ですかぁ……?」
困惑しながら訪ねるミミィの隣には、見覚えのない精霊がいた。
いや、彼女は彼を見ているのだ。
ただ、装備の多くがなくなって素顔を晒しているため、ミミィは相手が誰か分からない。
『ハァ……』
そして最も新しい精霊……【雷王】エレクィングが溜め息を吐く。
『相手の駒を取るのはチェスじゃなくて将棋だろうがよ……』
元同僚の好きなゲームを思い出しながらそんな言葉をボヤきつつ、二度目の死を迎えたエレクィングは『今後俺はどうなるんだ……』と頭を抱えた。
そんな彼の後ろでは『うむ、やはり私が悪い訳ではないのだ。きっと誰でもこうなる』と【弓神】エルヴィオンが同じ失敗をして死んだ新入りを歓迎していた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次は五日後予定ですが
(=ↀωↀ=)<スケジュールの動き次第でちょっとズレるかもしれません
追記:
(=ↀωↀ=)<AEの方で二話更新しました
○ミミィ・ミルキィ・ミストルティー
(=ↀωↀ=)<劣化したコピーガードナー軍団と死人軍団を使う準<超級>
(=ↀωↀ=)<本来は個々の特性残しつつもかなり弱くなるはずなんだけど
(=ↀωↀ=)<「精霊」なので【精霊姫】のジョブスキルで大幅強化される
(=ↀωↀ=)<結果、個体によっては生前やオリジナルも超える
(=ↀωↀ=)<ちなみに普段のミミィは自身のMPでやりくりするので平均的な準<超級>に届くか届かないかくらい
(=ↀωↀ=)<で、外側のミミィ(ニライカナイ外壁)のHPがなくなると
(=ↀωↀ=)<防衛戦状態になって真の力を発揮する
(=ↀωↀ=)<これはミミィのままの覚醒モードとミミィが気を失った暴走モードがある
(=ↀωↀ=)<暴走モードの方が出力はあるけど狂化精霊顕現しかしてこないのに対し
(=ↀωↀ=)<覚醒モードの方は戦術もテクニックも駆使して戦ってくる
(=ↀωↀ=)<なのでどちらが厄介かは対戦者による
(=ↀωↀ=)<なお、一番簡単な対抗策は『ミミィを殺さない』こと




