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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第七章 女神は天に在らず

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第一六五話 ミミィ・ミルキィ・ミストルティー

 □■皇都ヴァンデルヘイム


 元特務兵【雷王】エレクィングは自らの役目を果たしていた。

 発電所の防衛部隊を撃破した後、動力炉を停止させ、今は取り外しを進めている。

 この後、回収を担う者がやってくるので、それまでに施設の奪還を阻むのが彼の仕事だ。

 だからこそ、『ハイホーハイホー』と奇妙な掛け声で近づいてきた相手にも当然のように雷撃を見舞った。


 しかし、その相手に彼の雷撃は届かない。


「ひぃん……目がチカチカするぅ……」


 泣き言を言って目を手で覆いながら、輿に乗せられた女……ミミィが雷撃を物ともせずに近づいてくる。

 『なんだこれ?』とエレクィングは思わずにはいられない。

 しかし、彼も歴戦の特務兵。

 敵手の言動と見た目は別として……状況として何が起きているかは既に把握している。

 そう、エレクィングにとってミミィは想定内の相手。

 皇都でのテロを行う自分達に、皇都にいる<マスター>が対抗してくることは想定内。

 エレクィングの存命時は<マスター>の活躍など聞きもしなかったが、多種多様な能力の使い手達であることは聞き知っている。

 ゆえに、どんな能力を使われてもいいように注意深く戦う心算だった。

 だが……。


『絶属性だぁ!? ふざけてんじゃあねえよ!!』


 ここまで露骨に自分の天敵が出てくるとは、という思いはある。


「あうぅ……怒鳴られてるぅ……」


 エレクィングの放電はミミィに近づけばその力を失い、どころか電磁障壁すら食い破られていく。

 問答無用で雷に由来する現象がその勢いを弱めていく。


『クッ、こんなに相性の悪い相手ありかよ……!』


 既にロストしたはずの絶属性と相対するのはエレクィングもこれが初めてだが、想定以上に厄介であると息を呑む。

 その様子に、ミミィは「あ、いけそう……」とドンドン近づいていく。

 相性差による絶対優位が、ミミィの心に僅かに余裕を生む。


(――釣れたな)


 しかし、それはエレクィングの誘いだ。

 想定外の相手、相性の悪い相手など、特務兵であるエレクィングにとっては常の事。

 そも、彼の死因である【外竜王】がその類である。

 今更、相性最悪な相手の一人や二人に狼狽えることはない。

 大袈裟に狼狽して見せていたのは、相手の油断を誘うため。

 自分の能力は、絶属性は、相手を完封できるのだと誤認させるため。


(有効射程は見切った。なら、その()から撃てば通る)


 エレクィングは既にこの類の相手への有効打は編み出している。

 《エレクトロ・スリング》。電磁力によって鉱物を超高速で射出する彼のオリジナル魔法。

 絶属性だろうと、否、絶属性だからこそ、鉱物に加わった運動エネルギーを減衰することはできない。

 目くらましの雷撃を放ちながら、絶属性領域の範囲外に電磁力の砲台を構築し、射出準備を整える。

 常人ならば困難なマルチタスクの魔法展開だが、自力で新たな魔法を編み出せる域に達した超級職のエレクィングならば実現可能。

 彼の用意に気づくことなく、輿に乗ったミミィは前に進み……。


(――準備完了)


 やがて、エレクィングの用意が整った。

 彼は即座に、敵手を仕留めるべく自らの魔法を発動させる。

 人間、それも魔法職程度の強度なら容易く木っ端微塵にするだけの砲弾。

 それを【ブローチ】を考慮した二連射で撃ち放つ。


「え?」


 それに対し、ミミィはどうすることもできなかった。

 彼女の精霊であるミチザネの《クワバラクワバラ》はその砲弾に何の効力も発揮できず、砲弾は瞬く間に彼女との距離を詰め……。



 ――ミミィの顔面と胸部に突き刺さり、その肉体を破壊した。



 ◇◆◇


 □■【未確認飛行要塞 ラピュータ】


 砂漠の空を、ボロボロの城が東へと飛行している。

 それこそは【未確認飛行要塞 ラピュータ】。

 昨日のウィンターオーブでの事件の後、急ぎ黄河へ向かう途上だ。

 カルディナとの戦闘で護衛の<マスター>も人数が欠け、生存者も満身創痍の者が多い。

 その中でも動ける者が交代でカルディナの再襲撃を警戒している。戦争期間中であるがゆえに<マスター>がログインし続けられ、護衛体制を維持できている部分もあった。

 そして現在、警戒を担っているのは諸事情で同道することとなったレジェンダリアのランカー……【召喚姫】天空院翼神子。

 翼神子は必殺スキルの反動で<エンブリオ>が丸一日機能停止していたが、彼女本人の召喚には支障がなかった。また、そのクールタイムもじきに明ける。

 壊れかけの城……壁と屋根がなくなって屋上のようになってしまった広間で、翼神子は瓦礫に座りながら再襲撃を警戒している。


(こちらは特に何事も起きないでしょうけど)


 そんなことを考えていると、彼女の所持する長距離通信魔法の端末が鳴った。


『お久しぶりですぞ』


 翼神子がすぐに通信を繋ぐと、通信相手はよく知っているHENTAIだった。

 年齢性別不明のロリショタコンことLS・エルゴ・スム、レジェンダリアの<超級>の一人。翼神子にとっては、レジェンダリアを出た後に途中まで同行していた相手でもある。

 色々あって別行動になった後、彼だけ先にレジェンダリアに帰還している。


「何かしらLS」

『今日、あのババアから翼神子に聞いておいて欲しいと頼まれたことがありましてな』

「陛下から?」


 ババアとはレジェンダリアの国家元首である【妖精女王】のことだ。

 そんなVIPをババア呼ばわりしているLSだが、これでも彼女から信頼されている<マスター>であり、度々茶会と称して相談を持ちかけられている。今日もその日だったのだろう。


『イエスですぞ。それでなのですが、翼神子の帰還はいつ頃のご予定ですかな?』

「天地まで足を伸ばすからまだまだ先ね。黄河にも滞在するから当初の予定より伸びるわ。半年は確実に掛かると見ていいわね。その間の<コントラクト・タイム>のことは残った子達に任せているし、決闘の方も好きに不戦敗で落としておいてもいいわ。帰ったら上げ直すから」


 長期不在を告げつつ、クランや決闘のことを伝えておく。

 翼神子がオーナーを務める<コントラクト・タイム>は召喚師系統の集まりだ。

 様々な場所でガチャ……もとい《召喚契約(コントラクト)》を実行し、その結果を披露しあう緩いクランである。

 ……秘境やダンジョン奥地でガチャを引くため、妙に武闘派になってはいるが。


『むぅ……そうなると……まぁ仕方ないですな』

「何かあったの?」

『……周囲に耳目はありますかな?』

「ないわ」


 屋上には彼女一人だ。交代時間にもまだ遠い。


『これは我々がレジェンダリアを出た後の話ですがな』


 そしてLSは気が重そうな声で次の言葉を発した。


『ミミィがレジェンダリアを出ましたぞ。その際の戦闘で【弓神(ザ・ボウ)】殿をはじめ、大変な被害が出ましたな』

「……ふぅ」


 その情報に翼神子は溜息を吐く。

 彼女は良くも悪くも全知ではない。時には分からないこともある。

 しかし今回は、直接視えていなくともこれまで見聞きしていた情報だけで『どうしてそうなったか』は予想がついた。


「時期は……LSが国に戻った頃かしら」

『ですぞ。ババアからの緊急呼び出しでしたな』


 事件が起きたのはLS・エルゴ・スムがドラグノマドでのゲームと戦闘を終え、大急ぎで国に戻った頃だ。

 ミミィの出奔と有力ティアン死亡で大穴が空いた首都戦力を補うためのヘルプであったことが、今ならばわかる。

 これまで翼神子に声が掛からなかったのは……LSよりも制御が利かないと思われているのだろう。

 LSはHENTAIだが、レジェンダリア内で複数の孤児院を運営しているなど国との繋がりが深い。

 対して、翼神子はその気になればさっさと国を移せる状態の半自由人だ。

 国絡みで動いてもらうならば、LSの方が安心できるのだろう。

 

 あるいは翼神子自身の問題ではなく……ミミィの話を聞けば翼神子も何らかの動きを起こしかねないと思われるほどの何かがあったか。


「きっかけは祭壇部族?」

『よく分かりましたな』

「分かるわ。聖女事件と並んで超級職問題の代表例だったもの」


 祭壇部族。

 人種ではなく、精霊信仰者の集まった部族であり、【精霊術師】同士の婚姻で繋がってきた部族ゆえに代々精霊術師系統に高い適性を持つ。

 祭壇部族という名の由来は、精霊への捧げ物。

 部族の中で良血のもの、あるいは逆に敵対者や領地への侵入者など、儀式に応じて様々なものを祭壇に捧げてきた歴史ゆえにそう呼ばれている。

 この世界においてそれは迷信の類いではなく、彼らの領地の精霊は長年の捧げ物で強力な力を発揮し、他の部族も容易に攻め込めない地となっている。

 そしてこの祭壇部族こそが代々【精霊王】、あるいは【精霊姫】を継承してきた集団だ。


「ミミィが就いた頃から煩かったわね。自分達の自業自得なのに」


 ティアンの一族で代々超級職を継承する場合、ある程度は手順が決まっている。

 まず、後継者が超級職就職の条件を満たす。これは一族継承ならば条件含めて把握されているので問題ない。ジョブ適性やレベル上限については、むしろ一族の満たせる者が継承者に選ばれるというべきか。

 次に、後継者が転職に対応するクリスタルの前で準備した状態で、当代の超級職がジョブをリセットする。

 そして空位となった超級職の転職クエストを後継者が受け、継承を果たす。

 ティアンが超級職を継がせる際の典型的なパターンだ。

 【精霊姫】もこの流れで継承される……はずだった(・・・・・)


『まぁ身内の継承争いで候補者がいなくなったのは祭壇部族の失態ですからな』


 祭壇部族も上記の手順を踏んでいたが、当代がリセットしたタイミングで後継者が部族内の反主流派の奇襲で殺された。

 そして後継者に選ばれなかったが条件は満たしていた者が混乱の中で転職クエストに挑戦し……失敗して死んだ。

 結果、条件を満たした後継者が祭壇部族内に不在となる。

 祭壇部族はなんとか混乱を収めて新たな後継者を擁立し、転職の準備を進めようとした。

 だが、その間に事態は動く。

 <マスター>では珍しく【精霊姫】の条件を満たしていた者……ミミィが転職可能のアナウンスを聞いて転職クエストに挑み、成功していたのだ。

 結果、祭壇部族から超級職は失われることとなった。


「『寄越せ、返せ』と喧しく言っていたものね。あれも怖いもの知らずと言うのかしら」

『ですな。……が、決定打になった出来事はもう愚かとしか言えぬ話ですぞ』

「アナタがそこまで言うようなことをしでかしたのね。実力行使でリセットでも迫ったのかしら?」


『連中、ミミィを強制的に嫁入り(・・・)させようとしたんですぞ』


「…………はぁ」


 翼神子は先刻よりも大きな溜息を吐いた。

 理屈は分かるのだ。超級職を部族の中に戻しつつ、子ができれば次代にも期待できる。

 元々人種問わず精霊術師が集まってできた部族ゆえに、常道と言ってもいい。

 だが……。


「<マスター>への理解が……それ以前にミミィへの理解が浅すぎるわ」


 <マスター>をそれで拘束できるはずがない。精神保護も自害システムもある。

 とはいえ、<マスター>への無理解で問題を起こすティアンはレジェンダリアには特に多いため、こうした事態も前例がない訳ではない。

 だが、相手がミミィであったことがあまりにも大きすぎる問題だった。


『マイアが首謀者達の中身を視たところ、「<マスター>は子供が出来づらいらしいから監禁して云々」とも言っていたらしいですぞ。薄い本ですな』

「頭痛がするわね。…………待って。この話、元老院(・・・)も一部抱き込まれてたんじゃない?」


 元老院は真妖精やハイエルフ、幻獣人種が名を連ね、議会でも他の議員よりも一段二段上に設定された特権階級。

 そして、先刻犠牲者として名前が挙がった【弓神】は元老院の懐刀の一人だ。

 祭壇部族だけで動かせるものではない。大方、祭壇部族の依頼で元老院の一部が動き、ミミィを捕えようとして返り討ちにあったのだろう。


『左様ですぞ。マイアの調査で詳細を知ったババアもブチ切れておりましたな』


 身内の恥すぎて世間に公表もできない話だ。

 表向きには別の理由が流布されているだろう。

 というか情報が出てこなかったあたり、出奔自体がまだ隠されている。


「そうでしょうね……」


 言いながら、翼神子は『そういうこと』と納得する。

 準<超級>最強戦力が身内の愚行で出奔してしまったので、同じく高い戦力を持つ翼神子の帰還が待ち遠しいのだ。

 というか、レジェンダリアの<超級>はこのLSを含めて癖の強い能力の持ち主ばかりのため、純粋な討伐などは準<超級>が担うことも多い。

 その中でも翼神子とミミィは二枚看板だった。

 ただ、ミミィは他の<マスター>やティアンと交流のあるタイプではなかった。

 翼神子とLSは多少関わりがあったが、そのような人間すら多くはないだろう。

 そして世間に何かを大きく言うタイプでもない。

 だからこそ、今回の事情も世間に露見していないのだろうが……。


「……ところで、【弓神】はどうやって(・・・・・)?」


 事件を聞き、『そういえば聞くべきことがあった』と翼神子は尋ねる。


『まずは【ブローチ】を壊すべく、不意打ちで頭部を狙撃したらしいですぞ』

最悪の一手(・・・・・)ね」

『決闘の彼女ならその時点で決着でありますし、分からなくもありませんがな』


 決闘でしかミミィを見ていない者ほど、彼女を見誤る。

 翼神子だけでなく、LSや他の<超級>もこう思っている。

 何でもあり(・・・・・)の戦いであれば、レジェンダリアでは<超級>よりもミミィの方が恐ろしい、と。


「そしてもちろん【ブローチ】は発動せず……アレ(・・)が出たのね」

『全員殺され、吸われ、【弓神】殿は喰われましたぞ。鏖殺ですな』


 「そうなるでしょうね」、と翼神子はまた溜息を吐く。

 最悪とはそういうことだ。

 ミミィ相手(・・・・・)ならば、あるいは不意打ちでなければ、ティアンを生かして帰す程度の分別もついたはずだ。

 ともあれ、こうなってしまえばミミィはレジェンダリアには戻れない。

 本人も戻りたくはないだろう。


(これは……また唆された流れかしらね)


 人間を誘導するのが得意な者が、このカルディナにはいる。

 祭壇部族か、元老院内の愚か者か、いずれかが踊らされた疑惑がある。

 となれば、今頃出奔したミミィはカルディナに流れているだろうと翼神子は察した。


(……今回の事件にミミィが関わってこなくて良かった)


 桔梗だけでなくミミィまでいたならば翼神子でも勝利は難しかった。

 ウィンターオーブに来なかったならば他のところで何かやっているのかもしれないが、それは翼神子にはどうしようもない。

 今か、未来か。ミミィと戦う誰かにはこう思わずにはいられない。



 ――頭部を壊す(制御を外す)ことだけはやめておきなさい、と。



 To be continued

(=ↀωↀ=)<レジェンダリア事情書いたら長くなったので


(=ↀωↀ=)<区切りの問題で一話に収めず二話に


(=ↀωↀ=)<明日は色々やることあるので続きは二日後予定です

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― 新着の感想 ―
二重人格とかトラウマ刺激による防衛本能でなんか凄いことになるんだろうなぁ
性格といい性質といいミミィはレジェンダリアにいてもおかしくないレベル
『傷んだ赤色』みたいなことになりそう
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