第一六四話 いずれ……
□■皇都ヴァンデルヘイム
皇都での戦闘は特務兵の圧倒的優位に進んでいた。
有力<マスター>の不在。この状況は内戦後に減じた戦力の多くを<マスター>に依存していた皇国にとっては明確な弱点であった。
それを補助するために並のティアンも一定以上の戦力となりうる【マーシャルⅡ】を配備していたが、かつての皇国の超抜戦力である特務兵相手にはあまりにも分が悪い。
ゆえに皇都防衛大隊は蹂躙されるばかりだったが……。
「なに? リビアシロッコとチリがやられた?」
特務兵側もまた、自軍から脱落者が出たという仲間の報告に驚いていた。
生前は部隊内で争うこともあったが、そうであるがゆえに実力は知っている。
まして、駒となった後は<霊廟>で修練を積んでもいる。
それが皇都の雑兵に敗れるとは信じ難い報告だった。
「……確認した。私の【アウトレイル】も自動で動かしていた部隊が二つ倒されている」
仲間の連絡を受けたドラギニャッツォは自分の指揮下にない自動操縦ゴーレムの状況を確認し、それらの内の数体が倒されていることを把握した。
「何かいるな、この街に」
それは恐らくティアンではなく<マスター>であろうとドラギニャッツォは推測する。
ほとんどの猛者が戦争に出払っていると言っても、全員ではない。
あるいは猛者でなかった者が短期間で猛者に変わることがあるのも<マスター>であると、特務兵の中でも死んだ時期が遅かったドラギニャッツォは知っている。
そして、そんな彼の推測を裏付けるように……。
『――お前がゴーレムの親玉だな?』
――金とも銀ともつかぬ光沢のパワードスーツが彼の視界に入ってきた。
「……!」
そのパワードスーツはドラギニャッツォも見たことがない不可思議な素材の装甲のスリットから、エネルギーを噴出して飛翔している。
皇国の【マーシャル】とは世代が幾つも違うことが明確に見て取れた。
「C6D6E6!」
ドラギニャッツォは即座に自らのパーティ枠内にいた指揮下ゴーレム……ジョブスキルによるステータス補正が乗った三機の【アウトレイル】で迎え撃つ。
三機は立体機動で建造物を駆け上がり、ドラギニャッツォを護るようにパワードスーツを阻む壁となる。
そしてワイヤー軌道を駆使して空中でもなお連携の取れた動きでランスを突き出し、敵手を討ち取らんとする。
だが、そのランスの攻撃は全て金銀の装甲によって弾かれる。
質量差も突貫力も物ともせず、パワードスーツは空中でなお不動。
『――!』
そして、金銀のパワードスーツが拳を振るえば、三機の【アウトレイル】は鎧袖一触とばかりに砕かれる。
強度と出力の桁が違うのは一目瞭然だった。
「ホゥ、秘匿工廠製のパワードスーツよりも遥かに強いな! 特典武具でもないのに大したものだ!」
技術者であるドラギニャッツォは、眼前のパワードスーツの性能に素直に感心した。
相手が<マスター>であることも、出力面で<エンブリオ>を活用していることも即座に理解している。
しかし、それを差し引いてもこのパワードスーツ……【UOG】は賞賛に値する代物だ。
さりとて、ドラギニャッツォも技術者であり、その腕を見込まれて特務兵に抜擢された男。感心するばかりでは誇りが廃る。
「ならばこちらも相応しい相手を用意しよう! 来い、【クラシック】!」
そして【UOG】の拳がドラギニャッツォに迫ったとき、それを阻むように紅い人型が彼のアイテムボックスから吐き出される。
【UOG】と同様、人型でありながらエネルギー噴出による空中戦を可能とした機体だ。
そして、その身に溢れるエネルギーも【アウトレイル】の比ではない。
『……!』
「私手製の神話級金属製ゴーレム、【クラシック】だ。量産型とは訳が違うぞ」
王道・正統派と名付けられた機体。
強固な素材で形作られたハイパワーの人型ゴーレムは、確かに正統派と言うに相応しい。
だが……。
『……元帥のファルドリードのパクリか?』
紅い人型ゴーレムを目にした【UOG】の装着者……バルサミナは、色と形からどうしてもかつて見たものを連想してしまった。
「――断じて違う!」
そして、そんなバルサミナの一言はドラギニャッツォの逆鱗に触れた。
「素材が同じで人型にしたからそう見えるだけだ! そもそも特典武具で無理やり動かすものと、技術と知識の粋を込めた機械式ゴーレムではまるで違うわ!!」
『お、おう』
「それと、私は奴を元帥などと認めておらん!」
かつての同僚であり、特務兵で唯一勝ち馬に乗った男。
そして内戦で自分を殺した男へのドラギニャッツォの心証は筆舌に尽くし難い。
「【ファルドリード】を知っているのならば、私と奴の違いを見せてやろう!」
主人の激昂に呼応するように、【クラシック】が動く。
「神話級金属を捩じり寄せて創った人形に、こんな兵器が搭載できるか!」
【クラシック】は掌の照射口から《恒星》に匹敵する熱量の熱線を照射。
至近距離からの光線を回避できず、【UOG】の表面装甲に着弾する。
「そも、奴の【エデルバルサ】は大軍を動かすための特典武具! 単体のパワーならば容易に超えられる!」
未だ原形を保っている【UOG】に対し、【クラシック】が拳を振るう。
その力は前衛超級職に匹敵し、STRにして三万もの力を発揮して相手を殴り抜く。
両の拳の超音速ラッシュが【UOG】に突き刺さる。
「そして、同じ神話級金属を使っていようと! 私の構造設計能力が遥かに上! 強靭な構造は奴の【ファルドリード】の比ではないのだぁ!」
【クラシック】の胸部が開き、トドメと言わんばかりに無数の噴進爆弾を叩き込んだ。
超級奥義魔法クラスの熱線、前衛超級職相当のラッシュ、そして大量の噴進爆弾。
仮に先々期文明の機械式ゴーレムであろうと粉砕するに十分な破壊力の数々。
あるいは、現代まで遺る魔力式ゴーレムの最高峰と謳われた【ベルクロス】でさえも、この【クラシック】の後塵を拝するだろう。
相対した【UOG】は、哀れにも爆煙の中に消え去った。
「兵装! 躯体性能! 物理強度! この【クラシック】こそ最強のゴーレムだ!」
逆鱗に触れられ、技術者としてのプライドを刺激され、声を荒げていた。
主の誇示に呼応するように、勝ち誇るように、【クラシック】が両腕を掲げた。
――が、その両腕は手首から先がなくなっていた。
「……………………ん?」
同時に、噴進爆弾の煙が晴れる。
そこには……傷一つない【UOG】の姿。
照射された熱線は装甲を僅かも熔かすことなく。
浴びたラッシュは逆に【クラシック】自身の拳を砕き。
ミサイルの雨は……まぁ埃と煤くらいはつけていた。
「………………………………???」
自分の現時点の最高傑作の猛攻……<UBM>にすれば伝説級以上に相当する【クラシック】の連続攻撃をあっさりと凌いだ敵手に、ドラギニャッツォは呆然としている。
『……なんつーか、気の毒で笑えもしねえよ』
常の『ケケケ』笑いもなく、バルサミナはそう零す。
これは、仕方のないことだった。
【クラシック】は神話級金属製である。
しかし、【UOG】は神話級金属を超越した金属……超級金属で出来ている。
かつて真の天才が生み出した錬金金属。『最高』のガーゴイルを創り上げる際に生じた余剰分は劣化することもなく死蔵、あるいは管理者に回収されてガチャに入った。
世に出て発見されたそれらをカルディナがかき集め、【UOG】の素材としたのだ。
素材強度の時点で神話級とは比較にならない。
だが、比較にならないのは素材だけの話ではない。
二つ目は機体を扱う者の差。
【クラシック】は【戦像軍師】であるドラギニャッツォによる補正を受けている。
だが……【UOG】も【機甲王】であるバルサミナの補正を受けている。
上級職と超級職。群と個。どちらの補正が上であるかは論ずるまでもない。
ここも、比較にならない。
そして三つ目は、出力の差。
【クラシック】は秘匿工廠内の動力炉を用い、魔力を充填している。
長時間の蓄積を短時間で使い切る代わりに、前衛と魔法両方の超級職に相当する力を発揮している。
だが、【UOG】の動力はバルサミナの<エンブリオ>……魔力を生む核融合炉とも呼べるヘリオスだ。
動力炉と同等以上の出力を発揮しながら、超級金属製の【UOG】はその魔力を受け止め、溜め続けている。
瞬間出力も持続性も、比較にならない。
即ち、ドラギニャッツォの最高傑作の前に立ったのは……その完全上位互換だったのである。
使っているバルサミナさえも『俺の新装備が強すぎる……』と思ってしまうほどだ。
「…………」
ドラギニャッツォは優れた技術者である。
だからこそ、この光景で彼我のスペック差を十二分に理解できてしまった。
秘匿工廠で造った兵器を持ち出したのに、大戦中にギフテッドに敗北して死んだときよりも絶望的な戦力差がある。
「……素材……」
彼のジョブスキルでは詳細を視ることもできない【UOG】の素材。せめて生前の特典武具があれば解析の一つもできただろうかとも思うが、ないものはない。
錬金金属の一種だとは思うが、錬金は専門からズレているのでどう作ればいいかも分からない。秘匿工廠でも製作は難しいだろう。
あと、『この装甲相手では【クラシック】を自爆させても倒すのは無理だな』と冷静に判断もしていた。お手上げである。
ただ、それはそれとして……。
「つかぬことを聞くが……」
『何だよ』
「そのスーツの素材、余っていたりはしないだろうか……」
『貰い物なんで知らん』
「そうか……そうかぁ……」
心から残念そうに呻くドラギニャッツォ。
今は『技術者としてこの素材でゴーレムを作りたい』という欲求が、敗北感を上回っていた。
『陛下の上司に頼んだら用意してくれるだろうか……』とも思うが、そもそも何を考えているかも分からない人外に頼めるかは別の話だ。
素材問題がクリアできないならば、次はどうやってこの相手を超えるかをドラギニャッツォは考え込んだが……今は答えが出なかった。
『他の所もあるからもう倒してもいいか?』
「ん……ああ、詰みは承知している。降参だ」
ドラギニャッツォがそう述べた直後――彼の身体は端から光の塵になり始める。
壊れかけの【クラシック】もまた、どこかへと消えていく。
『……他の奴らもそうだったがよ、アンタらは<マスター>じゃなくてティアンだよな? 何で消える?』
「<マスター>ではないが、今はティアンかも分からんよ。ただ、我ら駒にはまだ死の先がある。そういう意味では<マスター>に近くなったのかもしれんな」
死んで終わりがティアンだと言うのならば、今のドラギニャッツォはそうでもない。
死の先の二度目の生。
そして、まだ力が残っているならば三度目もあるだろう。
彼ら……<天獄の駒>はそういう存在だ。
『…………そうかい。よく分からねえが、倒したってことでいいんだよな』
「ああ。即時再戦はできんからな。今日の私はここまでだ。しかし、そうだな……」
退場していくドラギニャッツォは少し考えて、言葉を発する。
「折角なので、一つ言い遺しておく」
『?』
「今日の私は敗れた。だが……」
そうしてドラギニャッツォは、バルサミナを指差して……。
「いずれ……第二第三の私と【クラシック】が貴様の前に立ちはだかるだろう……」
すごく……どこかで聞いたような台詞を述べた。
『…………お、おう』
ドラギニャッツォとしてはいずれ改良した【クラシック】で【UOG】を超えるという意思表明だった。
だが、アメコミをはじめとした地球のサブカルチャーを嗜んでいるバルサミナからすると、何とも言えないテンプレ染みた宣言となってしまっている。
「さらばだ……」
そんなことに気づくはずもないまま、ドラギニャッツォは光の塵となった。
『……まぁ、その、なんだ。ボスキャラっぽい台詞だし、主役としては一〇〇点あげたいぜ』
ともあれ、勝利したバルサミナは次の戦いへと向かった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次は四日後更新予定
○ドラギニャッツォ&【クラシック】
( ꒪|勅|꒪)<なァ……
(=ↀωↀ=)<…………うん
(=ↀωↀ=)<いや、最初はもうちょっと頑張るプロットだったの
(=ↀωↀ=)<でも両者のスペック考えて戦闘書いてたら
(=ↀωↀ=)<「……あ、これはどう考えても苦戦しない」
(=ↀωↀ=)<ってなったのでコミカルに寄りました
(=ↀωↀ=)<いや、【クラシック】自体は普通に強いんだけどね……
(=ↀωↀ=)<相手が熱攻撃無効で超硬くて出力も上だったから……
( ꒪|勅|꒪)(王都で熔かされた【ベルクロス】といいゴーレムって不遇だな……)




