拾話 ベティ
□エリザベス・ウォーカー
わたしのお父さん、ロジャー・ウォーカーはヒーローだった。
テレビの中で、スクリーンの中で、色んな悪役と戦うヒーローだった。
「エリザベス、今回の映画はどうだった?」
「おとうさん、すごくかっこよかった。でも、おかあさんじゃないひととキスしてた」
「う……いや、彼女は今回の映画のヒロインだからであって……!」
「ジョーク。わかってる」
わたしも八才。もう子供じゃないもん。
お父さんは役者さんで、顔がハンサムで筋肉もあるからよくヒーロー役をしているんだってちゃんとわかってる。
それに番組や映画の中の話だけど、お父さんがヒーローなのは変わらない。
いつもカッコよくて頼りになる、最高のお父さん。
わたしも将来はお父さんみたいにカッコイイヒーローになりたいって神様にお願いしているもの。
けれど、背が高いお父さんと違ってクラスでも背が低い方だからダメかも……。
「こんかいのえいがは、よんばんめくらいにすきだよ。でもキスシーンでげんてん」
「うぅん。トップスリー更新ならずか。ベティは厳しいなぁ!」
お父さんのヒーロー映画が好きだけど、怪獣映画も大好き。
わたしの部屋は怪獣とお父さんのヒーローフィギュアでいっぱい。
「でもパパの映画もいつかはベティの好きな映画第三位に入ってみせるぞ!」
「そこはナンバーワンをめざしてよ」
そんな風に、またお父さんの次の映画を見るのを楽しみにしていた。
◇
ある日、家のリビングでお父さんやお母さんと一緒にブロックと怪獣フィギュアでジオラマみたいなものを作っていた。
こんな風に、一緒に遊んでくれる二人がわたしは好き。
「おとうさんっていつからヒーローだったの?」
ビルを建てながら、ちょっと気になってたことをお父さんに聞いてみた。
「いつから……っていうと最初のヒーロー役かい?」
「うん」
「それはあれよね、ロジャー?」
「そうだねシンディ。クルーズゴールドだ」
「クルーズゴールド?」
変な名前だと思った。
なんだか、アメリカのヒーローっぽくない。
文法合ってる?
「ベティが生まれて少し経った頃の作品でね。BDがあるから観るかいベティ?」
「でも、ロジャーの登場する話ってちょっと後の方じゃないかしら?」
「あ、そうだね。じゃあそこから……」
「わたし、えいがとかドラマはさいしょからじっくり見たい」
「……OK!」
そうして、昔のヒーロードラマの上映会をしながらジオラマ作成をするのがしばらくの我が家の日課になった。
お父さんが役者のお仕事でいない日もあったけれど、それでもわたし達はドラマを見続けて……。
「おとうさん、金ぴかでカッコイイ」
「ハハハ! フルフェイスだからパパのハンサム顔は隠れちゃうけどね! 演技も今と比べればまだまださ」
「でも、この作品での活躍が評価されて今に繋がってるのよね」
お父さんは照れくさそうに、お母さんはしみじみと、当時の思い出を語る。
けど、本当にカッコいい。
巨大なロボットで巨大なモンスターと戦うのもクール。
これがお父さんのヒーローの始まりなんだと思うと猶更カッコよく見える。
ただ、そんなにもカッコイイものを見ると、いつものように思ってしまう。
「わたしはちっちゃいから、こんな風にカッコよくなれないのかな……」
このドラマのようなヒーロー役をするのは難しいだろうと、いつもの諦めを口にする。
けれど、お父さんとお母さんはちょっと面白そうな顔をしている。
何でだろう?
「実はね、ベティ。このヒーローは子供も変身できるのよ」
「え?」
お父さんも、他の役者さん達も全員大人なのに?
「ああ! このドラマのオリジナルでは、パパの役は子供が演じていたんだ! 今のベティと同じくらいさ!」
お父さん達によれば、お父さんが初めてヒーロー役を演じたこのドラマは合衆国版で、元々は日本のドラマなのだという。
輸入されたこのドラマシリーズは、スーツを着た特撮部分の映像のいくらかはオリジナル版の流用で、『中身』の役者のシーンを完全撮り下ろしで作成している。
だから、オリジナル版と合衆国版では『中身』の役者が違う。
そう言ってお父さんはわたしにオリジナル版……日本版のブルーレイも見せてくれた。
何でも、自分の出世作だからオリジナル版も自費で購入していたらしい。
その映像では今のわたしと変わらない年齢の男の子が、お父さんが変身していたのと同じ……クルーズゴールドに変身していた。
「ほわぁ……」
ちっちゃくてもヒーローになれるんだと、わたしはちょっと感動していた。
「まぁオリジナルは合衆国版よりもっと前だから、この子も今は大人だろうけどね」
「子供の頃からカッコイイから、今でも役者をしてるんじゃないかしら?」
「おっと、シンディに褒められるなんてちょっと嫉妬しちゃうよ」
「うふふ。私の一番はもちろんアナタよ、ロジャー」
「シンディ……」
「ふたりとも、いつまでもカップルみたいにもりあがらないで?」
結婚から十年経つのにまだまだラブラブ。
外でこういうことをされるとちょっと恥ずかしい……今は家だし良いけれど。
「それにベティ。前も言ったけれど、身長なんて急に伸びたりもするんだ! これからスラッとしたスタイルになるかもしれないだろ? 何より、ベティはシンディとパパに似てとっても良いフェイスなんだから! きっと役者になれるさ!」
「そうね! ロジャーと二人で親子共演もきっとできるわ!」
「それ、おかあさんのがんぼうじゃない?」
わたしも、そうなったらいいなって……おもうけれど。
…………そうだ。
「おとうさん、この、オリジナルもかりていい? あとでもっと見てみたい」
「もちろん良いけれど、これは日本語音声しかないよ? 字幕はついてるけれど」
「うん。だいじょうぶ」
将来のための、お勉強。
子供でもヒーローになれるって教えてくれたこのオリジナル版を、自分でじっくり見てみたいのです。
そうして、お父さんから手渡されたブルーレイを大切に受け取る。
裏面を見ると、主要なキャストの名前が書かれていた。
わたしが感動した、子供ヒーローのキャストの名前は……。
「シューイチ・ムクドリ……」
日本人だからちょっと変な名前だけど、その名前はとても印象に残ったのです。
◇
それから。
わたしは色んな映画を見て、お父さん達と遊んで。
それから。
役者を夢見て、レッスンをして。未来に進んで。
それから。
色んな楽しいことがあって、未来に進んで。
それから、それから。
それから……。
お父さんが殺された。
◆◆◆
お父さんが死んだ。
原因は、仕事先での銃乱射事件。
人で溢れたイベント会場で起きたその事件の死傷者数は、四二人。
けれどお父さんは撃ち殺されたんじゃない。
混乱し、逃げ惑う数千人の民衆。
そのパニックの中で……踏み殺されたんだ。
お父さんは、転んだ子供を助けようとしていたらしい。
踏み殺されそうだった子供を守ろうとしたのだと。
でも、その挺身すらも叶わなかった。
数千人の暴走と重みはお父さんを踏み殺し、庇った子供も救われなかった。
お父さんは、事件の被害者の一人として名を連ねた。
テレビのニュースでは逃げた直後の事件の被害者達が当時の恐ろしさを語っている。
涙ながらに恐ろしい目に遭ったと口々に語っている。
けれど、この被害者の中の誰かが……お父さんを踏み殺した。
加害者の自覚なく、人を踏み殺したとも思わないまま、『生きてて良かった』と安堵している。
この事件について報道は『犯人が悪い』、『いや犯人を追い詰めた環境が悪い』などとそんなことにばかり焦点を当てていた。
誰がお父さんを踏み殺したのか、誰がお父さんの死体を踏みつけたのかを知る事も出来ない。
原因となった銃乱射事件の犯人も既に自殺している。
もう、誰にこの悲しみと憤りをぶつければいいのかも分からない。
ただ、わたしは家の外に出ることができなくなった。
外を歩くことすら、人の群れを見ることすら怖い。
地面を歩く彼らを視るだけで吐き気がして、ひどく嫌な気分になる。
けれど、もっと嫌な気分になったのは……SNSを見たときだ。
お父さんのアカウントには、沢山のメッセージが送られていた。
多くのファンから、役者仲間から、お父さんを悼む声が届けられた。
けれど、その中には、お父さんを嘲笑する声もあった。
『ヒーローなのにあっけない』、『子供を守れなかったヒーローの面汚し』、『見ためだけの偽物』……そんな言葉やもっとひどい言葉が書き込まれていた。
それらは悼む声よりもずっと少なくて……けれど遥かに心を蝕んだ。
◆
お父さんが死んだ後、お母さんが壊れた。
お父さんの死、最も目立つ被害者の遺族の言葉を求めて近づいてくるマスメディア、SNSなど世間からの言葉。
それらが積み重なって、お母さんの心は疲れてしまった。
いつからか、誰もいない空間にまるでお父さんがいるかのように話しかけていた。
最初の頃は、わたしの話も聞いてくれた。
『何でそんなことを言うの』、『パパに意地悪しちゃダメよ』、と逆に諭されたこともある。
けれど時間が経つと、お母さんはわたしの言葉に応えてくれなくなった。
リビングの誰もいないところに向かって、わたしの名前を呼んでいた。
「ロジャー……ベティ……ふふ、ここはこうしたら……どうかしら……」
パパを呼んで、わたしを呼んで、独りで……ブロックのジオラマを組み立てていた。
かつて見た光景だから、分かってしまった。
お母さんは思い出の……幸せだった時間の中にいて、少し背が伸びたわたしは、幸せな記憶から追い出されてしまった。
もう、幸せな過去だけを見ているお母さんの心の中では、わたしはわたしじゃなくなってしまった。
わたしを見ないまま、わたしと話さないまま、お母さんは昔に心を置いてきたのだ。
わたしは、泣きながら、お母さんのジオラマを壊した。
怪獣のようにブロックの街を蹴り壊した。
『戻ってきて!』、『わたしはここにいるよ!』と訴えた。
けれど、お母さんはそんなわたしを見ないまま、思い出と一緒にジオラマを組み立て直すだけだった。
そんな日が続いて、お母さんがどこかに入院してしまって。
広い家で、わたしは独りになった。
外に出ることもできないまま、お父さんもお母さんもいない家に、わたしだけ。
「どうして……」
どうしてこんなことになったんだろう。
あんなにも幸せだったのに。
あんなにも夢見た未来があったのに。
それはもうどこを探してもなくて、どうしても届かなくて。
わたし達はもう、終わってしまった。
「誰のせいで、何のせいで、こうなってしまったんだろう」
それを考えない日はなくて……考えれば考えるほど、わたしは人間そのものが嫌いになった。
わたし達を不幸にした人間が大嫌い。
自分が加害者だと思っていない人間が恨めしい。
無責任な言葉を発する人間が憎い。
全員、あの日のお父さんと同じ目に遭わせてやりたい。
全部全部、踏み潰してやりたい。
ああ、それが今のわたしの本心。
神様お願いします。
もうヒーローになりたいなんて言いません。
怪獣になりたいです。
わたしは、怪獣になって……何もかもを壊したいのです。
けれどそんな願いは当然叶わなくて。
わたしは何もできないまま、家の中に篭り続けた。
さみしい。
◆
何処にも進めない日を、澱んだ時間を、わたしだけの家で過ごしていた。
けれどある日、偶々ついていたテレビが……あるコマーシャルを流した。
『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします』
To be continued
(=ↀωↀ=)<次は二日後、あるいは三日後でこの続きだけど
(=ↀωↀ=)<書籍も読んでいる人には見覚えあるシーンが入ると思います




