接続章 二章⇒三章
接続章 閉幕と開幕
■決闘都市ギデオン東門周辺
午前零時。
レイと【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】による死闘の日が終わりを告げたとき。
不寝番の衛兵を除き人影のない決闘都市ギデオンの東門周辺に、淡い光を発しながら一組の男女が現れる。
現れたのはパイロットスーツのような軍服を着た男性――ドライフ皇国の【高位操縦士】ユーゴー・レセップス。
傍らにいるのはユーゴーの<エンブリオ>であるコキュートスだった。
ユーゴーはゴゥズメイズ山賊団との戦いで救出した子供達をギデオンに送り届けた後、ドライフ所属であるがゆえ、追及を避けるため一時的にログアウトしていた。
そうして今、頃合を見計らって再度ログインして戻ってきたのだ。
彼らはログインしてすぐに東門から離れる。
やがて人気のない細い路地に入り、そこで黙して何かを待っていた。
すると一分も経たない内に、路地に入ってきた人物がいる。
酔漢やチンピラの類ではない。
その人物はなぜか……ペンギンの着ぐるみを着ていた。
それは昨日の朝、ドクターフラミンゴを名乗ってレイに薬を飲ませ、状態異常を直すと同時にレイの頭にイヌミミを生やしたペンギンだった。
『お待たせぇ』
「いえ、私の方がログアウトで時間を取らせてしまいましたから」
『うんうん、大活躍だったようだねぇ。この街を騒がせていた山賊団をたった二人で片付けちゃうなんてねぇ』
「ご存知だったのですか?」
『ああ。ちょっとレイ君を盗聴していたからねぇ』
「レイを盗聴? ……どうやって?」
『ナイショ。ラジオドラマ代わりに聞かせてもらっていたけれど……中々面白かったねぇ。彼は……ユーと同様に実に真っ当なメイデンの<マスター>だったよ』
ペンギンはクツクツと身体を揺らしながら笑った。
「それで、彼の様子を伺っていたのなら一つお尋ねしたいのですが」
『ああ、勝ったよ。彼の勝ちだ。彼は単独で<UBM>を撃破せしめたよ』
「そうですか。それは良かった」
ユーゴーは心からそう思った。
けれど、良かったと思った後に……こうも考えてしまう。
「あのまま彼が敗れていれば……あるいは今日、“彼と敵対する”こともなかったのではないか」、と。
「レイほどに心根の真っ直ぐな人であれば、確実に“計画”を阻止しようとするだろうから」、と。
「そもそも……あのレイが阻止しようとするような“計画”を本当に……」、と。
徐々に迷いがユーゴーの心を占めていく。
だが、
『それでユーの方は明日……いや今日の“計画”大丈夫なのかい?』
そんなユーゴーの内心を察したのか、ペンギンがユーゴーに尋ねる。
ユーゴーは内心の迷いを抑え、ペンギンに報告する。
「……【マーシャルⅡ】が大破しました」
『分かった。じゃあこれ予備機の【ケージ】。前に使っていた【マーシャルⅡ】の改良型で、性能は防御力とAGIが三割増しになった【マーシャルⅡ改】だよ。チューンも済んでいる』
そう言ってペンギンはアイテムボックスからユーゴーが昼間使ったのと同じ、丸めた金属質の大スクロールを取り出して渡した。
「ありがとうございます。それと、これを」
ユーゴーはアイテムボックスからある紙束を取り出す。
それはゴゥズメイズ山賊団のアジトで発見した、《グラッジアンデッドクリエイション》の術式設計図だった。
『ああ、例の<UBM>を創ったっていう術式か』
「クランでの怨念動力構想は既に廃案になっているので、不要とも思いましたが」
『そうだねぇ。そもそもあれは【冥王】に協力してもらっていたから、今更ティアンの上級職が創った術式なんて…………』
「オーナー?」
設計図に目を落としていたペンギンが、何かに気づいたのか無言で文面に注視する。
『なるほど……別に怨念だからといって……実証は必要だけれど……』
ペンギンは何事かに納得し、設計図をアイテムボックスにしまった。
『さて、話を戻そうか。まず“ハート”であるユーの準備は<マジンギア>とキューコがいれば問題なし。他の準備も概ね完了』
そうして、ペンギンは確認するように指折り数える。
……ペンギンの着ぐるみには指がないので中身だけの話だが。
『装置や《キャスリング》の配置は完了。設備への干渉準備も完了。“クラブ”のベルドルベルはもう数日前から根を下ろしている。無論、“ダイヤ”である私も準備完了……ではないんだけどねぇ。まだ少しやることが残っているから。まぁ、“計画”までには終わるさ』
そうしてトランプのスートを交えて何事かをユーゴーに情報共有している。
それは暗号とも呼べぬものだ。
単にこのペンギンは何かしらの“計画”を立てるとき、重要人物にはトランプのスートやチェスなどの遊戯に合わせてコードネームをつけるのが癖というだけの話なのだから。
『不安要素があるとすれば皇王派の“ジョーカー”である彼女が仕事するかしないかなのだけど、それは運任せかねぇ。情報通りに第一王女がギデオンに来るなら動くだろうし』
「あの、今回“スペード”は?」
ユーゴーは説明に欠けているスートがあることに気づき、ペンギンに問う。
ペンギンがトランプのスートに準じてコードをつけるときは概ねスペードが切り札、あるいは最も破壊力のある役割として配されるからだ。
それに対してペンギンは、
『あ、うん。いないねぇ。今回スペードの枠はいない』
そう応えた。
それは明らかに何かを誤魔化している様子だったが、ユーゴーがペンギンを疑う様子はなかった。
『いやー、しかし良かったよねぇ。ちゃんと<超級激突>が開催されるようで』
話題を変えるようにペンギンはうんうんと頷きながら言葉を述べる。
『王女にしても第二王女はもうギデオン入りしているみたいだし、本当に良かった。どこのバカがやったか知らないけど、あのPK騒動での封鎖でイベントどころかこっちの“計画”まで潰れるところだった』
PK騒動。
それはほんの数日前に王都周辺の初心者狩場を三つのPKクランとあの<超級殺し>が封鎖した事件。
王国の<超級>によって事件は解決したが、あの一件で王国の国力は減じた。
ネット界隈では、王国と戦争間近である皇国によるものだと噂されている。
しかしそれが間違いであると、ペンギンはよく知っていた。
「あれは、誰の差し金だったのでしょう?」
『知らない。上手く立ち回っていて証拠がない。ただまぁ、PKへの報酬は随分と高かったようだし……こういう金に任せた手を使うのはうちの国も含めて少数に限られる』
「カルディナ、ですか」
商業都市郡カルディナ。
大陸中央の砂漠地帯に位置し、“金銭の多寡こそが貴賎を決める”と豪語する商人達の国。
国家としての特色は“高額ではあるが全ての国の特産物が入手できる”というもの。
それゆえに、ハイエンドプレイヤーが多く在籍し、<マスター>の戦力は七大国家でも最大となっている。
「目的は何でしょうか?」
『皇国の評判落とし、他にも狙いがありそうだ。あそこはティアンのトップにも<超級>にも頭の切れる奴がいるからねぇ』
「…………」
『虎の子の<セフィロト>を使えばいいものを。回りくどい真似をするよねぇ、ホント』
<セフィロト>……それは商業都市連合カルディナにおけるトップクラン。
構成メンバーはわずか十人であり、“その内の九人が<超級>で構成されている”。
その九人にしても“魔法最強”【地神】、“七死変貌”【殲滅王】、“万状無敵”【神獣狩】、“蒼穹歌姫”【撃墜王】など<Infinite Dendrogram>内でもその戦闘力で名を馳せたメンバーが多い。
ゆえに、<セフィロト>は<Infinite Dendrogram>でも最強のクランと呼ばれている。
「……今回の計画、その<セフィロト>が出てくる可能性は?」
『バレてはいないはずだけどねぇ。なにせこの計画が成れば、恐らくは戦争の前に王国が降伏する。皇国にとっては一撃必殺の一手なんだからねぇ。知っていたら、もう何かしているさ』
しかしペンギンは内心で言葉を付け足す。
『けれど、そもそもイベントとして<超級激突>を見に来る可能性はある。その場合はやっぱり“スペード”で対処するしかない』、と。
「…………」
ペンギンの言葉に何か思うところがあったのか、ユーゴーは何事かを考え込む。
そんなユーゴーに、ペンギンは優しく声をかける。
『あまり深く気にしないことだね、ユー。これで上手くいけば最小限の犠牲で戦争は終わるんだからさ』
「最小限、ですか」
『ああ。あの将軍閣下(笑)と元帥は全面戦争したがっているだろうけど、そんなのコストの浪費でしかない。やるならスマートに、けれど劇的に、だねぇ』
そう言ってペンギンは、自身の着ぐるみを脱ぎ捨てる。
同時に、アイテムボックスから白衣を取り出して羽織る。
それを終えたとき、そこに立っていたのはペンギンではなく、メガネを掛けて白衣を身に纏った痩身の男性だった。
彼は両手を広げて、高らかに宣言する。
「明日、皇国と王国の戦争は終わる。私達……<叡智の三角>の手によってね」
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続きは明日の21:00に更新します。




