第十八話 不死の終わり
本日二話投稿の二話目です。
前話をお読みでない方はそちらからお読みください。
■【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】
【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】と世界に名づけられたモノは怒っていた。
【ゴゥズメイズ】は常に、それこそ誕生の時からずっと憎悪を抱えていた。
なぜなら【ゴゥズメイズ】は、死者が遺した怒りと憎しみそのものだったから。
そんなものしかこの世に遺さなかった者達の、成れの果てだったから。
『GUDSFDGAADASAAAAAADSDAAA!!』
【ゴゥズメイズ】にはそれしかなかった。
元になった死者達は欲と悪徳に塗れており、死んだ後も怨念だけを残した。
仮に彼らの中に誰かへの情愛を持ったまま死んだものが一人でもいれば、あるいはこの死の塊はこれほど強大にはならず、<UBM>にもならなかったかもしれない。
しかしそうはならなかったし、今の【ゴゥズメイズ】が自身の姿を省みることもない。
【ゴゥズメイズ】の内部に滾る怨念は、ただ自らの力を生者にぶつけ、自分達の怨念の中に沈めて加えなければならないと猛り狂っている。
そして、今の【ゴゥズメイズ】は輪をかけて怒り狂っていた。
眼下の、【ゴゥズメイズ】からすれば鼠の如く矮小な生者達が死なないからだ。
それは<マスター>。
<マスター>は不死身だ。
しかし、殺せば少しは消えるはず。
この生者はその仮初の死すらもはねのけ、今もまだ存在している。
それどころか【ゴゥズメイズ】の前に立ち塞がり、他の生者を怨念に沈めるのを阻止せんとする。
傷つけても、置き去りにしても、殴り砕いても、再び立ち上がって邪魔をする。
許せなかった。
なぜこんなにも許せないのかも、【ゴゥズメイズ】にはわからないが許せなかった。
しかし終わりだ。
もう終わりだ。
【ゴゥズメイズ】に成り果てた者の一人が持っていた大魔法。
それを再度放って、今度こそ殺して終わらせる。
そうして終わらせたら、次は街に向かう。
記憶にある街に赴き、もっと多くの人間を殺して怨念に沈めようと【ゴゥズメイズ】の怨念の何割かは考えた。
そうすれば、もっともっと多くを沈められる、と。
やがては世界を沈めてやる、と。
――そうだ、私は、俺は、俺達は死んだのに
――生きている者がいる世界など認められない
――全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部沈めてしまえ
――世界の全てを殺して食らってしまえ。
そんな、客観と主観が混ざったマーブル模様の精神。
しかし、そんな【ゴゥズメイズ】の内なる混沌の中に、一点の疑問が生まれた。
それは己の思念に対するものではなく、眼下の矮小なる者の行動だ。
矮小なる者は左手で布を口に押し当て、
“右手の篭手”を【ゴゥズメイズ】に向けていた。
あれの篭手は炎を放つ。それはもう理解していた。
しかしそれは全て左手の篭手であり、右手の篭手から炎を放ったことは一度もなかった。
ならば、あの右手の篭手は何を放つのか。
混沌の精神が疑問を覚えた矢先。
「《地獄瘴気》……全力噴出!!」
金髪の男が何事かを宣言し――右手の手甲から黒紫色の煙が猛烈な勢いで吐き出された。
見覚えのない攻撃。
それの正体、自分への影響、敵の狙い。
僅かに残っている理性でそれを把握しようとして、【ゴゥズメイズ】は気づく。
これは自分にとっては無害、どころか有益なものである。
これは瘴気。
生者を侵し、弱らせ、死に至らしめる毒の霧。
死者である【ゴゥズメイズ】にとっては何ほどのこともない。
生きた細胞をもつため状態異常は受けるが、その影響は軽微なもの。
そもそも、死者の複合体である【ゴゥズメイズ】にとって多少の【衰弱】や【酩酊】など無意味。状態異常を取り込んでも、効果はほぼ発揮されない。
細胞を侵す【猛毒】も自己修復で十分に対応できる。
故に、これは単に生者が死に易くなるだけの、【ゴゥズメイズ】にとって有益なもの。
何を愚かな考えでそんなものを使ったのか、あの男の顔を見てやろうとして――気づく。
見えない。
何も見えない。
ゴゥズメイズの首元までも黒紫の煙に覆いつくされ、全身の死相の目をもってしても把握できない。
煙幕。
これがあの男の狙いだった。
たとえ自分を害する危険のある毒煙であろうと、【ゴゥズメイズ】の目を封じるために使ってみせた。
『DAADFDZFAAASSADASASAAAAAAA!!』
咆哮し、滅茶苦茶に暴れ狂う。
どこかにいるはずの男に当たれと、矢鱈滅多らに足で大地を踏み揺らす。
地面が砕け、脚部周辺の顔までも衝撃で潰れるほどに地団駄を繰り返すが、何かを踏み潰した感触はない。
当たらない。どこにいるかもわからない。
そんな状況に、怒りに混じって微かな焦燥が生じるが……混ざり合った怨念の中の、冷静な部分が告げる。
――あれは頭部を狙っている
――だが、奴は飛べず、矮小だ
――頭部を攻撃するためにまた足を切ろうとする
――その瞬間、己の足ごと大魔法を食らわせて殺してしまえばいい
それは身を切る捨て身の方策。
しかし、《自動修復》を有する【ゴゥズメイズ】にはどれほどのこともない。
如何に姿を隠そうと相手に打てる手は一つしかないのだから、それにさえ対処すれば【ゴゥズメイズ】の勝ちは揺るがない。
あるいはまた炎を使うかもしれないが、あんなものは痛みがあるだけで【ゴゥズメイズ】の致命傷にはなりえない。
――次だ
――次に足に痛みが走った瞬間に、そこ目掛けて魔法を撃ち込んでやる
――大魔法の二度目の発射は負担が大きい
――だが、あれを殺せるならば安い対価だ
そう思考して脚部に注意を払い、身体の主導権をかつてその魔法を使っていた怨念に移す。
そして頭部のコアを露出して大魔法の発射体勢に入った。
左の後足に何者かが触れる感触があり、腐りかけの神経細胞に痛みの信号が走った。
『《DEEEEAADDDDRYYYYYYYYYMIXIIIIIIISAAAAAAAAAAAAAAAA》!!』
瞬間。
左後足ごと奴を消し飛ばすべく大魔法を放射する。
急速に後ろを向いた反動で首の腐り皮が千切れるが構わない。
強引に射角をとって放たれた一撃は己の左後足を消滅させた。
体勢を崩し、身を焼き消す痛みに絶叫を上げるが、こんなダメージはどうせすぐに回復する。
――それよりも奴を殺せたことの方が……
そこまで怨念が思考を巡らせた瞬間。
今しがた消滅したはずの人間が――ゴゥズメイズの背に飛び乗ってきた。
――――
何が起こったのか。
理解が出来ない。
無数の怨念が内でざわめき、一瞬の硬直が生まれる。
そして見た。
血に塗れた奴の右手。
見覚えのある色の肉片――【ゴゥズメイズ】の体組織の一部――を食んだ奴の口元。
そして――黒色の旗をたなびかせる斧槍。
今、奴は尋常ならざる速度で【ゴゥズメイズ】の背を駆け、跳び、頭部目掛けて突き進んでくる。
先刻までより、傷を負う前より、遥かに速い。
とても重傷の死に体とは思えない……どころか、見る間に傷が消えていく。
今、【ゴゥズメイズ】を動かす怨念が恐れを抱く。
これではまるで、あの地下での逃走劇の焼き直しではないか、と。
「成功、か」
【ゴゥズメイズ】の全身に浮かぶ死相が、奴の呟きをとらえた。
「“状態異常に感染した相手の一部を摂取して状態異常に掛かっても……《逆転》は敵対者によるマイナス効果と看做す”。朝方、【葡萄】で実証済みだよ」
相手が何を言っているかが、【ゴゥズメイズ】には分からない。
「アンデッド相手に《地獄瘴気》が上手くいくか不明だったし、朝方のあれも【葡萄】の攻撃の一部だから判定されたのかもしれなかった。もしもそうだったら自滅で終わっていたが……通った」
その姿が、【ゴゥズメイズ】には理解できない。
「ハハッ……気持ちの悪い博打だった」
しかし、【ゴゥズメイズ】の腐肉を奴が食らい、今の状況を作り上げたことだけは理解できた。
『GIIE!??DGAAAAAAAQA!!!?』
絶叫が頭部と全身の口から漏れた。
「怖いのか?」
相手の言葉通り、ゴゥズメイズは恐怖していた。
これまで数多の人の生と肉を食らってきた【ゴゥズメイズ】……ゴゥズメイズ山賊団の怨念が総意として怯えていた。
「自分が食われる側に回ったのは初めてか?」
そう問いかけてくるのは、これまでの罪の応報の様に【ゴゥズメイズ】の肉を食らい、不死の命を断たんと迫る者。
【ゴゥズメイズ】はその有り様に恐怖した。
奴は死神だった。
血の紅と死の黒に彩られた両手に黒い旗を掲げ、
狼の如き耳を生やし、
人食いの肉を食む、
自分達を追い詰める死神だった。
『KADSFA!!!?ASASADAAAQASQA!!』
滅茶苦茶に背中に向けて腕を振り回そうとするが、まるで【ゴゥズメイズ】の動きが緩慢極まると言わんばかりに奴は容易く避けてみせる。
それどころか振り回される左拳に飛び乗って、手から腕へと遡って頭部に駆け出す。
少しずつ、少しずつ、死神が、死が、終わりが、【ゴゥズメイズ】に迫る。
絶望に苛まれ、【ゴゥズメイズ】は最後の手札を切る。
『《DEEEEAA、DEEAAADAAAAAA、DDDDRYYYYYYYYYMIXIIIIIIISAAAAAAAAAAAAAAAA》!!??』
三度目の大魔法。
形振り構わなかった。
怨念を多大に消耗するこの大魔法を短期間で三度も放てば、怨念を核とする【ゴゥズメイズ】が自壊する恐れもあった。
それでも、腕から這い寄る恐怖には抗えなかった。
大魔法の炸裂によって【ゴゥズメイズ】の肘から先が、死神ごと消し飛ぶ。
巨木を上回る太さの【ゴゥズメイズ】の腕が骨も残さず消えていた。
痛覚は異常なまでの信号を発し、怨念の減少に伴い自己修復すら緩慢だ。
体内を駆け巡っていた怨念ですら、今は《デッドリーミキサー》の行使者を含めた数人分しか残っていない。
しかしそれでも【ゴゥズメイズ】の体を覆う死相と、内に残された怨念達は笑う。
安堵で笑う。
足一本、腕一本、全身を構成する怨念の凡そ八割。
消耗は多大だが、自身を終わらせる死神もまた消えた。
これで終わった。
後は、自己修復が終わり次第街に向かって存分に怨念を……。
『A?』
不意に、頭上から何かの影が掛かった。
【ゴゥズメイズ】の牛頭が上を向く。
夕焼けの中に、沈む太陽の輝きの中にそれはいた。
黒い影が黒い大剣を逆手で突き出して。
【ゴゥズメイズ】の視界一杯に落下してくる。
『不死に耽溺した獣共よ』
「永遠に――眠れ」
黒い大剣の切っ先は額を突き破り、
コアに黒色の大剣が触れ、
「『《復讐するは――我に――あり》!!』」
【ゴゥズメイズ】が与えたダメージの全てを乗せた一撃が。
否、【ゴゥズメイズ】が苦しめてきた人々全ての復讐を乗せた一撃が。
因果応報の如く、【ゴゥズメイズ】の頭部とコアを完全消滅させた。
To be continued
次回の投稿は明日の21:00です。
(=ↀωↀ=)<二章ボスバトル……決着!




