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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第二章 不死の獣たち

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第十七話 可能性はいつだって

( ̄(エ) ̄)<累計PV200万突破クマー!


(=ↀωↀ=)<ありがとう、そしてありがとう!


投稿開始から一ヶ月でここまで来れました。

皆様の応援のお陰です。

これからも頑張ります!

 ◇◇◇


 □決闘都市ギデオン内某所


『オイーッス。フィガ公お久しぶりクマー』

「おや、聞き覚えはあるけど見知らぬ顔だね。新しい着ぐるみかい、シュウ」

『お目が高いクマー。これは【はいんどべあ】ってMVP特典クマー』

「……また着ぐるみだったんだね」

『……また着ぐるみだよ悪いか』

「何着目だい、MVP特典着ぐるみ」

『何着だったかすぐにはわからんクマ。でも着ぐるみ以外は一個だけクマ』

「……偏っているよね?」

『おかしいだろ。何体倒しても【グローリア】のときに手に入れたMVP特典以外は全部着ぐるみだぞ! ありえねえクマ!』

「普通は<UBM>の討伐なんて早々出来ないものだけどね」

『お前に言われても「ソーデスネー」って感じクマ』

「そうかも。ああ、そういえば……クマの着ぐるみってあの時以来じゃないかな?」

『あのとき?』

「シュウと僕が初めて会ったとき」

『あー、そういやあのときもクマだったクマー。市販品だけど』

「僕達はあのとき初めて<UBM>と戦ったんだよね」

『そうそう。懐かしいクマー』

「あのときは大変だったね」

『<Infinite Dendrogram>が始まってリアルで十日かそこらだっけ? 下級職でレベルも低い頃で』

「そうだね、そのくらいかな」

『お互い、あのときはよく勝てたもんだ……。正直今思い出すと勝てたのが不思議クマ』

「でも、シュウはあのときも全く諦めていなかったよね」

『ハハハ、諦めるわけねーさ。あのときも言っただろ』


『可能性はいつだって――』


 ◇◇◇


 □過去の夢 【聖騎士】レイ・スターリング


 二〇三五年のあの日、俺達を庇って兄は事故に遭った。

 命に別状はない。

 けれど、トラックに接触した右足は重傷だった。

 肉は腫れ上がり、血管は皮膚の内で破れ、骨は折れていた。

 <Infinite Dendrogram>なら回復魔法やアイテムで治るが、それは現実の大怪我であり、どうしたってすぐに治るものではない。入院が必要なほどの怪我だ。

 そして、兄にとっての大事な試合、アンリミテッドパンクラチオンU-17大会の決勝はあと一時間もすれば始まる。


『どうしよう、も、ない?』

「そのとおり。どうしようもない」


 ……普通ならば。


 眼前では周囲にいた通行人が騒然としながら俺達の周りを囲んでいた。

 悲鳴を上げる人、電話で救急車を呼んでくれている人、あるいは決勝戦の出場選手である兄をマークしていた記者らしき人が「椋鳥選手!」と声を掛けてもいる。

 人の輪の中心では兄が倒れ、子供の俺と兄に助けられた女の子が涙ぐみながら兄を見下ろしていた。

 女の子はきっと事故に遭った恐怖から、俺は……俺のせいで兄が大怪我を負ってしまった事実から、泣いていた。

 このときの俺が考えていたことは今でも覚えている。

 兄に対しての申し訳なさと、「お願いだから一秒でも早く兄さんを助けてください」だ。

 ただそんな周囲の悲痛な目と俺の思いに対し、倒れたままの兄は少しだけ子供の俺を見てから……。


「いってー」


 そんな、天井の梁に頭でもぶつけたかのような声と共に跳ね起きたのだ。


 一同呆然。

 子供の俺も、女の子も、通行人達も言葉なく目を丸くしている。

 付け加えるなら、今の俺の隣にいるシルエットも驚いている様子だ。


「あー……折れてるなぁ、これ」


 兄は左足一本で立ちながら、折れた右足を見下ろしてそう言った。

 まるで「プラモデルの部品が折れてちょっとショックー」みたいな声音だった。

 当然折れているのはプラモではなく兄の足である。


『その、はんのう、おかしい』


 シルエットが突っ込んだ。


「まぁ、兄だし」


 今の俺には兄のこういう言動は慣れたものだ。

 この頃の俺はそこまで兄の奇行に慣れていないため、ショックを受けているが。


「あ、あの、今救急車呼びました! もうすぐ来ますから! 安静に!」


 救急に連絡してくれたらしい通行人の方が兄にそう告げる。

 しかし兄は、


「え、あー……ありがとうございます。でも今はいいです」

「「「いいです?」」」


「これからそこで決勝戦あるんで、病院はその後に行きますから」


 時が止まったのを覚えている。

 俺だけでなく、その場にいた兄以外の全員の心はきっと一つだった。


 『こいつ何言ってるんだ』、である。


 反応からしてシルエットも同様の思いを抱いたようだった。


 ◇


 夢の場面は変わって兄の控え室。

 そこにはもちろん通行人の姿はない。

 この場面の直前までは応急処置してくれたスポーツドクターの先生や付き添いに来ていた兄の通う道場の先生がいたはずだが、今はいない。

 この控え室にいるのは子供の俺と兄だけだ。

 兄の右足には湿布が張られて包帯が巻かれている。

 しかし、それだけだ。

 ギブスは勿論、添え木すらない。

 なぜなら、これから兄は試合に出るつもりだからだ。

 ギブスや添え木は凶器になるから不要とのたまった。

 普通なら、切開が必要なレベルの大怪我だというのに。


『……でる、の?』

「ああ」


 シルエットは表情がないので考えていることが分かりづらいが、それでも呆れ半分驚愕半分といった気持ちなのは分かる。


『とめない、の?』

「普通の格闘技大会ならドクターストップだが、アンクラだからな」


 繰り返しだがアンクラは凶器使用と脅迫以外は何でもありで、KOとギブアップ以外に負けはない。

 本当に現代格闘技の大会か怪しいレベルだ。


『でも、おれてる? かてない? みぎあし、いらない?』

「兄の通っていた古流武術の道場は打撃技主体だ。蹴るのは勿論、殴る際にも足は重要極まる」


 あの流派、微妙に漫画みたいだよな。

 演武で人の胴体くらいの丸太蹴り折ったりするし。

 なんだっけな、あの蹴りの名前。ちょっと格好良い名前だとは覚えているけど。


『あいて、が、よわい?』

「決勝戦の相手はグレゴリー・アシモフ・カイゼル。身長は二メートル近く、重量は百キロオーバーの鍛え上げられた超筋肉。打撃技、締め技、投げ技、関節技の全てに精通した当時最強の学生選手。今はプロの格闘技界のトップをひた走っている」

『がくせい……こども……こども?』

「当時17歳だから、未成年だな」


 なお、十年経った今でもグレゴリー氏は日本でも年末の格闘技番組でお馴染みだ。

 俺も去年の大晦日に帰省した兄と一緒にテレビで活躍する姿を見た覚えがある。


『あに、かてない、よね?』

「万全でも勝ちが薄いところに右足骨折だからな。周囲が止めに入るレベルだった」


 結局兄はやめなかったけど。

 ……そういや兄の道場の先生は止めてなかったな。


「兄さん、やめて! そんな大怪我であんな強い人と戦ったら死んじゃうよ!」


 子供の頃の俺はまだ兄に縋って決勝戦を辞退するように勧めている。

 当然だ。

 兄が自分のせいで大怪我を負ったとき、死ぬほどの恐怖を感じていた。

 だと言うのに、兄はそこから更に無謀を重ねようとしている。

 それを黙って見ていることは、恐ろしくて当時の俺には出来なかったのだ。


「ま、この右足だとコダチやるのも危険だな」


 ああ、思い出した。そういう名前だったな、兄の流派の蹴り。

 兄の通っていた流派で木断こだちともまさかりとも呼ばれる首を刈る軌道の前回し蹴り。

 所謂ハイキックだが、兄はその技に熟練していた。

 名前に似て樹木を断つが如く首を切るのではないかとさえ言われる強烈な蹴撃は、選手達の間でグレゴリー選手に匹敵するほど恐れられていた。

 その技も右足が折れてはもう使えない。

 左足で蹴ろうとしても、右足を軸足にできないのでやはり使えない。

 兄は最も得意な蹴り技を封印して試合をしなければならなかった。

 それが意味することは、もう兄に勝ち目はないということだった。

 俺のせいで、負った怪我。

 それが原因で負けて、ひょっとしたら死んでしまうかもしれないと……当時の俺は自分を責めていた。

 だから兄を止めようとしている。

 けれど、兄が心変わりする気配は微塵もなかった。

 昔からそうだ。

 兄はひょうきんで奇行も多かったが、それでも決意は固い人だった。

 どんなにこちらが望んでも。

 兄を説得しても無駄と悟り、子供の俺が俯く。

 その幼い口は「僕が飛び出したりしなければ……」と呟いていた。


「ふむ」


 兄は何を思ったか、子供の俺の前に屈みこんで……ポンと肩に手を置いてジッとその目を見据えた。


「けどよ、玲二。お前、あの子を助けようとしていなかったら、今よりも後悔していたと思うぞ」

「でも、僕が飛び出なくても兄さんが助けられた! 僕だけじゃ助けることは出来なかった! 僕がやったことは兄さんに怪我させたことだけだよ!!」


 子供の俺が泣きながらに自分の無力を訴える。

 それは後悔であり、悲嘆であり、自分への憤りだった。


「そうだな。俺は怪我をした」


 兄は俺の言葉を肯定してから、


「けど、お前が飛び出していなかったら、俺だってあの子を助けられなかったかもしれないんだぜ?」

「え?」


 そんな、俺が驚くようなことを言った。


「お前があの子を助けようとしていたから、俺は気づいてお前とあの子を助けようと飛び出せたんだ。だから結局、お前の選択があの子を助けたんだよ」


 それは、真実かもしれない。

 あるいは、俺を慰める嘘だったのかもしれない。

 けれど、兄は真っ直ぐに俺を見ていた。


「それでいいんだよ、玲二。選択そのものを後悔する必要なんてない。選択することが望む未来の可能性を掴む、大前提なんだからな」


 兄は重ねるようにそう言った。


「ただ、選んだ後の自分に見えるか見えないか、掴めるか掴めないかだけだ」

「掴めるか掴めないか、だけ?」

「ああ。可能性はいつだって」


 このときの兄の言葉は……。


「可能性はいつだって、お前の意思と共にある。

 極僅かな、ゼロが幾つも並んだ小数点の彼方であろうと……可能性は必ずあるんだよ。

 可能性がないってのは、望む未来を掴むことを諦めちまうことさ。

 お前の意思が諦めず、未来を望んで選択する限り、たとえ小数点の彼方でも可能性は消えない」


 今の俺の芯に、たしかに残っている。


「だから、あそこで女の子を助けようとしたお前の選択は間違っちゃいない」

「兄さん……」


 兄は俺にニッと不適に微笑んで、立ち上がる。


「今日はお前にも一つ見せてやるぜ。全力の……可能性の掴み方って奴をな」


 そう言って兄は控え室を出て、松葉杖を突きながら試合会場へと向かっていった。


 ◇


 そこで、記憶の夢が終わった。

 試合会場は消失し、今はただ白い靄のような、漠然とした夢の光景が広がっている。

 そこにはもう子供の俺も兄もおらず、今の俺……レイとシルエットがいるだけだ。


『ここで、おわり?』

「この後に兄貴の試合はあるけどな」


 まぁ、俺の根を知るというのなら、今の兄との会話までで一区切りとなってもおかしくない。


『もうひとつ、きいて、いい?』

「ああ」


 シルエットが何を聞きたいかは分かっている。


『かった、の?』

「勝った」


 そう、兄はあれから決勝戦に挑み……グレゴリー氏に勝利したのだ。


『どうやって?』

「…………」


 ……あまり言いたくないな。

 しかしここで疑問を残してもシルエットも気になるだろうから、言うか。


 決勝に出場する兄の右足が使用不能になったニュースは会場中に知れ渡っていたらしく、俺の周囲の客席でもその噂が聞こえていた。

 また、試合場へと赴いた兄が松葉杖と包帯の悲痛な姿であったこと。試合のリングに上がるときも右足を地に着けず、左足だけで難儀しながら上がったことからも、会場の人達にはその怪我の具合がよく分かった。

 子供を庇って事故に遭ったという事実もなぜか広まっていたため、観客から同情的な視線が集まっていた。

 弱者を庇って傷を負い、それでも眼前の戦いから退かない様を「正に武人」と賞賛する格闘技者もいた。

 対戦相手のグレゴリー氏も「万全の君と戦えないのは残念だ。いつかきっと、お互いフルの状態でやろう」と言ってくれていた。

 グレゴリー氏は見た目こそ強面だが中々の好人物であった。

 そんなグレゴリー氏に対して兄も「ああ。きっとだぜ」と爽やかに答え、両者がリングに並ぶ。

 身長差があった。

 ウェイトの差があった。

 そしてコンディションが違い過ぎた。

 勝敗は歴然。

 これから始まるのは兄の格闘家としての意地と誇りのための儀式的なもの。

 誰もがそう考えていた。

 そうして、形式上の試合のゴングが鳴り、



 同時に兄の“右足”から放たれた木断がグレゴリー氏の顎を蹴り抜いて失神させた



 試合終了。

 第五回アンリミテッドパンクラチオンU-17大会は兄の優勝で終わった。


「あれはひどかった」

『……………………おれてた、よね?』

「だから……折れた右足で相手の顎の骨に罅入るほどのキック叩き込んで、脳震盪の一撃KO勝ちしたんだよ」


 グレゴリー氏も、観客の誰も、まさか折れた右足であんなことをやらかすとは思わなかったのだろう。

 思わなかったからグレゴリー氏は蹴りを防げず、完璧な形で食らってしまった。


『……ずるい』

「本当にな」


 あんなに会場全体同情ムードだったのに。

 しかし今思えばあの同情ムードの原因、つまりは事故の経緯の詳細情報が会場内に拡散していたことそのものが怪しい。

 あれで完全な奇襲、騙し討ちが成立していた。

 兄が何か手を回していたのではとさえ思える。

 そうなると直前の爽やかさすら、布石だったのではないかと疑わざるをえない。


 尚、そんな無茶をやらかした兄の怪我は当然ながら悪化し、全治一ヶ月の怪我が三ヶ月となった。


 あの後、「全力で可能性を掴むってのはこういうことだぜ!」とドヤ顔で言ってきた兄に「何やってるんだよバカ兄貴!」とタオルを投げつけた思い出がある。

 ああ、そういやあれからだな。

 兄を「兄さん」ではなく「兄貴」と呼ぶようになったの。


『……すさまじい、あに』

「まぁ、な」


 兄本人のせいで色々台無しだが、控え室での兄との会話自体は今でも心に残っている。

 俺が後悔しないように、後味の悪い思いをしないようにと行動するのも、可能性を掴もうとする心構えもあそこからだ。


「だから、控え室までで記憶再生終わったんだろうなぁ」


 試合自体は蛇足。

 あれも「どんな手段を講じてでも可能性を掴み取る」という兄なりのスタンスではあったのだろうが、俺は流石にあそこまでは出来ない。

 しようとも思わなかった。

 だが。


『しゅだんを、えらばない、ひつような、とき』

「……ああ」


 記憶の再生が終わった今、じきに目も覚めるだろう。

 そうすれば今度は先ほどよりも悪条件で【ゴゥズメイズ】と戦闘再開だ。

 ならば自分もより可能性を掴むための手を広げなければならない。


「まぁ、やってみせるさ」

『そう。なら、おきる』


 そう言うシルエットはどこか、笑っている気配がした。


『レイ、ききたいこと、ある?』


 聞きたいこと、か。


「じゃあ、もう直接聞いてしまうけど……お前何者なんだ?」


 結局、シルエットの正体は自力では予想がつかなかった。


『……えへへ』


 赤黒いシルエットはどこが目とも分からぬ顔で、それでも俺の目を見ながら笑った。


『ほのおだけじゃ、わたしをつかいこなしたことには、ならないよ、わたしの、持ち主の、レイ』

 

 その言葉で、こいつが何者なのか理解した。


「お前、【ガルドラ……」


 俺が言葉をいい終えるより早く、夢の世界は消失していく。


『わたしは、欠片。不完全なまま倒されて、使われなかった力。鬼から、“産まれ損なった”、命と知性。今は、あなたの武具に生まれ変わった命。わたしの母体を倒した、あなたを知りたい、わたし』


 シルエット――【ガルドランダ】は少しずつシルエットから確かな姿に変わりながら言葉を紡ぐ。

 その姿は、あの大鬼ではなく、角を生やした小さな女の子だった。


『わたしは、あなたを、理解した。あなたも、わたしを、理解して』


 次第に消え行く俺と彼女の、記憶と夢の世界。


『起きて、わたしを含めた、あなたの全部で……ネメシスと一緒に、可能性を掴んでね』


 彼女の声を聞きながら、俺は現実へと帰還した。


 ◇◇◇


 □復讐乙女 ネメシス


 奴の攻撃を回避し、牽制しながら五分ほどの時を稼いだ。

 私の身体には数多の軽傷がついている。

 奴の足や拳の直撃は避けているものの、それらが砕いた地面や木々の破片によって私は傷を負う。

 我がことながら、武器の姿でなければ脆弱なものだ。

 回復手段もないため、このまま続ければ長くはもたない。

 対して【ゴゥズメイズ】は無傷だった。

 私の刃では掠り傷ともよべぬダメージしか与えられないため<自己修復>の必要すらないらしい。


『BOUSYUSSADASAAAAA!!!』


 しかし、傷を負っていなくても奴は私を殺せないことに苛立ち、全身の死相から汚水を撒き散らして猛り狂っている。

 その様は醜悪の一言に尽きた。

 そう、醜悪。

 死体が寄り集まった醜悪の権化。

 姿も在り様も只々醜く、見ているだけで精神が軋む。

 アンデッドというものは私にとってそういうものだ。

 最初にレイと<墓標迷宮>を訪れたとき、私は怖くてたまらなかった。

 私自身、なぜ怖いのか分からなかったが、アンデッドが怖くてたまらなかった。

 レイの記憶に当て嵌めて、ホラーが怖いのだと思っていた。

 けれど、違う。

 砦の地下で、今この怪物と相対して理解できる。

 私が怖いのはこいつらの見た目じゃない。

 在り様が恐ろしい。

 死んだのに、涅槃にいくわけでも、生まれ変わるわけでもない。

 死んだのに、死んだまま、続いている。

 その悪夢の如き在り様が、恐ろしくて……心が締めつけられる。

 理由は私にも理解できない。

 ただ、あれをあのままにしておくわけにはいかないと、心が告げる。


「心……か」


 おかしい話だな。

 レイの知識に当て嵌めれば、私はゲームの中のAIに過ぎないはずなのに。

 心はあるのか……いや。


「少なくとも、一つはあるかの」


 一つは、ある。

 レイに対してのこの心が。


「……フフッ」


 笑いがこみ上げてくる。

 滑稽と言えば滑稽か。

 私は彼から生じたはずなのにな。

 されど、私の“心”は偽りなくそうなのだ。

 私は……。


『DASDASAAAAAAAA!!』

「……もう少し浸らせぬか、阿呆」


 奴は全身の口の幾つかからダラリと長いものを引きずり出した。

 それは舌だ。

 既に人のものではなく、レイの記憶にあるカメレオンかカエルに似た長い舌が汚汁で濡れながら垂れている。

 それをどのように使うのかは明白だ。

 どうやら、あまり私に避けられるもので忍耐できなくなったらしい。

 舌が鎌首をもたげる蛇のように、私に向けて放たれる準備をする。


「避けられぬな」


 身体が傷を負い過ぎているし、そもそも私の技量と性能で避けきれるものでもなさそうだ。

 私はここまでらしい。


「……クク」


 どうだ、レイ。

 私一人の力はこんなものだ。

 私だけではこの程度だ。

 私だけではもうこの先に進めない。

 だから……。



「だから、早く来ぬか」



 【ゴゥズメイズ】の舌が私を貫かんと放たれ――



「応」



 ――短く答えた声と共に、赤黒の炎が舌を焼き払った。



 舌を焼かれ、苦痛に喘ぐ【ゴゥズメイズ】。

 燃え盛る、もはや見慣れた赤黒の炎。

 そして、それを扱う……私の<マスター>。


「……遅いではないか、レイ」

「悪いな、夢を見ていて寝過ごした」

「あまりレディを待たせるものではないぞ? しかしそれでも……間に合ったから、よいがの」

「ありがとうな、ネメシス」


 その言葉を聞いて、少し頬が緩んだが……意識して見せないように努める。


「それでは、続きか? 《カウンターアブソープション》も使い切り、満身創痍。先ほどより状況は悪いが、やれるかの?」

「ああ。一つ……いや二つ思い出したことがあるからな。それであいつを倒す」

「思い出したこと? 何かの?」


 私が尋ねると、レイはニッと笑って答えた。


「俺が使っていないものと、兄貴の言葉かな」


 レイがそう言ったとき、私にもレイが今何を考え、何をしようとしているかが理解できた。

 なんともまぁ。


「クク、正気か、これは?」

「正気だよ」

「狂気の沙汰で、可能性も低い。綱渡りになるぞ?」

「可能性があるなら、それに賭けて全力を尽くすだけさ」


 そうか。


 ならば私も乗るとするか。


「とは言えこの作戦での勝率は……いいとこ三割かな」


 三割か。


「十分だの」

「十分だ」


 言葉を交わして、私は大剣へと変化し、レイの武器となる。


「勝つかの」

「勝とうぜ」


 そして私とレイは一体となり、【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】に最後の戦いを挑んだ。


 To be continued


次は本日の22:00投稿です。

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― 新着の感想 ―
レイ氏なぁ…この回想の内容で得たパーソナルが、諦めなければ可能性は尽きない、なら良いのですが…ネメシスの能力的に、全く至らない自分でも、ボロボロになれば誰かを救う力を得られる、だったら洒落になりません…
何回この話読んでも、クマニーサンの化け物っぷりが面白いんだよなぁ。
兄貴リアル痛覚無効してるじゃん
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