第十五話 デッドリーチェイス
□【聖騎士】レイ・スターリング
戦闘開始から十分弱、俺達と【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】の戦いは熾烈を極めた。
俺は奴のコアの位置を探り、奴は俺を踏み潰そうとする。
お互いに成功すれば一手で相手を殺せる。
お互いに相手の生命力を攻撃力が上回っている。
特に相手の攻撃力は凄まじい。
メイズのようにアンデッドの使役や状態異常魔法スキルは使用してこないが、フィジカルは比較にならない。
殴られても蹴られても、一度でも直撃すればそれでこちらは瀕死になる。
対して、こっちの切り札は一回分しか攻撃力を発揮できない。
不利ではある。
「斬ッ!」
牽制と体勢崩しのために《聖別の銀光》を纏わせたネメシスで足に斬りつける。
『GDESAAAAASAAA!!』
奴が痛みの咆哮を上げると同時に、俺は後方へと跳ぶ。
俺が距離を取った直後、俺のいた空間を奴の足が薙いだ。そのときにはもう奴の足は完治していた。
さっきからこれの繰り返しだが、繰り返している内に理解したこともある。
「アンデッドなのに《銀光》で負った傷を修復できるのか不思議だったが……謎が解けた」
奴の傷の周りには僅かだが肉片が付着している。
一見すると俺が斬りつけた際に飛び散った肉片が足にこびりついているようだが、違う。
あれは奴自身が切除した肉だ。
「“傷口周辺を切り離してから”、細胞を増殖させて修復しているらしいな」
アンデッドにとって《銀光》を付与した武器で受けた傷は不治。
ならば傷口周りの細胞を死滅させて切り離し、只のダメージにすればいい。
まだ死体が新鮮で細胞が生きているから、増殖させて傷を塞げる。そういう理屈だ。
修復も恐らくは怨念のエネルギーでやっているのだろう。
加えて、活きた細胞が死なないように保全している。
これは細胞の殆どが元より死んでいる【ゾンビ】や、そもそも骨しかない【スケルトン】には出来ない芸当。
しかしまぁ、怨念は随分と応用の利くエネルギーらしい。
それはドライフも【死霊術師】も利用を考えるだろう。
『細胞が生きているか……アンデッドのくせに痛覚が残っているのはそれのデメリットか』
「らしいな」
<墓標迷宮>での経験を含め、アンデッドとの戦闘回数はそれなりにある。
その中でアンデッドモンスターが自身のダメージを気にかけたことは一度としてなかった。
つまり、痛覚も含めて奴の特性なのだ。
『ダメージの痛みでさらに怨念を高める、とかも狙っておるのかのぅ』
「なるほどな。ただのデメリットではなくそこまで計算済み、かッ!」
言葉を言い終える前に横に跳ぶ。一瞬後には奴の蹄が俺目掛けて踏み出されていた。
回避に成功すると同時に、大剣を突き出して奴の蹄を抉る。
傷としてはさっきよりも浅い。
だが、修復のために蹄周辺を切り離せば、当然バランスを崩す。
「《煉獄火炎》!!」
奴の足を【瘴焔手甲】の火炎放射で炙って追い討ちをかける。
『HOOOSSDAASAAAAA!!?』
奴は体をよろめかせ、大地を揺らしながら横倒しになる。
「覇ァ!!」
同時に奴の懐へと飛び込み、心臓付近目掛けて黒旗斧槍へと変形させたネメシスを突きこむ。
《銀光》が奴の表皮の人面と内部の腐肉を灼き溶かし、肋骨の先にある心臓へと達する。
『GEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
奴は一際甲高い悲鳴を上げて暴れだす。
だが、行動自体が鈍った様子は微塵もない。
俺がネメシスを引き抜くと同時に、肉も表皮も修復された。心臓もそうだろう。
「心臓はコアじゃないらしいな!」
『本命は頭かのぅ!』
真っ当に考えれば、コアを置くなら心臓部か頭蓋骨内部、あるいは【ガルドランダ】のように腹の中だ。
足や腕といった攻撃に使用する部位に急所のコアを置くわけがない。
自分の内臓で相手を殴るのと同義だからな。
『あるいは精巣で殴りつけるようなものかのぅ!』
その例えはNGだ。
「さて、頭ならいいが……腹だと少し厄介だな」
馬部分も含めればこいつの腹部は相当な容積だ。そこからコアを探して破壊するのは骨が折れる。
《復讐するは我にあり》も可能ならばコアに接触させて放ちたい。
『なぜだ? 今溜めているダメージ蓄積量なら、相当の範囲を一撃で破壊可能だぞ』
そうだな。実際、【ガルドランダ】のときは頭部に当てた一撃で胸部も吹っ飛んだ。
だが、
「あいつが自分の体を自切できるとわかった以上、無力化される恐れがある」
例えば俺がコア付近の部位に当てたとして、あいつがすぐに当てた部分を切り離したらどうなるのか。
恐らく、切り離された部分だけでダメージの伝播が止まる。
これまで何度か《復讐するは我にあり》を撃ってきた経験則だが、スキル使用時にどれだけのダメージを相手に叩き返しても周囲には衝撃がほとんど発生しなかった。
あれはダメージを相手にだけ倍返しするものであって、物理的な破壊力とは違う。
だから、当てた瞬間に接触部位を切り離されれば、膨大なダメージ量であってもダメージの伝播がコアまで届かない恐れがある。
一度しかないチャンスをしくじる訳にはいかない。
「ベストは、切り離せないコアに突き刺してからのスキル使用だ……次は頭蓋の中身を狙う!」
『承知した! まずはまた体勢を崩すところからだの!』
【ゴゥズメイズ】は既に足も胸部もダメージを完治させ、立ち上がっている。
もう一度転倒させ、今度は頭部を狙って反応を見……?
『Guu………………』
【ゴゥズメイズ】の動きが止まった。
そして、俺から視線を外し、どこか遠方を見ている。
『マスター』
「どうした、ネメシス」
『奴にカウントしていたダメージ蓄積が、消えた』
「おい、それはまさか……」
その意味を察したとき、【ゴゥズメイズ】は既に動き出していた。
『GIUUJJJAAAAAAAA!!』
先程とは打って変わって俺には目もくれず、ユーゴー達の馬車が逃げた方角へと走り出している。
奴の行動と、ネメシスの告げた内容から答えは一つだ。
「野郎……!」
コントロールする怨念が切り替わりやがった!
修復の連続で怨念の総量が減ったからか、それとも心臓を一度破壊したからか。
いずれにしろ、今あの身体を動かしているのは【大死霊】の怨念ではなく、他の怨念だ。
ユーゴーを追ったところからすると、ユーゴーが殺した誰かの怨念なのだろう。
あるいは、子供達を殺すことで怨念を補充する心算なのか。
『どうする!?』
「どうするもこうするも」
奴を倒すにはもう一度あの【大死霊】の怨念を引きずり出す必要があるが、それには一つ考えがある。
「あれはどこに……あった」
俺は地面からあるものを拾い上げて、アイテムボックスではなく懐にしまった。
これでよし。次の問題は、あれに追いつかなければならないことだ。
アレがユーゴー達を襲うより速く、巨大な馬体であるアレに追いつく手段。
迷っている時間はない。
「シルバー!」
俺が呼ぶと、待機していたシルバーはすぐに隣に並び立つ。
『……またあれか』
「それしかない。まぁ、さっきよりは少しマシだ」
俺は地面に転がっていたもの――【マーシャルⅡ】から剥がれた装甲板――を足の裏に敷く。
そして俺はシルバーの手綱を握り、
「往け!」
号令を発した。
俺の言葉を受け、シルバーは大地を蹴って疾走を開始する。
そして手綱を握る俺も、それと共に動く。
足の下に敷いた装甲板がボード代わりになって大地の上を滑る。
幸いにして、ユーゴーが馬車で逃げたコースは木々がなく、土の露出した山道だ。
無論、装甲板にローラーがついているわけでもない。
衝撃の緩和は足裏で滑るよりはマシ程度だろう。
だが、それでもいい。
この方法でなら……追いつける!
『HP回復には気を配るのだぞ!』
「わかってるさ」
《ファーストヒール》は掛けている。
そうでもしなければ、足からのダメージが累積して奴に辿りついた頃には動けないなんて事態になりかねない。
この水上スキー(陸上版)は足への負担が大き過ぎる。
あまり考えたくないが、この瞬間に痛覚設定をオンにしたらひどいことになるだろう。
「……普通にシルバーに乗りたいもんだな」
『我々はこの戦いが終わったらシルバーに乗馬するのだ……』
おい、死亡フラグ止めろ。
『……見えた!』
「ああ!」
奴は人馬型の巨体だが、今は人馬種族だった【大死霊】ではない怨念が動かしているためか速度はさほど出ていない。シルバーで無事に追いつけた。
だが。
「まずいな、奴から百メートルも離れていない距離にユーゴー達の馬車がある」
『このままでは……【瘴焔手甲】の火炎放射は!』
「無理だ」
《煉獄火炎》を放射しようにも、今は火炎の放射速度よりもシルバーの移動速度の方が速いため撃つことができない。
撃っても奴には届かず、俺達が焼かれるだけだ。
だが、俺達が【ゴゥズメイズ】に追いつくよりも、【ゴゥズメイズ】が馬車に追いつくのが早い。
いや……待てよ。
「……まだ、残っていたっけな」
俺は右手でシルバーの手綱を握りながら、左手でアイテムボックスの中を手探りで探し、あるものを取り出す。
『それは……!』
「使い残しでも少しは役に立つだろうさ!」
そうして俺は左手に握ったもの――<墓標迷宮>でのレベル上げで【スピリット】相手に使用した【ジェム・ホワイトランス】の余りを放り投げた。
放り投げられた【ジェム】は空中で光の槍へと変化し、【ゴゥズメイズ】の右後足へ向かって飛翔する。
【ジェム】自体は市販されているただの攻撃魔法代替アイテム。入っている魔法も下級職のスキルに過ぎない。
だが、この【ジェム・ホワイトランス】は対アンデッド用の攻撃魔法。
それを後方から走行中の足に向けて放ったら、どうなるか。
奴の足は拳大の穴を穿たれ……疾走中だった【ゴゥズメイズ】は体勢を大きく崩して転倒した。
「往け!」
俺の指示を受け、シルバーが【ゴゥズメイズ】へと距離を詰める。
そうして俺は左手に《銀光》のネメシスを構え、シルバーは転倒した奴の背中に平行して駆け抜ける。
シルバーが走るのに合わせ、《銀光》を纏った刃を奴の身体に沈める。
奴の皮膚を埋め尽くす人面を断ち割りながら銀色の刃が背面を切り裂いていく。
馬体の背中、人体と馬体の接合部、人体の背中。さらにはその内側の脊髄を断ち割る。
『GEIIURUUUUEAAAAAAA!?!』
奴が全身の口から絶叫を上げて身を捩り、此方を押し潰そうとするがシルバーはその動きに対応して彼我の間合を調整している。
「まだぁ!」
背中、頚椎、頭骨、そして脳へと刃が届きかけ、
『g!?dasq!!!?as!wqA!Q』
奴がこれまでにない苦鳴を上げ、無理やりに身体を跳ねるようにして起き上がった。
その反動で俺は手綱から手を離してしまい、数メートルの距離を滑空してから転げるように着地した。
落着の衝撃で《銀光》も解除してしまった。
だが。
『今の反応は……!』
「見つけたッ!」
これまでのダメージとは全く異なる反応、間違いない。
奴のコアは……頭蓋の中!
「なら、ここで勝負を決める」
俺はまず懐から取り出したあるものを、頭上に向けて投擲した。
それは砕けた水晶の欠片。
奴が、【大死霊】が後生大事にしていた【怨霊のクリスタル】の破片。
『HEEIYAAASAASAGAAAAAAA!!!』
【ゴゥズメイズ】はその破片を目にした瞬間、それまでとは毛色の異なる雄叫びを上げた。
寂寥感、焦燥感、悔恨、そんなものが見て取れた。
『ダメージ蓄積カウンターが戻った! 今の中身は奴だ!』
狙い、通り!
「このまま切り崩す!」
『応ッ!』
《銀光》を再展開、そして右足に【瘴焔手甲】のSTR補正も加えた今の俺の筋力のありったけを込めて――跳ぶ。
踏み込む衝撃で右足付近の地面に罅が入ったが、構わず踏み込む。
一瞬で十メートル以上の距離が消失し、俺は【ゴゥズメイズ】の足元にいた。
「ヅッ……!」
全力を出した反動で、筋肉が裂けかけている。
右足が痺れる感触がする。
だが、それでも……ここで決める!
着地した左足を起点に、跳躍の衝撃と速度をそのまま大剣に乗せ、奴の右前足目掛けて振り抜く。
「ブッタ斬れろぉおおおおおおお!!」
斬撃音と《銀光》の灼音が響き……刃は奴の皮を、肉を、骨を、一緒くたに断ち切って振り抜けた。
奴の足の骨は完全に断った。
切り口と反対側の肉と皮しか繋がっていない足が身体を支えきれず、奴がバランスを崩す。
奴は当然、傷口を切除して修復しようとするが……。
「オォラァアアアアアア!!」
それより早く、俺が追撃の一斬を傷口に向けて叩き込み……千切れかけていた奴の足は、その一撃で完全に破断する。
右足首を喪った奴は一気に体勢を崩し、右方へと倒れこむ。
俺は左足でその場から飛び退き、次いで奴の頭が倒れてくる位置へと駆ける。
このまま倒れてきた頭に《復讐するは我にあり》を叩き込む。
「これで……!」
これでいい、これで勝負を決める、これで終わりだ。
――そう考えていたのは、果たして俺達だけだっただろうか?
俺と奴の頭部の距離が縮まっていく中で――何度目かになる悪寒を感じた。
それは【ガルドランダ】との戦いで、最後の一撃を決めようとしたときと同じ気配。
奴の顔面の両目と視線が合う。
それに、額にある第三の目とも。
違う。そんなものはなかった。
あれは目ではない。
まるで宝石のような、しかし輝きのない石が裂けた額から露出している。
あれは何だ。
いや、分かっている。
あれはコアだ。
奴のコアだ。
だが、コアを砕こうとする俺達に対しなぜそれを顕わにするのか。
「……!」
その答えは、奴の額に渦巻き始めた莫大なエネルギーだった。
つい先刻も感じ取った、大魔法の威圧感。
それは、怨念を破壊力に変換するもの。
――《デッドリーミキサー》
【大死霊】が行使した、桁違いの威力を持つ大魔法。
迂闊だった。
アンデッド使役や状態異常魔法スキルを使ってこないから、これも使えないと考えていた。
だが、ユーゴーが言っていたように、【ゴゥズメイズ】が怨念をエネルギーに変換しているのならば――同じ原理のこのスキルだけは使えても不思議ではなかった!
奴は倒れこみながら、頭部へと接近しようとしていた俺達にその照準を合わせている。
奴もまた、俺を倒すべく、必殺を撃つ機会を狙っていた。
怨念でありながら。
いや、怨念であるからこそ……“殺す”と決めた相手に対しては砕けた知性を掻き集めて命を奪おうとするのだと、察せられた。
【《DEDDDDDDDRYYYYYYYYYMIXIIIIIIISAAAAAAAAAAAAAAAA》!!!】
怨念を破壊力へと変換する大魔法は、怨念の塊である【ゴゥズメイズ】から即座に放たれた。
「《カウンターアブソープション》!」
俺は即座にネメシスを奴に向けて、《カウンターアブソープション》の最後のストックを使う。
これで、《デッドリーミキサー》は防げる。
だが、同時に、詰んでいることを俺は知った。
なぜなら、俺と奴の彼我の距離は縮まっている。
それこそ、“奴の腕が俺に届くほどに”。
《デッドリーミキサー》を防ぐために身動きの取れない俺の身体。
俺に向けて奴の巨岩の如き拳が振り抜かれ、
次の瞬間には俺の身体は宙に舞って――意識は途切れた。
To be continued
次の投稿は本日の22:00です。
( ̄(エ) ̄)<区切りの都合でまた二本立てクマ
(=ↀωↀ=)<今のストックで大丈夫か?
( ̄(エ) ̄)<大丈夫だ。問題ない(棒)




