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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第二章 不死の獣たち

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第十四話 【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】

(=ↀωↀ=)<コメントにも書きましたがー


<UBM>の等級は

超級>神話級>古代伝説級>伝説級>逸話級

の五段階です。


( ̄(エ) ̄)<でも【ガルドランダ】は伝説級だけど不完全な状態だったから、逸話級の方が強いクマー

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 【大死霊】を倒したからか、地下にいた子供達は俺達が到着した頃には皆眠りから目覚めていた。

 最初は俺達を盗賊と思いこんで怖がり泣き出した子供達だったが、ネメシスとキューコが宥めると信じてくれたようだった。

 ちなみに俺達が救出依頼を受けたロディという少年は、俺の首を掻っ捌いた彼だったらしい。

 彼自身は操られていたときを覚えていないらしいので、言う必要もないだろうけど。

 そうして子供達を連れて地上に戻ろうとしたのだが、あの【大死霊】の研究室を見たユーゴーが訝しげに机の上の書類を手にとっていた。


「怨念の研究、【怨霊のクリスタル】……だけじゃないな。これは、怨念を動力にした【フレッシュゴーレム】作成術の研究か? フッ、まるであの試作機だな。所変わっても同じことを考える人間はいるということか。しかしたった一人でこれを作るとは……恐ろしい輩だ」


 そう言って書類をアイテムボックスにしまった。


「ユーゴー、それは?」

「ああ、ここを根城にしていたあの人馬の【大死霊】、メイズ某の研究レポートだ。前にうちのクランで研究していたロボットと同じコンセプトだったのでな、土産代わりに持ち帰ることにした」

「ロボ? 怨念云々とロボに何の関係があるんだ?」

「そうだな、道すがら説明するとしよう」


 ユーゴーはそう言って研究室から出たので、俺達も付いていく。

さて、ここで一つ問題がある。

 子供達の中には長く眠らされていた弊害で衰弱し、歩くのが覚束ない子が数人いたのだ。

 そういう子はシルバーに乗せるか、俺とユーゴーで背負うことにしたのだが……。


「わんわんお! わんわんお!」


 うん、すっげー弄られてる。俺のイヌミミ。


「つぎ! つぎはわーたーしー!」

「ぼくだよー!」


 わぁい、イヌミミ大人気。

 比較的元気な子もイヌミミを求めておんぶをせがんでいる。


「大受けじゃないか」

「……少しは役に立ってよかったよ」 


 この耳、あのペンギンは日が暮れる前には消えるって言っていたのに効果時間長いな。

 もう外は夕暮れだろうに。


「不思議だのぅ。《乗馬》スキルを持たないレイが最初に乗ったときは引っくり返っておったのに、今は子供が乗っても落馬せんのぅ」


 子供を背負う都合でネメシスも今は人型をとっている。彼女は二人乗せてもポニーのように闊歩するシルバーの手綱を握っているが、落馬する様子がないことが気になるようだ。

 子供が《乗馬》スキルを持っているとも思えないのでそこはちょっと気になるが、走らせるのと手綱をとって歩かせるのは違うということか。


「で、さっきの怨念とロボの話の続きを聞かせてくれ」

「ああ。私の所属するクランは生産クランだが、今は主に<マジンギア>を生産している。ドライフの正式量産機である【マーシャルⅡ】も元はうちが作ったオリジナルアイテムだ」

「それはすごいな……」


 あのロボット、一から作ったのか。


「【マーシャルⅡ】の完成以降は更なる新型機、バリエーション機、追加兵装の開発も進めていたのだが、最近になって他技術との融合を試みるプランが上がった。その内の一つに、死者の怨念を動力とする機体の開発が計画された」

「どう考えてもろくでもないな。何でそんなもの作ろうとしたんだ」

「<マジンギア>に限らずドライフの機械技術はMPの消費を前提にしていたからだ。これを怨念で代用できれば長時間の戦闘行動や強力な兵装の使用も簡単になる。それが怨念動力構想だ」

「……ところで怨念なんてどうやって動力にするんだ?」

「フッ。それについてはレイも答えをさっき見ている」

「さっき?」


 何のことだ?


「あの【大死霊】が最後に使った《デッドリーミキサー》と呼ばれる魔法スキルだ」

「あれか」


 あれは凄まじい威力だった。

 上手く《カウンターアブソープション》で防いでいなければ、俺は砦ごと消滅していた。

 威力からすればフィガロさんの鎖よりも強力だった。

 しかしあのときとは違い、ネメシスが第二段階に進化して《カウンターアブソープション》も強化されたのか、ギリギリ防ぎきれた。


「あれは怨念を破壊力、つまりは物理的なエネルギーに変換して叩きつける荒業だ。怨念を動力にするにはこれをもっと小規模に、かつ繊細にやればいいと技術者は考えた。死者の魂が取りついて動かす【リビングアーマー】が例としては近い」


 【リビングアーマー】……某有名国産RPGでさまよっているよろいみたいなのをイメージすればいいのか?


「上手くすれば戦場の怨念を吸収して半永久的に動く兵器ができるかもしれない。そう考えて有名な死霊術師系統の<マスター>に協力を仰いで怨念動力の研究をしていたわけだが」


 ユーゴーはそこで言葉を区切った。

 それで俺もなんとなく察する。


「失敗したわけか」

「その通りだ。出来た怨念動力試作機はコントロールが難解で、なおかつ暴走頻度も高い失敗作だった。分解して廃棄する作業は私も手伝ったよ。ちょうど【整備士】のレベル上げをしていた時期だからな」

「で、それと同じ物があの【大死霊】……メイズの研究レポートにもあったと」

「同じではないな。<叡智の三角>が作ろうとしていたのはあくまで機械兵器だったが、こちらは【フレッシュゴーレム】の類だ」


 【フレッシュゴーレム】とは人間や動物の死体を繋ぎ合わせて作ったゴーレムのことだ。多少グロテスクなRPGではよく出てくる。

 そういえば……【ゾンビ】や【スケルトン】はいても【フレッシュゴーレム】はいなかったな。


「しかしあの【大死霊】も怨念動力を研究していたなら何で使わなかったんだろうな。聞いている分には強そうなのに」

「制御できないからだろう」

「何?」

「怨念動力構想の問題点はな、周囲の怨念を吸収する点だ。ここがネックになっている」


 ユーゴーはそう言うと、背中の子供をおんぶから肩車にする。

 そうして両手をフリーにしてから、両の人差し指を立てた。


「【死霊術師】が【リビングアーマー】や【フレッシュゴーレム】に怨念を動力として使う場合、これは通常なら一つの肉体に一人分の怨念なり魂なりが入っている」


 そこで右手だけ手を広げて、五つ、あるいは大量を示す。


「が、怨念動力は周囲の怨念を吸収する。別々の生物の怨念を次々に、だ」


 そこまで聞いて、何となく察しがついた。


「どの怨念に沿って動くのか、制御が出来なくなるわけだな」

「然り。少なくとも我々のクランの実験機はそうなった。術式なりプログラムなりで制御を試みたが芳しくなかったそうだ」


 アクションゲームで一つのキャラを動かすのに何十人も同時にコントローラーを操作しているようなもの、か。


「そして最終的には暴走して、それらの怨念の総意を包括した行動に出た」

「総意?」

「一言で言えば怨念の拡大だ。他の怨念動力機やアンデッドを襲って自身に同化させる。次に、生きている者の怨念……“負の感情”に反応してそちらを襲う。最後にはグチャグチャ(・・・・・・)になって暴れ回る」


 ……ろくでもないな。


「かくしてこの計画は失敗。多人数の怨念は《デッドリーミキサー》などのスキルで纏めて撃ち放つならともかく、統括して制御するのは至難の業ということだ」

「なるほどね」


 丁度そのとき、俺達は地下の階段を上り終えて地上に帰還し、て…………。

 俺達全員――俺やユーゴー、ネメシス、キューコだけでなく子供達も含めて――地上に戻った瞬間に身を震わせた。

 先ほどから感じる微かな振動と、外から聞こえる何かの鳴き声。

 あるいはそれは鳴き声ではなかった。

 怨嗟、泣き声、嗚咽、怒号、そういった負の音声の合唱だった。

 それだけで、只ならぬ異常が起きていると察せられてしまうほどに。


「……なぁ、ユーゴー」


 嫌な予感、どころではなく確固たる悪寒を感じながら俺は言葉を発する。


「何かな」

「その怨念動力だが制御できないとしたら……制御できないまま使うとしたら、どうなる?」

「……フッ、決まっているだろう」


 砦の外に繋がる大扉、そこから差し込む夕日の中で何かの……巨大な何かの影が揺れる。


「周囲の怨念を吸収して力に変え、“負の感情”に反応して手当たり次第に生物を殺傷し、そこからまた怨念を吸い上げる」


 おぞましき咆哮と共に、巨大な何かが暴れ狂う振動が伝わる。


「それを永遠に繰り返す……半永久機関を抱えたまま暴走するモンスターの誕生だ」


 砦の外には巨大な何か――地獄絵図の如き怪物がいた。


 ◇


 大扉の外には人間の死体を繋ぎ合わせて作ったおぞましい怪物の足が見えた。

 そしてそれの全身を確認して、それがどういうものであるかを半ば確信してしまった。

 頭上に【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】と、<UBM>特有の銘を表示している巨大なアンデッドの姿は見れば見るほど常軌を逸していた。

 牛の頭、人馬のシルエット、そして身体を構築する“パーツ”に混ざった見覚えのある死に顔。

 死に顔は全てから無数の負の言葉……あるいは言葉にすらならない音が発せられている。

 そして死に顔で気づく、あれらのほとんどはユーゴーの【マーシャルⅡ】に倒されたゴゥズメイズ山賊団の構成員だ。よく見れば、ギデオンで見た連中の顔もある。

 あれは全てゴゥズメイズ山賊団の死体で出来ているのだと確信した。


「……なるほど、完成予想図とほぼ同じだな」


 ユーゴーは先ほどアイテムボックスにしまっていた書類を取り出し、読んでいた。

 そこにはやはり牛頭人馬で無数の死に顔を浮かべたアンデッドの姿が載っていた。


「……自分が死んだら、ゴゥズメイズ山賊団全員を生贄にあれを作る算段だったってことか」

「あるいは、手近な死体で作るはずがたまたま山賊団の死体ばかりつかうことになったのかもしれんな。どちらにしてもあの牛頭は確定で材料だったようだが」


 設計図から牛頭だからな。


『『『FGSFSDWSSDSDEWDASAAAAAA―――!!』』』


 巨大なアンデッド――【ゴゥズメイズ】は言葉にならぬ雄叫びを上げながら、何かを執拗に叩き潰している。

 その咆哮と暴力の発露に、俺達と共にいた子供が恐怖で泣き叫びそうになっていた。

 しかし、キューコが子供達を守るように抱きしめながら「こわくないよ」と宥めていた。


「あれは……」


 【ゴゥズメイズ】が壊しているものはユーゴーの乗っていた【マーシャルⅡ】だった。

 元々大破していたが、今はもう原型を留めていない。

 それでも【ゴゥズメイズ】は【マーシャルⅡ】への攻撃を止めない。

 あれが怨念動力で動くモノだと言うのなら、今は無数の怨念で暴走している状態だ。

 暴走と言うからには滅茶苦茶に暴れまわりそうなものだが、ああして【マーシャルⅡ】の残骸への破壊活動だけを続けている。

 もしかして、あれの材料になった者の大半がユーゴーと【マーシャルⅡ】に怨みを抱えているため行動が統一されているのか?


「あれらの多くを殺したのは私と【マーシャルⅡ】だからな。攻撃対象になるのも当然と言えば当然か」


 あんな状態になっても生前の怨みを忘れていない。

 ……違う。

 怨みしか残っていないのか。


「フッ、ロダンの地獄門そのものだな」

「ゆーごーがいうとひにくだねー」


 地獄門か。死人罪人の塊をこうして眺めている様は正にあの彫刻そのものだ。

 しかし、いつまでも考える人でいるわけにはいかない。


『どうするマスター? あれを倒すか?』

「倒せるなら倒したいが」


 肌で感じる。あれは【ガルドランダ】よりも強い。

 それも【ガルドランダ】では十度やって十度負けると確信する程の力量差がある。


「……<UBM>を作るのは反則だろ」

「普通なら作れない。私の知り合いに似たようなことをより高い水準で出来る人物がいるが、その人でも今まで<UBM>を作れたことはない」

「何?」

「そもそも<UBM>が量産できるならいくらでも作っている。倒せばMVP特典が手に入るのだから」


 俺の【瘴焔手甲】みたいなアイテムを作り放題になるわけか。


「あの【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】は……性質の悪い偶然が重なって出来たものだろう」


 偶然?


「まず、場所が悪い。ここ自体が古戦場の廃棄砦だ。地の底にはまだいくらでも屍や怨念がある」


 ユーゴーは地面を指差し、次にユーゴー自身を指差す。


「次に私がゴゥズメイズ山賊団を殲滅した。それによって周囲には強い怨念を持った悪人の新鮮な死体がばら撒かれた。それも、一つの組織の死体が一揃いだ。中には相当の強者である【剛闘士】ゴゥズもいた」


 次に指差されたのは俺だ。


「それからレイがあの【大死霊】メイズを追い詰め、怨念を凝縮したマジックアイテム【怨霊のクリスタル】を媒体にした《デッドリーミキサー》を使わせた。あれ自体は防いだが、《デッドリーミキサー》で使い切れなかった高濃度の怨念が大気中に散った。直後に死んだあの【大死霊】メイズの怨念もだ」


 そしてあの【ゴゥズメイズ】を指差す。


「最後に、このレポートに記されている怨念動力搭載アンデッド製造魔法――《グラッジアンデッドクリエイション》が発動。周囲の怨念と死体を使って怨念動力搭載【フレッシュゴーレム】を生成。しかし余りにも整いすぎた条件によって本来の仕様を遥かに上回るアンデッドが誕生し、その規格外さと不世出さゆえに<UBM>の域に達した。見方を変えればあれは私とレイとあの【大死霊】の合作アンデッドとも言える、か」


 ……最悪だ。


「で、どうする?」

「戦力が不足すぎる。<下級エンブリオ>と上級職二人で倒すには荷が重い相手だ。現状ではキューコとの相性もさほど良くない上に……私の武器はあの通り」


 一つ一つの部品が手に持てる程度にまで解体された【マーシャルⅡ】を見やりながらユーゴーは溜息をついた。

 俺はと言えば【ガルドランダ】のときと同じく《復讐するは我にあり》を使った撃破を狙う手はあるが……はっきり言って難しい。

 【ガルドランダ】戦から俺も多少のレベルアップや【瘴焔手甲】の装着、《聖別の銀光》の習得を経て強くはなっている。

 だが、そもそも【ガルドランダ】とあいつの差が大き過ぎる。

 サイズだけでも【ガルドランダ】の軽く四倍。八階建てのビルほどの高さがあり、腕や足の太さも段違いだ。ステータスも当然、上。

 あれを倒せるだけのダメージをチャージするまで耐え切る自信がない。

 《カウンターアブソープション》のストックもあと一回しかないからな。

 まず間違いなく死ぬだろう。


『そうだのぅ。……ん?』


 どうした?


『いや、今妙な感覚が……消えた。気のせいか』

「レイ。今はこの子供達、それから馬車の中の子供達を連れてこの場を脱出するのが先決だ」


 ユーゴーは新たに誘拐されてきた子供達の乗っている二台の馬車を指し示す。

 ユーゴーが初撃で破壊した先頭馬車以外の馬車は無事だ。

 不幸中の幸いか、【ゴゥズメイズ】が【マーシャルⅡ】の破壊に気をとられていたため子供達に危害は加えられていないようだった。

 あるいは、中の子供が眠っていて奴の餌になる“負の感情”を発していないからか。

 何にしても、無事でよかった。


「馬車は……いけるか」


 子供が乗っている二台の馬車には馬も繋いである。

 すぐに走り出せるだろう。

 ……そういえば、馬は襲わなかったんだな。

 人間だけ探知しているのか?


「幸い、私とキューコは《操縦》スキルを持っている。これは馬車でもある程度適用可能だから、二台の馬車に分乗していけばいい」

「逃げた後は? あれを放っておくと確実に碌なことにはならないぞ」

「冒険者ギルドに情報を伝えて援軍を募る。相手は<UBM>だ。MVP特典目当てに狙う<マスター>は大勢いるだろう。伝える作業はドライフ所属の私には出来ないためレイに頼むことになるが」

「分かった。じゃあタイミングを見計らって馬車まで、ッ……!」


 これからのプランを練って行動を起こす機を見計らおうとしたとき、状況が動いた。

 それは、俺達が迂闊だった。

 起きうるケースを考慮していなかった。


「ふぇぇん、おかぁさぁん、おとぉさぁん……」


 馬車の中から、目を覚ました子供が出てくるというケースを。


『GUSDSDCAASWGBASAA!!』


 声にならぬ絶叫を上げながら、【ゴゥズメイズ】が振り向く。

 そこには生きた人間の子供がいた。

 泣きながら、恐怖という“負の感情”を発する子供がいた。


『GOLFAASAAAAAA!!』


 それは怨念の総意としての行動であったのか、あるいは特定の怨念の生前の“習性”によるものか。

 【ゴゥズメイズ】は全身の口から涎を垂らしながら、子供へと右腕を伸ばした。

 その意図は明白だった。


「チィッ!!」


 どうするかを考えるよりも早く俺は大扉から飛び出していた。

 そして左手の手甲を奴に向ける。


「《煉獄火炎》――全力放射ァッ!!」


 左手の【瘴焔手甲】が俺のMPを猛烈な勢いで吸い上げ、同時にそれを火炎へと変換して吐き出す。

 かつての【大瘴鬼 ガルドランダ】の必殺攻撃には劣るが、並のアンデッドならば百体は焼き尽くせるだけの巨大な火炎。

 その炎は子供に伸ばされた【ゴゥズメイズ】の右腕を直撃した。


『YEEGGAAAAXASAAAFFAAAAAA!?』


 死体の塊になってもまだ痛覚が残っているのか、【ゴゥズメイズ】は燃える右腕を宙に振り回しながら悲鳴を上げた。


「羅ァ!!」


 その隙に奴の脚部へと肉薄し、《聖別の銀光》を纏わせた大剣のネメシスを左前足に叩きつける。

 アンデッド殺しの光はゴゥズメイズ山賊団の死に顔を切り裂きながら、内部の肉と骨にも傷をつけた。

 分厚い足を断つには至らなかったがそれで奴は大きくバランスを崩した。


『斬った感触が最悪だの……!』


 ネメシスが吐き捨てた言葉と同時に、【ゴゥズメイズ】が倒れこんでビルが倒壊したときに似た地響きが周囲を揺らす。

 ある程度は狙い通り、馬車と逆方向に倒れている。


「ユーゴー!」


 俺はユーゴーに向けて叫ぶ。


「俺達がコイツを引きつける! ここは俺達に任せて先に行け!」

「レイ! だが!」


 言いたいことは分かる。

 今馬車が出れば、俺はこいつから逃げられない。

 シルバーはいるが俺は乗れないし、人の足ではあいつから逃げられない。

 デスペナルティは免れないし、マリー達との約束も破ってしまうことになる。

 しかしそれでも。


「今はこれしかない! 早く子供達を連れて逃げろ!」


 《銀光》のネメシスを構え、倒れて地面に近くなった頭部――両の眼球に切りつける。

 ユーゴーと子供達が逃げ切るまでの時間稼ぎだが、最大限生きる……そして勝つ努力は惜しまない。


『GEEEHAAAAAASAGAA!!』


 両目から腐った体液を撒き散らし、異常に大きく身悶えながら【ゴゥズメイズ】は地面の上で足掻く。

 巨体ゆえにその振動だけで一種の災害だ。


「こいつの体、予想より脆い」

『人の死体の塊ゆえに、強度はさほど高くはないらしいな……だが』

「……このくらいの芸当はしてくると思っていたさ」


 燃えていたはずの腕から炎が消えると、炭化した皮膚の下から新たな腐った肉の皮が現れた。

 足も濁った体液を撒き散らしながらすぐに傷が塞がる。

 切り裂かれた眼球は抜け落ちて、新しい眼球が生成されはじめている。


『《自動修復》、だの』


 アンデッドに修復不可能の傷を与える《銀光》を使っているのに、関係なく再生してくるのかよ。


『どうやら、怨念動力とやらはあの巨体の維持と修復に利用されているらしいのぅ』


 あれだけのダメージを数秒で完全修復。

 不死身か。


『もう死んでいるがの』

「言ってる場合、か!」


 倒れたまま、俺に向かって振るわれた左手を後方に跳んで回避する。

 視力は回復しきっていないのか当てずっぽうの攻撃だが、俺に近い場所を狙ってきている。

 俺は馬車から距離をとりながら回避に専念する。


『どうするかの。戦端を開きはしたが、現状では打つ手がない』

「再生速度が速過ぎてまともな攻撃に殆ど意味がない。やれるとしたら……」


 【大瘴鬼 ガルドランダ】を倒したときと同じ手。

 急所へ最大威力の《復讐するは我にあり》をぶつけるしかない。


「チャージするのは至難だが、な」


 防御力は思ったよりも低かったが、暴れ狂う様を見ればパワーは知れる。

まともに直撃を食らえば一、二発でアウトだ。


『せめて《カウンターアブソープション》がフルカウントなら、またこの感覚か』

「どうした?」

『さっきと同じだ。私の内部のダメージ蓄積カウンターに妙な感覚が……消えた。何だというのだ』

「【ゴゥズメイズ】が何かしているのかもしれない。気をつけろよ」

『わかっておる』


 ネメシスと話しながら、視界の端で馬車の様子を見る。

 ユーゴーとキューコが二台ある馬車の御者席に座り、動かそうとしているところだ。

 動く前に襲われないよう、もう一度足を切って……?

 妙だ、【ゴゥズメイズ】の動きがない。

 なぜかその動きを停止して


 ――奴は俺を見下ろし、完治した両目で凝視していた。


『GIIINNNNNNASAAASASAAAASADWDWDAAQA!!!!!』


 奴は俺の姿を視認し、何を思ったのか、思い出したのか、全身から激怒の咆哮を上げる。


「……あぁ、そうか」


 そうだ、【ゴゥズメイズ】は材料になった奴らの怨念に従ってユーゴーの【マーシャルⅡ】に怒りをぶつけていた。

 だが、そもそもこいつはあの【大死霊】が生み出したモンスターであり、奴の怨念も混ざっている。

 なら、奴にとって一番の標的は……。


「俺に決まっているか!」


 【ゴゥズメイズ】は人馬の前足を上げて棹立ちになる。

 直後、上方から柱の如き両前足が高速で俺へ、そして地面へと叩きつけられる。

 俺は咄嗟に回避したが、その一撃は奴の前足の着地地点一帯を砕き、陥没させる。

 大剣でその足を狙おうとすれば、今度は先ほどとは違いまるで蹴り上げるように素早く足が動き俺を狙う。


「グッ!?」


 大剣の腹で受けたが、その一撃で六メートルほど吹き飛ばされる。

 HPにもダメージを受けた。


「……さっきとは随分動きが違うじゃないか」


 ただの暴走ではなく、確実に俺を殺すために動いている。

 どうやら、俺自身が奴の中のスイッチを入れてしまったらしい。


「厄介な」

『……が、お陰で一つ光明も見えたの』

「どこがだ」


 また視界の端で馬車の姿を確認しながら、ネメシスの言葉に答える。

 馬車はここから遠ざかっていく。一先ずは成功か。


『先刻、私のダメージ蓄積カウンターの話はしたな』

「ああ」

『今ダメージを受けて、あの感覚の正体が分かった。あれはな、既に奴に対してのダメージが相当量……いやこれまでで最大と言ってもいいほど溜まっていたからだ』

「何?」


 今までの最大量だって?

 なぜ?

 俺達は、まだ交戦を開始したばかりだろ?


『あの【大死霊】が末期に使った《デッドリーミキサー》なるスキルだ。あれは《カウンターアブソープション》でダメージを吸収したが、結局《復讐ヴェンジェンス》は撃たなかったからな。まだ残っている』

「いや、それはおかしいだろ。あの【大死霊】とゴゥズメイズは別の…………そうか」


 理解する。

 【大死霊】メイズと【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】は違う。

 だが、“完全に別ではない”。


『彼奴にはあの【大死霊】の怨念も入っているのだろう? 故に、まだダメージ蓄積が適用されている。ただし、出たり消えたりだ。恐らく奴の怨念が主体となってあの体を動かしているタイミングだけ有効なのだろう』


 一つの【ゴゥズメイズ(カラダ)】に、数十の怨念コントローラー

 その一つ、【大死霊】メイズの怨念があの【ゴゥズメイズ】を動かしているときだけ、俺には奴を倒す切り札を手にしている、か。


「なるほど、な」


 あとは、奴のコアを見つけて、メイズの怨念が動かしているタイミングで、《復讐するは我にあり》を叩きつけるだけ、か。

 まだ難題は多々ある。

 だが、不可能ではなくなった。

 つまりは。


『あのアンデッドに勝てる可能性がある』

「上等だ」


 ならば俺がすべきことは一つだけ。

 今までと同じことだ。

 【デミドラグワーム】や【大瘴鬼 ガルドランダ】のときと同じ。

 この可能性に、全てを賭ける。


『GERRRRUUAASDSAAAAA!!』

「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」


 怨念しかない奴の咆哮に紛れ、全身の口が言葉を呟いている。

 許さん、殺す、道連れ、皆殺し、ギデオン、滅ぼす、食らう、弄ぶ。

 そんな言葉ばかりが聞こえてくる。

 この男達は、かつて人だったときも、巨大な怪物と化した今も、そんなことばかりを考えていたのだろう。

 ならば……。


『【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】。かつて童達を苦しめ、多くの命を奪い、今また命に仇なす獣共』


 ネメシスの言葉と共に、黒い大剣を奴に向ける。


「これ以上、お前達には誰の命も奪わせない」


 遥か高きにある奴の双眸を睨み、宣言する。


「『お前達は、俺達(我等)が倒す』」


 To be continued


次回は明日の21:00更新です。

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― 新着の感想 ―
コキュートス下級にしては強すぎじゃね?…って思ったけどそういえばネメシスもこの時点で大概ぶっ壊れだし、別にそこまで変でもないのかもしれない
う~ん、素晴らしい…微かな可能性、生きるか死ぬか…さて、どう切り込む?
[良い点] 「ここは俺(達)に任せて先に行け!」 リアルにこれを言われるとカッケェ……
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