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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第二章 不死の獣たち

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第十二話 Undead of Silver Ray

本日二話更新の二話目です。

前話をお読みでない方はそちらを先にお読みください。

 ■ゴゥズメイズ山賊団二大頭目【大死霊リッチ】メイズ


 この世界には超級職スペリオル・ジョブと呼称される力が存在する。

 全ての人間範疇生物が就く万を越えるジョブの中で、極一握りの者しか成れぬ頂点。

 人の身の限界すらも“超えた”力……それが超級職。

 かつてアルター王国の守護神と呼ばれた【大賢者(アーチ・ワイズマン)】もその力を手にした一人だ。

 其の魔力は神域に迫り、天を落とし、地を割くほどの大魔法を駆使したという。

 そして先の戦争で【大賢者】を斃したのもまた、超級職にして<マスター>である【獣王キング・オブ・ビースト】だったという。

 これはアルター王国にとって悲劇以外の何事でもないだろうが、喜ぶ者もいただろう、

 なぜなら各超級職の座に就ける者は一時代に一人のみ。

 当代の【大賢者】が死んで【大賢者】の席が空き、その座を求めている者共もいるだろう。

 私もまた超級職の力を目指している。

 だが、私が目指すのは【大賢者】の座などではない。

 私が目指すは死霊術師系統超級職【死霊王キング・オブ・コープス】。

 《死霊術》を駆使する【死霊術師】を超えて。

 《死霊術》を極めてアンデッド化に至った【大死霊】を超えて。

 全ての屍の力を超越した領域に在る死屍達の王座。

 不滅不死身の力。

 今は<マスター>しか持たぬ真の不死性を手に入れるための唯一の手段。

 其れが【死霊王】。

 私は【死霊王】の力を手にするための準備として、ゴゥズメイズ山賊団を率いていた。

 子供を攫っていたのは《死霊術》の修練のため。

 金を得ていたのはマジックアイテムを得るため、そしてカルディナに流すためだ。

 あの国では金銭こそがモノを言う。カルディナの貴賎とは即ち金銭の大小なのだ。

 大金を積めば、ギデオンの兵士が動くのに呼応してカルディナの軍に示威行為をさせることもできる。

 そうするとアルター王国の連中はカルディナを刺激するのを恐れ、国境付近にいる我々に手を出せなくなる。

 加えて、カルディナから《隠蔽》や《気配操作》のマジックアイテムを仕入れることで素材の誘拐も容易くなった。

 私は悠々自適に、材料にも環境にも恵まれたまま《死霊術》を研鑽し、【死霊王】への道を歩むことが出来たのだ。


 超級職の座に就くには複数ある難解な条件を制覇し、試練を達成する必要がある。

 私は秘法を記した古文書を解読することにより、【死霊王】の条件は把握している。

 古文書から見つけ出した条件の一つ、「5000年分の命のアンデッド化」はこの砦を根城に山賊団を動かすことで容易く果たせた。

 未だ多くの余命を残し、《死霊術》の成功率も申し分ない子供を対象にしたのでとても効率が良かった。

 100人も処理すれば達成できたが、アンデッドという“資産”はいくらあっても良いので処理を続けた。

 そうしている内に更なる条件「【怨霊のクリスタル】の作成」も完了した。

 【怨霊のクリスタル】は死の不浄を払うとされる【清浄のクリスタル】に莫大な恐怖の感情を……怨念を与えることによって完成する。

 これにはゴゥズが役に立った。

 奴に生きながら裂かれ、噛まれ、貪られる子供の恐怖は非常に良い怨念と成った。

 苦悶の魔法陣で生きながらアンデッドの素材に作り変えたときにも良い怨念が取れた。

 かつては白く、神々しくも鬱陶しい光を放っていたクリスタルは、一片の光も見えぬほどドス黒く染まっている。


 この通り、【死霊王】へと昇華する条件は既に達成している。

 残るは【死霊王】の座が封じられたレジェンダリアに赴き、試練クエストを達成し、【死霊王】と成ることのみ。

 もはやこんな砦にも、山賊団にも用はない。

 もうすぐギデオンに厄介な連中が集まる。

 その前に配下の中で使えるゴゥズだけを共とし、あとは全てを隠滅してこの場を去るのみと思い立った。


 命知らずの侵入者が砦に忍び込んだのはそんなときだ。


 ◆


『死ね』


 私が言葉を発すると、実験室の床に一人の男が音を立てて倒れた。

 伏したその顔はわからないが、首から流れる出血が石の床を染め上げていく。

 その傍らには私の魔術により操られ、私の言葉をスイッチに男の喉を掻き切った子供が立っている。

 アンデッドモンスターにすると頭上の名称で識別されてしまうからな。

 こういうときは生かしたまま使うに限る。


「子供相手と油断したか。バカな奴だ」


 私は“崩れていた身体”を組みなおす。

 人馬種族である私の骨格が組み合わさり、ローブを纏う。

 骨に皮が張り、同時に肉の膨らみが生じて私の身体を元に戻した。

 今このときまで私は白骨化していたが、それは【大死霊】のスキルの一つ《死体化》の効果によるもの。

 地に伏す男には私がただの骨にしか見えなかったはずだ。

 これは並大抵の【死霊術師】では出来ない。

 しかし私はより上位存在である【大死霊リッチ】。

 完全に白骨化してから蘇ることなど造作もない。


「ほぅ、まだ生きているか」


 既に首から流れる血も僅かになったというのに、男の体にはまだ心拍があるようだ。

 ふと、男が右手に握ったままの旗付きの黒い斧槍に《鑑定》を使用してみるが、何も表示されない。

 つまりこの斧槍は<エンブリオ>であり、こいつは<マスター>というわけだ。しぶといのも頷ける。


「意識もあるか? だが無駄だ。この短剣には【大死霊】である私が特別に調合した【猛毒】と【麻痺】の秘薬を塗布してある。貴様は身動きできずに死んでいく」


 【出血】と【猛毒】により体は死に向かい、それでも【麻痺】で動くことすら叶わない。

 この男が<マスター>でなければ良い怨念が採取できただろうに。

 怨念の採取先として<マスター>は駄目だ。

 <マスター>は死んでも三日で蘇る。

 死の恐怖も怨念もティアンとは比較にならないほど弱い。

 そもそも完全な不死ゆえか連中は常に遊び半分に生きている。

 前にここを襲撃した<マスター>のパーティもそうだった。

 連中は私の魔法とゴゥズの力で返り討ちにして容易く皆殺しにした。

 だが、死体をアンデッドモンスターにすることもできないため、【死霊術師】の媒体としては最も使えん。

 私を差し置いて不死であることも含め、腹立たしい連中だ。

 ……そうそう、思い出した。

 <マスター>ではない連中……一番最初に来たティアンのパーティは、拷問で上質の怨念を蒐集出来たな。

 あれは実に愉しかった。

 死体も中々有力な素材になったものな。

 ティアンならあのように簡単にアンデッドに出来る。

 ……いつかは<マスター>のアンデッドも作成してみたいが、今は邪魔者を片付けただけでも十分か。

 今頃地上ではゴゥズがこいつの仲間を片付けていることだろう。

 これであとはこの砦を去り、しかるべき場所で試練さえ達成すれば、私は【死霊王】となる。


「さて、此処は引き払い、レジェンダリアに行くとするか」


 実験室の扉をくぐろうとして、隣の部屋に魔法で寝かせていた素材……子供が目についた。

 そうそう、忘れるところだった。


「もう山賊団も店じまいだ。子供は全て殺してアンデッドの素材にせねばな」


 そのとき、倒れ伏した男の指がピクリと動く。


「ん?」


 その反応と、微かに見えた男の横顔で私は察した。


「貴様まさか、子供を助けに此処まで来たのか? 私の財宝目当てでなく?」

「…………」


 男は無言。

 元々喋れもしなかっただろうが……その反応で丸分かりだ。


「く、は、ハハハハハハハハハ!!」


 私は腹を抱えて笑った。

 笑うとも。

 これを笑わずにいられるか。


「ハハハハハ、不死身の人でなしが、子供を助けにわざわざ此処まで? クハハハハハハ! おい、それはまた随分とヒロイックな遊びをしているじゃないか<マスター>君」


 英雄ごっこか?

 それでこのザマとは愉快過ぎる。


「ククク、折角だ。【猛毒】で死ぬまで見ていくかね? 私のアンデッド作りを。自分でも中々巧みだと思っているよ。なにせ、これまで何百人分も作ってきたからな!!」


 私の言葉に倒れた男から負の感情が湧き上がるのを感じる。

 これはいい。

 <マスター>相手でも煽ればそれだけ負の感情を抽出できるかもしれん。

 何より、不死身の<マスター>を見下ろしながら勝ち誇るのは、やがて【死霊王】になる身として非常に気分が良い。


「そうだな、骨の太そうな子供は【スケルトン】、脆そうな子供は【ゾンビ】に変えてしまおう。ああ、こっちの顔が良い子供らは剥製にして売り払うのも良いな。私はこれでも手先が器用でそういう作業は得意なんだ。これまでも好事家から好評を得ている」

「…………」


 愉快。

 実に愉快。

 まさか<マスター>相手にこんな楽しみが味わえるとはな。

 良い塩梅に怨念も得られた。

 そろそろ終いだ。


「さぁて、まずは貴様の首を切らせた子供からやってみようか! まずは自分で自分の首を……」


 ――不意に、風が吹いた。


 少しして何かが落ちる音が聞こえる。


「…………なんだ?」


 視線を向けてみれば、落ちたそれは非常に見慣れたものだ。


 大枚を叩いて手に入れたマジックアイテムの指輪をつけた左手。


 あれは……私の左手(・・・・)ではないか?


「お前が……なら」


 倒れていたはずの男が右腕を振り上げている。


「お前が、生者でないのなら」


 斧槍の刃には白銀の光が――私を含めたアンデッドの天敵である《聖別の銀光》が宿っている。


「お前が、人の心を失くしたと言うのなら」


 男はゆっくりと立ち上がり、顔をこちらに向けた。

 首にある筈の傷口は、跡形もない。


「お前が、あの光景を作ったと言うのなら」


 その顔には【猛毒】による体力の衰えも、【麻痺】による束縛も見られない。


「お前が、これからもそれを繰り返すと言うのなら……」


 ただ、爛々と光る双眸が見せる――激怒だけが在った。



「俺はお前を――殺せるぞ」



 <マスター>の、“不死身の人でなし(アンデッド)”共の、そんな顔を見るのは初めてで。

 私はこれまでの生で、感じたことがないほどの恐怖を感じた。

 本能が理解する。


 私は


 こいつに


 ――殺される


「■■■■――《アビスデリュージョン》!!」

【――《デッドマンズ・バインド》!!】


 私は現在使用しうる禁呪の中でも最凶の一手を使う。

 口頭詠唱での《アビスデリュージョン》。

 加えて右手と仕込んだマジックアイテムによる無詠唱の《デッドマンズ・バインド》。

 上級状態異常魔法スキルの二重発動。

 《アビスデリュージョン》は相手に【死呪宣告】・【衰弱】・【劣化】の三重状態異常を与え、生きながらにして朽ちさせ、屍に変える大魔法。

 《デッドマンズ・バインド》も【拘束】、【呪縛】、【脱力】の状態異常を与える。

 合計で六つに及ぶ強力な状態異常。

 <マスター>も、ティアンの有力な冒険者も、この戦法で葬ってきた!

 これを食らえば、如何なる者であろうとその動きを止め……


「臥ァ!」


 止まらない。

 “まるで私の呪いが逆転でもしたかのように”、より威圧感を増した奴は《聖別の銀光》を灯した斧槍を振るい、私の身体を横薙ぎに裂く。


「ぐぅ!?」


 あと一歩前にいたら、胴体を一刀両断にされていた。

 それは拙い。奴から致死ダメージを受けるのだけは拙い。

 私は【大死霊】、魔術を極めたアンデッド。

 大抵の傷ならば即座に修復が始まる。腕を切り飛ばされようが身を斬られようが問題ではない。

 しかし、今は全く修復が働かない。

 それどころか、斬り飛ばされた腕は既に塵へと還っている。

 それも当然。奴が使っているのは《聖別の銀光》。

 ごく限られた【聖騎士パラディン】や【教会騎士テンプルナイト】だけが使いうるアンデッドを滅ぼすための光。

 あの《銀光》を纏った武具で殺されれば、いかに【大死霊】といえど蘇生は出来ない。

 死する恐怖。

 もはや遠くなり、【死霊王】となれば無縁になったはずの恐怖が心身を苛む。


「《アウェイキング・アンデッド》!!」


 《死霊魔法》を使い、室内の樽の中に保存していたアンデッドモンスターを起動させる。

 動き出す無数の【スケルトン・ソルジャー】。

 しかしこれでは駄目だ。

 これではこのバケモノには勝てないが……知ったことか!

 私の脱出の時間稼ぎになればいい。

 私は配下のアンデッドが奴に襲い掛かる姿を見ることなく、背を向けて死地と化した研究室を脱出した。


 ◆


 私は息を切らせながら地下の通路を地上に向かって駆けて行く。

 【大死霊】に、アンデッドになった時点で心臓も肺腑も止まり、魔力結晶に置き換えている。

 ゆえに肉体的に息苦しさなど感じるはずもない。

 感じるはずもないのに、私は窒息しそうな感覚を覚えていた。


「何故<マスター>が、不死身の怪物共が、本気で、怒りを……!」


 それは恐怖。

 未知の恐怖。感情の恐怖。あの怪物への恐怖。

 恐ろしい、あのバケモノ共に、あんな純粋な殺意と怒りをぶつけられたことが恐ろしい。

 それは、不死身不滅の輩が、永遠に私を追って来るということなのだから。

 逃げなければならない。

 この死地から、砦から逃げ出し、奴の目から逃れねばならない。

 できる、できるはずだ。

 【大死霊】と化したとは言え、私は人馬種族。

 陸上での走行速度は亜人の中でも上位であり、ヒトの足で追いつけるものではない

 このまま地上へと脱出してゴゥズと合流。

 その後はゴゥズをぶつけている間に逃げればいい。

 これならば可能だ。


「逃げ切れる……!」


 私は未来を想定し、安堵した。


「……何だ?」


 人馬種族である私が駆ける音は地下に響く。


 その足音に、何かが混ざる。


 何かが、私を追って来る。


 規則正しくも荒々しく地を蹴るこの音。


 この音は私の足元から生じるものと同じ。


 つまりは……“馬”の足音。


「……!」


 段々と迫る音に耐え切れず、後ろを振り返る。


 そこには私の想定を超えるモノがいた。

 地下通路を疾走する銀色の人造馬。

 そしてその銀色の馬の傍に――奴の姿があった。


 なぜか奴は馬に乗っていない。

 銀色の馬の手綱を右手で握り締め、自身は両足の脚部防具を地面に擦過させながら引きずられている。

 その様はグランバロアの水上競技を連想させる。

 左手には今も銀に輝く斧槍が握り締められ、付随した旗が速度によって烈しくはためいている。

 なぜ《乗馬》しないのか。

 あれではすぐに両足が折れて使い物にならなくなるのではないか。

 なのに、なぜ奴はダメージを受けている様子がないのか。

 数々の疑問が私の脳裏に浮かぶが、重要なことはそれらではない。

 重要なのは奴が追ってきたということ。

 そして、あの馬は私よりも速く――遠からず追いつかれるであろうということだ。


「アアアアアアアアアア――!!」


 恥も外聞もなく恐怖で叫びながら、私は地上へと駆ける。

 地上に出さえすれば、ゴゥズに合流さえすれば、時間が稼げる、逃げ切れる。


「《アウェイキン……アウェイキングアンデッドッォォォォオオ》!!」


 走りながら、逃げながら、もしものときのために通路の壁に埋め込んでおいたアンデッドモンスターを起動させる。

 其の名は【ハイエンド・スケルトン・ウォーリアー】。

 腕利きのティアンの遺骸を利用して作成した上級アンデッド。

 かつて私とゴゥズで返り討ちにしたパーティの末路だ。

 六体の【ハイエンド・スケルトン・ウォーリアー】が奴と私の間に立ち塞がる。

 アンデッドと化したとはいえ、かつては上級職。

 これならば……。


『「――邪魔だ」』


 銀色が通過した瞬間に、塵になった。


 奴の左手の斧槍が、人工馬の蹄が、瞬く間に私のアンデッドを葬っていた。

 見れば、斧槍だけでなく人工馬の全身にも《銀光》が灯っている。


「ああぁ!?」


 あれは生身の馬ではなく、あくまで奴の“装備品”だ。

 《銀光》を浴び、高速で駆け、アンデッドが触れれば粉砕する。

 上級アンデッドであろうと関係ない。

 下級だろうと、上級だろうと、奴はアンデッドの天敵。

 疾走する――決死の銀弾だった。


「ウォォォオオオオオォ!?」


 地上への階段を死に物狂いで上る。

 アンデッドモンスターで稼いだ一瞬の時間。

 それにこの階段で、馬に引きずられる奴の移動方法は出来ない。

 速度は落ちるはずだ。

 私は何とか奴に追いつかれる前に階段を駆け上がり、地上へと脱出した。


「ゴゥズ!! ゴォゥゥゥゥウウズ!!」


 私はゴゥズを呼びながら砦を駆ける。

 一階の通路を駆け抜け、砦の門が見えたとき、私は安堵した。

 そこに見慣れたゴゥズの顔があったからだ。


 直後に私は絶望した。


 そこに見慣れたゴゥズの顔……しか(・・)なかったからだ。


 何が起きたのか、凍りついたゴゥズの首だけが門に叩きつけられている。

 体は、屈強なゴゥズの体は、どこに行ったのか?

 どこにもない。

 ただ、門の外に凍った肉塊が散らばり、ゴゥズの足首らしきものが地面に張り付いている光景だけが見えた。

 その隣には、氷の教会を人型にしたような異形が……確実に私の敵でしかないモノが立っていた。


『選ぶがいい』

 

 氷の異形は言う。


地獄(・・)天罰(・・)、どちらに処されるかを』


 その言葉の意味を、私は理解できてしまった。

 氷の異形と銀色の怪物。

 どちらに殺されるか選べと、言っているのだと。


「冗談では、ない! 冗談ではないぞ!?」


 死んでたまるか!

 ここまできて!

 ようやく【死霊王】の座に手を掛けて、こんなところで!


「なぜ、なぜだ!?」


 何故、私がこんな目に遭わなくてはならないんだ!!


『……そうか。ならば、希望通り天罰を受けるのだな』


 氷の異形はそう言って、右腕と一体化した十字の氷剣で私の背後を指し示した。

 そこには――銀色の怪物が立っていた。

 怪物が追いついていた。


「!?」


 もはや退くも進むも不可能。

 何か、何か手はないか!

 転移系のマジックアイテムを持っていなかっただろうか! ない!?

 他に、他にも何か……!


「……!」


 ローブの中でアイテムボックスを探っていた私の指があるものに触れた。

 ゆっくりと、指に触れたそれを取り出す。

 それは一切の光なく黒に染まった水晶。

 無数の怨念の集合体、【怨霊のクリスタル】。


「…………そんな」


 掌中には、黒色を湛えた水晶……【怨霊のクリスタル】がある。

 これは私が【死霊王】と成るために必要不可欠なもの。

 ゴゥズメイズ山賊団を率い、子供を生贄にしても一年近くの時を要したマジックアイテム。

 そして【死霊王】の条件であると同時に、【死霊術師】系統の術師にとっては最高峰の魔術媒体。

 これをここで、だが、しかし……。


「死ねば……無為!」


 ここで死するくらいならば、これを使って我が命を繋ぐべきだ。

 そうでなければ掛けた時間も労力も全て無駄になる。

 生き延びて、どこかの街でまたやり直せばいい。

 時間も労力も、生贄とていくらでもある。

 生きていればやり直せる!

 そう、私はまだまだ死ぬわけにはいかない!

 こんなアクシデントで死んでたまるか!


「貴様も、貴様も、貴様らもォォォオ!!」


 投げ打つ宝物に、【怨霊のクリスタル】に魔力を充填しながら、私は吼える。


「貴様ら如きにくれてやる命など無いわァァァアアアアアア!!」


 【怨霊のクリスタル】に充填された怨念全てを破壊エネルギーへと換算し、砦ごと奴を滅ぼす心算で禁呪を解放する。

 【大死霊】、その最大最強の攻撃魔法スキル!


「《デッドリィミキサァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ》!!」


 全ての恐怖と狂乱と共に、最大威力の攻撃魔法を撃ち放つ!


 使えば純竜であろうと即座に抹殺するその威力!!


 これに耐えられるはずがない!


「《カウンターアブソープション》」


 はずが……ないのに。


「あ、あ、えぇあ?」


 私の全身全霊の魔法は、奴の展開した光の壁によって何でもないかのように防がれた。


「ば、ばかなぁぁあぁあああ!?」


 驚愕し、足を踏み違えて、転倒する。

 その直後に、奴は私の眼前に移動していた。


「ひぃぃぃぃいい!?」


 立ち上がり、逃げようとした瞬間――銀を纏った黒の斧槍が私の馬の胴体を貫通し、大地に縫い止めた。


「げはァァああ!?」


 物理的に、そして身中を《銀光》に焼かれる痛みによって身動きが出来なくなった私の前に、奴が立っていた。


「もう……逃げるな」

「ま、待て、もう逃げない、ニゲナイ!」


 逃げることはもう不可能、ならば命乞いでも何でもして命を繋ぐほかはない。


「と、取引だ! 金だ! 金をやろう! まだまだ金は残っている! 七千万リルはある! 全部やる! 全部やるから見逃してくれ!」

「…………」


 おお!

 奴の様子が変わった!

 カネなど全て渡しても構わない!

 【怨霊のクリスタル】さえも投げ打ったのだ!

 生き延びることが出来るなら金など不要!


「……フゥ」


 奴は私に右の掌を差し向けてくる。

 よし! よし!


「く、ハハハ、待て待て。今アイテムボックスから取り出して……」



「命だけでいい」



「え?」



 奴が掌を拳へと変えた瞬間、手甲に銀色の光が灯る。


 

 直後、私の頭部を砕――――



 To be continued


次回の更新は明日の21:00です。

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この作品に初めてコメントを書きます。 アニメの方から知り、この作品がなろうで読めることを最近知りました。アニメではわからなかった描写もあり、特にステータスの部分は文字で書かれていて効果とかもわかりやす…
ゲラゲラゲラ!腹ぁ抱えて笑わせて貰いましたわぁ…そうだよなぁ!?誰かのために頑張れる奴を笑う奴は、こうならないとなぁ!?超級職を得るための努力は素晴らしいとは思いますが…ククク、ヒーローに見つかったの…
@Du 過去のコメントにこんなこと書いても仕方ないけど、流石に不快だったから書かせてもらう。 強力な状態異常に大量のアンデット、砦すら破壊する規模の切り札を持つ後衛に砲撃も効かない強力な前衛、並のパ…
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