第五話 路地裏のテンプレート
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(=ↀωↀ=)<10000の大台が目の前だよー
□決闘都市ギデオン 【聖騎士】レイ・スターリング
「金策をしなければいけなくなった」
《乗馬》スキルと【騎馬民族のお守り】について調べ、再度ログインした俺はそう決意を口にした。
「元々1万リル足らずの資金だったしのぅ。シルバーのことがなくても稼がなければなるまい」
そう、ネメシスの言うとおり、元々金はないのだから稼がなければならない。
毎度運良く大金が入っては抜けていくよなぁ……。
無駄にしているわけではないんだけど。
「ガチャ」
ムダニシテイルワケデハナインダケド。
「ところで二つ目の【許可証】だがのぅ。あれは一つ目と違って記名する前だったのだから、ルークにやらずに売ってしまえばよかったのでは? 10万とは言わんがその半値にはなっただろうに」
「……………………あ」
その手があったか。
「御主……」
「いや、いいんだ、いいんだ。あれはルークにあげたものだ。男に二言はない。別の金策を講じよう」
今はそれが最優先だ。
「とは言ってものぅ。ルークはログアウトして就寝中、黒グラサンは他の用事で手一杯。我々だけでは出来ることも限られておる」
「それなんだよなぁ」
冒険者ギルドでクエストを受けるにしても、俺一人では難易度と報酬の低いものを選ぶしかない。
明日には約束も控えているのであまり長時間のクエストもできない。
金策がしづらいのだ。
「あの大鬼のように賞金首でも狩るかの」
「それで失敗したらデスペナだろ。そしたら明日の約束すっぽかしちゃうじゃないか」
「短期間でリスクなしに10万リル稼ぐ方法があれば、世の中楽だのぅ」
まぁ、時間は明後日以降ならいくらでもあるんだけどな。
けど出来るだけ早くシルバーに乗ってみたい。
「なら闘技場はどうかのぅ。たしかデスペナルティ抜きで自由に戦えて、賞金も出るのだろう?」
「あれなぁ……調べてみたら興行は合計レベルが51以上ないと参加できないんだよ」
俺の職業レベルの合計は【聖騎士】のみなので、今朝のテスト中に上がったことを踏まえても26。
参加には今しばらく時間が掛かるだろう。
「そうだ、賭ける側だ。闘技場では賭けもできるからそれで一儲けして……」
「やめておけ。御主はここぞというときの運はあるが、どちらかと言えば悪運寄りだ」
……かもしれない。
「じゃあ今日明日で【騎馬民族のお守り】を入手するのは諦めて、地道に資金を増やすか」
「それが良かろう。さぁ、そうと決まれば冒険者ギルドに向かうぞ」
「応」
俺とネメシスは連れ立って冒険者ギルドのある一番街区に向かって歩き出す。
「そういえば【許可証】は無理にしても他のアイテムの売却はどうかのぅ?」
「ドロップアイテムは昨日あらかた売った後だしなぁ」
そしてネメシスの胃袋に消えた後だ。
「ルーク……は駄目にしてもクマニーサンに借りるというのは?」
「それやったら負けな気がするから……」
そもそも兄は今どこにいるのか。
メニューをチェックしてもログイン中であることくらいしか分からない。
「むぅ、それなら前に着けていた装備品一式は」
「もう下取りに出した後だ」
だから今の俺には資産と呼べるものは一万リル未満の所持金と今の装備品しかない。
「ああ、そうだ。装備品と言えば御主、何故あそこまでメガネを拒む?」
「なに?」
「ペンギンとのやりとりからずっと気になってのぅ。御主の記憶を覗こうと思ったが……奥のプライベートな部分にあるゆえ覗けぬ。と言うかどれだけ強固に仕舞っておるのだ」
……そんだけ聞かれたくないことなのだから聞くなよ。
まぁ、いい。ネメシスとは一心同体みたいなものなのだし言っておいてもいいだろう。
「子供の頃、俺は眼が悪かった」
「ふむ」
「小学校四年生になったとき、偶然だが俺のクラスで眼鏡をかけているのは俺一人だった」
「そういうこともあるかのぅ」
「あだ名は強制的にの○太くんになった」
「……ん?」
「本名よりの○太くんと呼ばれる回数が多かった。大して似てもいないのに「ドラ○も~ん」のモノマネをしてくれとせがまれた。挙句、学芸会の題目がなぜかドラ○もんになり俺は当然の如く……の○太くん役だった」
「…………」
いじめではない。
ハブられていたわけではない。
どちらかと言えば友達は多かった。
かつての級友達も悪意ではなく、親しみゆえニックネームに用いていたのだろう。
が、そうであるがゆえに振り下ろしどころのない心のモヤモヤが生じる。
誰がの○太くんだ、と。
ドラ○もんは大好きだがそれとこれとは別問題だ、と。
「…………」
「どうしたネメシス」
「思ったより理由がくっだらなくて反応に困っておる」
「……まぁ、ちっちゃいことだとは自分でもわかっている」
昔、同じ反応を姉にもされたし。
「しかし目が悪いのならリアルでは今もメガネなのかのぅ?」
「いや、学芸会の後に五年かけて視力を矯正した」
目に良いもの食べて、遠くを見て、毎日眼球動かす運動して……頑張った。
「……執念は買うが、それコンタクトでよかったのではないかのぅ」
「目に異物入れるとか怖すぎる」
「…………御主」
ネメシスよ、呆れたようにこちらを見ているがな。
あれは怖いものだぞ。
「コンタクトが眼球の裏に入り込み、視神経を傷つけ、終いには目玉がボトリと……」
「怖いな!?」
「だろう。あとレーシックも失敗が怖かった。やはり視力を戻すには堅実な訓練が、……?」
ネメシスと雑談しながら歩いていると、路地裏から荒々しい物音が聞こえてきた。
何事かと気になり、建物と建物の間にある路地の奥へと進む。
その先には少しだけ開けた空間があり、そこでは五人の男が一人の女性を囲んでいた。
男達はいかにも柄が悪く「チンピラの悪党でござい」と言わんばかりだ。
女性の方は、よく見えない。
しかし先ほどリリアーナから聞いた話を思い出し、抜け出した王女が悪党に絡まれている、というファンタジーのテンプレ展開を想像してしまった。
確かめようともう少し様子を窺って……違った。
男達に囲まれた女性は、容姿は整ってはいるが素朴な顔立ちだった。
飲食店か宿屋の看板娘、といった風情だ。
写真の王女ではない。
が、むしろ王女であるよりこちらの方が問題である。
彼らの会話内容は要約するとこんなところだ。
女性には弟がおり、昨日誘拐されてしまった。
返してほしければ二十万リル用意しろ、との脅迫を受けた。
騎士団に伝えれば弟を殺すとも言われた。
女性は方々を走り回り、借金をし、家財を処分して何とか二十万リルを用意した。
そして用意した身代金を受け渡し場所であるここに持ってきて、受け取り役である誘拐犯の手下に渡した。
しかし男達は彼女の弟を返す気などなく、金だけいただくどころか彼女自身も頂いてしまおうと毒牙を剥いている。
うん。清々しいほどにゲスい悪党だ。
相手はモンスターではなくティアンだが、これならぶっ飛ばしても良心の呵責は皆無だろう。
このまま見過ごしても後味が悪いしな。
俺はその場へと姿を現し、悪党に対し言葉を発した。
「「そこまでだ」」
「「…………ん?」」
何でハモった?
俺が路地に飛び込んで声を掛けたが、なぜか声が異口同音で被っている。
見ればチンピラと女性を挟んだ反対側の路地にもう一人、誰かが立っていた。
それは俺と同年代くらいの男性で、軍服とライダースーツが融合した奇妙なデザインの装備を着ていた。
手の甲が開いたグローブから左手の紋章が見えるので彼は<マスター>か。
「……構わんか。そこの無頼漢共、大人しくそのレディから手を離すがいい」
どうやら俺と同じことを同じタイミングで考えていた人らしい。
「た、助けてください……!」
「フッ。勿論です。美しい花には棘がある。可憐な女性に代わり、棘となって悪漢を刺すのが私の使命」
そして俺より遥かに気障な人であるらしい。
バラと光が舞う少女漫画、あるいはタカラヅカみたいなオーラが見えた気がする。
「何だ、てめえらは」
「あぁ? やる気かぁ? やる気かぁ?」
「ヒャハー!」
「こっちは五人いるんだぜぉ!?」
「二倍だぞ、二倍!」
いや二倍じゃねえよ。二・五倍だよ。
「フッ、たしかに人数はそちらが多いがレベルならばどうかな?」
「なにぃ!?」
「見たところ、貴様らは下級職一職目だろう。だが、私の合計レベルは126だ」
「「「「「な、なんだと……!」」」」」
「フッ、見るがいい。我が力を…………さて、【ケージ】を取り出して」
「今だ、やっちまえ!」
「「「「おぉー!」」」」
「ちょ!? 私はまだ<マジンギア>に乗ってな……えぇい仕方ない! 素手で相手をしよう!」
「「「「「んだとオラァ!」」」」」
まるで不良漫画を見ているようだ。
五人のチンピラは軍服の男に一斉に殴りかかった。
そしてあまりに彼ばかり目立つので同時に出てきた俺が完全に無視されている。
「まぁ、いいか。あなたは逃げてください」
俺は今のうちにと女性に逃走を促す。
「あ、ありがとうございます!」
余程怯えていたのだろう、女性は俺の後ろの路地へと駆けて行った。
「これでよし。さて戦況は……あれー」
見ると、軍服の彼がボッコボコにされていた。
五人の側もある程度の傷は負っているが、それでも一方的な結果と言っていいだろう。
やはり数の不利はきつかったのか。
でも合計レベル126って……ああ、なるほど。
「合計レベルが126だからって、ステータスが高いわけじゃないのか」
ルークだって俺より倍のレベルがあっても、【女衒】だからステータス半分以下だったし。
しかしそれでも、126は126だ。
そんな彼が五人がかりとはいえボコボコにされているのだから、俺もやばいかもしれない。
「次はてめえだ!」
「やっちめえええ!!」
おお、こっちに来やがった。
俺は咄嗟に一人目の男の拳をかわし、カウンター気味に顔面目掛けてパンチを繰り出した。
次の瞬間、俺が殴った男は反対側の路地まで吸い込まれるように吹っ飛んでいった。
「「「「…………え?」」」」
「…………なんで?」
疑問はチンピラと俺の両方から発せられた。
何かスキルでも発動させたのかとネメシスを振り返ると、彼女は若干呆れ顔で……手の甲を指でトントンと叩いていた。
その仕草で俺は自分の手の甲を見て……思い出した。
現在、俺は【瘴炎手甲 ガルドランダ】を装備中だ。
で、この【瘴炎手甲】だがその機能は朝テストした火炎放射や毒ガス噴射だけではない。
防具としても使えるし……ステータス補正もある。
それはSTR、つまりは筋力を+100%するというもの。
さて、レベル0の頃の俺のSTRがいくつだったかといえば、10前後だったはずだ。
そのときに物を持つことや力を使うことに困った覚えはないので、一般的な成人男性の筋力はその程度だろう。
で、今の俺の筋力は【聖騎士】としてレベルアップしたステータス上昇と【瘴焔手甲】の補正が重なり400以上ある。
計算が長くなったが、俺は一般的な成人男性の四十倍以上の腕力で顔面をぶん殴ったわけである。
「……殺っちゃった?」
若干心配になり、向こうの路地に倒れた男の様子を窺う。
おお、痙攣している。
つまり生きている。セーフ。
彼らも戦闘職に就いているのか一般人よりは幾分頑丈であるらしい。
「なら、大丈夫か」
俺は両手の手甲を打ち鳴らしながら、彼らにゆっくりと近づく。
ネメシスで斬るとまずいのでこのまま【手甲】で片付けてしまおう。
「次は誰だ」
「ひぃ!」
しかしそんな俺が何に見えたのか、残った四人は青い顔で踵を返し、反対側の路地から逃げていった。
「ち、畜生! だが覚えておけ! あの女の弟はこっちが預かってるんだからな!」
そんな捨て台詞を残し、連中は路地の向こうに消えた。
実に分かりやすい悪党だった。
「大丈夫か? 《ファーストヒール》」
俺はボコボコにされていた軍服の男に回復魔法を掛ける。
大して深い傷ではなかったのか、俺の初級回復魔法でも傷が塞がった。
「フッ、ありがとう…………ん? 君、その耳は」
彼は俺の頭に上にあるモノ……マッドなペンギンに生やされたイヌミミを見上げている。
「耳が何か?」
「……いや、良いアクセサリーだな」
「…………ペンギンを探せば着けて貰える」
「フッ。覚えておこう」
彼は立ち上がり、衣服についた埃を払った。
その所作もどこか気取ったものである。
「これも何かの縁だ。名乗らせていただこう。私の名はユーゴー・レセップス。【高位操縦士】で<マスター>だ」
「俺はレイ・スターリング。【聖騎士】で<マスター>。そっちは俺の<エンブリオ>のネメシス」
「そうか……TYPEメイデンとは珍しい。はじめまして、麗しきマドモアゼル」
「うむ」
へぇ、ネメシスを一目見てガードナーじゃなくてメイデンだと気づくのか。
……それにしても、芝居ぶった喋り方だな。
リアルではどこの人だろう。
名前からしてフランス人?
「ところで何であんなにボコボコにされていたんだ? ジョブが戦闘向きじゃないのか?」
戦ってみたら連中弱かったし、合計で126もあれば戦闘職じゃなくてもゴリ押しできそうなものだが。
「フッ。私のジョブは【操縦士】Lv50、【整備士】Lv50、【高位操縦士】Lv26だ。そしてこれらのジョブはHPとMPとSP、そしてDEX(器用)しか伸びないので、それ以外の私のステータスはほぼ初期値だ!」
……胸を張ることなのだろうか。
あと、そんな極端なステータス上昇をするそれらのジョブは一体……。
名前からして車にでも乗るのだろうか。
車……クルマ……メタル○ックス。
「あ、あの……」
俺がユーゴーのジョブについて考察していると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、先ほど俺達が助けた女性が立っている。
どうやらそのまま逃げずに戻ってきてしまったようだ。
「先ほどはありがとうございました!」
「ああ、いいんですよ。勝手にやったことですし」
あれを放っといたら後味悪いしな。
「フッ。私も同意見だ。レディの危機を見逃しては、明日の寝覚めが悪いものさ」
……何か口癖被った。
「あ、あの、あなた方は<マスター>なのですか?」
「ええ。私と、そちらのレイは<マスター>ですよ、レディ」
ユーゴーがそう言うと、彼女は地に頭をつけた。
「レディ……頭を上げてください」
「お願いします! 弟を、弟を助けてください!」
弟……連中も逃げるときに捨て台詞で言っていたな。
「『弟さんを助ける』とは先ほどの連中からですか?」
「は、はい! あいつらは、ゴゥズメイズ山賊団と言って……、子供をさらって、身代金が届かなかった子供は殺され、食べ、うぅ……」
「…………」
殺して食べる?
子供を?
…………へぇ。
「弟はあいつらに誘拐されて、お願いします! 弟が助かるなら、このお金も、それで足りなければ、どんなことをしても……」
彼女は身代金の入った袋を差し出し、涙ながらに懇願している。
事のあらましは、飛び出す前に彼女と連中の会話を盗み聞きして把握している。
このままなら、早晩彼女の弟の命は絶たれ、食われることだろう。
その結果を防ぐには迅速に動く必要があり、それができるのは……ここにいる俺達だけか。
まぁ、あの場に姿を現した時点でこういうことになるんじゃないかと思ってはいた。
だから、リスクを抱える覚悟はもう出来ている。
「俺は構わないぞ。それに……俺は対価も要らないよ」
「ですが……」
「それ、弟さんの身代金に無理して集めた金なんだろ? 受け取れないさ」
そんな事情を聞いた以上、依頼されなくても勝手に動いていたかもしれないしな。
何より……この件は見過ごすには後味が悪過ぎる。
「ユーゴーはどうする?」
「フッ。愚問だな……。無論私も受けるとも。同じく対価も不要だ」
ユーゴーは地に膝を着け、左手を顎に柔らかく添えて彼女の顔を上向かせる。
そして右手の親指で彼女の瞳から零れる涙を優しく拭った。
「レディ。貴女の涙は私達が拭う。貴女が明日の朝を笑顔で迎えることを、私は貴女に約束しよう」
【クエスト【救出――ロディ・ランカース 難易度:八】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
俺の耳に直接、イベントクエストの発生を告げるアナウンスが響く。
そしてそれはユーゴーも同様であったらしい。
「行こうか、レイ。使命が私達を待っている」
「……オーケー。今回はもうそういうノリでいい」
攻略対象はクエスト難易度:八【救出―ロディ・ランカース】
行く先は、人食いの人攫いゴゥズメイズ山賊団の根城。
目指すは……笑顔の朝。
クエスト、スタート。
To be continued
次回は明日の21:00に投稿です。




