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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 私《アイ》のカタチ

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プロローグB-1 Friend

(=ↀωↀ=)<第六章後半スタート

 □【聖剣姫】アルティミア・A・アルター


 これが夢の中であることには、すぐに気づいた。

 これまでに幾度も見た、過去の出来事を思い起こす夢。

 けれど今見ているものは、あの日からよく見ていた父との別離の夢ではない。

 父が亡くなった日よりも過去。

 未だ皇国との戦争が起きていなかった……否、戦争になるとすら考えられていなかった五年前。

 戦争の前段となる【三極竜 グローリア】の事件よりもずっと前の……<マスター>の増加すら起きていない平穏だった日々。

 私が、皇国の学園に留学していた頃の記憶だ。

 私の意識もまた、その夢へと溶け込んでいく。


 ◇


 私……アルティミア・A・アルターは学園寮の談話室で図書室から借りた本を読んでいた。

 王国の第一王女である私の読書を邪魔してはならないと変に気を遣ったのか、寮生のほとんどは恐れて談話室から出て行ってしまった。

 留学してから一年近く経ち、嫌悪ではなく恐れから距離をとられることにも慣れていた。


「アルティミア。少しよろしいかしら?」


 けれどそんな日々の中でも、私に話しかけてくる人はいる。


「どうしたの、クラウディア」


 彼女の名前は、クラウディア。

 留学中の私の数少ない友人で、それはきっと親友と言ってもいい相手だった。

 そんな相手はこちらではクラウディアだけ。

 ……もっとも、王国にいた頃でも親友と呼べるのは父同士が親友であるリリアーナと、【大賢者】様の徒弟で一番年若かったインテグラしかいなかったけれど。


「今日の午後なのですけれど、ショッピングに行きませんこと? それとカフェでお茶もいたしましょう。今日あたりから秋のスイーツが並ぶ頃ですの」

「……アナタは本当に街に出向くのが好きね、クラウディア」


 クラウディアは皇国の第三皇子の息女であり、皇国の皇位継承者の一人だった。

 加えて、留学した学園での私のお世話係(チューター)でもある。

 年齢が近い上にとある共通点もあって、私達はすぐに意気投合して友人となった。


「ところで買い物は何を見るのかしら?」

「服ですわ! 特にアルティミアの!」

「私の?」

「アルティミア、また胸が大きくなられたでしょう? このままでは季節が変わる頃には胸が窮屈になりますわ」

「成長期だもの。それより、よく見ているわね」

「……ふふふ、人は自分が欲してやまず、しかし持てないものには敏感になるのですわ」


 そう言ってクラウディアはわきゃわきゃと手を動かす。

 そうする彼女の胸部は控えめであり、成長期の兆しはない。全くない。

 すごく羨ましそうに私の胸を見ているので、このまま放っておくと手を伸ばしてくるかもしれない。


「……そうね。行きましょう。私もちょうど本屋を回りたいと思っていたから」

「まあ! それでは午後一時に門の前で待ち合わせましょう! 楽しみだわ!」


 午後一時を指定した彼女に少し疑問を覚える。

 時計を見ると、まだ朝の十時前。待ち合わせまでは二時間以上ある。


「そういえば、どうして午後から? 私は今から出かけてもいいのだけれど、何かあるの?」

「お兄様の工房でお手伝いを頼まれておりますの! もう! ステータスが高いからってレディを部品運びに付き合わせるだなんて……」

「部品運び……」


 クラウディアが言うように彼女のステータスは高い。

 なぜなら、彼女のジョブは【衝神(ザ・ラム)】。

 元は彼女の伯父であるロナウド・バルバロスの有していたジョブで、とある事件で亡くなってからは空位となっていた。

 私の前に立つクラウディアは、十三の若さにして空位となっていた【衝神】を継承した天才だった。

 それが【聖剣姫】……表向きは【剣聖】である私と意気投合した部分でもある。

 互いに姫君でありながら武術を練磨する者同士、話が合った。

 それこそ、三日に一度は模擬戦を行うくらいには。


「そのお兄様もお手伝いは他の人に任せてもいいのではないかしら?」


 そんなクラウディアも女性であり、なおかつ姫と呼ばれる身分。

 部品運びという力仕事を任せるのは、流石に不適当であると思えた。

 クラウディアの兄にはまだ会ったことがないけれど、どうしてわざわざ彼女に頼んだのか不思議に思った。


「駄目ですわ。お兄様は極度の人見知りだから、私かバルバロス家(母の実家)の人達でないと安心して作業が出来ませんの」

「そう……」


 そういうこともあるだろう、と納得した。

 クラウディアは早くに両親を亡くしている。

 それは、皇族の何者かが糸を引いた暗殺であるとも噂されていた。

 そんな出来事があってもクラウディアは持ち前の天真爛漫さで影を見せない。

 しかし、彼女の兄は信頼できる者以外を信用しなくなったのだろうと、私は察した。


「それなら私は待っていても大丈夫だから、あなたのお兄様を手伝ってあげて」

「ありがとうございますわ、アルティミア! すぐに片付けてきますからお待ちくださいな!」


 そう言ってクラウディアは談話室を飛び出し、超音速機動で廊下を走っていった。

 寮則違反どころではないけれど、そんなそそっかしすぎる友人に私はクスリと笑った。

 そうして、彼女との約束の時間まで本を読んで時間を潰すことにした。


 ◇


 それから二時間ほど経ち、本も読み終えた。

 約束の時間まではあと一時間とないけれど、まだ彼女が寮に戻ってきた様子はない。

 少し気になってクラウディアが言っていた工房――機械の国であるドライフらしく学び舎に機械系生産職用の施設が併設されている――に足を運んだ。

 そうしてどこか渾然とした工房の廊下を歩いていると、見知った顔……クラウディアを見つけた。


「あら、クラウディア、……?」


 けれど、違った。

 近づくにつれて、私はその人物がクラウディアとは別人であると気づいた。

 顔立ちはよく似ているけれど、表情と目つきがまるで違う。

 あの明るく快活で、戦闘系超級職らしく覇気も併せ持つ姫君であるクラウディアに対し、眼前の人物はあまりに陰鬱だったのだから。

 クラウディアに酷似した可憐な顔立ちもその陰鬱な表情と、加えて髪や頬に付着した油汚れで台無しになっている。衣服もさっきまで着ていた制服ではなく、薄汚れた作業着だ。

 何より『この世の全てに熱を感じていない』とでも言うようなその冷めた眼差しは、クラウディアのものではありえない。

 けれどその顔立ちからクラウディアとは無関係とはとても思えず、先刻のクラウディアとの会話の内容を思い出した。


「アナタは……クラウディアのお兄様?」

「……ええ、アルティミア殿下」


 彼から返ってきた返事は声音こそ低いが、兄妹らしくクラウディアとよく似ていた。

 顔のこともあるし、双子なのだろうと思い至った。

 同時に、相手の方は私のことを知っていたらしいとも悟る。クラウディアから話を聞いていたのかもしれない。


「いつもクラウディア……殿下にはお世話になっています」

「……私にそんな言葉は不要です。それに妹も好きでやっていることですから。それと、私や妹に敬称は不要ですよ」


 その言葉はどこか投げやりだったけれど、それまでの雰囲気とは少し違うものを感じた。


「クラウディアがどこにいるかご存知ありませんか? そろそろ約束の時間なのに姿がないので捜していたのですけど」

「……今頃は風呂にでも向かっているのでしょう。何分、作業に付き合わせたので、今の私と似たような有様になっていますから……そのままでは出かけられません。もう少し、あの子を待っていていただけると助かります」

「そうなのですか」


 陰鬱であったけれど、彼の言葉からは妹に対する優しさや、妹の友人である私への気遣いが感じられる。その眼差しも、最初に見たときよりも暖かい。

 悪い人物ではなさそうだと、私は彼について考えを改めた。

 ふと、視線を落とすと、彼が金属製の手提げ……工具箱を持っていることに気づいた。


「工具箱……」

「……これでも、【機械王キング・オブ・メカニズム】のジョブを頂いています。それもあって、色々な機械の修理を任されていますから。この学園内や【皇玉座】の整備など、ですね」


 彼のジョブ、【機械王】とは整備士系統の超級職だったはずだ。

 肉体を扱う戦闘職よりも技術者が多いのがドライフ皇国。クラウディアの【衝神】ならばともかく、整備士系統の超級職ならば競争相手も多かったはず。

 彼がクラウディアと双子ならば、その座に就くにはあまりに若い。

 それが意味するのは、彼が他を隔絶した天才であった、ということ。あるいは最初に眼差しが冷めているように感じたのも、そのためだったのかもしれない。

 ……皇位継承者の一人である彼が作業員のように機械の修理を任されている……ということに少し違和感はあったけれど。


「それでは、私はこれで失礼します。……今後とも、妹のことをよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」


 そう言葉を交わして私は彼と別れた。

 ただ、その後に図書室に本を返してから、私はようやく気づいた。


「……ああ。名前を伺うのを忘れていたわ」


 彼は何という名前だったのか。

 私は、まだ知らなかった。


 ◇


 それから数十分経って、クラウディアは待ち合わせのラウンジにやって来た。


「御免あそばせ! 遅れてしまいましたわ!!」

「いいわよ。大変だったのでしょう、気にしてないわ」

「ああ! アルティミアは優しいですわね! 大好き!」


 そうして駆けつけてきたクラウディアは、まるで幼い子がそうするように私の腕に抱きついた。

 私の鼻腔に近づいたクラウディアの髪からは、落としきれなかった機械の油の匂いがした。

 ああ。この匂いを落とそうと頑張ってお風呂で洗っていたのでしょうね。

 ただ、私がクラウディアの匂いに気づいたことを、彼女もまた気づいた。

 そのまま飛び退いて、……戦闘系らしく一跳びで二十メートルも距離を取っていた。


「ご、ごめんあそばせっ!? ……もう! お兄様ってばよりにもよって今日あんな作業を手伝わせなくてもいいのに! 普段使っている消臭の薬でも匂いが落ちませんわ! これではアルティミアの隣を歩けません!」

「一緒にショッピングにいくのにそんなに離れていたら意味がないわ。匂いなんて気にしないから、もっと近づいても大丈夫よ」

「アルティミア……。あ、ありがとう、ですわ!」


 そうして私達は並んで歩いて、予定通りにショッピングに向かった。

 肩を並べて、色々な話をした。

 その中で、私は気になっていた彼女の兄について尋ねた。


「あら、お兄様に会いましたの?」

「ええ。それで、失礼ながらお名前を聞きそびれてしまって」

「お兄様は自己紹介なんてほとんどしませんものね」


 それから「やれやれですわ」と言いたげに少し大げさにクラウディアは首を振って、


「では代わりに紹介しますわ! お兄様の名前は――ラインハルトですわ!」




 その名前を聞いた瞬間に……夢は止まった。


 ◇


 記憶の夢から目を覚まし、私は体を起こす。

 わずかに汗ばんだ額へと手を伸ばしながら、息を吐く。


「今になって、彼女の夢を見るなんてね……」


 夢から覚めた私は、ただそれだけを呟いた。

 けれど、あの夢を見た理由は分かっている。

 それは、きっと皇国からの講和の打診があったから。

 あるいはこのまま戦争が終わり……元の関係に戻れるのかもしれないと淡い期待を抱いたから、皇国での思い出を……友人との楽しかった思い出を夢に見たのだろう。

 今度の講和は、事がなれば両国の戦争が終わる。


 しかし、講和が破綻すれば……いよいよ戦争が再開される。


 私が国王代理として治める王国と、彼女の兄であるラインハルトが治める皇国の、国家の生存を賭した戦争になる。


「…………」


 私とクラウディアは……親友だった。

 私達の間には確かな友情があった。


 けれど……皇国との戦争で父が死んだ。

 私個人だけでなく、国家としても、二つの国の溝はあまりにも深くなってしまった。

 講和がならなければ、雌雄を決するほかにない。

 私と彼女は親友だ。

 けれど同時に、お互いに相手よりも大切なものが……守るべきものがある。

 私が【聖剣姫】という王国の剣であり、彼女が【衝神】という皇国の槍であるように。

 私が妹達を護りたいと願うように、彼女が兄を支えたいと願うように。

 きっと、お互いが大切なもののために……私達は矛を交えることになるだろう。


 あるいは、どちらかが相手の命を奪うことにもなるかもしれない。


「けれど……」


 これから何が起ころうとも。

 これから何が遭ったとしても。

 これから、私が死んだとしても。


「クラウディアとは……親友のままでいたいわね」


 懐かしい夢を見た私はそう考えて……覚悟を新たにした。


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(=ↀωↀ=)<プロローグだし本日二話更新ですー

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