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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第五章 遺された希望

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189/725

拾話 エミリオ・カルチェラタン

(=ↀωↀ=)<後半開始前ですがー


(=ↀωↀ=)<後半に大きく関係する過去の話ですー

 □■三十年前 カルチェラタン伯爵邸


 カルチェラタンの中心には貴族の邸宅に相応しく上品な、しかし華美過ぎない館が建っている。

 それはカルチェラタン伯爵家の住まう館であり、このカルチェラタン領の政の中心でもある。

 敷地の大半を占める庭園は、数年前に伯爵家へ婿入りした青年の趣味で少しずつ花壇の拡張や植樹を続けている。

 あと十年、二十年もすればそれは見事な庭園となるだろう。


「まぁ、それでは今度の皇国行きはこの子も一緒に?」

「そのとおりデス。バルバロス辺境伯家の方々との顔合わせも兼ねてマスネ」


 庭園の中に立つ大きな樹木――婿入りした青年の希望で植えた木の下、白いテーブルと椅子が置かれたテラスで若い夫婦がお茶を飲みながらそんな会話を交わしていた。

 妻は先代カルチェラタン伯爵の一人娘である、ツェルミーナ・カルチェラタン伯爵夫人。

 夫は王国の外交官であり、伯爵家に婿入りしたマルク・カルチェラタン伯爵。

 二人は貴族としては珍しい恋愛結婚であり、一年前には愛の結晶である一人息子エミリオを授かっていた。

 そのエミリオは、夫婦のテーブルの横に置かれた乳母車に入り、木陰と木漏れ日の中でスヤスヤと眠っている。


「まだ一歳なのだけれど、バルバロス領までの旅なんて大丈夫かしら?」

「移動は竜車だから大丈夫デス。使節団には国教の【司教】も同伴いたしマスシ、護衛も多いデス。なんといってもあのファルドリード氏も同行しマス」


 不安げな夫人に対し、伯爵は安心させるようにそう言った。

 伯爵は言葉のイントネーションに若干の奇妙さを持つ人物である。

 もっとも、既に出会って十年以上が経っている夫人に、その発音を気にする様子はない。


「まあ、【聖焔騎】ファルドリード様が?」

「ええ。彼もバルバロス家に用事があるそうデス。なんでもロナウド次期辺境伯と決闘をなさるのだとか」

「マルク……あなた、お仕事より決闘観戦を楽しみにしているでしょう?」

「ギクッ。い、いえいえまさかそんなことはないのデス、ヨ?」


 若干オーバーリアクション気味に、伯爵は図星を突かれたとおどけてみせた。


「もう、お仕事のほうもきちんとしてくださいね?」

「もちろんデス。今回の交渉は今後に大きな影響がありマスから」


 伯爵は妻にも仕事の内容を伝えていない。

 両国の未来にとって極めて重要な事柄だからだ。

 その内容とは、直系の王族と皇族による婚姻に関すること。

 婚姻によって同盟関係を強化し、将来的には連合国となることも視野に入っている。

 しかし現在の国王の子は、第一王子エルドル・ゼオ・アルターをはじめとして全員男子である。

 皇国には姫もいたが、母親の実家の格の問題で王国に嫁ぐには適さない。

 ゆえに両国の婚姻がなせるのはさらに次代のこととなる。

 次々代の国王か皇王に、もう一方の国の姫が嫁ぐという形式になるだろう。

 今回の使節団は表向きの理由も幾つか携えていたが、本命は数十年後の未来を見越したその密約である。

 もっとも、伯爵としては国家の重要事と同じくらい自分の息子のことを気にしていたが。


「エミリオのこともあるし、私も同行した方がいいのかしら?」

「ミーナは竜車が苦手デショウ? それに伯爵家としてのお仕事がありマスシ」

「それはそうなのだけど……。重ねて聞くけれど、危険はないんですね?」

「もちろんデス。一ヶ月もしないうちに帰ってきマスよ。きっとその頃にはミーナのクッキーが恋しくなっているデショウから」


 伯爵はそう言って、テーブルの皿の上に置かれていたクッキーを一枚齧る。

 クッキーは夫人の手作りで、伯爵は昔からその優しい味が好きだった。


「あーうー」


 ふと、テーブルの横に置かれた乳母車から、赤子の……彼らの息子であるエミリオが声を出した。

 いつの間にか起きていて、母親譲りのオッドアイで伯爵の持つクッキーを見つめている。


「エミリオ、クッキーが食べたいのデスカ?」


 一生懸命クッキーに向けて手を伸ばしている様子から、伯爵はそう感じ取った。


「駄目ですよ、エミリオ。まだ歯も生え揃っていないのですから。クッキーはまだ早いわ」

「うー」


 母の言葉が分かったのか、分からなかったのか。

 しかしどこか不機嫌そうにエミリオは唸った。


「ハハハ、エミリオ。あと半年もしないうちに食べられるようになりマスよ。いやいや、ひょっとしたら皇国から帰ってきたころには、食べられるようになっているかもしれマセン」

「まあ、そしたら腕によりをかけて作らないといけないわね」

「きゃっきゃ」


 そう言って夫婦は笑い、赤子のエミリオもよく分からぬままつられて笑っている。

 それは平和な家族の時間だった。


 その一週間後、伯爵はエミリオを連れて皇国に出向いた。

 夫人も、竜車に乗って伯爵邸を出る二人を、伯爵邸の門から笑顔で見送った。


 ――それがこの家族の今生の別れとなった。



 ◇◆◇


 □■三十年前 カルチェラタン領・バルバロス領国境


 風景は、炎に包まれていた。

 街道も、木々も、炎に呑まれて燃えている。

 炎の中には手足が無数にあった。

 それをよく見れば、人を模した人形の手足であると分かる。

 そう、炎の中に人の手足などない。

 人の手足は……今は燃え落ちた人形の手で引き裂かれ、バラバラに転がっていた。

 転がる手足は百を優に超える。

 人数にしても五十人は下らない。

 しかし彼らを数以外で表現するならば……王国使節団の遺体と言うのが正しいだろう。

 彼らは王国のカルチェラタン領から皇国のバルバロス領に向かっていた。

 その最中、突如として大挙して襲ってきた人形に襲われたのだ。

 何が起きているのかも不明な状況だったが、使節団を守る護衛達は奮戦した。

 だが、人形の物量に押し潰され、護衛も殺されていき、ついには守るべき使節団の竜車にまで人形の攻撃が及んだ。

 人形は武器は何も持っていなかったが、人に組み付いてその手足を引き千切るくらいの力は持っていた。

 使節団にいた探索魔法の使い手が、「人形を操っているのは【無命軍団 エデルバルサ】という<UBM>であり、そのランクは推定で神話級に達する」という情報を掴み、通信魔法で両国に救援要請を飛ばしていた。

 しかし、時間が経っても一向に援軍は現れなかった。

 無理もない話だ。なぜならここは王国と皇国の国境地帯。

 神話級に対処することを念頭に置いた大軍を国境地帯に動かす判断は、早々に下せることではない。

 もっとも、即座に軍を編成して送り出そうとしても間に合いはしなかっただろう。

 それほどに戦力に差があり……使節団は二時間という僅かな時間で壊滅した。


 そうして今、この戦場に立っている人間は一人しかいなかった。


「…………」


 若い男だった。年齢はまだ二十代の範疇だろう。

 焔のような赤の鎧を身に纏い、両手には紺色の長手袋を嵌めている。

 右手には波打つような刃――フランベルジュに類される剣が握られている。


『■■!』

『■■■■!』


 そんな男に対し、五十を超える人形が殺到する。

 人間には理解できぬ言語で人形同士意思疎通しながら、敵である男をバラバラにせんと囲むように飛び掛り、


「――《ブレイジング・サークル》」


 男は弧を描く軌道で剣を振るう。

 直後、刃から伸長した炎によって五十体全てが両断され、その断面から爆発炎上した。

 人形は地に落ち、炎の中で燃え盛り……周囲に無数に散乱した他の人形の残骸と見分けがつかないものになった。

 残骸の数は……数えられるだけでも一〇〇〇を越えるだろう。

 そのほぼ全てを、この男が一人で破壊したのだ。

 男の名は、【聖焔騎】アスラン・ファルドリード。

 この戦場は王国最強とさえ呼ばれる者の、正に一騎当千の活躍と言えた。


「…………」


 だが、一〇〇〇の人形を破壊した男の顔に、無双の喜びなど微塵もない。

 なぜなら、彼は既に敗北していた。

 一〇〇〇の人形を破壊しようと。

 彼自身が無傷同然であっても。

 既に、彼が守るべき使節団は一人も残っていないのだから。


 個人戦闘型と広域制圧型が防衛戦で戦った場合、決着は往々にして一つの形になる。

 即ち、『個人戦闘型は生き残るが防衛対象は広域制圧型によって制圧される』という形だ。

 点では雲霞の如く迫る群を抑えられない。

 そのセオリーを、この戦場はこれ以上なく表していた。


「……すまない」


 この戦場で最強の存在でありながら、彼は自分の無力さを悔いていた。

 使節団を襲っていた人形は既に壊滅し、周囲に動くものは炎以外に何もない。

 炎が人形を燃やす音だけを聞きながら、アスランは暫し立ちつくし……、


「……!」


 不意に、別の音を捉えた。

 彼は咄嗟にその音源――横転した竜車に駆け寄る。

 そうして竜車を引き起こし、中を開けて……言葉を失う。

 内部はひどい有様だった。竜車の中にまで人形が入り込み、車内で殺戮を行ったらしい。乗っていたであろう文官は悉く無惨な姿で息絶えていた。

 だが、入り込んだ人形も破壊されている。

 使節団のトップでもあったマルク・カルチェラタン伯爵の剣が、その頭部を貫いて仕留めていた。

 しかし……その伯爵も既に息絶えている。

 けれど、彼は背に何かを庇っており……布に包まれたその何かは微かに動いていた。

 アスランは、そっとその布包みを抱きかかえる。


 そうして布包みをめくると、むずかる赤子……伯爵の一人息子であるエミリオがそこにいた。


「…………」


 アスランはきつく瞼を閉じ、祈った。

 これは神の奇跡などではない。

 ただ、己の子を守ろうとした父の成した結果である。

 ゆえに、その魂が安らかに眠ることだけをひたすらに祈った。


「……ッ」


 エミリオを抱えて竜車を出たアスランの耳に、新たな音が聞こえた。

 それは遥か遠くから迫る無数の足音。

 二足で駆ける足音は、人のそれと似ているようでまるで異なっていた。


 人形の増援……さらなる一万体である。


「……人形よ」


 エミリオを決して落とさぬよう、傷つけぬように左腕で抱え……アスランは両目を見開く。


「……来るならば、来い。この子を護るため、そして私の後ろにある王国を護るため。悉く――焼き尽くしてくれる」


 彼は右手に構えた刃で迫り来る人形の群れに、たった一人で立ち向かった。

 そうして一人の最強戦士と一万の人形が接敵する瞬間、

 

「――《ディストーション・パイル》!!」


 不可視の衝撃波が、人形の群れの中央を横断した。

 一撃で数百の人形が、胴よりも巨大な孔を穿たれてバラバラになる。

 その攻撃に人形が対応するより早く、二度目、三度目の衝撃波が人形の群れを貫く。


「――《プロミネンス・ウェイブ》」


 その攻撃に呼応したアスランもまた剣を振るい、火炎の津波とでも呼ぶべきものを放って触れる人形を焼き尽くす。

 一万の人形は、数度の攻撃で一割以上の戦力を失っていた。

 対して、抗う人間の力は――倍になっていた。


「よう、アスラン。助けに来たぜ」


 アスランの横に、一人の男が並び立つ。

 機械式の全身甲冑に身を包み、右手には巨大な杭打ち機、パイルバンカーを携えている。


「けど、……悪いな。遅くなってよ」


 無骨な装備であるのに、機械甲冑のヘルムのフェイスカバーを上げて周囲の使節団の惨状を憂えるその容貌は、気品が漂っている。

 彼こそはバルバロス辺境伯家の次期当主にして、皇国最強の戦士。

 【衝神】ロナウド・バルバロスである。


「……遅くはない。援軍が来るのはまだ先だと思っていた」

「ああ、俺だけ皇都の糞爺共の言い分に腹立てて飛び出してきたからな。悪いが、本命の援軍はまだしばらく来ないだろうぜ」

「……いや、構わない」


 アスランはそう言って、ロナウドの後ろに回り……彼に背を向ける。

 互いの背中を合わせた形で、周囲を囲もうとする九〇〇〇近い人形に臨む。


「……最強の援軍は、既に来た」

「へっ、ならその評価分の仕事はしてやらあ」


 そうして二人はお互いの背中を、お互いが最も信頼する者に任せ、人形と激突する。

 ここに王国と皇国の最強と、神話級の<UBM>【無命軍団 エデルバルサ】の戦いが始まった。


 ◇◆


 北欧神話にはヴァルハラというものが登場する。

 死後に魂を召し上げられた戦士達が永遠に戦い続ける世界。

 仏教で言えば修羅道に相当するだろう。

 それらはいずれも死後の話である、だが……近似した光景が今ここにあった。


 そこには終わらない戦いがあった。

 夜が明けても、日が沈んでも、地に躯が散乱しても終わらない戦いがあった。

 それは、人間と人形の戦いだった。

 それは体を揺るがせながら、地を何千という数で闊歩する人形。

 物言わぬまま、されど統率された明確な意思で人形ではないものを殺さんとする者達。

 相対するは、たった二人の人間。

 【聖焔騎】アスラン・ファルドリード。

 【衝神】ロナウド・バルバロス。

 王国と皇国、最強の戦士達。


「――《ブレイズ・エッジ》」

「――《ディストーション・パイル》‼」


 彼らのスキルは、一撃で百近い人形を粉砕する。

 鎧袖一触、一騎当千、万夫不当、天下無双。

 彼らを表す言葉は事欠かない。

 合流してから、彼らは各々が一万を軽く超える数の人形を撃破している。

 しかしそれでも……戦いは終わっていない。

 人形はまだ何千と残り、それどころか現在進行形で増え続けていた。

 それこそが、【無命軍団 エデルバルサ】という<神話級UBM>の力。

 《マリオネット・ブリゲード・クリエイション》。

 その名の通り旅団規模の人形を一度に作成する脅威の能力。

 作成するには樹木や岩が必要になるが、王国と皇国の国境は森林地帯。材料はいくらでもあった。

 人形の一体一体は決して強くない。戦力にして下級職一職目程度、歴戦の超級職である【聖焔騎】と【衝神】にとっては紙のようなもの。

 だが、あまりにも多すぎた。

 数十時間にも及ぶ戦闘は彼らの体力を消耗させ、避けそこなった傷をも増やし続けた。


「奴さん、まだまだ兵力は有り余ってますよって感じだな。どこかに隠れている本体のにやけ面が目に浮かぶぜ」


 ロナウドは、着込んでいた全身機械甲冑のフェイスカバーを開けて、顔の汗を拭いながらそう言った。

 同時に、背後から接近していた人形を右手に握ったパイルバンカーで撃ち貫く。


「しっかしまぁ、とんでもねえ化け物だな、こいつ。<UBM>はこれまでにも何度か倒したが……こいつはそいつら纏めるよりやべえや」


 ロナウドは自身のパイルバンカーと機械甲冑――共に伝説級の特典武具を見ながらそう言った。


「……一つ、訂正がある。本体のにやけ面と言うが、探索魔法によれば本体も人形だった。表情は変わらない」


 そのロナウドに、【聖焔騎】アスランが真面目な顔でそう言った。


「あー、変わんねえなお前。前にスフィンクスとやったときもそんなこと言ってたろ」

「……懐かしいな」


 そんな会話の流れで、アスランは両手に嵌った長手袋を見る。

 それはかつてロナウドと共闘して倒した<UBM>の成れの果て。

 古代伝説級の特典武具であり、魔法に対して極めて強力なアドバンテージを持つ装備ではあったが、この戦いでは使い道がないものだ。


「援軍はまだこねえな。想定よりさらに遅え」

「国境地帯だからな」

「どうする? 今のうちに薄いところから脱出するか?」

「……愚問だ。それはいつになるかわからない軍の派遣がなされるか、あるいは人形が両国のどちらかに侵攻してくるまで放置するということだ。この生産ペースなら、数日と空ければ十万を超す大軍が両国を脅かす」

「じゃあ、仕方ねえな」

「……ああ。ここで、倒し切るしかない」


 二人はそう言って、周囲を見渡す。

 既に近場の樹木は全て材料として使われた後なので、視界は開けている。

 見えるのは地面を埋め尽くすような人形の残骸と、彼方から接近してくる新たに生成された人形軍団。

 もはや何度目になるかもわからない襲撃が、じきに始まろうとしていた。


「それよりアスラン。その子、俺に預けときな」


 ロナウドはそう言って左手を差し出す。

 その差し出した手の先には、アスランが左手で抱え込んだ布の包みがある。

 布の中ではエミリオが眠っていた。


「……無用だ」


 アスランは使節団を守れなかった。

 エミリオは、父であるカルチェラタン伯爵が命を賭して守った子供であり使節団唯一の生き残り。

 ゆえに、アスランは己の役目を果たさんと今もその子を守り続けている。

 また、亡くなった他の使節団の遺体も、彼らが持っていた遺体用アイテムボックスに収納し、守っていた。


「強情言ってんじゃねえよ。右手、折れてんだろうが。その子を抱えてたら剣も満足に振れねえだろ」

「……お前も、肋骨が折れているだろう」

「気にすんな。パイルかますにゃ支障ねえ。それによ、その坊ちゃんはうちの娘の旦那になる男だからな。きっちり守らにゃ」


 ロナウドはそう言って快活に笑い、その言葉にアスランは目を丸くする。


「お前の子、もう生まれていたのだったか?」

「んにゃ、まだだな。でも、愛しのマイハニーから生まれるんだぜ? きっと可愛い女の子さ。いや! 俺がそうであってほしいと思うから絶対女の子だね!」

「……貴族として、そこは跡取りを望むべきだがな。……元は流浪の身だった私が貴族どうこうと言っても詮無い話か」


 アスランは苦笑し、布包みのエミリオをロナウドに預ける。

 ロナウドはエミリオを大事そうに左手で抱え込む。


「……守れよ」

「当たり前だ」


 アスランの言葉に、ロナウドは不敵な笑みと共に応える。


「それで、どうするよ。このままいつになるか分からない援軍が来るまで耐えるか?」

「……いや、本体を叩く」

「どこにいるのか分かったのか?」

「……ああ。これまでの敵増援の出現時の数の差、木製人形と時折混ざる石製の数の比率、それから周辺の環境情報……木々の群生状態から、七割の確率で現在地は割り出せた」

「相変わらず、探偵でもないのに妙な推理力だなお前」


 何でもないように言ってのけたアスランに、ロナウドが苦笑する。


「……それで、乗るか? 三割の確率で無意味に敵の只中に飛び込むことになり、七割に的中しても満身創痍で【エデルバルサ】本体との戦いになるが」

「乗るさ。決まってる。そして安心しろ。どんな死地だろうが、この子は俺が守るからよ」

「……そうか」


 二人の戦士は彼方を見る。

 眼前に迫る数千の人形、そしてその先にいるであろう【エデルバルサ】を見据えて。


「……往くか?」

「応ッ!!」


 そうして、二人の戦士は雲霞の如く迫る人形に突貫した。


 ◇◆


 【無命軍団 エデルバルサ】の出現と使節団への襲撃から、丸二日が経った。

 王国と皇国はそれぞれの領土内で【エデルバルサ】の襲来を警戒し、防御を固めている。

 そんな中、国境地帯に向けて駆ける一団がいた。

 戦車型の<マジンギア>である【ガイスト】やレプリカの煌玉馬に搭乗したその一団は、国境に接したバルバロス領の領軍である。

 彼らの先頭でレプリカに乗るのはバルバロス辺境伯家の当主であり、皇国の将軍の一人でもあるバルバロス将軍。

 そして彼は、単身救援に向かった【衝神】ロナウド・バルバロスの父親でもある。


 【エデルバルサ】出現の一報と使節団からの通信魔法による救援要請が入ったとき、彼は使節団を助けるために軍を出そうとしていた。

 しかし、それは当代皇王や皇国上層部によって「待った」が掛かった。

 その理由はいくつかある。


「国境地帯に大軍を動かすのは躊躇われる」

「ここで王国より先に皇国が国境へ軍を動かしては、政治的に借りを作ってしまう」

「皇国軍のみが損害をこうむるのは困る。むしろ王国に先に出陣させて露払いを任せ、その後で皇国で神話級の特典武具を得るために動けばいい」


 そんな、政治判断と言うのも憚られる理由だ。

 バルバロス将軍は皇国上層部の判断に怒鳴り散らしたい思いをその身に溢れさせたが、皇国の軍人としてそのような振る舞いには出られなかった。

 ただ諦めず、皇国の軍人として上層部の説得に当たった。

 しかしその間に、彼の息子であるロナウドは「軍じゃなけりゃいいんだろう?」と一人で国境地帯へと向かった。


 それから既に、丸一日以上が経っていた。

 その間にバルバロス将軍は何とか皇王を説得し、バルバロス領軍のみという条件で出陣の許可を受け、軍を率いて国境地帯へと向かっていた。


「頼む、間に合ってくれ……!」


 バルバロス将軍は焦燥感に苛まれながら、一刻でも早くと軍を進めていた。

 それはバルバロス将軍だけでなく、ロナウドをよく知る領軍の軍人達も同じ気持ちだった。

 彼らはロナウドを、そして王国の使節団を救援するため、限界を超えた速度で国境の戦場へと向かっていた。

 そんな彼らの前に木々が変じた人形が現れ、軍の進攻を阻む。


「これが【エデルバルサ】の人形か!」


 バルバロス領軍は立ちはだかる人形を蹴散らしながら、戦場へと向かう。

 彼らの目に、一筋の希望が見えた。

 【エデルバルサ】の人形がいる以上、未だ戦いは終わっていない。

 だというのに人形が両国に侵攻していないのは、それを抑えている者達がいるからだ、と。


「待っていろ、ロナウド!!」


 そうして、バルバロス将軍率いる領軍はまばらに現れる人形を排して先に進む。

 【聖焔騎】と【衝神】によって破壊されたと思しき数万の人形の残骸を越え、やがて人形の出所と思われる森にたどり着いた。

 その森には、激しい戦いの爪跡が数多残っていた。

 ロナウド達がいるのはここに違いない、バルバロス将軍はそう考えた。

 やはりこの森の中でも人形は現れる。

 それらを前にして、バルバロス将軍は吼える。


「ロナウドォォォ!! ファルドリード殿ォォォ!! 助けに来たぞ! まだ無事であるかあああ!」


 バルバロス将軍の大音声。森のどこかにいる息子に届けとばかりに放たれたその声に――なぜか、眼前の人形達の動きが止まった。

 一様に、無抵抗の棒立ちになる。

 それどころか全ての人形が……ある一方向を指差し始めた。


「……む、ぅ?」


 それを訝しんだ将軍ではあったが、今はその行いに意味があると考え、たとえ罠が待っていようと食い破るという心構えでそちらへと進んだ。

 そうして、十数分も進んだ頃。


「おおお……」


 一本の巨木の前で、バルバロス将軍は膝をついた。

 そこには巨木に背を預けた一人の男が、……彼の息子であるロナウド・バルバロスがいたからだ。

 ロナウドが身につけているのはインナーのみであり、特典武具であった甲冑が消えていることが、彼の死を如実に伝えていた。

 また、左手には布の包みを抱え、右手は引き金を引いた形のまま固まっている。それは彼のもう一つの特典武具であったパイルバンカーが、死の寸前まで握られていた証左に他ならない。


「ロナウド……! ロナウドッ……! すまぬ…………私が、もっと早くに……おぉおおおお……!」


 息子の死に、バルバロス将軍は滂沱の涙を流す。

 息子を失った悲しみ、自身の遅参が息子の死を招いたことへの悔やみ、己の妻や息子の妻に何と伝えればいいのかという罪悪感。

 それらが激しくバルバロス将軍を苛んでいた時……。


「将軍! こちらを……」


 部下がある一点を指し示した。

 そこには、無数の人形の残骸に混ざって、将軍もよく知る男の遺体があった。

 それは王国史上最強と呼ばれた者であり、ロナウドの親友にして好敵手だったアスラン・ファルドリードだった。

 彼は立ったまま死んでいた。

 やはり特典装備は失われていたが……まるで何かに両手で剣を突き下ろすような姿勢で息絶えていた。


 両国の最強戦士は、二人とも最後まで戦い抜いて死んでいた。


「そうか、二人とも、最後まで……。……?」


 将軍は息子の死を父として悲しみながら、ふと軍人として冷静に状況を考えた。

 それは、【エデルバルサ】はどうしたのかというもの。

 息子や王国の者達の遺体は、死後数時間は経っている。

 【エデルバルサ】がまだ生きているならば、大軍を作り上げて王国か皇国に侵攻していただろう。

 だが、それにしては先ほどまで現れた人形の数は、誰かが押さえ込んでいるとしか思えないほどに少なかった。

 では二人と相討ちになり【エデルバルサ】も消えたのか。

 しかしそうであるならばやはり……ここに到着する直前まで人形が動いていたことに疑問が残る。

 あれは一体なんであったのかと将軍が疑問を覚えていると……。


「……ん?」


 将軍は、息子の遺体について、あることに気づく。

 抱えている布が……動いたのだ。


「……もしや」


 将軍はそっと手を伸ばし、息子の遺体から布に包まれた何かを受け取り、抱え上げる。

 その布の中では……。


「赤子、だと?」


 質のいいベビーウェアを着せられた赤子が眠っていた。

 顔に血がついているし、怪我もしていたが、命に別状はなさそうだった。

 将軍はなぜこんなところに赤子がいるのかと考えて……。


「そうか、カルチェラタン伯爵家の……」


 王国の使節団団長のカルチェラタン伯爵が、将来的に姻戚となるバルバロス辺境伯家への顔見せも兼ね、息子を連れ立って来訪する予定であったことを思い出した。

 王国の者達は赤子の父である伯爵を含め、アスランの所持していた遺体用のアイテムボックスに入っており、全滅が確認されている。

 それでも、この赤子……エミリオは生きている。

 きっとこの子は己の息子が命を通して守りぬいたのであろうと、将軍は確信した。


「……お前は、本当に最後まで、誇りある軍人であったのだな」


 息子が単身で向かわなければ、この赤子の命はなく、……王国と皇国で多くの民が犠牲になったかもしれない。

 将軍の胸の内は、己の息子に対する気持ちで一杯になった。


「カルチェラタン伯爵家の子よ。……お前はきっと、国許に帰してやろう」


 息子が守った命に、そう誓う。

 だが、そんな将軍の心に新たな疑問が生じる。


「む……この子の、目は?」


 顔の血を拭っていて、僅かに開けた左の瞼。

 その奥にある瞳――その色が問題だった。


「おかしい、この子は母親譲りの青と緑の目と聞いていたが……両方とも青(・・・・・)だと?」


 外見的特徴が一致しない。

 まさか他にも赤子が使節団にいたのだろうかとも将軍は考えた。

 しかし、さらに注視したことで気づく。


 赤子の左目は、義眼だった。


「…………」


 そのことに言い知れぬ不安感を覚え、将軍は義眼に《鑑定眼》を使用してみるも……彼のスキルレベルでは名前すら認識できなかった。

 将軍は、領軍の中で《鑑定眼》のスキルレベルを最大まで修めた人員を呼び、見せてみた。

 瞬間、彼は息を呑む。

 そして、震える声でこう言うのだ。


「【無命軍眸 エデルバルサ】……、この子の義眼は、そう、名づけられています」

「……なん、だと?」


 それはこの地に襲来した神話級、【無命軍団 エデルバルサ】の特典武具に他ならない。


「な、なぜ赤子が…………まさか!」


 将軍は一つの可能性に思い至る。

 それは、ロナウドとアスランが息絶えたのは【エデルバルサ】よりも先だったのではないか、ということだ。

 二人が死んだとき、【エデルバルサ】はまだ生きていた。

 だが、直後に戦闘での傷によって死んだのだ。

 そして特典武具を得るMVPを選出する際、“この場で唯一生き残っていた”エミリオにそれが渡ったのでは、と。

 無論、赤子が神話級との戦いで功績など積めるわけがない。

 だが、泣き声などが【エデルバルサ】の気を僅かにでも引き、極小の功績となっていたのなら……他に適任者がいないのならば赤子に渡るかもしれない。

 そして、将軍の率いた軍の進攻を阻んだ人形の正体は、身を守ろうとしたエミリオの本能にこの神話級武具が呼応してできたものではないか、とも。


「しょ、将軍……」


 鑑定した部下が、不安げに将軍を見る。

 将軍は、己が抱いた子を見る。

 穏やかに眠るその顔に将軍は、


「……すまぬ」


 心の深淵を吐き出すような声音で謝った。

 それはきっと、先刻の自分の誓いが叶わないと悟ってのものだった。


 ◇◆


 将軍の予感は正しかった。

 皇王は王国に「神話級は討伐したが、王国の使節らは一人残らず(・・・・・)全滅していた」と伝えるように指示を出したのだ。

 無論、エミリオも死んだことにする。

 それはエミリオの手に入れてしまった神話級武具、……もはやエミリオにしか使えない莫大な力がその理由だった。

 エミリオを王国に帰せば、将来的に王国の力が増すのは疑いようがない。

 だが、死んだことにして皇国で育てれば、将来の皇国の力になる。

 両国の関係は良好だが……神話級武具という力は友好国を欺く価値がある。

 国内最強戦力であった【衝神】を失ったばかりの皇国には、絶対に確保したいものなのだから。

 そして「この力の有無は将来連合国となった際の主導権の在り処にも関わるだろう」という考えもあった。

 そんな、簡単な天秤の話だった。


 バルバロス将軍は皇国の軍人であり、その決定に異議を唱えることは出来なかった。

 援軍に出ることとは訳が違う。最悪、皇王は反対するものを消してでもこの神話級の力を皇国のモノとしようとするだろうと分かっていた。

 だからバルバロス将軍は、一つだけ皇王に願い出た。

 どうか、赤子は私の手で育てさせてくれないか、と。

 皇王はすぐに了承した。

 バルバロス家は代々優秀な軍人を輩出し、何より【衝神】ロナウド・バルバロスという前例もある。

 きっと良い戦力に育て上げるだろうと、皇王は予想したからだ。


 皇王からの許可を得て、エミリオはバルバロスの養子となった。

 だが、将軍はエミリオを人間兵器にするために引き取ったわけではない。


「お前はきっと、与えられてしまった力ゆえに戦いからは逃れられないだろう」


 腕の中のエミリオに、将軍は静かに声をかける。


「戦いも、訓練も、強要され続けるだろう。皇国の人間兵器……特務兵として」


 それは悲しくも、確定した未来だ。

 だが……。


「だがせめて、愛だけは、人並みに与えてやりたいのだ……」


 それは将軍の願い。


「私の息子が守った、お前という一つの命に……人としての幸せも与えてやりたいのだ」


 ただ、使われるだけの人生ではないように、息子の守ったものを己の手で少しでも守るために。


「こんな矛盾した、愚かな私を……、お前を国許の母の腕に返してやれない私を……恨んでくれてもいい。だが……」


 その先を、将軍がなんと言おうとしたのかは誰にも分からない。

 ただ、将軍に抱きかかえられたエミリオはキャッキャと笑いながら、将軍に手を伸ばしていた。

 その様子に将軍は言葉を呑み、ただ……泣いていた。


 ◇◆


 かくして、バルバロス家の養子となったエミリオは新たな名を与えられる。

 その名は、ギフテッド。

 偶然にも、地球の言語と重なった名。

 己の本当の名や父を失い、代わりに人の身に過ぎた力を“与えられえてしまった者”。

 そうして、エミリオ・カルチェラタンという赤子の生はここで終わり、新たな生が始まる。


 後の皇国最強のティアンにして、皇国元帥。

 ギフテッド・バルバロスとしての生が始まったのだ。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<三日目後半開始は一週間後を予定しています

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― 新着の感想 ―
ルークの装備のあれよなぁ… あと、パイルバンカーってもしかしてもしかしなくても白猫クレイドルのあれか…?
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