第二十二話 Battle of Grimms
□■ある<超級>のビルドについて
グリム童話の中に、ルンペルシュティルツヒェンという物語がある。
内容を簡単に説明すれば、次のようなものだ。
あるとき、貧しい粉引きが「うちの娘は藁から金を紡ぐことが出来る」とホラを吹く。
それを噂に聞いて信じ込んだ王様は、粉引きの娘を監禁した。
王様は「三日後の朝までに金を紡げ。出来れば王妃として迎えるし、出来なければ処刑する」と言い放つ。
「出来るわけがない」と途方に暮れる娘の元に小人が現れ、様々な取引を持ちかける。
最終的に「最初に生まれた子どもと引き換えに小人が金を紡ぐ」という条件で合意し、娘は小人と契約を交わした。
小人は藁から金を紡ぎ、王様の要求をクリアしたことで娘は王妃に迎えられる。
しかし子供が生まれる段になり、王妃となった娘は「お願いだから子どもを連れて行かないで」と小人に懇願する。
そこで小人は「三日後までに僕の名前を当てられたら、子供は連れて行かないよ」と約束した、という話だ。
途中省略してオチを言えば、その小人の名が題名でもあるルンペルシュティルツヒェンである。
では、そのルンペルシュティルツヒェンをモチーフとした<超級エンブリオ>、【技巧改竄 ルンペルシュティルツヒェン】の固有能力とは何か。
それは、藁から金を紡ぐように、ジョブスキルを元より遥かに強力な効果に書き換える力だ。
第一形態のときは、ジョブスキルの文面の一箇所の数値を二倍化するだけの些細な<エンブリオ>だった。
しかしそれが進化するにしたがってスキルで書き換えられる箇所も、倍率も上昇していった。
そして常時発動型必殺スキルである《我は偽証より黄金を紡ぐ》では、『自身のジョブスキルの数値を同時に十箇所まで十倍化する』という領域に至った。
即ち、ルンペルシュティルツヒェンは、誰よりもジョブスキルを強力に扱える<超級エンブリオ>ということだ。
今回の侵攻に際して、ローガンはまず生贄に捧げた時に得られたポイントを十倍化した。
次いで、《コール・デヴィル・レジメンツ》の召喚数と持続時間を十倍化。
さらに、ジョブスキルに記載されていた【ソルジャー・デビル】の参考ステータスから、HP、MP、SP、STR、END、AGI、DEXの七箇所を十倍化した。(十倍化の意味が薄いLUCのみ省いた形である)
これで合計十箇所の十倍化であり、ローガンはこの使い方と【魔将軍】のジョブこそがルンペルシュティルツヒェンを最大限活用できると考えている。
通常の【召喚師】と違って固定の召喚媒体がない悪魔召喚ならば、記載された参考ステータスまでも書き換えることが出来るのだから。
場合によっては《軍団》の上限数を増やすことも可能であろう。
【魔将軍】とルンペルシュティルツヒェンのシナジーは、全ジョブと<エンブリオ>の中でもトップクラスと言っても過言ではない。
一方で、悪魔召喚と《軍団》以外のスキルをローガンはあまり使わない。
例えば、パーティ強化のスキルもあったが、ローガンは好んでいなかった。
パーティ強化のスキルは持続時間ごとにMPを消耗し、強力な配下にバフを載せるほど消耗が高まる。
しかし、ローガンのルンペルシュティルツヒェンは効果上昇の力はあっても、コスト軽減の能力はない。ポイントはあくまでポイントの量を増やしているだけであり、スキルに使用するコストは減っていないのだから。
加えて、ステータス上昇のスキルはSTR、END、AGIを上げる三種があるものの、それぞれの上昇幅は二〇%ほど。十倍化しても、二〇〇%の上昇に留まる。
それよりは《我は偽証より黄金を紡ぐ》の使用箇所を増やしたとしても、召喚時のステータスそのものを十倍化することが効率的だとローガンは考えている。
まとめれば、ローガンはルンペルシュティルツヒェンの能力によって、性能を上げた悪魔軍団に任せるだけの蹂躙を好む。
<エンブリオ>の特性ゆえに召喚数をはじめとした【魔将軍】の条件を早期にクリアし、サブ職もほとんど埋めぬまま超級職となったローガンに他の戦術など取りようがない、という事情もある。
それでも、悪魔軍団が強大であることは変わらない。
スキルで即座に補充可能な悪魔軍団は脅威であり、ローガンは今まで決闘以外のほぼ全ての戦いをこれで勝ち切ってきた。
「ほぼ」という言葉の通り、例外もある
最初の例外は、【天騎士】ラングレイ・グランドリアとの戦闘。
そして二番目の例外は今このときだった。
奇しくも同じくグリム童話をモチーフとし、<マスター>のジョブとトップクラスのシナジーを誇る<エンブリオ>によって、【魔将軍】は苦戦を強いられていた。
◇◆◇
□■カルチェラタン市街地
孤児院前の道で、【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトは渋面を浮かべていた。
「……チッ!」
理由は、自身の悪魔軍団がベルドルベルと彼のブレーメンにまるで歯が立たないからだ。
振動結界を前に、【魔将軍】の悪魔は目に見えて攻めあぐねた。
突撃すれば、砕け散る。
火の礫を放てば、掻き消される。
攻防一体の振動結界、亜竜クラスの悪魔といえども乗り越えられるものではない。
その間にも、振動結界より射程の長い超音波メス、高出力低周波、催眠音楽が悪魔を打ち倒していく。
「クッ!」
『私もドライフ、それもトップクランである<叡智の三角>にいたのだ。貴様のスタイルは熟知している』
徐々に悪魔の数を減らすローガンに、ベルドルベルが演奏による会話を行う。
『【魔将軍】である貴様のスタイルは、悪魔召喚。対価を払うことで悪魔の軍勢を即座に展開することこそが貴様の強み。<エンブリオ>の固有スキルでコストパフォーマンスを上げられる貴様にはうってつけだな。これだけのステータスを有した悪魔の軍勢、本来ならば町一つ生贄に捧げてどうにかと言ったところだろうに。……今回のコストは亜竜一匹かそこらだろう?』
小さく嘆息しながらも、ベルドルベルは正確に【魔将軍】の手の内を見透かしていた。
熟知している、という言葉のとおりに。
もっともそれは、ローガンがドライフにおいて己の<エンブリオ>の能力を隠しすらしなかったことも理由の一つ。
切り札にならない常時発動型の必殺スキルであることだけが理由でなく、「俺は誰よりも優秀なんだ」と誇示するためにあえて内外に公言していたのだ。
それを始めた時期は戦争の後、フランクリンが<超級>となって以降。つまりは対抗意識の強さゆえだ。
ルンペルシュティルツヒェンの能力はバレたところで損失の少ない特性ではあるが、それでも今のベルドルベルのように分析はできる。
墓穴というほどではないが、自ら招いた不利益だ。
余談だが、ルンペルシュティルツヒェンの童話で小人の名が露見した理由は、「小人自らが自分の名前を歌っていた」からである。
能力だけでなく、実に似合いのモチーフと言えるだろう。
『だが、強化した悪魔軍団の性能にも限度がある。貴様が呼び出したこの悪魔軍団では、パーカッションの振動結界は超えられない』
ベルドルベルは、断言する。
この程度では絶対にブレーメンは破れない、と。
『一定以上の……それこそ《ハートビートパルパライゼーション》を生きたまま突破できる悪魔を呼ぼうとすれば、いかに<超級エンブリオ>があろうと貴様も重い対価を払う必要があるのだろう?』
「……随分、分かったように言ってくれるな、【奏楽王】」
『言っただろう、熟知している、と。それで、どうする。貴様が代替可能なコストで呼べる限界……伝説級の悪魔までなら、我々は倒してみせるぞ。ならば、この老体を倒すため、なけなしの特典武具を捧げて神話級悪魔を呼んでみるか? 王国の騎士団長を倒したときのように』
それこそは【魔将軍】の奥義、《コール・デヴィル・ゼロオーバー》。
他のスキルと違い、一つの生贄でポイントの対価を満たすという制限がある。
それを満たせるような物品は、ポイントの“十倍化”が可能なローガンをして、逸話級以上の特典武具しかない。
加えて、召喚する神話級悪魔に参考ステータスが記載されていないため、ルンペルシュティルツヒェンも悪魔のステータスを“十倍化”できない。これは伝説級の悪魔も同様だ。
しかし、それら数多の問題を差し引いてもなお、神話級は【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト最強の切り札。
使った戦いの全てで彼に勝利を齎してきた力であり、必殺スキルが常時発動型である彼にとっての必殺スキルとでも言うべきもの。
だが、それは……。
『今は出来まい? 失うものが高すぎるからな。ここは、闘技場ではない』
ローガンが皇国の決闘王者であるのは、理由がある。
それは決闘の結界の中ならば、失ったアイテムも決闘終了時に元通りになるからだ。
それは、生贄として捧げた特典武具も例外ではない。
ローガンは決闘ならば、いくらでも惜しまずに特典武具を生贄にできたし、神話級の悪魔を複数でも呼び出すことが出来た。
他の決闘ランカーに、その脅威に打ち勝てるものは誰もいなかった。
またも余談だが、かつてフランクリンは「でもそれって【獣王】が決闘しないから王者なんですよねぇ? 神話級でも【獣王】なら普通に勝てますしぃ?」と面と向かって言い放っている。
それが彼らの初顔合わせであり、その瞬間からローガンはフランクリンと【獣王】に対抗心を燃やしている。
『どうする? 特典武具を投げ打って出してみるか?』
ベルドルベルはあえてローガンを挑発する。
なぜなら、その切り札を使おうとした瞬間こそがベルドルベルの勝機であるから。
今は、背後の孤児院を守るためにもここから動けないし、“壁”の役割を果たす振動結界も解除できない。
だが、ローガンが《コール・デヴィル・ゼロオーバー》を使用するタイミングならば、攻勢に出ることができる。
悪魔召喚はある程度の時間が必要であるし、その間は無防備にもなる。
その瞬間に、振動結界を解除して必殺スキル《獣震楽団》を打ち込む。
超威力の振動波であるパーカッションか、範囲内の敵を命捧げるまで自傷させるホーン。
そのどちらかならば悪魔もローガンも倒せる、ベルドルベルはそう踏んだ。
あるいは、このまま悪魔を削り続ければいずれ追加の悪魔召喚をせざるを得なくなり、やはり攻撃タイミングが巡ってくる。
ベルドルベルはその瞬間を見逃すまいと、ブレーメンの指揮に注力しながら真剣にローガンの様子を窺っていた。
だが、
「チッ……。ベラベラと、舌も動かさずによく喋る」
ベルドルベルの言に、ローガンが舌打ちする。
だが、その後に醜悪な笑みを浮かべる。
彼がキャラクターモデリングの参考にしたゲームの主人公と同じ顔で、似ても似つかない笑みを浮かべる。
「だが老いぼれ……お前の読みは誤りだ」
『何?』
「特典武具? お前相手にそんな対価は必要ない。もっと安いもので十分だ」
ローガンはそう言って、指を鳴らす。
すると、後方から悪魔の一体が彼の傍に飛来した。
その悪魔は――人を一人捕まえていた。
「ッ!? 【魔将軍】、貴様……!」
「このNPCで十分だ」
それは、ベルドルベルには見覚えのある少女。
昨日、伯爵邸でのベルドルベル達の演奏に聞き入っていた子供達の一人。
怖くなって孤児院の中から飛び出してしまったところを、悪魔に捕まった不運な少女。
「子どもがどうのと言っていたんでな。使えるかと思って拾って置いた。その顔、図星か。これは貴様への特効アイテムというわけだな! ハハハハハハ!!」
ローガンは自分を手玉に取ろうとしていたベルドルベルの浮かべた表情に、満足げに大笑する。
そして、
「ハーッハッハー!! 演奏の対価だ、受け取れぇ!」
そうして悪魔によって少女は前方の空中へと放り出される。
その先にあるのは、破壊を撒き散らす振動結界であり――触れれば少女は塵も残らない。
「《ハートビートパルパライゼーション》、解除……ッ」
それは咄嗟の判断だった。
ベルドルベルはパーカッションに解除を指示し、
少女が結界に触れる寸前に振動結界は解除され、
子供は地面に落ちる前にケンタウロスのストリングスが駆けつけてキャッチする。
しかし同時に――ベルドルベルの体はローガンの投擲した大剣によって貫かれていた。
大剣は老人の細い胴体を貫通し、地面に縫い止める。
「コフッ……!」
「ざまあないな! NPCに入れ込みすぎるからこうなる!」
直後に、無数の悪魔がブレーメンに殺到する。
ブレーメンもスキルを用いて応戦するが、今はベルドルベルの指揮がない。
威力の減じた音楽スキルでは数体の悪魔を撃破できても、その全てを倒しきることはできない。
金属楽器の如きブレーメンの体が破壊されていく。
ホーンの笛も、クラヴィールの鍵盤も破壊されている。
その中で、ストリングスは懸命に少女を守りながら、孤児院の中に避難させていた。
だが、代償にストリングスの弦楽器は圧し折られ、四本あった足も欠けている。
「…………」
大剣に貫かれ、倒れることも出来ぬままベルドルベルはブレーメンを見る。
現在も【出血】に伴いHPは減少し、加えて特典武具らしき大剣が呪怨系状態異常を付与してくる。
遠からず、ベルドルベルはデスペナルティとなるだろう。
「…………」
そんな状態でも、ベルドルベルはブレーメン達を見る。
ブレーメン達もまた、ベルドルベルを見返している。
傷つきながら、砕けながら、
それでも――まだやれる、と目で訴えている。
「……ならば、フィナーレといこうか」
致命傷を負った体で、ベルドルベルは両手を掲げる。
「――《ファイナル・オルケストラ》」
それは、命を削る【奏楽王】の奥義。
以後の一分間、音楽系スキルの効果をさらに十倍化する、最後の切り札。
ブレーメンもまた結集し、唯一楽器を残すパーカッションを中心として一つの巨大楽器へと合体する。
「何ッ!?」
既に死に体と思われたベルドルベルの動きに、ローガンが驚愕する。
だが、もはや遅い。
ベルドルベルは、ブレーメンは、
――既に奏でているのだから。
「《獣震楽団――パーカッション》ッ!!」
その最後にして最大の衝撃波は、彼方の空目掛けて放たれ――その射線に存在した一〇〇〇を超える悪魔ごと、ローガンを呑み込んだ。
◇◆
《獣震楽団》の衝撃波が過ぎ去った後、その射線に残っていたのはたった一人だった。
「やってくれたな、老いぼれ……。駒の大半を潰された。……俺の【ブローチ】までもな」
懐から砕けて落ちた【救命のブローチ】を苦々しげに見下ろしながら、ローガンは歯を軋らせる。
よもやこの自分が<超級>でもない相手に一度殺されるとは……、そんな思いが十二分に滲み出した顔だった。
しかし、それを為したベルドルベルとブレーメンも無事ではなかった。
ブレーメンは砕けかけた体で衝撃波を放った反動か、既に物言わぬ鉄塊となっていた。
ベルドルベルも、大剣の呪怨系状態異常により、身動き一つ、声一つ出せない状態となっている。加えて、消耗したHPは【出血】で二分と待たずにゼロとなり、デスペナルティに至るだろう。
「……手古摺らせてくれた礼だ。クエスト達成条件だか感情移入だか知らんが、貴様が守ろうとしていたあの孤児院。徹底的に破壊してやる」
ローガンは自身の受けた屈辱を思い、暗い笑みを浮かべる。
そして孤児院を指差しながら、こう言った。
「火の礫で片をつけるのではなく、悪魔に一体ずつ食わせるとしよう」
時間のロスだが、どうせ己の役割は時間稼ぎ。
どこをどのように襲おうと関係はない。
そもそも敵対国をどれだけ蹂躙してもいいのが戦争だろう、……ローガンはそのように考えた。
「やれ」
ベルドルベルの戦いを生き残り、《獣震楽団》を免れてこの場に残る悪魔は五〇〇に満たない。あとはカルチェラタンの騎士団とまだ戦っている一〇〇程度しかいない。戦力は大幅に減じている。
しかしそれで十分。
五〇〇もいれば孤児院を喰らい尽くし、このカルチェラタンを潰すには十分だとローガンは考えた。
「…………」
五〇〇の悪魔が孤児院へと向かうのを、ベルドルベルは止めようとした。
しかし声は出せず、指先も動かず震えるばかり。
ここに老作曲家の約束は潰え、悲劇の幕が開く。
しかし、――そんな悲劇を許せない者がいる。
「――《煉獄火炎》、最大放射」
男の声が聞こえると同時に、悪魔のものとは違う赤黒い炎が吹き荒れた。
孤児院に迫っていた悪魔の先頭集団をその炎は舐めとり、十数体の悪魔が苦悶の叫びを上げながら路上に落ち、のたうっている。
「…………誰だ?」
怪訝に思うローガンの視線の先に、それはいた。
燃え盛る悪魔を背景に、炎に照り返された影が歩いてくる。
それは奇怪な姿だった。
全身を覆うのは、闇の如き外套。
外套から垣間見える鎧も、恐ろしげな黒と紅。
両手に鬼の顔を模した篭手を嵌め、両足に屍を思わせるブーツを履く。
その装いを見れば十人が十人、「これは邪悪である」と断ずるだろう。
けれどそれを纏う彼の双眸は違った。
双眸は悪魔の蛮行への――正しき怒りに燃えていた。
「――お前が【魔将軍】か」
彼は誰何する。
その、声に込められた感情に僅かに退きながら、ローガンは問い返す。
「なんだ、お前は?」
その問いに、彼は【魔将軍】の両の眼を正面から睨みながら――名乗る。
「――レイ・スターリング」
かつて、フランクリンの謀略を二度打ち破った“不屈”がそこにいた。
「…………おぉ」
光の塵になりかけているベルドルベルは、彼がここに駆けつけた理由を知らない。
彼とブレーメンの放った最後の《獣震楽団》が、レイをここに引き寄せたのだとは知らない。
けれど、ベルドルベルは満足していた。
レイの背中を見ながらベルドルベルは笑みを浮かべていた。
それこそ、彼が生涯の夢に見ていた者の背中に、限りなく近い姿であったから。
「……あとは、まかせ、た」
呪怨系状態異常に冒された体で、その一言だけを辛うじて口にする。
「――はい、必ず」
その答えを聞いて、老作曲家と彼の<エンブリオ>は……共に笑みを浮かべながら光の塵となって消えていった。
◇◆
ローガンの前に立つレイは、怒っていた。
その怒りは、ネメシスにとって既知であった。
ネメシスは知っている。
レイ・スターリング……椋鳥玲二は善意や義憤で動くお人よしだ。
目の前で起きた後味の悪そうな出来事に手を出さずにはいられない。
ゆえに、彼は悲劇を振りまくものに対して怒りをもって立ち向かう。
これまで<Infinite Dendrogram>でもそうしてきたし、これからも変わらないだろう。
しかし、ネメシスは知っている。
彼の怒りが、二種類あることを。
一つは未来を悲劇で塞ぐ存在へ立ち向かい、望む未来を切り開くための怒り。
もう一つは……過去を悲劇で満たし、その悲劇の上で笑う悪意への激怒である。
これまで彼が戦ってきた者の多くは前者であった。【ガルドランダ】、【RSK】、【モノクローム】。
……あのフランクリンさえもまだ前者であっただろう。
だが、一人だけ……後者の悪意がいた。
その者の名は、【大死霊】メイズ。
私欲により数多の子供達の命を奪い、その屍をも弄んだ真正の外道。
メイズと相対したときのレイの怒りは、他の怒りとは性質が違ったとネメシスは記憶している。
「あれはきっとレイにとっての逆鱗だったのだろう」とネメシスは考えた。
そして今、あの時のメイズと同じように……ローガンはレイの逆鱗に触れた。
街を焼き、孤児院を襲い、子どもを食らわせると宣言した。
それは悪意であり、そして――激怒の引き金である。
【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトは<超級>。
彼我の実力差はメイズとの戦いを上回る。
まして、周囲には亜竜クラスの悪魔軍団がいる。
圧倒的な劣勢だ。
しかし、そんなものは関係がなかった。
レイは既に――立ち向かうと決めているのだから。
To be continued




