第十二話 【猫神】トム・キャット
□【煌騎兵】レイ・スターリング
巨大クリスタルのあった広間からシルバーを走らせること三十分、既に周囲には俺達以外の人々の姿は見えなくなっている。
それでも通路に人が飛び出してきたときには対応できる程度の速度でシルバーを走らせている。
「それで<遺跡>の奥に着いたらまずは何をするんだ?」
「まずはこの<遺跡>で扱っている技術の調査からね」
「<遺跡>によって何が出てくるか分からない、だったか」
「ええ。それに加えて<遺跡>も二種類あるの。倉庫と工場の二つね」
倉庫と工場?
「倉庫は先々期文明のアイテムが収まった場所。けれど、アイテムはあっても生産設備はないから技術そのものを獲得するのは難しいわ」
「アイテムを解析して部分的に得ることもできなくはないけれど」、とアズライトは繋げた。
「対して、工場は先々期文明のアイテムの生産拠点。設備が生きていればそのままアイテムを生産することができるし、壊れていてもどのように作っていたかは調べられるわ」
なるほど。個人なら格納庫の方が分かりやすく宝の山であるものの、国としては製造工場の方がありがたい、ってところかな。
「直感でいいのだけれど、この<遺跡>はどちらだと思う?」
「工場だな」
俺は断定するように言った。
「昨日、この<遺跡>を探索した人がマリオ先生のところに持ち込んだ物は、人工ダイヤや鋼版といった、そのままではなく生産素材として使用するものが多かった。あれらが備蓄された生産素材で、この<遺跡>はそれらをアイテムに加工する工場って可能性は高いと思う」
「それだけだと倉庫の可能性も捨てきれないわね」
「ああ。だから、最初の広間にあった巨大クリスタルって条件も推測に足しこむ」
「……なるほどね」
女化生先輩や国教の宗教施設が司祭系統のクリスタルを押さえている実例がある。
それと同様に考えれば、【技師】や【整備士】のジョブへの転職が可能なあのクリスタルは、ここで働く人のジョブを確保する目的で配されていたとも考えられる。
あるいは、そういうクリスタルがある場所に工場を作ったのか。
『見た限り、<遺跡>の壁に腐食などもない。ここが工場だとするならば、設備も壊れずに残っておるかもしれぬのぅ』
「そうね。その可能性は高いわ」
千年単位で時を経ても稼動可能な工場が残っている。その事実に先々期文明の技術力を思い知らされる。
文明自体は既に滅んでいるが、こうなると逆に「なぜ先々期文明が滅んでしまったのか」も気になるところだ。
以前にユーゴーから聞いた話では一柱の神と十三の眷属が滅ぼしたということだったが、先輩によれば同時期に先期文明も滅んでいる。
そこに少し引っ掛かりがある。
「そのあたりのこと、今晩にでもマリオ先生に聞いてみるか」
考古学者のマリオ先生ならそのあたりの疑問にも答えてくれ……ッ!?
「ッ!」
瞬間――通路の奥で何かが光るのが見えた。
俺は咄嗟に【黒纏套】を翻して顔面を庇う。
直後、【黒纏套】の表面に何かが吸われた感触があった。
「レイ!」
「無事だ! けど、前方に何かいる!!」
俺達の進路上には、これまで姿が見られなかったモンスター達が姿を現した。
二体出現したモンスターは、昨日にシャーリーを襲っていた機械仕掛けのモンスターとよく似ていた。
頭上に表示される名前が、【ゴブリンウォーリアー】や【パシラビット】など全く見た目にそぐわないものであるということも含めて、だ。
一体は昨日の【ティールウルフ】(仮)のように銃火器を装備しているが、もう一体は極端に頭部が大きくエネルギーパイプらしき管が集中している。
「さっきの光線を撃ってきた奴か!」
咄嗟に判断し、距離をとられたままではまずいと判断してシルバーを加速させる。
対応して銃火器型から銃弾と砲弾が連射されるが、シルバーの手綱を振るい、シルバーに壁を駆けさせることで回避する。
光線型も再びこちらに狙いを定めてきたが、初弾と同じく露光で照射のタイミングが掴めた。
「オォ!!」
相手の射線を塞ぐように【黒纏套】を翳し、その光線を遮断する。
そうして相手の遠距離攻撃を突破して接近戦に持ち込み、
「《復讐するは我にあり》!!」
俺は光線型(【ゴブリンウォーリアー】)の頭部に《復讐するは我にあり》を打ち込む。
同時に、アズライトが今朝方の会話に出てきた《レーザーブレード》と思われるスキルで、銃火器型(【パシラビット】)を両断した。
二体のモンスターはそれで動きを止め、内部から光の塵を放出して機能を停止した。
「……ふぅ」
唐突な不意討ちで始まった戦闘を終え、俺は安堵の息を吐く。
『ここまで一体もおらなんだのに、いきなりレーザーを撃ってくるとはえげつないのぅ』
ああ、【黒纏套】がなければ頭が吹っ飛んでいたかもしれない。
《シャイニング・ディスペアー》のチャージも今ので少し上がったな。不幸中の幸いだ。
「アズライトは無事か? 跳弾や流れ弾が当たったりしていないか?」
「ええ、私も大丈夫よ。それより、この不可解な名前のモンスターは……私が伯爵夫人から聞いていたものだわ」
俺とアズライトは撃破した二体のモンスターを見る。
既に頭上の表示が消えており、内部から光の塵が出たことからしてこのモンスターは死んでいる。
だが、機械部品は壊された状態のままでその場に残っている。
そんなところまで昨日と同じだ。
「これ、昨日俺が戦ったやつと型が同じだな。シャーリーを助けたときの奴だ」
「……それはつまり、<遺跡>の中のモンスターが外に漏れているということ?」
不思議な話ではない。
<遺跡>は分類としては自然発生ダンジョン、内部のモンスターが入口や階層を移動しない神造ダンジョンじゃないんだ。モンスターの流出はありえる。
人々が侵入する入り口以外にもどこかにも道があって、そちらから漏れたのかもしれない。
だからそのことは不思議じゃないが……それでもこのモンスターは不自然すぎる。
「聞いてはいたことだけど……不思議ね。モンスターなのにどうして残っているのかしら」
アズライトも俺と同じ疑問に到達したようだ。
通常、ゴーレムなどに類する非生物のモンスターであっても、倒されれば光の塵になる。霞が召喚する【バルーンゴーレム】が消える様を何度も見ているし間違いはない。
対して、この機械仕掛けのモンスターはその残骸を残している。
ドロップアイテム……とも異なる。昨日の出来事からすれば、これは本当に壊れたものがそのまま残っているのだから。
拾い上げてみても、ウィンドウには「謎の機械の残骸」としか表記されない。
あるいは、考古学に精通したマリオ先生なら何か分かるのだろうか?
「一先ず、この残骸を持ち帰ってみましょう」
アズライトの提案に頷き、二体の残骸をアイテムボックスに仕舞いこんだ。
◇
機械仕掛けのモンスターとの戦闘から十数分。
俺達は通路の様相に少なからず驚いていた。
なぜなら……。
「どうやら、さっきの二体は偶然残っていただけみたいだな」
俺達の進行方向の端々に、壊れた機械が幾つも転がっているからだ。
それらはさっきの銃火器型やレーザー型と同じものだが……数がそれぞれ十体分はある。
「破壊痕跡が新しいし、断面から火花も散っているわ。……まだ倒されてから時間も経っていないようね」
アズライトが言うように、破壊された機械はいずれ真新しい傷がついていた。
平行した三本の傷、両断するような一本の傷、無数に穿たれた矢など傷の種類は様々だ。
まるで、複数武器の取り扱いを得手とする闘士系統が戦った後に近い。
加えてもう一つ。
「これは……トラップか」
壁や天井から何らかの機械が迫り出し、そして破壊されている。
ほとんどは銃のような形をしているが、中には通路上をスライドするレンズのような装置も見受けられる。
……これ、もしかしてSF映画とかで見る“レーザーで人を切断するトラップ”か?
「トラップも作動した形跡があるわね」
「何も落ちてないってことは、それも切り抜けたんだろうな」
ティアンなら死体や血痕が残るし、<マスター>でもデスペナルティのランダムドロップはある。
つまりここを通った人物はこれだけの敵やトラップに害されず、前に進んでいることになる。
そんなことが出来そうな人は、……!
「……レイ!」
アズライトの呼びかけに、頷いて応える。
「戦闘音だな」
『うむ、通路の奥から反響してくるな』
百メートルほど先の通路の曲がり角の向こうで、誰かが戦っている気配がある。
「確認しよう」
俺はシルバーを走らせて、戦闘の起きているところへ走らせる。
シルバーは瞬く間に曲がり角まで到達し、俺達はその向こうに広がっていた光景を目の当たりにする。
それはあの巨大クリスタルが安置されていた部屋と同種の空間だった。
高い天井と広い面積、六面が金属に覆われた空間。
そこには――機械仕掛けのモンスターが五十近く待ち構えていた。
だが、それらはいずれも俺達を見ていない。
床を、壁を、天井を、高速で移動する何かを狙って銃弾とレーザーをばら撒いている。
そんな、騒然とした戦場の中で……。
『――波のまにまにグリマルキン』
『――風のしりおにグリマルキン』
どこかから、詩を読む声が聞こえた。
銃弾が乱射される騒音の中で、不思議と耳に届く。
『――木の葉のしたにグリマルキン』
『――火の粉のかげにグリマルキン』
その詩が聞こえてくるのは、戦闘兵器が銃弾を放つ先。
狙い、放ち、倒さんとして……決して捉えられていないもの。
それは――頭にネコを乗せた一人の男。
『――星のかなたにグリマルキン』
『――心のなかにグリマルキン』
王国決闘ランキング二位にして先代王者――【猫神】トム・キャットがそこにいた。
『――いざいざ躍らん《猫八色》』
その言葉を言い放った時、トレードマークの猫――グリマルキンがトムさんの頭から飛び降りる。
グリマルキンは四足で床面に着地し、次いで二足歩行になる。
それどころかその背を伸ばし、体毛を収め……瞬く間にトムさん自身に変わっていた。
変化はそれに留まらない。
元々のトムさんとグリマルキンが変じたトムさんが“増殖”し、二人のトムさんが四人になった。
さらに、四人が八人となる。
『――お別れつげる、グリマルキン』
直後、八人のトムさんが機械仕掛けのモンスターへの攻撃を開始する。
その動きを、俺は目で追いきれなかった。
フィガロさんや迅羽といった、トップクラスの決闘ランカーが行う超音速機動は既に体感している。
模擬戦を繰り返したお陰で、ある程度はその速度にも慣れている。
トムさんが就いた超級職【猫神】も超音速機動を可能とするAGI型の超級職なのだろうから、それだけならまだ目で追うことくらいはできたはずだ。
増殖した八人全員が超音速機動を行ったのでなければ。
八人は各々が床を駆け、壁を走り、宙を舞う。
トムさん本人と分身七体による超音速の立体機動。
その八人のいずれも、動きに一切の遜色なし。
八人の分身の軌道が残像を生み、残像が新たな視覚的分身を生む。
両手に爪手甲を装備した者、長剣を携えた者、弓矢を構えた者など武器は様々だが、各々が視覚的には更に数倍の人数に膨れ上がっている。
ついには広間全体にトムさんの残像が生じている。
この空間の大勢を、トムさんが占めている。
そして分身による超音速の猛攻で、瞬く間に機械仕掛けのモンスターは破壊されていく。
「……“化猫屋敷”」
“化猫屋敷”のトム・キャット。
初めて見た俺もその二つ名の意味を理解し、納得してしまう。
あまりにも凄まじい分身能力。
マリーの【絶影】のジョブスキルも分身自体は可能ではある。
しかし、あれは一体でも本人の半分のステータスになり、分身の数に応じてそのステータスを減じていく。
そう考えると、<エンブリオ>の必殺スキルとはいえ、恐らくは本体と同じ能力の分身を七体作り上げ、さらに視覚分身も生じるトムさんのグリマルキンの恐ろしさがよくわかる。
俺の目では全く追い切れない。
だが、
「右、上、……着地」
隣にいるアズライトの様子を見る。
何かを追うように僅かに首を動かしている。
まるで仮面越しの視線で何かの姿を捉え続けているかのように。
「本体のトムさんがまだ追えているのか?」
「辛うじて、ね」
上級職のはずなのに目で追えているのか。
やっぱり、ステータスやスキルに依らない部分での戦闘技術はティアンの方が勝っているのかもしれない。
……まぁ、兄とかフィガロさんみたいな例外はいるけど。
「それよりもレイ。アナタ、その口振りからすると“化猫屋敷”と知り合いなの?」
「ああ、少しだけ。アズライトも知り合いなんだな」
「知り合いではないわ。けれど王国の決闘王者の座に何年も立ち続けた男を知らない訳がないじゃない」
「それもそうか」
フィガロさんに敗れてその座を退くまで、闘技場の絶対王者はトムさんだったんだから。
ティアンにだってその名は広く知れ渡っているはずだ。
……あれ?
そういえば、フィガロさんが決闘一位になったのはまだ第六形態だった頃で、それってこっちの時間でも二年以上前のはずだけど。
それだとトムさんは……。
「……ッ! レイ!」
「え!?」
思考に没頭しかけたとき、アズライトの声でトムさんとモンスターの戦場に意識を戻す。
モンスターはほぼ全滅状態で、両者の勝敗は既に決しかけていた。
けれど、空間の壁から幾つも――銃器の銃口にレンズを嵌めたような物体がせり出していた。
それは通路に残骸が残っていたトラップ――セントリーガンと呼ばれる類の武器だ。
この広間に現れたセントリーガンは遥か昔の<遺跡>のものだからか、まともに動いているのは半分程度。
しかしそれで十分だった。
――半分でも百を超えるレーザーの掃射が、瞬く間にトムさんの分身を撃ちぬいていく。
如何に超音速でもレーザーの速度とセントリーガンの数に対応できなかったのか、視覚分身だけでなくそれらの基となる実分身も含めてレーザーに撃ち抜かれる。
「……本体も撃たれたわ!」
「な!?」
次々と消えていく視覚分身と実分身の中で、アズライトが指差した一点。
そこでは両手に爪手甲を装備したトムさんが脳天を撃ち抜かれて光の塵になり、
――太った猫に姿を変えて「ぶにゃー」と一声鳴いて消えていった。
「あれ、…………え?」
「……分身じゃないか?」
「い、いえ違うわ、間違いなく本体だったはずの……あれ?」
再びトムさんを見ると、視覚分身も消えて残ったのは一人きりになっている。
けれど、その一人がまた二人に増殖し――直後に俺から見ても元からいた方だと分かるトムさんがレーザーで蜂の巣にされる。
だが、本体であるはずなのに、また猫に変わって「ぶにゃー」と鳴いて消えていく。
そして分身であるはずのトムさんから三度の増殖が始まる。
再び八人の実分身となり、超音速機動による視覚分身を作り上げながらセントリーガンを破壊していった。
「……なに、あれ」
アズライトが理解不可能なものを見た、という目でトムさんを見ている。
だが、俺にはうっすらとトムさんの必殺スキルの正体が分かってきた。
あれは同じ能力の分身を作るスキルじゃなかった。
“本体”を複数作るスキルだ。
きっと“本体”の意識は一人分なのだろう。
けれど、その意識が乗った“本体”が倒された場合、他の“本体”に意識が移る。
そして、“本体”だったはずの体は“分身”になる。
八人全てを増殖前に倒さない限り、生き残り、再度の増殖を開始する……絶対に倒れない必殺スキル。
それが先代王者トム・キャットの<エンブリオ>、グリマルキンの力。
「アズライトも、知らなかったのか?」
「分身をする、ということしか知らなかったわ。……直接試合を観たことはなかったから」
なるほど。俺も初めて見たから、衝撃を受けている。
『あそこまで生存能力に長けた<エンブリオ>も、そうはおらぬな』
ああ。
……この能力だとフィガロさんが勝った流れも推測できる。
多分、フィガロさんはあの超音速分身の猛攻を凌ぎきりながら、耐え続けたんだ。
そして、時間比例強化の力を最大限に使って、再増殖の機会を与えずに倒し切ったと考えられる。
反面、現在三位のカシミヤが実力で勝っても相性差で勝てないとジュリエットが言っていたのは、きっとあの分身を再増殖までに倒しきる手立てがないからなのだろう。
同様の理由で、俺も勝ち筋が全く見つからない。
「<超級>じゃないのが不思議なくらいだ……」
俺の言葉に武器のままのネメシスが頷いたのを感じながら、俺達はトムさんがその部屋を一掃するのを観戦していた。
To be continued




