第九話 迷子の子猫ちゃん
(=ↀωↀ=)<二日目開始ー
( ̄(エ) ̄)<また面子が増えるクマー
□【聖騎士】レイ・スターリング
カルチェラタンにやってきて二日目。
本日は気分が良くなるくらいの快晴で、窓からは爽やかな朝日が室内に差し込んでいる。
絶好の行楽日和といったところだが、生憎と今日向かうのは山中に埋まった<遺跡>である。
「少しもったいない気がするのぅ。日光浴とかお弁当持ったピクニックとかバーベキューに丁度良さそうなのだが」
後半、食い物関係に偏ったな。
「まぁ、日光なら一昨日死ぬほど浴びたからいいさ」
「……絶妙にシャレにならぬのぅ」
【モノクローム】との死闘から二日しか経ってないからな。
……女化生先輩が治しといてくれなかったら、多分まだ診療台の上だぞ。
あ、【モノクローム】で思い出した。<遺跡>に入る前にショップに寄って光属性魔法の【ジェム】を買わないと。
「それも必要だが、まずは朝食だ!」
「……言うと思ったよ」
昨日の夜に相当量の夜食を食っていたにも関わらず、もう朝食を摂る気満々のいつも通りなネメシスである。
そんな相棒に溜め息をつきつつ、俺達は本館の食堂に向かった。
◇
食堂で朝食を済ませた俺達は、宿のロビーでアズライトを待っていた。
しかし、待ち合わせの時間を過ぎても彼女の姿は見えない。
「なにかあったんだろうか」
「アズライトも女性であるし、身嗜みに時間がかかっておるのではないか?」
「身嗜みか。それはたしかに……いや、ちょっと待て」
あいつ、仮面つけてんじゃん。化粧も必要ないだろあれ。
……なんてことを考えていると、噂をすれば影と言わんばかりにアズライトがロビーに姿を現した。
「ごめんなさい。待たせてしまったわね」
「別にいいけど、どうしたんだ?」
「……寝坊したわ」
まさかの理由である。
付き合いは短いものの、そのあたりはしっかりしてそうに見えたが。
「……こほん。それで今日の予定なのだけど、<遺跡>の探索は少し後回しになってもいいかしら?」
「いいけど、何かあるのか?」
「カルチェラタン伯爵夫人に到着の報告と、<遺跡>調査の連絡をしなければならないの。本当は昨日のうちに済ませるつもりだったのだけれど」
アズライトはこの地を治める貴族への面会を事もなげにそう言った。
「……貴族や王族もギデオンでは割と簡単に顔合わせられるけど、他の領地でもそうなのか?」
「そんな訳がないじゃない。何を言っているの?」
「でもギデオンだと第二王女が逗留中の館から脱走して、街の中走り回ってるぞ」
「…………」
仮面に隠れてない下半分の顔でも分かるほど、アズライトは喩えようのない顔になった。
ラングレイ氏の弟子だというし、リリアーナみたいにエリザベートの脱走に悩まされたことがあるのかもしれない。
◇
伯爵邸までの道すがら「そういえば今朝は何で寝坊したんだ?」と聞いてみた。
「シキブトンという寝具に慣れなくて、寝ついたのが遅かったのよ……」
「ああ……」
王国は基本的にベッドオンリーだもんな。
枕が変わるどころの話じゃない。
「温泉はとても良かったのに……天地様式の寝具は慣れるのに時間がかかりそう。グランバロア様式はあまり違和感なく使えたのだけど」
「グランバロア様式ってハンモックだっけ?」
たしか基本的に海上の船の中で寝るから、普通の寝台もあるけどハンモックを使うことも多いらしい。ちょっとワクワクする。
「ええ。師匠がグランバロア出身だから教えてもらったのよ」
「寝具一つとっても国ごとの違いがあるな」
「そうね。レイもいつか、レジェンダリア様式を見る機会があったらきっと驚くわ」
レジェンダリアは王国の南方にあって、一番ファンタジー度が強い国だったはずだ。
あと<超級>のゲテモノ度が一番やばいとマリーが言っていた覚えがある。
……着ぐるみ【破壊王】や穏やか脳筋【超闘士】、女化生【女教皇】よりゲテモノって訳わからない話だ。
「レジェンダリアの寝具ってそんなに変わってるのか?」
「ええ。大きな花や浮かんだ雲がベッドになっているわ」
「メルヘンだな!?」
寝具までファンタジー過ぎないかレジェンダリア!
「自然魔力が多いせいか、レジェンダリアは生活様式が他の国と違うのよ。だからそういった魔法ベッドも使われているの」
「度々思うけど魔法って付ければ何でもありではないと思うぜ。……ん?」
世間話をしながら歩いていると、視界の先にあるものを見つけた。
それは一匹の猫である。
ただし普通の猫ではなく、二足歩行するケットシーだ。
「あれは……《看破》が効かないから<エンブリオ>ね」
猫の<エンブリオ>でトムさんを連想したが、グリマルキンはケットシーではなく四速歩行の普通の猫だ。常にトムさんの頭上にいるので、俺は一度も歩行する姿を見たことがないけど。
それに、このケットシーにはもう一つ特徴があった。
このケットシーはなぜか……管楽器を携えているのだ。
「……んん?」
ケットシーと楽器。
どこかで見覚えがあった気がするのだが……思い出せない。
「にゃーん……にゃーん……」
ケットシーは、なぜか泣きながらトボトボと歩いていた。
その様に童謡の一節を思い出す。
「迷子の迷子の子猫ちゃん。あなたのお家はどこですか、と」
……そういや、前にもこの歌について考えたことあったな。
ネメシスが「あの歌、結局迷子の子猫ちゃんの問題解決しないまま終わっているのがもやっとするのぅ」とか言ったのに対し、「カラスやスズメに聞いていたらゴールには辿り着けんわ」と考えた覚えがある。
あれはたしか、フィガロさんと迅羽の<超級激突>が始まる前に闘技場で……。
「あ」
思い出した。
あのケットシー、闘技場前の広場で演奏していたうちの一匹だ。
たしかあのときは鳥の帽子被ったお爺さんの<マスター>が指揮していたが……近くには見当たらない。
心細そうにうろうろしているあたり、どうやら本当に迷子の子猫ちゃんであるらしい。
……このまま放置も後味が悪い。
「なぁ、<マスター>はどうしたんだ?」
『ハグレマシタ』
見かねて声をかけると、ケットシーは器用にも管楽器から出た音で会話を成立させた。
そういうスキルでもあるのだろうか。
しかし<マスター>と<エンブリオ>ではぐれることが……まぁ、あるんだろうな。
ネメシスも買い食いとかでいなくなったりするし。
GPSのように居場所が分かればいいが、それは別途必要なスキルがあるそうだ。
というか、そんな機能が常設されていれば昨日は風呂場に突入せずに済んだだろう。
「飼い主……じゃなくて<マスター>はどこに行くとか言ってなかったか?」
『伯爵邸、オヨバレシテマス』
おや、偶然。
俺達の目的地と一緒だった。
「目的地が一緒なら、連れてくか」
「そうね」
「なら決まりだな。俺達も伯爵邸に行くけどついて来るか?」
『カタジケナイノデス』
かくして、迷子の子猫も連れて伯爵邸へと向かった。
◇
アズライトに案内されて辿りついたカルチェラタン伯爵邸は、ギデオン伯爵邸とは大分趣を異にしていた。
ギデオン伯爵邸は質実剛健の本館と豪華絢爛な迎賓館といった作りだったが、カルチェラタン伯爵邸はその中間といったところだ。
豪華さを前面に出しているわけではないが上品で華やかな作りの洋館であり、何より庭園が目を引く。
外からでも分かるほど、彩りにあふれる花々と木々が調和と共にガーデニングされ、一種幻想的な空間を演出している。
この街自体が草木との調和を考えられていたが、この伯爵邸はその代表のようだ。
「街に来た時にも言ったけれど、これは伯爵夫人の趣味ね。領地を継いでから三十年もかけて街とこの庭園を作り上げたそうよ」
「三十年か……」
それは多大な労力と情熱の要る作業だっただろう。
そこまでしてこの街を彩りたい理由が、伯爵夫人にはあったのだろうか?
アズライトが門の守衛に話を通し、何らかの確認作業を終えると揃って通された。
門から伯爵邸までは白い石畳で繋がっているが、石畳の外側は外からも見えた庭園になっている。
庭園には多くの人の姿があった。
大半は子供であり、あまり身綺麗な格好ではない。
けれど、みんな楽しそうに差し出されたお菓子を食べながら、花々を眺めたり庭園の噴水で遊んだりしている。
また、子供以外には様々な格好の大人がいた。マスターの姿も多く、なんというか“旅人”という言葉が合いそうな者が多い。
「彼らは?」
「子供は街の孤児院の子達で、大人は街の外から来た者達ね。伯爵夫人は定期的にこうしてお茶会を開くそうよ」
慈善事業だろうか?
何にしても、この庭園や街の様子、そして子供達の表情を見れば、伯爵夫人が悪い人でなさそうなのは感じる。
などと思っていると、伯爵邸の館の門が開いた。
中からは人の良さそうな中年の貴婦人が現れた。
「まあまあ、王都からご足労いただきまして……深く感謝いたします」
貴婦人はアズライトに近づくと、そう言って深々と頭を下げた。
……あれ? 伯爵夫人が頭下げるくらいえらいのか?
「なあ、アズライトって」
しかし、俺が何かを問う前にアズライトがその言葉を遮る。
「違うわ。私はある御方の代理人だから、敬意を表されているの。カルチェラタン伯爵夫人、そうよね?」
「え……。ええ、そのとおりですわ。おほほ……」
……ひっかかりは覚えるが、二人がそう言い張るのだからここはそうしておこう。
さて、アズライトは伯爵夫人への面会に訪れたわけだが、何やら内密の話を含むものであるらしい。
協力者ではあっても部外者である俺には聞かせられない話も多いだろう。
なので、待合室で時間を潰してほしいという旨のことを伝えられたのだが、
「それならこの庭園にいてもいいですか? すごく立派な庭園だからちょっと見学したいんです」
「そう。大丈夫かしら?」
「ええ、もちろん。是非見ていらしてくださいな」
伯爵夫人からも快く了承していただけたので、俺とネメシスと迷子の子猫は庭園を見学することにした。
屋敷の中に二人が入った後、子供達が和気藹々とする庭園の中を散策する。
……っと、そうだ。この迷子の子猫の<マスター>もこの伯爵邸にいるのだった。
「すみません、この子猫の……」
「ホーンか? どこに行っておったのだ」
庭園にいる使用人に尋ねようとしたところで、横合いからそんな声が聞こえた。
そこにはお爺さんと、彼に連れ立ったケンタウロス、コボルド、ハーピーの姿があった。
<エンブリオ>らしい三体はいずれも楽器を抱えている。
ハーピー以外はギデオンで見覚えがあり、間違いなくこのケットシーの<マスター>であるお爺さんだ。
ちなみに、今日のお爺さんはギデオンのときと違って帽子を被っていなかった。
「にゃーん!」
ホーンと呼ばれたケットシーが、大きく鳴いてお爺さんのところに向かって行った。
うん、すぐに見つかって良かった。
と、お爺さん達がこちらに歩いてくる。
「御主達がホーンを連れてきてくれたのか。いや、助かった。此奴は好奇心旺盛でな、よくこうして迷子になるのだ」
「いえ、たまたま行き先も一緒だったので」
「何にしろ、ありがたい。危うく演奏を管楽器なしでやるところであったわ」
「演奏?」
「なに。私達は旅をしながら音楽を奏でていてな。今朝も街の通りで演奏をしていたのだが、ここの使用人に声を掛けられたのだ。『旅人や孤児を招いての茶会があるのですが、そこで演奏してくれませんか』とな」
なるほど。
ギデオンで少し聞いただけだが、おじいさんとその<エンブリオ>の音楽は一級品、とても良いお茶会になるだろう。
「私は本業こそ音楽を聞かせることではなく書くことだが、私の曲に惚れこんでそう言ってくれたのなら無碍にするわけにもいくまい。……っと、名乗るのが遅れたな。私はベルドルベル。今はどの国にも所属しない流れの作曲家だ。こやつらは私の<エンブリオ>で名前はそれぞれホーン、クラヴィール、パーカッション、ストリングスだ」
ベルドルベル氏はケットシー、ハーピー、コボルド、ケンタウロスを順にそう紹介した。
合奏に由来した名前、それから猫と鳥と犬と馬……いや、驢馬の組み合わせからすると……モチーフはブレーメンの音楽隊かな。
「あ、俺はレイ・スターリングです。こっちは俺の<エンブリオ>のネメシス」
「うむ! 演奏とやら、楽しみにさせてもらおう!」
「フフ、分かったとも…………ん? レイ・スターリング?」
自己紹介の後、ベルドルベル氏はどこか不思議そうにこちらを見ていた。
「御主、あの“不屈”のレイ・スターリングか?」
「はい、そうです」
……“不屈”と呼ばれるのも慣れてきたな。
「そうか。いや、ギデオンの事件では御主の活躍の前にデスペナルティになってしまってな。見られなかったのだよ」
「ああ、それは……巻き込まれて大変でしたね」
「この人もクソ白衣の被害者だったか」と思いながら俺はそういった。
しかし、当のベルドルベル氏はなぜかキョトンとした顔をして……苦笑した。
「あやつ、言っていないのか? まぁ、手配に写真も名前もなくセーブポイントも使えたから、そうかもしれぬとは思ったが」
ベルドルベル氏は小声でボソボソと何かを言っていたが、よく聞き取れなかった。
「あの、どうかなさったんですか?」
「いや、何でもない。……ともあれ、私のデスペナルティはなるべくしてなったようなものだから、構わんのさ」
「そうなんですか?」
「ああ。……さて、それではそちらのお嬢さんも楽しみにしているようであるし、そろそろ演奏を始めるか。ホーンも準備は出来ているな」
『イツデモ、大丈夫デス!』
「よし、始めよう」
そう言うとベルドルベル氏は予め用意されていたのだろうスペースに、彼の四体の<エンブリオ>と整列する。
「これより、演奏を始めさせていただく。今日という日、素晴らしい花々と共に皆様の思い出に残る音楽を奏でたいと思う」
そうしてベルドルベル氏とブレーメンは一礼し――彼らの演奏が始まった。
「――――」
ベルドルベル氏に指揮された四体の<エンブリオ>の演奏。
その音楽は、兄で慣れているはずの俺でも鳥肌が立つほどの名演奏だった。
周囲の使用人や旅人達は「ほぅ」と息をついているし、子供らは聞こえてくる音楽に心打たれて純粋に楽しんでいる。
俺はギデオンでも闘技場の前で聞いたはずだが、あのときとも段違いだ。
そういえば、あのときは鍵盤を奏でるハーピーがいなかった。
今回は勢揃いして、なおかつあのときより腕を上げているのだろう。
聞きほれているうちに瞬く間に時がたち、演奏が終わるとともに万雷の拍手がベルドルベル氏に浴びせられる。
もちろん、俺とネメシスの拍手も混ざっている。
「おじいちゃん、つぎね、かっこいいきょくひいてー!」
「かわいいほうがいいよー!」
これほどの音楽を初めて聴いたという様子の子供達は、目を輝かせてベルドルベル氏にアンコールとリクエストを送っていた。
「ふふ、待て待て。順番に聞かせてやる」
ベルドルベル氏はそう言いながら、楽しげに次の曲の指揮を始めるのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<ネコが増えました
(=ↀωↀ=)<あとベルドルベル氏の手配についてですが
①ギデオンの事件で<マスター>しか殺傷していない(不意討ちの音速攻撃であったため、やられた<マスター>も、どうしてやられたかほとんど理解できていない)
②マリーとの戦いで建造物破壊を大量に行ったものの、自分もデイジーの使用などで色々ぶっ壊したマリーがベルドルベルとの戦闘について証言していない
③結果として「誰がやったか分からないけど、テロの時に建造物が大量に壊された」ということで名前と顔不明のまま、「ギデオン大量破壊事件の犯人」として王国限定指名手配で「情報求む!」状態
(=ↀωↀ=)<という感じ
( ̄(エ) ̄)<そうか、俺も<ノズ森林>の時に上手くやれば……
(=ↀωↀ=)<あなたの場合はリリアーナにバレバレでしたからね?




