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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第五章 遺された希望

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第一話 転職の季節

 □【聖騎士】レイ・スターリング


「うーん……」


 馬車の御者台で、俺は自分でも分かるくらい困惑した唸り声をあげていた。

 唸り声の理由は手に持った透明な――ただし身につけると黒くなる――フード付きマント、【黒纏套 モノクローム】。


 【黒天空亡 モノクローム】との死闘の翌日、俺達はシルバーの牽く馬車で王都への帰路についていた。

 俺はその道中で【黒纏套】の性能テストをしようと考えていた。

 【瘴焔手甲 ガルドランダ】や【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】のときと同様だ。

 特典武具は癖が強いので、事前にテストしておかないと怖くて使えたものではない。

 孵化や進化の後にぶっつけ本番でも毎回わりとどうにかなってしまっているネメシスとは違う。

 さて、俺の唸り声の理由だが、【黒纏套】の装備品としての性能が原因である。


 【黒纏套 モノクローム】

 <古代伝説級武具>

 光を食らい、闇を纏い、強大な光熱を発する亜星の概念を具現化した至宝。

 触れた光を食らい、溜め込み、撃ち放つ力を持つ。

 ※譲渡売却不可アイテム・装備レベル制限なし


 ・装備補正

 なし


 ・装備スキル

 《光吸収》

 《シャイニング・ディスペアー》


 そう、この【黒纏套】には装備によるステータス補正がない。

 兄やマリーからは特典武具は高ランクになるほど装備補正が高いという話を聞いていたので、ひどく損した気分でもある。

 しかし、代わりなのかはわからないが、パッシブスキルの《光吸収》は消費なしで常時発動できる。

 そして《光吸収》の効果は「接触した光属性ダメージの一〇〇%吸収」だ。

 一〇〇%、と言うとたしかに強い。一属性に限定されるが、完全防御は心強いように思える。

 しかし、先輩曰く、


「例えば光を纏った剣か何かで斬られた場合、光熱のダメージは防げるでしょうが剣そのもののダメージは受けます」


 とのことなので、フィガロさんの《極竜光牙斬》を受けると一巻の終わりらしい。

 では、昨日の【モノクローム】のように光熱そのものを撃ち放つ敵との戦いではどうなのかと言えば……、


「それは防げます。ですが接触するまでは熱量をもって近づいてきます。ですので、昨日のような大熱量の光線を相手にした場合、加熱された空間の“余熱”でレイ君が焼けます」


 という話らしい。

 「これが《炎熱吸収》とでも銘打たれていたなら、余熱も吸ってくれるはずですが」とも言っていた。

 そこまで話を聞いて「これまで光属性攻撃を使ってきた敵なんて【RSK】と【モノクローム】くらいしかいなかったな」と思い至る。光属性のビーム撃ってくる敵との遭遇率がそもそも低い。

 ……何だか、いまひとつ使いづらい気がしてきたのが唸り声の理由その一である。

 ちなみにその二は《シャイニング・ディスペアー》についてだが……こちらは時間が解決してくれることを祈ろう。

 今言えるのは、「ああ、しばらくテストできないな。早く充電終わらないかな」ということだけだ。


「それにしても、光を吸い込む闇の衣か。御主、いよいよ【聖騎士】やめておるのぅ」

「失敬な。俺は真っ当な【聖騎士】だよ。……なんでか《グランドクロス》まだ覚えないけど」


 【モノクローム】との戦いでレベルもカンストしたんだけどな。

 リリアーナはジョブレベルでは俺より低くても覚えてるし「何か見落としているんだろうか」と考えていると……。


「《グランドクロス》ですか? あれは【聖騎士】のクエストで人助けをしないと習得確率上がりませんよ?」


 先輩はきょとんとした顔でそんなことを言った。

 そうか、人助けの…………え?


「……俺、自分で言うことじゃないけど、結構クエストで人助けしてきたような気がするんですけど」

「厄介な事件に首突っ込みすぎだからのぅ」


 うん。まぁ、そうなんだけど。


「それは知っています。私が言っているのは、【聖騎士】のジョブクエスト(・・・・・・・)で助けた人数しかカウントされないということです」

「…………【聖騎士】のジョブクエスト?」


 先輩の発言に、鸚鵡返しで尋ね返してしまう。


「はい。《グランドクロス》は【聖騎士】のジョブクエストで助けた人数×0.5%の確率で、レベルアップ時に習得できます」

「……Wikiには」

「載っていませんよ。これは<月世の会>の統計データから得られた推察ですので」

「…………あー」


 じゃあ、ほとんど確定だ。

 組織としてはともかく、情報量ではWikiより余程信用できてしまう。

 それにしても、ジョブクエストか。

 すっかり忘れていたが、自然発生のクエストや冒険者ギルドで受けるクエスト以外に、各ジョブを管理している組合で受けられるジョブ限定クエストもたしかにあった。

 まだ王都にいた頃、ルークは【女衒】のジョブクエストでレベルを上げていたし、マリリンを得ていた。

 が、俺はと言えば下級職をすっ飛ばして【聖騎士】になったため、「【聖騎士】に求められる能力に満たないから」という理由で初期はジョブクエストを避けて、……そのまま一度も受けないままジョブレベルをカンストしてしまっている。


「もうレベル上がらないんですけど……」

「ご安心ください。【聖騎士】を消さずにサブに置いておけば、他のジョブのレベルアップでも習得できますよ。サブでもジョブクエストは受けられますしね」

「よかったぁ……」


 これで安心して《グランドクロス》を取得できる。

 情報を提供してくれた先輩様々……ついでに女化生先輩にも感謝しておこう。


「…………ん?」


 そこで、あることが引っかかった。

 <月世の会>に統計データがある、ということはそれなりの人数が【聖騎士】になったということである。

 【聖騎士】の転職条件のうち、「ボスモンスターに一定割合ダメージを与えての撃破」と「教会への寄付」はどうとでもなるだろう。(<月世の会>は教会施設をいくつか持っているのだし)

 が、「騎士団関係者からの推薦」という条件はどうクリアしたのだろうか。

 それを疑問に思い、先輩に尋ねると……、


「……<月世の会>は推薦がフリーパスなので」

「なぜ!?」

「簡潔に言えば、交渉の結果です」


 先輩によれば、その理由は前回のドライフとの戦争に遡る。

 周知の通り、前回は王国の惨敗。騎士団も壊滅状態での帰還となった。

 当時の騎士団長を筆頭に死者は多く、同時に生存者も重傷者ばかりだった。

 そのままでは命が危うく、生き残っても重度の障害を抱えて生きるものが大勢いた。

 そうなれば、辛うじて残っていた多くの騎士団も潰えることになるだろう。

 そこに手ぐすね引いて待ち構え……もとい手を差し伸べたのが女化生先輩。

 「今後、<月世の会>のメンバーが希望したときに騎士系職業の推薦状書いてくれはるなら、全員なおしたるけどー?」という相手が呑むしかない交換条件で騎士達の治療を提案したらしい。

 背に腹は変えられず、国王代理の第一王女と騎士達の代表――リリアーナは条件を飲んだ。

 以降、そんな事情で命が助かった騎士達は彼女に頭が上がらず、<月世の会>のメンバーが希望したときは推薦状を書く羽目になったという。

 命の対価としては安いかもしれないがやり方がえげつないぞあの女化生……………………先輩。

 人命救助はしているから悪いとは言わないけどな。


 ◇


「ジョブの話の延長ですが、レイ君は【聖騎士】の次には何のジョブに就くのですか?」

「まだ決めてないんですよね」


 リリアーナがそうしているように【司祭】を取って回復魔法の効果を上げる。

 汎用的で探索などに役立ちそうなスキルを持つ盗賊や冒険家系統のジョブを取る。

 あるいは騎士剣技を覚えるために今から【騎士】を選ぶのもありだろう。

 いずれにしろ、二職目なので今後のビルドも考えて取らなければならない。


「ああ、それではこれを」


 先輩はそう言ってアイテムボックスに手を差し込み、


「【転職診断カタログ】~」


 と、どこかで聞いたような発音でそのアイテムを取り出した。

 一瞬、一か月前の兄の姿がデジャヴした。

 それ、取り出すときにドラ○もんの真似しなきゃいけないルールでもあるのだろうか?


「たしかに、ジョブ選びに悩んでいるときはいいかもしれませんね。使わせてもらいます」

「どうぞどうぞ」


 兄から借りている【カタログ】もあるが、折角先輩が出してくれたのでここは使わせてもらおう。

 以前の時のように、カタログの質問に答えながら診断を続ける。

 そうして十分後に選択されたのは、



 ――【煌騎兵(プリズム・ライダー)】なる下級職だった。



 それは、事前の候補には挙がらなかった名前。

 何より問題なのは、


「こんなページ、あったか?」


 以前……二週間ほど前に【カタログ】を眺めていたときは、こんなジョブはなかったはずだ。


「……私も知りません」

「先輩も……ですか」


 <月世の会>のデータベースを閲覧し、他のプレイヤーより遥かに知識量で勝る先輩すら知らないジョブ。

 一先ず、どんなジョブか条件から確かめてみようと思った。

 そこにはこう書かれている。


 転職条件:

 ・煌玉獣(種別問わず)の所有者

 ・《乗馬》or《騎乗》のスキルレベルがLv5以上


 やはり【騎兵】らしく《乗馬》や《騎乗》が絡んでいる。

 何より、もう一つの条件。

 恐らくは俺のシルバーのような煌玉馬に関連したジョブなのだろう。

 ここでは煌玉獣と書いてあるから他にも種類があるのかもしれないが。

 

「下級職にしては、スキル条件が厳しいですね」

「下級職でも一部には高い条件が設けられていますから。それらは概ねレアなジョブです。ステータスとしては他のジョブと変わりませんが、独特のスキルを習得可能なものが多いですね」


 なるほど、そういう下級職もあるのか。


「いずれにしろ、現状では情報が足りませんね。ログアウトしてWikiで……いえ、もうすぐ王都に着きますから、<DIN>に情報が上がってないかを聞いてみましょう」

「分かりました」


 ◇


 それから程なく俺達は王都へと帰還し、その足で<DIN>の王都支局に向かった。

 さて、結果はと言えば<DIN>はこの【煌騎兵】なるジョブの情報を掴んでいた。

 と言うよりも……掴んだばかりだった。

 なぜなら、このジョブが発見されたのがデンドロ時間で二日前であったかららしい。ちょうど、俺達がトルネ村に向かっていた頃だ。

 何でも王都から北東にあるカルチェラタン領という場所で、先々期文明の<遺跡>が発見されたそうだ。

 そこを探索していた<マスター>が内部に安置された巨大なクリスタルに触れたところ、【煌騎兵】というジョブへの転職条件が表示されたらしい。

 その発見者は煌玉獣を所持していなかったが、同じように<遺跡>を探索していた<マスター>の中に煌玉獣の所有者がおり、その人物は【煌騎兵】へと転職できたらしい。

 まだ検証中らしいが、騎乗した煌玉獣の性能が向上するスキルなどが得られるとのこと。


「ロストジョブが発見されたということですか」


 ロストジョブ、というのは「現時点でそのジョブについている者が一人もおらず、転職条件も遺失したジョブ」の総称だ。そして、ロストジョブである間は下級職や上級職であってもあの【カタログ】に表示されない。

 この<Infinite Dendrogram>にはバージョンアップという概念はなく、全ての要素は既にこの世界で完成している。

 そして、今でも超級職をはじめとした多くのジョブが発見を待っているのだという。


「それにしても、条件にあったように【煌騎兵】は煌玉獣がキーとなるジョブのようですね。それに、オリジナルだけでなくレプリカでも良いようですし」

「オリジナルとレプリカ?」

「……その話は外でしましょう」


 先輩はなぜか周囲――<DIN>の王都支局内の様子を窺ってから、俺を外に連れ出した。

 それからあまり流行ってなさそうな喫茶店に入り、適当に注文をしてからさっきの話の続きをし始めた。


「煌玉獣には一点物のオリジナルと、それらを簡易量産化したレプリカがあります。レプリカは皇国の<マジンギア>と同様で動かすのにMPを消費しますが、レイ君のシルバーにはそれがない。……つまりは、オリジナルです」

「みたいですね」


 《風蹄》の出力過剰時はともかく、通常の走行でMPを消耗した覚えはない。

 それに説明文にも名工がどうのと書かれていた。


「煌玉獣の中でも煌玉馬シリーズのオリジナルは、これまでにも何体か見つかっています。王国の国宝であり今はもう失われた雷属性の【黄金之雷霆(ゴルド・サンダー)】。あの【超闘士】フィガロが騎乗決闘競技で使用する地属性の【黒耀之地裂オブシディアン・アースエッジ】。それと黄河の<超級>が持つ【紅玉之噴火(ルビー・イラプション)】が知られています」


 ……そういえばフィガロさんも持っているんだよな、煌玉馬。

 「自分の足で走ったほうが速いから、八番闘技場のレース競技のときしか使わないんだ」とか言っていたけど。

 ちなみに<墓標迷宮>の深層でドロップしたそうだ。


「ですが他の属性は行方不明でした。そして、レイ君のシルバーはその一つ、風属性の煌玉馬である可能性が高いです」


 ガチャのレアリティX表示といい、《風蹄》の件といい、普通の装備品ではないと思っていたが、やはりシルバーは特別なものだったらしい。

 ……あれ、でもシルバーって、正式名称は【白銀之風(ゼフィロス・シルバー)】、だよな?

 他の煌玉馬と同様のネーミングなら、【シルバー・ゼフィロス】でないとおかしい。

 なぜだろう?

 何か理由があるのだろうか?


「やっぱり貴重、なんですよね?」

「そうですね……私がまだ<凶城>で、レイ君と知り合いでなければ……襲い掛かっています」


 それほどに!?


「安く見積もっても五億はしますからね。カルディナでオークションをやれば桁も変わるでしょう」


 ……シルバー、お前……そんな高級品だったのか。

 あとで念入りに磨いておこう。

 そして、これまで盗まれなかった幸運に感謝しよう。


「ギデオンではクマニーサンやマリーも近くにおったからの。あの環境で盗みに走るバカはおらぬと思う」


 なるほど。

 あの<ソル・クライシス>というPKクランの弁でもないが、余程ギデオンにいたときの俺は狙いづらい相手だったのだろう。

 ……つまり今は危ないのではなかろうか。

 途端に不安になってきたぞ。


「白銀色はレプリカにもよくあるので、気づかれていなかった可能性もありますね。ですが、ずっと気づかれないという訳ではありませんから、《窃盗》対策が施されたアイテムボックスを購入するのはどうでしょうか? 値は張りますが、スキルレベル最大の《窃盗》でも完全に防げます」

「それはいいですね。心強……」

「それでも超級職の奥義では盗まれるでしょうけど」

「…………そういうのは、普通は出くわさないはずなので」


 多分、【盗賊王】とかそういう超級職なのだろうけど、流石に世界でも一人か二人しかいないだろう盗みのスペシャリストに遭遇したらピンポイント過ぎる。

 ……うん、きっと会わないはずだ。


「そうは言うがのぅ。御主、これまで何人の<超級>や超級職と遭遇してきたと思っておるのだ」


 ……それを言われると否定しづらいな。

 まぁ、たしかに今後も誰かしらの<超級>や超級職と遭遇するとは思うが、その人が盗賊系統や強盗系統でないことを祈る。

 そういえば例の包囲網事件の主犯格で、唯一俺が出会っていないのが強盗系統超級職の【強奪王】エルドリッジという人物だ。

 【強奪王】エルドリッジは相手の装備を奪い、肉を削ぎ、確実に戦闘力を奪いながら戦いをコントロールする非常にクレバーなPKらしい。

 戦うとなれば、凄まじい強敵に違いない。

 会わないことを祈ろう。

 

「それにしても、最低五億リルですか。それって物凄い価値ですよね」

「そうですね。ですが、それは五億リル分の性能というよりは……骨董品、美術品としての価値が主です。考えてもみてください。二千年以上前のオーパーツが完璧な状態で残っているのです。高くならないわけがありません」

「二千年……先々期文明ってそのくらい前なんですね」

「ええ。付け加えれば、先期文明も同時期に滅んでいるはずです」

「?」


 先々期と先期が、どちらも二千年前に滅んでいる?


「順番からすると、先々期文明が滅んでから先期文明が起こるはずなのでは?」

「私も<月世の会>が集めたデータで少し読んだだけなので詳しくはありませんが、歴史調査の結果はそうなっていたはずです」


 二千年前……同時期に滅んだ二つの文明、か。

 先々期文明の産物であるシルバーの件もあるし、ちょっと気になってきたな。

 少し調べてみたくなってきた。


「いずれにしろ、レイ君は次のジョブにこの【煌騎兵】を選ぶのでしょう?」

「はい、折角なので。それに今から向かえばこの休みのうちに転職も出来そうですから」


 現在、リアルではまだ土曜日のお昼過ぎだ。

 トルネ村への出発が金曜日の夜。それからこっちで二日半ほど過ごしたが、まだ土日の連休は半分以上残っている。

 こっちの時間で四日は使える。<遺跡>が出土したカルチェラタン領の街はトルネ村と同じくらいの距離らしいので、多少の探索を考慮しても休みの間に転職を済ませることが出来るはずだ。


「転職のために件の<遺跡>にも足を踏み込むことになりますね。発見されたばかりの<遺跡>ですから、専門家も来ているはずです。レイ君の今の疑問の答えを知る人もいるかもしれません」


 なるほど。

 それは丁度いいし、考古学の勉強みたいで楽しそうだ。

 こういう歴史ロマンって子供の頃から好きだからワクワクする。


「楽しくなりそうだのぅ」

「ああ」


 好奇心が刺激されたのか少し楽しげな声のネメシスに応える。

 俺も同じ気持ちだ。


 さて、やることは決まった。

 目的は転職と二つの文明の歴史調査。

 行く先はカルチェラタン領で発見された古代の<遺跡>。


 クエスト、スタート。



 To be continued

(=ↀωↀ=)<いきなり誘拐された四章とは打って変わって穏やかなスタートですね


( ̄(エ) ̄)<……いや、前話込みだと不穏ってレベルじゃ


(=ↀωↀ=)<穏やかなスタートですね!(断言)

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