Episode:20XX years ago
(=ↀωↀ=)<お待たせしました!
( ̄(エ) ̄)<第五章開始クマ!
□■―――――
希望を抱くのは、深い絶望の淵に立つ者だ。
落ちきってしまえば願うことは出来ない奈落。
その寸前にまで追い込まれた者は、誰よりも強く願う。
◇◆
琥珀色の竜が天を翔けている。
宝石に酷似した輝きを放つ装甲で身を覆い、天空を飛翔する巨大な存在。
されどその目に生命の輝きはなく、目に当たる部分の内側には人の姿があった。
竜の頭部――コクピットに座る人々は操縦桿や計器を操作し、琥珀の竜――竜を模した巨大兵器を操縦していた。
ツヴァイアー皇国第一特殊機甲団、【琥珀之深淵】隊。
それが彼らの名であり、彼らが駆る兵器の名だった。
コクピットには幾つものシートがあり、それぞれが巨大な人工竜の操作を分担して行っている。
「機長、当機の速度で二十分後には戦闘エリアに突入します」
レーダー担当の隊員が、指揮官である壮年の男に報告する。
「そうか……いよいよだな」
「フラグマン先生の開発した煌玉竜の初実戦投入ですね!」
機長の声は重かったが、操縦桿を握る若い隊員の声は明るい。
「ああ。我らが【琥珀之深淵】だけでなく、他の国でもフラグマン師の技術供与で煌玉竜シリーズが作られている。それに、フラグマン師自らが手がけた煌玉人や煌玉馬も戦線に投入されるそうだ」
「すごいですね!」
無邪気に喜ぶ隊員に機長は苦笑し、「国家の垣根をなくして協力しなければならんほど追い詰められているということだ」と心中で呟いた。
実際、彼らの属するツヴァイアー皇国だけでなく、この大陸の全ての国家は存亡の危機にあった。
ある敵の存在によって。
「それより、先遣隊の飛翔竜騎士団からの応答はまだないのか?」
「はい。どうやら強力な魔力障害が発生しているらしく……通信魔法が伝播されません」
「……そうか。続けて呼びかけてくれ」
応答がない、その現状にジワリと嫌な汗が背中に滲むのを機長は感じた。
不安と共に再び重く息をついて他の隊員の様子を見る。
すると、操縦桿を握る隊員が写真を手に持って微笑んでいることに気づいた。
写真には赤ん坊を抱えた若い女性の姿が写っている。年齢は写真を持つ隊員と同じくらいだった。
「少尉、その写真は?」
「あ、機長! へへへ、これはですね! 今朝に疎開先から送られてきたんです! 俺の子供が生まれたんですよ! 男の子ですよ!」
「なに? お前、だったら何で辞退しなかった! 俺達がこれから行くのは……!」
「分かってます!」
咎めようとした機長の言葉を、少尉は遮る。
「俺だって、分かってますよ……! これが新型機のぶっつけ本番で、しかも相手があのバケモノ共だってことくらい……!」
「少尉……」
そこには明るい様子はなかった。
あれらは、恐怖を紛らわせるから元気だったのだろう。
今そこにあるのは必死の形相だ。
しかし、それでも前を向く男の顔であった。
「だけど、逃げたって駄目なんです……、あいつらを倒さなきゃ皇国も……俺のアミリアと、まだ名前もつけてない息子も……死んじまうんですよ……!」
「少尉……」
「だから! 俺が、俺達が、この【琥珀之深淵】であいつらを倒さなきゃならないんですよ! 希望はあるって、見せなきゃならないんですよ!!」
「……その通りだ」
少尉の言葉に、自らの不安も飲み込んで……機長もまた前を見据える。
「諸君……希望を、勝ち取るぞ!!」
「「「はい!!」」」
コクピットの中の彼らは、一つの強い思いで結束した。
人々の希望となる。
そのために彼らは戦場へと向かい――そして辿りつく。
「煌玉竜一号機【琥珀之深淵】、戦闘空域に到達!!」
「先遣隊、飛翔竜騎士団からの通信応答なし!!」
「エネルギー反応増大! “異大陸船”の眷属……“武装の化身”です!!」
彼らは口頭による確認と共に、人工竜に接近する敵を警戒した。
その姿は地平線の彼方。
だが、レーダーはその尋常ではないエネルギー量を確実に捉えていた。
「“武装の化身”、地平線観測域到達まであと二十五秒!」
「引きつけろ! 初撃で仕留める!!」
「了解! 《深淵砲》……発射態勢!!」
機長の指示に従い、人工竜を操る者達は攻撃態勢に移る。
人工竜は大きく口を開き、その口腔に内蔵された兵器――圧縮魔導式重粒子加速砲をチャージする。
MPの数値にすれば百万を優に超えるだけの膨大なエネルギーが人工竜の動力炉から発生し、それが全て収束・圧縮されていく。
特殊術式のバリアで保護された人工竜の口腔に、膨大な圧縮魔力を核とした大熱量の火球が形成される。
そのエネルギーは形成されてなおも増大されていく。
「エネルギー充填八〇……九〇……一〇〇%!」
「地平線ごと撃ち抜け!!」
エネルギーが限界にまで達した瞬間、少尉は操縦桿のトリガーを引く。
「【深淵砲】……発射!!」
瞬間、人工竜の口腔から圧縮された魔力火球が発射される。
放たれた火球は大熱量で空間を歪ませ、地上に接触し――大地を貫いて地平線の彼方の敵手に命中する。
大地が蒸発するほどの熱量を受け、接近していた敵手はその動きを停止する。
直後に圧縮された中枢の魔力核が熱量の爆裂と共に解放。
解放された魔力の半分を用いて重力魔法が遠隔起動。
残る魔力は更なる熱量となり、超重力と共に地中に沈降する。
それこそが膨大な熱量と重力力場によって対象を逃さず完全焼却する必殺兵器、【深淵砲】の真骨頂。
数秒後――地平線の彼方で地の底の深淵から巨大な炎柱が立った。
その中で動く者の姿は……何一つとしてなかった。
「……“武装の化身”、沈黙!!」
「いょし!!」
機長が万感の思いと共に、拳を握り込む。
「やりましたね! やはり煌玉竜に搭載した圧縮魔導式重粒子加速砲は連中にも効果がありました!」
「ついに、あいつらの内の一体を……」
「ああ。この勝利は一度の勝利ではない。一体を倒せたならば……他の個体とて倒せるという証左だ」
「“獣の化身”は倒しきるのが面倒そうですけどね」
「だが、きっとやれるさ。まだ、我々に希望はある」
彼らは笑う。
絶望のような戦況で、自分達の操る人工竜が希望となったことに笑う。
戦略的には未だ劣勢だが、立ち向かう手段を得られたならばそれは希望としか言いようがない。
ただしそれは……本当に立ちむかえていたらの話だ。
「…………え?」
「どうした?」
レーダーを担当していた者の表情が、驚愕に凍りつく。
「“武装の化身”、活動再開……!!」
その姿はレーダーだけでなく、光学でも観測できた。
見えたのは、地中に穿たれた深淵からゆっくりと浮上する何者かの姿。
後の世で伝説級と呼称されるクラスの盾を何千枚と重ね、《深淵砲》の直撃を耐えた人型の姿。
幾千幾万の武装を自在に操る敵性存在――“武装の化身”は健在だった。
「第二射のチャージを……!」
しかし追撃は放てない。
周囲の盾を一瞬で仕舞い込んだ“武装の化身”は、代わりに同数の剣を展開した。
そしてそれを――射出する。
伝説級相当の数千の剣が、敵手によって超超音速飛翔体となって【琥珀之深淵】に突き刺さり――撃ち貫く。
《深淵砲》にも数発は耐えるように設計されているはずの【琥珀之深淵】の装甲が、瞬く間に蜂の巣になっていく。
機長は慟哭の叫びを上げながら、コクピットを貫通した剣によって即死した。
「アミリアアアアアアアアアア……!!」
操縦桿を握る少尉も、他の隊員達も、同様の結末を迎えた。
彼らの希望は、【琥珀之深淵】は……瞬く間に原子の塵となった。
◇◆
【琥珀之深淵】と“武装の化身”の交戦は、この大陸の人類と“異大陸船”との接触の一幕に過ぎない。
“化身”との戦いは、空中だけに留まらない。
「こ、こちら第七魔導歩兵師団! 救援を……いや! 後方地域の避難勧告を!! こちらはもうもたない!!」
「敵性存在……“獣の化身”! 現在総数不明……だが、奴らの姿で大地が見えない!!」
地上を埋め尽くす獣に蹂躙される歩兵師団。
「ツヴァイアー近衛艦隊だ! 最終防衛線が呑まれた……!」
「奴が……“黒渦の化身”が本土に上陸するぞ!!」
海上で黒渦の空間に呑み込まれて消え去る艦隊。
いずれも、太刀打ちなどできなかった。
敵うはずもないほどの圧倒的な戦力差で人類が……後の世で先々期文明と呼ばれるほどに繁栄した文明が敗れ去っていく。
天を覆い隠す蹂躙の武装。
地を埋め尽くす無数の獣。
海をも呑む底無しの黒渦。
人々の前には幾つもの、そして一つの意思に纏められた滅びと絶望があった。
◇◆
既に戦線が崩壊し、三体の“化身”が接近していることが伝えられた首都は恐慌の只中にあった。
ツヴァイアー皇国の国民は世界の端へ、地の底へと逃げようと必死にもがいていた。
そんな彼らの様子を一人の男が見ている。
大陸屈指の先進国であったツヴァイアー皇国の――今は亡国にならんとする国の皇王だ。
「神はいないな……」
ツヴァイアー皇王は、朽ちゆく国を見ながらそう呟いた。
人の営みが、これほど容易く打ち崩される無常な世界ならば、神に祈る意味はない。
まして、相対する“化身”達が神の如き有様なのだから……。
「きっと、これから先の世でも神は祈られないだろう」
「もっともそれは……これから先、人類の生きる道があればの話だが……」と皇王は考えた。
滅び行く皇国を眺める皇王に、一人の青年が声を掛ける。
「陛下、地下都市への住民の避難、ならびに各地下工廠の封印処理……完了いたしました」
「そうか……」
「煌玉竜五機のうち四機の完全破壊を確認。一機は海中に没したまま浮上しません。煌玉人は三体が完全破壊、二体が行方不明。煌玉馬は全て行方不明です。これで、現状開発しえる戦力では対抗できないことが判明しました」
「そうか……」
「玉座はやはり動きません。建造地点へ流れていた自然魔力の経路が途絶えてしまったので、主機に火を入れるまで予定の百倍……千年以上はかかるでしょう。ですが量産型【煌玉人】……【煌玉兵】シリーズの自動量産システムは構築に成功。エルディム山地下にてスリープモードで待機させています。【アクラ・ヴァスター】も同様に」
「そうか……」
「【アクラ・ヴァスター】は“化身”から蒐集したデータを用いた自動設計・開発になります。エルディム山地下で、連中に気づかれないように注意を払いながら実行します。能力の模倣と対策に難航すると考えられるため、完成までは三千から四千年といったところでしょう」
「……ふふ、気の長い話だ」
「ええ。しかし、いつの日か……あの“異大陸船”に目にものを見せてやりますとも。それを見届けるまで、私は死にません」
「そうか……。ならば、私の分も見届けてくれ、我が友……フラグマンよ」
「御意に。それでは、私はまだ存続している国での準備を行います」
「うむ、頼んだぞ……」
「はい。……長い間、お世話になりました」
フラグマンと呼ばれた青年は、そう言って皇王の前を辞した。
彼には分かっていたのだ。
皇王が、その玉座にて……王として滅びを迎えようとしていることを。
「さて、いずれの滅びが降りかかるか……」
既に彼の民の多くが滅びに――“異大陸船”の“化身”に葬られた。
ゆえに彼も、民と道を同じくしようと考えていた。
彼はここで終わる。
しかし、彼らの願いはここでは終わらない。
彼らは自分達の滅びを目前に、僅かな願いを胸に抱いた。
「いつの日か……冥府で楽しみに待っておるぞ、フラグマン」
そう呟いた皇王の前に、城壁を容易く打ち破って幾体もの獣が現れる。
「……“獣の化身”か。何もできぬまま終わる相手でなくて幸い、といったところだな」
そう言うと皇王は立ち上がり、その身を重厚な機械の鎧で覆う。
「【機皇】ヴォルフガング・マグナ・ツヴァイアー。王としての最後の戦、付き合ってもらうぞ……“獣の化身”よ!」
『■■■■■■――』
◇◆
それは、後の世に先々期文明と呼ばれる時代の終わり。
その時代に栄えた一つの国の王は……己の玉座で滅びに呑まれた。
同様にして滅んだ国と王は数知れず。
しかし、彼らは何も残さずに消えたわけではなかった。
彼らの敵対者の侵攻が比較的緩やかだった地中や海中に、多くの施設を遺した。
それらは、後の世に<遺跡>と呼ばれることになる。
彼らはその中に、生き延びた人々の希望となる数多の力を託した。
滅び行く文明の再興を願う数多の物品と技術を遺したのだ。
それらは二千年以上の時を経ても、見つけられるのを待っていた。
しかし、希望を遺した者達にとって大きな誤算が二つあった。
一つは彼らが戦っていた“化身”がその母艦である“異大陸船”ごと消失したこと。
そしてもう一つは……遺した希望が彼らの意図したものとはならなかったことである。
彼らの遺した希望は、彼らの意に沿わない動きを多発した。
ある地下工場では環境を調整するための細菌が暴走し、他の生物を食らい始めた。
ある地下都市では防衛用のゴーレム兵器【マグナム・コロッサス】が暴走し、近づく者を何者であろうと抹殺する門番と化した。
技術のミスか、あるいは時間の経過によるものか……先々期文明が遺した品々は望まぬ動きをするようになっていく。
後の世のために遺された希望が、人々の絶望となる。
遺した者にとっても、託された者にとっても、何かの間違いとしか言いようのない悪夢。
ゆえに、ある者はそれらを“エラー”と呼んだ。
エルディム山……今は別の名で呼ばれる山に眠る<遺跡>も、“エラー”の一つだった。
二千年以上経って、その山はツヴァイアー皇国とは違う名前の国の領土になっていた。
それはアルター王国の領土が一つ、カルチェラタン領。
――アルター王国とドライフ皇国の国境地帯である。
To be Next Age
(=ↀωↀ=)<本日は二話連続投稿です
( ̄(エ) ̄)<次回は22:00クマ




