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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 一ページ目

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歌姫と薔薇 その四

 □【高位操縦士】ユーゴー・レセップス


『……終了』


 賭博場の<蜃気楼>構成員の制圧は、開始から二分足らずで完了した。

 私に攻撃魔法を放っていた構成員は全員が身体の一部、あるいは全てを【凍結】させている。


『やったねユーゴー。ちょーあっさりだよ。つまんないね』

『……キューコ、つまらないとか言わないでくれないか』


 まぁ、確かにあっさりと言えば否定しようもないほどあっさりだ。

 スキル一つで、この賭博場の制圧は完了した。


『しかし、《第二地獄門》は実戦でも使えるスキルだった、か』


 《第二(La Porte)地獄(de l'enfer)(deuxième)》。

 キューコが第四形態に進化したことで獲得した新たなスキル。

 その名の通り、《地獄門》の発展……というよりアレンジ版。

 効果自体は元々の《地獄門》と変わっていない。

 ただ、計算方法が違う。

 これまでの《地獄門》は「結界内の対象を13秒毎に『『同族撃破数』%の確率で『同族撃破数』%の範囲』だけ肉体を【凍結】させる」というものだった。


 では《第二地獄門》がどうかというと、『対象からこれまで受けたダメージ(減算分含む)×『同族撃破数』%÷結界内の対象のHP』の範囲だけ肉体を【凍結】させるというもの。


 要するに私(というか<マジンギア>)に1000のダメージを与えて、これまでに「人間」を20人殺傷したHP1000の相手なら、1000×20%÷1000で20%だけ【凍結】する。ダメージが2000なら40%となる計算だ。

 相手の攻撃を受けることが前提だけれど、元の《地獄門》ほど相手を選ばず効果を発揮するスキルと言える。運の要素もない。

 進化したのが姉さんから【ローズ】を受け取ってからなので、それも踏まえて耐久前提になっているのだろうけれど。

 それ以前にこのスキルって……。


『おもいっきりネメシスの《復讐するは我にあり》をイシキしてるよね』

『……うん』


 あのギデオンの事件で最後に彼に倒されたことがきっかけか。

 あるいは二つの事件で見た彼のあり方そのものか。

 どちらにしてもレイの影響がなかったとは言いづらいカウンタースキルと言える。


『何はともあれ、制圧は完了』


 この騒ぎだ。すぐにカルディナの憲兵が来るだろう。

 構成員も抵抗しがたい状態だし、ここはもう放置して師匠のところに向かおう。

 【ローズ】とキューコの合体を解除し、展開していた装備を元に戻す。


『それにしてもさ』

『何?』

だいにせんとう(・・・・・・・)モード(・・・)、ほとんどでばんなかったね』

『……あれは消耗が厳しいから、できれば長く使いたくはない』


 さて、今回の私の役目は終わった。

 あとは師匠次第だけれど、多分師匠なら問題ないだろう。

 だって……私は師匠ほど勝ち目のない相手を知らない。


 はっきり言って……あの【破壊王】だって師匠は倒せないのだから。



 ◇◆◇


 □■賭博都市ヘルマイネ郊外――上空


 夜闇の砂漠に、雷光が走る。

 雲も大気中の水分もない砂漠環境に、その現象は本来ならばありえない。

 だが、今のこのとき、天を舞う五匹の【龍】――その成れの果てである【ハイ・ドラゴン・キョンシー】によって、夜闇は光に彩られる。

 雷光を身に纏う五匹の【ハイ・ドラゴン・キョンシー】は身体をうねらせ、五匹が視覚的にはランダムでありながら完全に統制された動きで蒼い機影――アリカの【ブルー・オペラ】を追う。

 五匹の屍龍は口々に火や氷、風や石化毒、呪いのブレスを吐き出すが、蒼い機影は全てを回避している。


『【龍】をシンボルにする国で、【龍】を【キョンシー】にするとかえげつないね』

「それゆえに、このカルディナに回されたとも言えるがな」

『納得』


 雷光を纏った屍龍の一匹の背には、それらを操る【大霊道士】張葬奇の姿がある。

 しかし、雷が彼の身を焼くことはなく、【ハイ・ドラゴン・キョンシー】の額に張りつけられた【符】を焦がすこともない。

 されど、【ブルー・オペラ】が迎撃にはなったライフルの砲弾は、雷光によって焼き溶かされる。

 それを成すのは、今も張が持つ宝物獣の珠――かつては【轟雷堅獣 ダンガイ】と呼ばれた古代伝説級の<UBM>の力。

 かつてあらゆる攻撃を雷電の鎧で阻んだという<UBM>の力は、長き封印の中でも衰えていない。


『わーい、卑怯だー。チート装備じゃーん』

「抜かせ。人のことを卑怯と言える装備か」


 【ダンガイ】の力を使う張の顔に、余裕は一切ない。

 雷によって、これまでの攻撃は全て阻んでいる。

 だが、同時に屍龍の攻撃も一度として【ブルー・オペラ】に命中していない。

 なぜなら、軌道を読んで攻撃を放っても、命中の直前で直角(・・)に軌道を変えている。

 航空力学も、慣性法則さえも無視した異常な軌道。

 それを成すのは【ブルー・オペラ】が背負った特典武具【天制翼 エールクラスター】。

 かつて、カルディナで猛威を振るい、未確認飛行物体とも呼ばれた<UBM>の成れの果て。

 その装備スキルは《イナーシャル・コントロール》と《エア・キャノピー》。慣性と空気抵抗を操作する力。

 ゆえに、本来ありえないような軌道だろうと、【ブルー・オペラ】は超音速で自在に飛翔する。


「千日手か……」


 アリカにしろ、張にしろお互いに戦闘に用いている<UBM>の力は一つずつ。(アリカにはレーダーの特典武具もあるが、そちらは現在使用する意味がほとんどない)

 それらは速度と耐久のどちらかに偏っているが、性能としてはほぼ五分。

 張の放つ攻撃は【オペラ】に命中せず、アリカの放つ砲弾は雷光の防御を破れない。

 張は思う。「もしもこの【ダンガイ】を持っていなければ、勝負は既についていたかもしれない」、と。それほどにアリカの砲弾は正確に屍龍を捉えていた。

 だが現状は張の言った千日手という言葉の通りだ。

 完全なる拮抗状態であり、互いに決め手に欠ける。

 ゆえに、張の想定する戦いの結末は三通り。

 五匹の屍龍を使役する張と、高性能の<マジンギア>を飛翔させるアリカのMPの削り合いになること。

 アリカが何らかの切り札……雷光の防御を破れる手を打ってくること。

 そして、張の攻撃が【オペラ】に命中すること。

 張として、狙うべきは三番目以外にない


「位置は、掴めているのだがな」


 夜闇の空に溶け込む蒼の装甲で変幻自在に飛翔する【ブルー・オペラ】であったが、張は決して見失わない。

 それはむしろ、【ブルー・オペラ】に理由がある。

 それは、【ブルー・オペラ】の機関音。

 歌声のように高らかなそれは、戦闘の最中も常に響き渡っている。

 ゆえに、居場所などすぐに分かる。

 側面にいても、背後にいても。

 鈴を巻いた猫の如く、その位置は筒抜けだ。

 最初はあの音は何らかのブラフのために行われているのだと張は考えていたが、戦っている間にそれは違うらしいと気づく。

 それはブラフではなく、“どう足掻いてもあの音が発生してしまう”ということ。

 あの機関音は、【ブルー・オペラ】が生まれ持った取り外せない欠陥なのだ。


 ◇◆


 【ブルー・オペラ】は欠陥機だった。

 より正確に言えば、その中心である魔力変換機関に欠陥があった。

 ドライフ製の機械は使用者のMPを動力へと変換して動くものがほとんどだ。

 ゆえに、それを成す変換機関に求められるのは少ないMPでより膨大なエネルギーを発生させる変換効率、そして機械に搭載させる際に重要なサイズダウンである。

 その二つの視点において、【ブルー・オペラ】の変換機関は完璧だった。

 <マジンギア>用の変換機関としては類を見ないほどに秀でた変換効率な上に、サイズもバイクに搭載するエンジン程度に収まっている。

 偶発的に出来た機関であるために代えはなく再現も難しいが一つの完成形であった。


 “極めて機関音が大きい”という不可解な欠点を除けば。


 不思議なことに静粛性が皆無であり、隠密作戦はもちろん通常の戦闘行動でも使えない。

 なぜなら動かした瞬間に遠方でも位置が筒抜けになり、即座に遠距離攻撃魔法や弓、銃火器のスキルを叩き込まれるからだ。

 無論、開発したフランクリンもこの問題に対処しようとはした。消音装置の設置など、様々な対策は講じた。

 が、不思議なことにそうした対策を盛り込むほど、変換効率が低下するのである。

 まるで変換機関自身が機関音を発することを、“歌うことを望んでいる”かの如き有様だ。


「天地のカラクリやレジェンダリアの精霊人形じゃあるまいし……どういうことなのかねぇ、この偏屈機関」


 製作者のフランクリンもそう言って匙を投げるほどだ。

 いずれにしろ、こんな音を出す機関で<マジンギア>は作れない。そんな機体に乗っていては、あまりにも目立ち、すぐに撃破されてしまうからだ。

 ゆえにフランクリンは後に技術解析できることを祈って倉庫に仕舞ってしまおうかとさえも考えていた。

 だが、その経過を横で見ていたアリカは言った。


「目立ってもいいじゃない。「当たらなければどうということはない」んだからさ!」


 フランクリンは親友であったアリカの言葉に少し目を丸くした後、面白いと感じた。

 同時に「ああ、アリカならいけるわね」とも考えたという。

 静粛性皆無の速度特化という矛盾した存在ではあるが、アリカには似合いだろうとフランクリンは考えて初の採算度外視機体【MGFX】を作成することを決定した。


 そうして生まれたのが、【MGFX-001】。

 アリカの《操縦》スキルが合わされば、地上を超音速で駆ける唯一の<マジンギア>。

 後に【エール・クラスター】を得たことで、更なる飛翔を遂げる機体。

 フランクリンが親友に託した、最速にして、最も高らかに謳う(・・)モノ。

 それが【ブルー・オペラ】である。


 ◇◆


 【ブルー・オペラ】は今も夜空にその歌を響かせながら、飛翔している。

 音に目掛けて五匹の屍龍が次々に攻撃を発するが、しかして一発たりとも【ブルー・オペラ】に掠りもしない。

 まるで風の妖精のように、五匹の龍をからかうように蒼い機体は空を駆ける。


(なぜ、当たらん……)


 張は、空を舞う【ブルー・オペラ】に不可解な思いを抱く。

 ドライフの<マジンギア>はどれだけ技術と資材を尽くしても、“純竜相当”の機体が限界ではなかったのか、と。

 無論、相手はかの【撃墜王】。《操縦》のスキルレベルはカンストしているはず。ゆえに機体性能を二〇〇%引き出し……いやそれ以上の可能性すらある。

 だが、それでも張が操る五匹の【ハイ・ドラゴン・キョンシー】は上位の純竜を更に強化したもの。

 性能面での差はほとんどなく、五匹という数を考慮すれば、張に分があるはずだ。

 しかしそれでも、目の前にあるのはこの拮抗状態。


(五分であるはず……いや)


 【撃墜王】と【大霊道士】。

 【エール・クラスター】と【ダンガイ】。

 【ブルー・オペラ】と五匹の【ハイ・ドラゴン・キョンシー】。

 確かにそれらはほぼ互角であるだろう。

 だが、そこに決して忘れてはいけない要素が一つある。


 それはこの戦いが上記の互角の要素の戦いであると同時に……<超級>とティアンの戦いである、ということだ。


「疾!」


 張は五匹の屍龍を駆使し、自身も【符】による補助を行い、完全な陣形で不意を討つ。

 しかし、その全てを完全に回避される。

 その蒼い装甲に掠り傷の一つもついていないことが、張には信じがたかった。

 張は知っている。

 【撃墜王】であるアリカが世界で最も優れたパイロットであることも。

 その乗機が<マジンギア>で唯一の超音速機であることも。

 だが、腕前と速度だけでは説明がつかない。

 それ以上の何かが、アリカにはある。


「……まさか」


 そこまで考えて、張はある予想を抱く。

 そして思案し、切り札の一つを切る。

 オペラの音を探り、最も近い位置にいる【ハイ・ドラゴン・キョンシー】を確認する。

 そして、それにまたブレスを吐かせる動作を取らせると同時に、


「――《死風竜巻》」

 ――その【ハイ・ドラゴン・キョンシー】の“腹の中”に仕込んだ【符】で、【ブルー・オペラ】の予期せぬ角度から大威力の攻撃魔法を撃ち放つ。


 攻撃器官ではない部分からの完全なる不意討ち。

 想定外の一撃。

 尋常ならば、それは命中する。

 だが、


『よっと』


 【ブルー・オペラ】は――【撃墜王】アリカはそれを難なく回避してみせた。

 完全なる不意討ちは、やはり掠り傷一つつけることなく虚空に消える。


「…………」


 今の不意討ちの代償に腹が破れ、地上に落下していく屍龍の一体が張の目に映る。

 “五星飢龍”と呼ばれた張の、代名詞の一つが犬死で落下する。

 だが、張の思いはそこにはない。

 張の脳裏にあるのは、今起きた現象に対する一つの答え。

 完全なる不意討ちを避けきった、その意味。

 アリカの力の正体。

 それは――、


未来が(・・・)視えているのか(・・・・・・・)?」


 ◇◆


 一部のジョブが有する《託宣》のように、遠い未来を漠然と告げるスキルはある。

 迫る危機に対する直感を補助するセンススキルは、害意を持った敵対者の接近を知らせる《殺気感知》や、身に危険が及びかけていることを知らせる《危険察知》などもある。

 だが、未来を精密に把握するスキルなど誰も知らない。

 それは<エンブリオ>でも同様だ。

 そもそも、<マスター>独自の超常の力を発揮できる<エンブリオ>であるが、<Infinite Dendrogram>をMMORPGとして見た場合には不可能とされる能力が幾つかある。


 例えば、時間停止。他に接続している者がいる以上、世界全体の時間を止めるような力を一個人が行使することは常識的に考えて不可能だ。(ただし「自身が極限まで加速する」という方向での擬似時間停止は存在する)


 例えば、<マスター>への精神支配。ティアンならばともかく、プレイヤーである<マスター>の心そのものを操ることは不可能である。(ただし肉体だけならばコントロール可能である。また「精神を操作できないのはプレイヤー保護機能があるからではないか」という意見もある)


 それらと同様に、「未来を視る」ことも<エンブリオ>をもってしても不可能であるとされていた。

 最大の理由は、やはり<マスター>だと言われている。

 未来視について、ある遊戯派の<マスター>はこのように考察した。


「この<Infinite Dendrogram>をMMORPGとして考えたとき、全てがプログラムによって動いているのならばそれを先読みした未来視はできる。だが、プレイヤーはプログラムではない。何を考えているかわからず、どう行動するかも不明瞭で……それによって未来の絵図面は千変万化する。ゆえに、「未来を視る」ことは不可能だ」、と。


 その<マスター>が言ったことは正しい。

 未来は人の意思でいくらでも変容する。

 演算することなど出来ない、然りである。


 ただし、ここに一つの例外が存在する。


 その<エンブリオ>は、未来を視るために<マスター>を含めた人の心までも見ていた。

 プライバシーの観点か、あるいは機能上の制約か、その<エンブリオ>は他者の心の声を自身の<マスター>に伝えることはない。

 だが、計算する。

 他者の思考をもマスクデータの一つとして、周囲の全てを演算する。

 温度や風速、地熱、重力変数、各種エネルギー値といった自然環境を。

 現在発生している人為的な物理変化の状態を。

 そして、周囲一帯の人々の思考の全てを。

 それら全てを演算し、<マスター>に迫る“危険”という一事に絞って答えを導き出す。

 <マスター>は数秒先の“危険”を視て、その全てを回避する。


 それが【撃墜王】AR・I・CAの<超級エンブリオ>――【超越演算機 カサンドラ】。

 現状唯一、“未来を視る”<超級エンブリオ>である。


 アリカの義眼であるカサンドラの固有スキル《災姫の予見》は、大別すれば《殺気感知》や《危険察知》と同じ。

 だが、力の桁が違う。

 カサンドラには、“危険”そのものが視えているのだ

 【オペラ】の装甲に触れる攻撃全ての軌道が、

 攻撃によって生じる空気の膨張が、

 流れ弾で吹っ飛んできて進路を遮る石ころが、

 数秒後にアリカの害となる全ての“危険”の軌道が……カサンドラには見えている。

 《地獄門》のような初見殺しのスキルであろうと、気配皆無からの不意討ちであろうと、全ての危険の範囲とタイミングを把握してしまう。


 そして、<マスター>であるアリカはその“未来視”を使いこなしている。

 かつて、【ガイスト】や鈍足の【マーシャルⅡ】に乗っていたころは未来視に動きがついていかなかった。

 だが、超音速機【ブルー・オペラ】を得てからのアリカは違う。

 全てを視て、全てを回避する。

 “絶対回避”。

 彼女が戦闘特化の<マスター>として名を馳せた理由――“その半分”である。


 ◇◆


「“未来視”、か。こちらの攻撃は全て読まれている……と見るべきだな」


 “未来視”を使う存在など、無数の戦闘経験を持つ張ですら知らない。


「だが、俺が知らないだけなのであろう」


 自分が知らないものでも、目の前に起きている事象の答えとなりえるのならば否定する意味はない。

 張はそう考えたし、それは完全に正解だった。

 そして、張はこうも考える。


(ならば、どれほど先が視えているか……)


 仮にこの戦いの結末までも見えているとすれば張に勝ち目はない。

 だが、それはないと張は判断した。


(それほど未来が視えているならば、もっと上手い手が幾らでもあったはずだ)


 それこそ、張の下に珠が届くより先に配達人を押さえることさえできただろう。

 あるいは賭博場での立ち回りももっと適切になっていたはずだ。

 そうでない以上、“未来視”は精々で数秒なのではないかと考える。

 もっと長ければ、既に決着がついているだろうから。

 その考えは、やはり正しい。


(つまりは――数秒先の未来が視えたときには、もう回避できない(・・・・・・・・)状況に追い込めばいい)


 張には、それを成せる切り札が一つだけあった。

 張は無言のまま、自身が騎乗した一匹を除く屍龍……既に地に落ちたものも含めた四匹に目を向ける。


(最後の務めだ。……往け!!)


 張の意を受け、三匹の屍龍が間隔をあけて飛び交い始める。

 まるで【ブルー・オペラ】を取り囲むように飛翔する。

 しかしその包囲の間合いは広く、ブレスも届かない距離だ。


『うん? ……ああ、なるほどね』


 アリカは何かを察したように声を発するが――そのときには既に変化が生じている。


 始まりは、不意討ちの代償として地に落ちた一匹の屍龍。

 その遺骸が弾け、無数の【符】が風に舞った。

 呼応するように、張が騎乗するものを除いた三匹の屍龍も弾け、【符】を空中にばら撒く。

 無数の【符】は渦を巻き、鳥籠のように……あるいは台風の目のように空中の【ブルー・オペラ】を中心に捉えている。

 それは広い間合いであったが、【符】と【符】の間に【ブルー・オペラ】の機体が抜け出る隙間はない。

 その【符】も徐々に間隔を狭めながら隙間をなくし、【符】で形成された巨大な球状檻となって完全に【ブルー・オペラ】を閉じ込めた。

 【符】の一つでも、触れれば【ブルー・オペラ】を内側に跳ね飛ばす程度の威力を発揮するだろう。

 それは鳥籠にして、棺。

 【大霊道士】張葬奇が放つ、最大最強の魔法の発動態勢。

 その名は、


「《真渦真刀――旋龍覇》!!」


 内部の全てを強大な風の刃を以って断裁する必殺魔法。

 全ての【符】を費やして放たれる、かつて<超級激突>であの迅羽が用いた《爆龍覇》と同等にして別属性の大魔法。

 四匹の屍龍を犠牲にして放たれた切り札。


 その起死回生の一撃は――確実に【ブルー・オペラ】を効果圏に捉えた。


 ◇◆


 【ブルー・オペラ】を《旋龍覇》に捉えたことでこの戦いの趨勢は既に決まった。

 《旋龍覇》の威力は絶大だ。

 当たりさえすれば、【ブルー・オペラ】を微塵に変えるのに十二分な破壊力がある。

 仮にアリカ自身が【救命のブローチ】を身に着けていても、連続する破壊の嵐によって【ブルー・オペラ】は確実に破壊される。

 そうなれば確実に、アリカは敗れる。

 そうして、この戦いは終わる。

 張の勝利で決着する――




『――《災姫は終焉に(カサン)瞼を閉じる(ドラ)》』




 ――未来(・・)が失われて。


 ◇◆


 張には、理解できなかった。


 この戦いの中、張はその戦闘経験からアリカの手の内の多くを暴き、察していた。


 だが、今このとき、目の前で起きていることが張には理解できなかった。


 必殺の嵐の中から……当たり前のように【ブルー・オペラ】が抜け出してきた。


 【ブルー・オペラ】が撃ち放った弾丸が、雷電の守りをすり抜けて、張の騎乗した屍龍の額と【符】を貫く。


 仮初の生を支えていた【符】を破壊され、屍龍は全ての機能を停止して落下する。


 その背に立っていた張の右腕が、飛来した砲弾で弾け飛ぶ。


 【ブルー・オペラ】が千切れた右腕を……その手が握っていた珠を回収する。


 地に落ちる一人と一匹に、【ブルー・オペラ】は無数の金属缶――【グレネード・ボム】をばら撒いた。


 屍龍の遺骸が、瀕死の張が、炎によって染め上げられる。


 張は、自分がなぜあの状況から敗北したのか最後まで理解できぬまま、……炎と共に砂漠へと落ちていった。


 そうして、敗北者には理解不能のまま、砂漠の戦いは終焉を迎えた。


 To be continued

余談:

【超越演算機 カサンドラ】

TYPE:ワールド・カリキュレーター(アームズ派生オンリーワン)

【撃墜王】AR・I・CAが有する義眼型の<超級エンブリオ>。

数秒以内にAR・I・CAの周囲で起きる全ての“危険”の範囲とタイミングを把握する<エンブリオ>。

AR・I・CAの視覚では、危険の発生が近づくとその範囲の色が変色して見える。

この色は「およそ通常生きていれば視ることのない不可思議な色合い」であるらしい。

未来の“危険”を視ることができるが、これは演算する対象の数によって先読み可能な時間が変化する。

一対一の戦いならば十秒近い時間を先読みできるが、雑多な乱戦となると二秒前後にまで先読みが絞られてしまう欠点がある。

そうであっても、彼女の操縦技術と超音速機である【ブルー・オペラ】に攻撃を命中させることは困難である。


《災姫は終焉に瞼を閉じる》:

カサンドラの必殺スキル。

現時点での詳細不明。

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― 新着の感想 ―
一定時間、無敵化するスキル、なのかなぁやっぱり。 危険回避の究極系。無敵ならば危険じゃない的な
時を消し飛ばせ!キングクリムゾンッ!!
認識を閉ざす、つまり自らに迫る危険を無かったことにするスキルか?
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