第三十話 模倣
追記
※華道と茶道間違えてたので直しました。
□トルネ村
『一人、生き残りやがったか』
破壊の結果の一つである土煙が晴れると、そこにはバルバロイ以外にも二人の姿があった。
バルバロイがあえて残していた一人を除いても、まだ生き残りがいた。
あえて残していたのは、彼女の偽者だったヴァーミン。今は頭を抱えたままうずくまっている。
バルバロイの意図によらず生き残ったのは、<ソル・クライシス>のオーナーであるダムダム。ただし右腕が欠けており、五体満足とは行かない。
痛覚をオフにしているので、ダムダムは痛みを感じていない。しかし、五体の喪失感に脂汗をかきながら、吐き捨てる。
「……化け物め、てめーも上級職だろうに」
『ビルドの研究と、スキル使用タイミングの研鑽に費やした労力、あとは<エンブリオ>の特性の差だろうよ』
「ちげーねー……ちげーねーぜ」
そう言って、ダムダムは自嘲するように苦笑する。
「まったく、運営連中は可能性だ何だと言っているが、<エンブリオ>は理不尽と不公平の塊だ。こいつみてーな人を騙すことにしか使えないポンコツもいれば、てめーみたいに一人で相手を蹂躙できるバケモノもいる。不公平極まりねーぜ。だがまぁ……」
言葉を区切り、ダムダムは苦笑を不敵な笑みへと変える。
「それでも、俺は俺の<エンブリオ>を気に入ってるんでね。俺の地力の差で勝ちきれないとしても、こいつの力であんたを一割削ってみようか」
ダムダムは鉈にも似た片刃の剣を逆手に構える。
それは長剣には短く、短剣と言うには長い剣。
それこそが彼の<エンブリオ>であった。
そうして、<凶城>の元オーナーと、<ソル・クライシス>のオーナーは向かい合う。
ダムダムは刃を構えたままジリジリと動き、対するバルバロイは完全な不動。
速度型が攻撃の機を窺い、耐久型がそれに対応する。至極真っ当な戦いの形。
だが、両者には大きな違いがある。
(バルバロイのMPは……もう残っちゃいない。好機は、ある)
バルバロイを《看破》しながら、ダムダムは思考する。
《アストロガード》と必殺スキルの発動でバルバロイのMPは底を突きかけている。そして《シールド・フライヤー》の連続使用でSPも一割を切った。
ほんの数秒も待てば、パッシブスキルの消費でMPが完全な0になる。
その瞬間こそ、ダムダムにとって唯一無二の好機。
そうして彼は待ち、バルバロイも彼を待つ。
そして、バルバロイのMPが0になる瞬間が訪れ、
「オォ!!」
ダムダムが雄叫びと共に真正面からバルバロイに向けて疾走する。
バルバロイがそれに対応し、己の盾で粉砕するべく動く。
真っ直ぐに突き進むダムダムは、まるでバントに当たるストレートボールのように盾と接触し、
「――《今、アナタの後ろにいるの》!!」
――その姿を消した。
ダムダムの姿は、バルバロイの真後ろの空中にあった。
それこそが彼の<エンブリオ>である剣、メリーのスキル。
相手の背後に瞬間移動し、直後の攻撃の威力を十倍加するスキル。
(貰ったぞ!!)
ダムダムは勝利を、バルバロイのHPを一割削ることを確信してメリーを振るう。
今のバルバロイにはMPがなく、《アストロガード》を始めとした防御スキルを使用することはできない。
ゆえに、この攻撃は素の状態のバルバロイを切り裂き、HPを削ることを確信できる一撃だった。
ダムダムはそう考えた。
――バルバロイの鎧の一部から、何か筒のようなものが飛んでいくまでは。
その筒は、速度型であるダムダムの目には何であるかが判別できた。
それは薬莢。
鎧の中からなぜか、拳銃を撃った後の排莢のように薬莢が飛んでいったのだ。
(今の、は?)
その意味をダムダムが考えつくよりも早く、メリーの刃はバルバロイの延髄へと達し、
『――《アストロガード》』
バルバロイが発動させたスキルによって、阻まれた。
MPが枯渇して使えなかったはずのスキルによって。
「何が、……!」
ダムダムが状況を理解するより早く、バルバロイが動く。
背後に向き直りながら、両手から盾を放し――両の手を貫手の形にしてダムダムに向ける。
空中にあるダムダムにそれを避ける術はなく、
『――《ダブル・ガントレット・トリガー》』
大砲が放たれるような轟音と排莢される二つの薬莢。
そして――射出される篭手。
篭手は狙い過たず、ダムダムの腹部を捉える。
「が、は……!」
絶大な威力を有している想定外の攻撃。
一撃目は、【救命のブローチ】で耐えた。
しかし続く二撃目によって、ダムダムは身体を上下に別たれた。
「な、ん……」
『鎧の形を模倣する前に……装備スキルくらい知っておくべきだったな。もっとも、どこにも漏らしてねえから知りようもなかっただろうが』
上半身と下半身が別々に地面に落ちるダムダムに対して、バルバロイは手元に戻ってきた篭手を装着しながらそう述べた。
そう、枯渇していたはずのMPの回復も、今の攻撃もバルバロイの特典武具によるものだ。
伝説級武具【撃鉄鎧 マグナムコロッサス】。
これがなぜ【撃鉄鎧】の名を冠するかといえば、装備スキルのコストに銃弾型のカートリッジを用いるからだ。カートリッジの中身は、事前にバルバロイが込めたMPである。
【撃鉄鎧】の装備スキルの一つ、《ガントレット・トリガー》はカートリッジのMPを全て消費して篭手を射出するスキル。単純なダメージで言えば、必殺スキルに次ぐ威力を持つ。
そしてもう一つのスキル《チャージ・トリガー》は、カートリッジに込めておいたMPを戦闘時にバルバロイへと注入し、【ポーション】の服用よりも遥かに高速且つ効率的にMPを回復するスキル。一度の使用で五割は回復できる。
カートリッジは最大で六発。今日の昼には全てのチャージを終えた状態であった。
それは即ち、戦闘開始時点で三回分はMPを全快できるだけの備えがあったということ。
そう、最初から<ソル・クライシス>との戦闘中にMPが尽きることはなかった。
<ソル・クライシス>はMPさえ尽きればバルバロイに勝てると思っていたが、バルバロイはそもそもMPの心配などしていなかったのだ。
そうでなければ、《天よ、重石となれ》を展開しながら一人一人《看破》することも、《天よ、重石となれ》を解いてあえて戦わせることもなかっただろう。
むしろ、MPが切れると誤認させて相手の動きを誘っており、……それもやはり理詰めだった。
「ちっくしょー、いけたとおもったんだがなー……」
上半身だけだと言うのにダムダムはまだ口が利けた。
『……メリーさんじゃなくてテケテケみたいな有様の割りに元気そうだな。そういうスキルでもあるのか?』
「ねーよ。HPがちっとだけ残っちゃいるが、この【出血】ですぐ死ぬってーの」
ダムダムの言葉通り、今はデスペナルティまでの多少の猶予に過ぎず、じきに消えることだろう。
「あーあ。これで目論見はご破算、メッキもはげて、箔もなし。<ソル・クライシス>もおしまい、か……」
「美味かったんだがなー」、とダムダムはホンの少しの悔やみと共に呟く。
そんな彼の姿に、かつて彼と同じくPKクランを率いていたバルバロイは、少し考えてから二言だけ添えた。
『次はまともなPKクランを作りな。そっちなら……まぁ、二流までは確実にいけるだろうよ』
その言に、ダムダムは苦笑する。
「はは……、まともなPKクランって、なんだー?」
その一言を最後に、<ソル・クライシス>のオーナー、ダムダムはデスペナルティとなって消えていった。
◇
『……で、あとはお前だけだな』
ダムダムとの戦闘を終えたバルバロイは、振り返りながらその人物――偽バルバロイことヴァーミンを見る。
「…………」
ヴァーミンは無言のまま、地面に突っ伏して震えている。
その震えは少しずつ大きくなり、
「……クァハハハハハ! バカが、どいつもこいつもあっさり負けやがった!」
全身が震えるほど、腹の底から笑っていた。
「<ソル・クライシス>なんざ、所詮は俺のスキルがなけりゃうだつのあがらねえ寄生虫共だったってことだ!」
『クハハ、お前が言うか? それ』
「うるせえぜ! 負け犬なら負け犬らしく、引退でもしてりゃあいいものをこんなタイミングで出てきやがって!」
砕けかけた鎧をガシャガシャと鳴らしながら立ち上がり、ヴァーミンはバルバロイを指差す。
「それに、どういうつもりだぁ?」
『何が?』
「さっきから俺を狙わなかっただろうが!!」
ヴァーミンの怒声に、バルバロイは嘆息して答える。
『だって、お前。防御スキルをこれでもかってくらいブン回してたろ』
バルバロイは自分の偽者を、心情から残したわけではない。
ヴァーミンが徹頭徹尾防御スキルを使用し続けており、「これを倒す前に他のが全員倒せる」というほどに防御を固めていたからだ。
『お前も【鎧巨人】だから《アストロガード》は使える。加えて、蹲っていたのはサブに置いた【獣拳士】の《甲亀の構え》と、【僧兵】の《五体投地結界》。どれも防御を数倍化するスキルだから、そこまで重ねりゃ俺でも硬くて通らねえよ』
「……ズイブン、詳しいじゃねえか」
自身の使用していたスキルを正確に指摘され、ヴァーミンは内心で心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
『クハハ、これでもビルドを見直したばっかりでな。それらのジョブも考慮には入ってたから調べたのさ』
実際、防御力を跳ね上げ、《解放されし巨人》の攻撃力を最大とするならばその選択もないではなかった。
結果的には『両手で頭を抱えないと使えない《甲亀の構え》や、地に伏さないと使えない《五体投地結界》は、《アストロガード》以上に制限がきつくて実戦での使用が難しい』と判断して組み込まなかったが。
『で? そうして防御を上げてひたすら耐えていたお前が、起き上がった理由は何だ?』
「てめえをぶっ殺す準備が出来たからに決まってんだろうが!!」
ヴァーミンの左手が発光し、その掌中にあるものが握られる。
それはペン。紫水晶の如く光る発光体で形成された万年筆だった。
それこそがヴァーミンの<エンブリオ>、アマノジャクである。
「《偽装ノ花嫁》!!」
ヴァーミンは手にしたアマノジャクを、自身の握力で握り潰した。
同時に――アマノジャクの必殺スキルが……<ソル・クライシス>のメンバーに対してすらひた隠しにしていた切り札が発動する。
直後、ヴァーミンの全身をアマノジャクのものと似た紫色の発光が包みこんだ。
「これで……俺の勝ちだ!」
『……なるほど』
《看破》を使用していたバルバロイには、ヴァーミンの変化がわかった。
ステータスやジョブ構成が、バルバロイのそれと同じものに変化している。
そう、装備の補正も含めた攻撃力や防御力以外は、今のバルバロイのステータスとぴったり同じなのだ。
ヴァーミンのやっていたことを考えれば、偽装に思える。
だが、それがただの偽装ではないと……バルバロイは経験から踏んだ。
『表記だけでなく……本当に相手と同一の能力を獲得するスキルか』
「ご明察だ、コピー元!! <エンブリオ>も含めて、俺はお前と同じ力を手に入れた!」
バルバロイは考える。
それが可能であるかを。
結論は……可能だ。
<エンブリオ>の破壊がコストだからこそ可能な、破格のスキルである。
(恐らく、制限はあるのだろう。例えば、自分より合計レベルの高い相手や、到達形態の勝る<エンブリオ>は完全なコピーができない、というのは当然あるはず。それに時間制限もあるだろうな)
バルバロイの考察は正しい。
だからこそ、今の《偽装ノ花嫁》は正常に機能している。
振り直したビルドのレベル上げ途中であるバルバロイの合計レベルはカンストしたヴァーミンよりも低く、<エンブリオ>は同等の第六形態であるのだから。
「てめえの戦いをたんまり見せてもらって、スキルの使い方も分かった! すげえパワーの必殺スキルも、【盾巨人】の攻撃スキルも、俺を【拘束】した重力結界もな!」
『そのために防御に徹して最後まで様子を窺っていたわけか』
「その通り! だから俺はお前と同じように戦える!! だが、違うこともある!」
ヴァーミンはアイテムボックスから盾を取り出しながら、吼える。
「クールタイム中のてめえと違って、俺はまだ必殺スキルを使えるんだよぉ!! 《天よ重石となれ》!!」
ヴァーミンは先ほど自分が使われていた《天よ重石となれ》をバルバロイに使用し、加重結界の虜とする。
彼我の距離に対応した四百倍の重力がかかり、バルバロイは膝こそつかなかったが降りかかる重力に身動きが取れなくなる。
コピーとはいえ、それはバルバロイの使用したものと寸分違わぬ威力だった。
「《アストロガードォ》!!」
そうしてヴァーミンは、バルバロイが必殺スキルの直前にしていた行動をなぞる。
「これでぇ、終わりだぁ!! 《解放されし巨人》!!」
ヴァーミンはアトラスの必殺スキルを発動する。
瞬間、《アストロガード》によって得た防御力が更に絶大な攻撃力に置き換わる。
同時に、ヴァーミンはバルバロイに向けて駆け出す。足元の地面は、彼の得た攻撃力によって踏んだ端から爆砕を繰り返している。
ヴァーミンは今まで感じたこともないほどの攻撃力に身震いしながら、バルバロイへと走る。
ヴァーミンの視界の端、簡易ステータスに表示された攻撃力は十万オーバー。
既に重力で動きは押さえ、《アストロガード》を使おうと防ぎきれる威力ではない。
ヴァーミンは勝利を確信した。
だから、
『――外せ》。四つ目の指摘が要るなぁ、《天よ重石となれ》』
バルバロイが重力結界を発動させたときも鼻で笑った。
「バカがぁ! この圧倒的パワーを前に、その程度の重力がどれほどの……」
彼は、己が得た力で容易く重力結界の中を押し進み、バルバロイを倒す光景を幻視していた。
しかし――現実のヴァーミンはバルバロイに届く前に彼の肉体はその動きを停止した。
「…………あ?」
それこそ、ヴァーミンが発動させた《天よ重石となれ》で動けなくなったバルバロイと同じように、彼は止まっている。
「ば、馬鹿な! このパワーだぞ! こんなもの動けなくなるはず……!」
ヴァーミンは困惑した。
こんなことになるわけがない、と。
訳が分からぬまま足掻き……、しかし抜け出すこと叶わないまま十秒が経過して《解放されし巨人》は解除された。
「な、な……なんでだ?」
『お前、さっきからパワーパワーって言ってるけどよぉ』
何も理解できないといった様子のヴァーミンに、バルバロイが嘆息しながら言う。
『それ、何のことを言ってるんだ?』
そんな、ヴァーミンからすればそれこそ何のことかわからない言葉を。
「こ、攻撃力に決まってるだろ! あれだけの攻撃力があってどうして……」
《解放されし巨人》を使用時のヴァーミンの攻撃力の発揮値は、十万オーバーだった。コピーできなかった装備の分だけバルバロイよりも落ちてはいるがそれでも常人の一万倍。
たしかに絶大な攻撃力である。
だが、それは……。
『だから、攻撃力なんだろ? STRじゃなくて』
「…………え?」
バルバロイはステータスを表示しながら、こう言った。
『STRは攻撃力に寄与するが、攻撃力はSTRに寄与しない。そして……《解放されし巨人》はSTRではなく、攻撃力を直接跳ね上げるスキル。どれだけ攻撃力を発揮したところで、STRはスキル発動中に欠片も増えてねぇんだよ』
『簡単なたとえ話をしてやろう』とバルバロイは指を振り、ある例えを出す。
『凄い攻撃力の銃があったとして……それを持つ奴のSTRまで凄いことになるか?』
「…………あ」
ようやく、ヴァーミンにも理解できた。
つまり《解放されし巨人》は攻撃力……外界への影響力は跳ね上げるが、自身の筋力をプラスする効果はない。
当然、脱出にSTRを要する重力結界への対抗力も、《解放されし巨人》の発動前と何も変わっていない。
ステータスのコピー元であるバルバロイが動けないならば、ヴァーミンも動けないのが道理だった。
「…………あれ?」
そこで、気づく。
コイツ、さっきから重力結界の中で動いてないか、と。
「お、お前、どうして!?」
『さぁあ? どうしてだろうなぁ』
バルバロイは笑う。
種を明かせば、バルバロイは《天よ重石となれ》と同時に別のスキルを使用している。
それは《地よ楔を外せ》という名の、重力低減スキル。
<K&R>との戦いでは盾の遠投に使用したが、それを自分に使えば《天よ重石となれ》の高重力環境でも普段どおりに動くことが出来る。
「お、お前に出来るなら俺だって出来て……」
『そりゃあ出来るだろうよ。分かればな』
「……ッ!」
バルバロイの言葉に、ヴァーミンが息を呑む。
『お前の必殺スキル、相手の能力を完全コピーできても……情報はウィンドウに載ってないんだろ』
「!?」
ヴァーミンは言葉を失う。
なぜ分かった、と。
『ちゃんと説明が載ってれば、あんな失敗もしないし、この重力から逃れる術も分かるはずだもんな』
それは可能だ。コピーした中には、当然《地よ楔を外せ》も含まれている。
だが、ヴァーミンにはそれがどれかは分からない。
先刻の<ソル・クライシス>のメンバーとの戦いで、バルバロイはそのスキルを使っていなかったのだから。
ヴァーミンは答えには絶対たどり着けないし、スキル宣言も出来ない。
何も知らないまま桁数も不明なパスワード入力に挑戦するのと等しい。
それが、ヴァーミンのコピーの限界。
たとえ完全にコピーし、理解したと思っていようと、彼は自分の目に見えた表面の部分だけで理解した気になっていただけなのだ。
それがスキルに限らない今の彼の本質だからこそ、バルバロイに扮しても上っ面だけの偽者にしかなれなかったのだ。
『それに、だ。お前がガン積みしてた防御スキル……あれは相手の攻撃に耐え続けて手の内を明かさせるためのものだろ? 相手がどんなスキルを使うか見極めてからコピーして反撃するための戦術だ』
「…………」
ヴァーミンはバルバロイの戦術と力を理解しきれなかった。
だが、バルバロイはヴァーミンの戦術と力を読みきっている。
そこには明確に、ステータスや<エンブリオ>では測れない両者の差があった。
『さて、そろそろ終いにするか。もうじき五分だしな』
バルバロイは、高重力の中を《地よ楔を外せ》を使いながらどこ吹く風で歩いてくる。
両手には盾ではなく、ダムダムを葬った貫手――《ガントレット・トリガー》を構えている。
《アストロガード》の防御を超えて致命打を与えるために。
バルバロイが近づく様に、ヴァーミンは真っ二つになった自分を想像した。
「ヒッ!? か、解除! 《甲亀の構え》! 《五体投地結界》!! 《アストロガードォ》!!」
ヴァーミンは恐怖から《偽装ノ花嫁》を解除し、本来の自分のスキル構成に戻る。同時に、三つの防御力数倍化スキルを使用し、蹲って守りを固めた。
『またそれか? そんなに土下座が好きなのか?』
「う、うるせぇ! だ、だがこの状態になれば、お前も手が出せないはずだ! この完璧な防御なら……!」
必殺スキル発動中でも、ヴァーミンを攻撃するのを避けていたくらいなのだから。
必殺スキルを使えない今は打つ手はないはずだ、とヴァーミンは考えた。
だが、
『いやぁ? お前のその完璧な防御だけどな。簡単に破れるぞ』
「は、ハッタリを……」
「ハッタリを言うな」とヴァーミンが言おうとした最中……その身体が持ち上げられた。
持ち上げたのは無論バルバロイ。彼女はそのままヴァーミンを……村の中を通る農業用水路に放り込んだ。
成人男性の腰ほどの水深の水路に、ヴァーミンは水没した。
「がぼっ、みゃみをみやまる、……ッ!?」
「何をしやがる」、彼は起き上がってそう言おうとしたのだろう。
だが、それは叶わない。
まるで何かに押さえ込まれたように、水中から起き上がれないからだ。
言うまでもなく、《天よ重石となれ》である。
ヴァーミンは水底に沈んだまま、重力に押さえつけられていた。
そんなヴァーミンを、水路の傍からバルバロイが見下ろす。
『別に、殴るだけがPKする手段じゃねえ。防御力が高くても、窒息死なら関係なくHPが削れて死ぬ。だから欠陥なんだ、お前の完璧な防御は。身を守ることしか考えてないから、物理ダメージ以外の死に方が迫ってきても避けられねえ』
バルバロイのそんな言葉が、水中のヴァーミンに届いているかは分からない。
彼は身動き一つ出来ないまま、苦悶の表情を浮かべ、肺腑から空気をこぼれさせている。
『ああ、ついでにこれは俺の体験談だが……窒息は苦しい。このゲームは自分で設定しない限り痛覚は痛みのない衝撃に置き換えられるが、窒息の苦しみは変えてくれないんでな。心を折るにはこれが効く。【超闘士】と俺のお墨付きだ』
『空からのパラシュートなしダイビングも捨てがたいが、あっちは俺一人じゃ限度があるしな』、ともバルバロイは言った。
『それと、聞こえてねえかもしれねえが……俺を騙ったお前に対して五つ目の指摘をさせてもらう』
水底に沈むヴァーミン……己の模倣者に対し、オリジナルとして言わねばならないことがあった。
『勉強でも茶道でも、それこそゲームのプレイングでも……模倣から始めることは何も悪いことじゃない』
始まりは誰しも模倣。そこから始めて、努力と共に磨き上げて、徐々に自分自身の力をつけていく。
いわゆる守破離の考えだ。バルバロイとて、このビルドや戦術は多くの先人のビルドを部分的に模倣し、データを元に磨き上げ、作り上げたもの。
だから、ヴァーミンが己の姿を模倣して騙ったことについて、悪質ではあってもバルバロイは怒りを覚えなかった。
怒りを覚えたのは自身のクランを貶めたことと、レイの邪魔をして嘲笑ったことだけ。
そもそも<凶城>のオーナーであったころの自身を真似れば、あれに近いことにはなると考えてもいた。
だが、
『けどな……努力の無い模倣は何にも繋がらねえんだよ』
ヴァーミンは形だけだった。バルバロイを騙ることにも全力ではなく、ただ名前や外見、バルバロイがロールプレイしている粗暴さだけを真似した劣化コピーで満足していた。
だから、この水底が終着点になってしまったのだとバルバロイは静かに語った。
ただ、もう一つだけ、付け足したいことがあった。
『ああ、でも、最後の戦い方。あれは相手を模倣するスキルではあっても、模倣を使いこなすためにお前が考えたオリジナルだろう。欠陥はあったが、あれはお前の<エンブリオ>とシナジーしている。もっと磨けば……』
しかし、それはもうヴァーミンには聞こえていなかった。
彼の身体はもう、光の粒子に変わっていたのだから。
同時に、彼の持っていた多数のアイテムがばら撒かれる。
『…… “自害”したか』
窒息の苦しみがあと数分続くよりも、大量のアイテムを失ってでも“自害”で楽になる道をヴァーミンは選んだ。
心が、折れたのだ。
◇
最後の一人がデスペナルティとなり、偽者のバルバロイを立てた<ソル・クライシス>と、本物のバルバロイの戦いは終わった。
結果からすれば、人数差を覆して本物の圧勝であった。
バルバロイがダメージを受けたのはダムダムの必殺スキルを使用した一撃のみで、提示した一割のHPも削られることはなかった。
だが、バルバロイは思う。<ソル・クライシス>は弱い集団ではなかった、と。
魔法攻撃職を最初に潰していなければ、戦いの流れは読めなかった。
速度型の足を潰しておかなければ、より戦闘が長引いていた可能性は高い。
ダムダムにもう少し攻撃力か、強力な状態異常の特典武具でもあれば趨勢が傾いた可能性もある。
ヴァーミンが本当にバルバロイの力と戦い方を使いこなしていれば……今日の戦いよりも前に、模倣したバルバロイをもっと研究していれば、敗れていたかもしれない。
何より、彼らが連携や戦術などPKクランとしての手腕をもっと磨いていれば……。
これは、そういう戦いだった。
ヴァーミンという男がやっていたことは……<ソル・クライシス>というクランがやっていたことは、結局は五つ目の指摘の内容そのままだったのだろうと、バルバロイは思う。
彼らが本当にPKクランとしてビッグネームになりたいのなら、努力ある模倣をしなければならなかったのだ。
クランとしての努力をしないまま大きくなりかけて、そして自分の手で壊滅した<ソル・クライシス>というPKクランに、バルバロイはPKとしても元クランオーナーとしても……多少複雑な思いを抱いた。
だが、今はそればかり気にかけている時間はない。
『……さて、こっちは片付いたし、レイのところに急ぐか』
【モノクローム】の攻撃再開も近い。
バルバロイはあれに対して打つ手は何も持っていなかったが、それでも壁役としてレイの盾にはなれるだろうと考えた。
トラブルに首を突っ込んでいくあの危なっかしくも優しい後輩を、少しは守ってやらなければと……、先輩らしくそう思いながらバルバロイはレイとの合流に急ぐのだった。
To be continued
余談:
《今、アナタの後ろにいるの》
<ソル・クライシス>のオーナー、ダムダム・ダンの<エンブリオ>メリーの必殺スキル。
相手の後方に瞬間移動し、さらに一撃だけ攻撃力を十倍化する。
消費MPとクールタイムは瞬間移動した距離によって異なるが、最大で五百メートルは跳べる。
欠点は相手の後ろにしか跳べないため、ネタが割れるとカウンターを仕掛けられやすいこと。
長所は初見殺しであり、無警戒な相手に最大距離で使用すればほぼ確実に最大効率の一撃を与えられる。
今回は録画の必要や<ソル・クライシス>がPKしたと証明するために姿を現したが、前触れなくこのスキルで奇襲されていればレイも危なかった。(少なくとも【ブローチ】は壊されたはず)
後のバルバロイ曰く、『……いや、他のメンバーだけレイの前に出しておいて、本人は察知されない位置から跳んできて奇襲しろよ』とのこと。
やはり<ソル・クライシス>はPKクランとしての戦術の練りが甘かったと言える。
作中の戦いにおいて、バルバロイが背後に跳んだダムダムに対応できたのは、「相手の姿が見えなくなったら奇襲を警戒して防御スキル使用」という動きを反射的に実行するほど経験を積んでいたからである。
なお、メリーは追跡と奇襲に特化した<エンブリオ>である。
《偽装ノ花嫁》
<ソル・クライシス>のサブオーナー、ヴァーミンの<エンブリオ>アマノジャクの必殺スキル。
半径二十メートル以内の任意の人間のステータスとスキルを完全コピーする。<マスター>の場合は<エンブリオ>も含まれる。
ただし、相手の合計レベルがヴァーミンを上回っていた場合は、その割合に応じてステータスやスキルの威力が下方修正される。
また、コピー中は自身の元々有していたスキルは使えず(コピー相手が同じスキルを持っている場合は別)、ウィンドウに相手のスキル情報が一切記載されないという制限もある。
そのため、使いこなすにはコピーする相手の能力を把握する必要がある。その努力を怠れば、数値上は完全コピーでも劣化コピーにしかならない。
また、使用のためのコストとしてアマノジャクを破壊する必要がある。
代わりに、コピー後は一時間経過するか自分で解除するまでコピーが継続する。
なお、アマノジャクは偽装と模倣に特化した<エンブリオ>である。




