第二十七話 <ソル・クライシス>
□【聖騎士】レイ・スターリング
「どこを捜しますか?」
「祭りの会場と、家の間の道を重点的に走ります! 先輩は周囲の確認を!」
「分かりました」
俺と先輩を乗せたシルバーが、燃えるトルネ村を駆ける。
一時間前までは笑顔に溢れ、賑やかなれど穏やかな時間が流れていた村。
けれど今は人の姿はなく……羽が燃え落ちて骨組みだけになった無数の風星が、楽しかった時間が終わったことを告げている。
今のトルネ村は、頭上の【モノクローム】とは違う黒に満ちている。
燃やされ、焼け焦げた末の黒。
家屋が、そして馬などの家畜が燃やされて、黒い炭となっている。
この黒い炭の中に、人の……そしてリューイのものが含まれていないでくれと祈りながら、俺はリューイを捜す。
「……?」
そんな折、何かに気づいたのか先輩が俺の脇腹をつき、耳元に小声で話しかけてくる。
「私の《殺気感知》スキルに反応がありました」
「ッ! 【モノクローム】ですか?」
「いえ。あれではありません」
「そもそもあれには殺気がありません」と言葉を繋げてから、こう言った。
「複数の殺気がこちらに迫ってきています」
「え?」
先輩の言葉の意味が、一瞬分からなかった。
こんなときに何者が?
しかしその疑問を口にするよりも早く、
「――《電気羊の夢》」
どこかから、そんな言葉が聞こえてきた。
直後に、シルバーが足をもつれさせて、走っていた勢いのまま地面に横転する。
俺は義手を手綱にホールドしたままだったので諸共に倒れ、先輩は……瞬間的に飛び降りて綺麗に着地していた。
「ッ、一体……何が?」
俺は義手のホールドを外し、立ち上がって状況を確認する。
傷は幸いにして今のHPからすればさほどのダメージでもなく、【BRアーマー】の《血流再生》でも一〇分かからずに完治するだろう。
だが、問題もある。
「シルバー、どうした!」
横転したシルバーは、そのままピクリとも動かない。
まるで壊れてしまったかのように何の反応も返さない。
機能不全……? でも、どうして、今?
「そいつは半日は動かねーだろうぜ」
不意に、そんな声を掛けられた。
声に振り向けば、赤い丸と黒い丸を重ねたマークのバンダナを頭に巻いた目つきの悪い男だった。
いや、その男だけでなく……周囲には同様のマークをつけた集団が十数人いる。
俺と先輩は、そいつらに囲まれている。
「こいつの<エンブリオ>、グレムリンは機械を止めちまうからなー」
バンダナの男は顎をしゃくって傍にいた男を示す。
示された男は、ニヤニヤとした笑いを浮かべている。
……なるほど、説明と態度でわかった。シルバーが止まったのはこいつらのせいで間違いないらしい。
「何のつもりだ?」
「おめーに用があるのさ、“不屈”のレイ・スターリング」
バンダナの男は、俺を“不屈”と呼んだ。
それは俺の通り名でもあり、さっき上空でもラングにそう呼ばれていた。
だが、眼前の男からはラングのような好意は全く感じられない。
「俺達は<ソル・クライシス>っつーPKクランだ。ああ、俺はオーナーのダムダム・ダン、ダムダムって呼んでくれや。短い間だけどな」
<ソル・クライシス>……なるほど、よく見れば見覚えがある顔がいる。
昼に屋台でモヒカンと揉めていた面子だ。
だが……あの鎧はいない。
「PKクランが何の用だ……とは聞かない」
こいつらは俺をPKする心算なのだろう。
こっちの足を潰し、わざわざ姿を現して名乗っているのは、「自分達が“不屈”を倒した」と後で証明しやすくするためだ。
誰がやったか分からない形で倒しては、下手人が不明瞭になるからな。
見れば、作業服の小男はカメラを回している。
「俺に用があるなら後に……上にいる【モノクローム】の事件が終わってからにしてくれ。今はやらなきゃならないことがあるんだ」
「ダメだな。こっちも今が一番好機なんだからよ」
好機?
「俺達<ソル・クライシス>はそれなりに名が知れてきたが、実績がまだまだだ。ここらででかい実績を積んで、<ソル・クライシス>の名をドーンと上げたくてね」
「……名を上げたいならそれこそ上の【モノクローム】を倒せばいいだろう」
「いやー、<UBM>を倒す奴なんてもうごまんといるじゃないか。それに、あれは手が出せない。相手にするだけ愚かってもんさ。おめーだって逃げ帰ってきたんだろ?」
「…………」
俺が逃げ帰ったことについて、返す言葉はない。
それでも、あのとき【モノクローム】を討つために空に上がった者を、地上から立ちむかった者を、何もしていない連中に侮辱されるのは腹が立つ。
「上の<UBM>は倒せねえがよー、ここには<UBM>よりもっといい獲物がいる。<超級>のフランクリンや、最強のPKクランなんて嘯いてる<K&R>でさえ倒せず、それでいてレベルが100にも達していない、実に美味しい獲物がな」
バンダナの男――ダムダムは俺を指差し、
「おめーのことさ」
笑いながらそう言った。
やはり、俺が狙いであったらしい。
だが……。
「……状況を考えろ!」
『クァッカッカ! バーカ! 考えたから今やってんだろうが!!』
俺の怒声に答えたのは、俺と会話していたダムダムではなかった。
横合いにあった焼け焦げた家屋を崩しながら、三メートルを越す巨大な鎧が姿を現す。
その鎧には、見覚えがある。
王都の噴水で見かけ、今日の昼に<モヒカン・リーグ>を脅している姿を見た。
いや、あの鎧は前にもどこかで……?
『ギデオンにいる間はいつも近くにランカーや【破壊王】がいたが、今はお前とその女だけ! トドメにこの混乱じゃあ通りすがりもいやしねぇだろう? 随分狙いやすい状況に来てくれたもんだぜ!!』
鎧の男はそう言って大笑いする。
余程の幸運を掴んだ、とでも言いたげだ。
「……ま、そういうこった。おめーが多人数戦や持久戦に弱いことは調べがついてる、この人数相手にどこまで頑張れるものかねー?」
「…………」
たしかに防御手段が回数制なこともあり、俺は多人数戦や持久戦は苦手だ。
……やっぱりフランクリンのせいで情報が知られすぎてるな。
『そしてぇ! こっちには切り札が……この俺がいる! <ソル・クライシス>のサブオーナーにして最強戦力であるこのバルバロイがなぁ!』
「……ぅ!?」
不意に、背筋が凍った。
奴が今の言葉を言った瞬間に、凄まじい怒気と殺気が放たれたのを感じてしまった。
その怒気と殺気の発生源は眼前の鎧…………ではない。
「……ふふ」
発生源は、俺の隣に立つビースリー先輩に他ならなかった。
なぜかは分からない。
今の先輩は、<K&R>の襲撃時とは比較にならないほどの威圧感を発している。
だが、俺が震えてしまうほどの殺気だというのに、先輩の表情はいつものクールなものだ。
……いや、訂正。よく見ると持っている盾の持ち手が歪んでいる。
なぜか分からないが、あの鎧に対して激怒している。
「その鎧、良いデザインですね」
『クハハ、そうだろう? これこそ【撃鉄鎧 マグナムコロッサス】! 俺がかつて<UBM>を倒して手に入れた特典武具よ』
「それはそれは。すごいですね」
だが、鎧の男は先輩の殺気にまるで気づいていないのか、自慢げに鎧を誇示している。
先輩も、二日間の付き合いの俺ですら分かるほどの作り笑いでそれに応じる。
「そんな鎧を着ているあなたは何者なのでしょう?」
『クハハ、さっきも言っただろうが。それに、この鎧を見ても分からないとはモグリだなぁお嬢ちゃん』
「…………ええ、それであなたのお名前は?」
鎧男よ、やめてくれ。
先輩の殺気が、女化生よりも恐ろしい域に達しかけている。
俺にも事情は分からないが、お前は確実に先輩の地雷を踏んでいる。
『クハハハ、俺は“蹂躙天蓋”のバルバロイ・バッド・バーン! かつてはクラン<凶城>を率い、今は<ソル・クライシス>のサブオーナーをやっている男だぜ!! どうだぁ!』
「――――そうですか」
……バルバロイとかいう鎧男も周りの連中も、なぜこの殺気に気づかないんだ。
…………ん?
「待った、バルバロイ?」
その名前は……。
「あ」
俺は、ちらりと横目で先輩を見る。
次いで、パーティの簡易ステータスも確認する。
……なるほど。
先輩が怒っている理由も、鎧男がどういう手合いかも、それで概ね理解できた。
『あぁん? お前まで俺をシラネエのかぁ? “不屈”よぉ』
「…………いや、知ってるんだよ。バルバロイ・バッド・バーン、ね。うん、すごい知ってるわ、その名前」
『クハハ! そうだろうそうだろう! 何なら、《看破》や《鑑定眼》で確かめてくれてもいいんだぜ?』
《看破》や《鑑定眼》、ね。
まぁ、そう言うってことは使えばバルバロイ・バッド・バーンの名前も、【撃鉄鎧 マグナムコロッサス】とやらの名前も表示されるんだろうけどさ。
……もう、俺には大方の事情が察せられているから無意味だ。
『このバルバロイと<ソル・クライシス>の勇名は、今日お前を倒すことでさらに飛躍する! いやぁ、昨日お前を噴水前で見つけてラッキーだったぜ!』
「まったく、テンションたけーなぁ。しかし、ま、こいつが昨日王都の噴水に独りでいるおめーを見つけたって聞いたときは一日早いエイプリルフールだと思ったぜ」
『クハハ、もっと信用しろよオーナー!』
……ああ、そういえば今日はリアルだとエイプリルフールだったか。
狙ったのかってくらいタイミングばっちりだ。
「レイ君」
「はい」
「ここは私に任せてリューイ君を捜しに行ってください」
「……こいつらに関わってる間にリューイの身に何かあったら大変ですからね。でも、お任せしても?」
「むしろ、私にください」
先輩はそう言って俺の背中を押す。
俺は頷き、動かないシルバーをアイテムボックスに回収して駆け出す。
『おい! この包囲から逃げられると……!』
俺達を包囲していた<ソル・クライシス>は、俺を逃がすまいと動いたが……。
「――《天よ重石となれ》」
直前に先輩が狼桜との戦いでも使用していた高重力結界を展開し、連中は地面に押し付けられる。
そうして<ソル・クライシス>の動きが封じられているうちに、俺は包囲網を脱する。
……<ソル・クライシス>のことは先輩に任せ、俺はリューイを捜すことに専念しよう。
それにしても世の中には変なことを考える連中がいるものだ。
そんな小細工、長続きする訳ないのに。
To be continued




