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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第四章 第三の力

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第十七話 駄犬と飼い主

 □【聖騎士】レイ・スターリング


「……え?」


 先輩の発した言葉に、思わず耳を疑ってしまう。

 あれが……“断頭台”カシミヤ?

 ……まぁ、迅羽の例もあるし子供であることはおかしくもない。

 ただ、山羊(カシミヤ)なのに格好が羊とか、今どこから湧いてきたのとか、「そもそもその体格で大太刀抜けるの? 手の長さ足りるの?」とか色々言いたいことはあるが。

 兄曰く「武器系は達人並の技術が要求される」という【(ザ・ワン)】に子供が就いているというのも不思議ではある。

 だが、ちょっと猛者を相手にしすぎたせいで目が肥えてきた俺から見ても……カシミヤが恐らくはフィガロさんや迅羽クラスの実力者であろうとは察せられる。

 それに、今気にすべきはカシミヤの放った言葉についてだろうな。


「ハンティングが終了、ということは<K&R>はもう撤退するってことか?」

「はい。もう他のグループは撤収しているのです」


 ……正直、助かったとしか言いようがない。

 王国最強PKクランのメンバーに袋叩きにされる流れになったら最悪だった。


「ダーリン! 悪いけど、その指示は聞けないよ! これはあたし達の雪辱戦の幕開けなんだからな!」


 しかし。狼桜だけは納得がいっていないように、オーナーであるカシミヤの言葉に抗っている。

 だが、


「雪辱戦?」


 雪辱戦とは何のことだろうか?

 俺達と戦うことがその幕開けだというが、俺達は<K&R>ともめたことなど一度もないはずだ。

 先輩は……あー、どうだろう、戦ったことあるみたいだけど。

 そんな風にあれこれ考えていたが、


「あのカルト連中……<月世の会>とつるんで何かを企んでいるこいつらを叩き潰して、それを狼煙にあのカルトの本拠地をブッ叩きに行くのさ!」


 そんな狼桜の発言で雪辱戦の意味は分かった。

 で、その発言に対して俺達は。


「「つるんでません」」


 打ち合わせしたわけでもなく異口同音に、俺と先輩はその返答をしていた。


「……なんだって?」

「同じ大学の知り合いですが、こちらでは特に提携していません」

「俺、昨日あいつらに拉致されて何とか脱出したばかりだから。それに本拠地は昨日フィガロさんに壊されたばかりだから、ブッ叩く必要すらないんじゃないか?」

「…………?」


 俺と先輩の言葉に、狼桜は首を傾げて考え込んでいる。


「いや、だってトミカがお前らとあの腰巾着な【暗殺王】が楽しそうに話した上に何か貰ってたって……」

「大学の知り合いですから話くらいはします」

「あと、貰ったのはあの人の分のお茶代だ」

「……………………」


 どうやらようやく理解してくれたらしい。

 というか、俺達があの女化生と一緒に悪巧み?

 冗談はよしてくれよ本当に。どういう勘違いだよ……。


「狼桜さん」


 己の勘違いに気づいたらしい狼桜は、カシミヤから声をかけられてビクリとその背を震わせた。


「お二方のおっしゃるとおりなら、ひどい勘違いで恣意的なハンティングをしたことになります。それはお二方にとって非常に迷惑であり、クランの理念ともそぐわないものです」


 うん、かなり迷惑だった。


「それに、そもそも件の雪辱戦自体を僕は許容したくないのです」

「え、だってあのカルト連中が……」


 狼桜はカシミヤに抗弁する。


「――その前に、お金目当てに出所も怪しい初心者狩りへの参加を決定したのはどこの誰です?」


 が、それを制するようにカシミヤの言葉が刺さる。

 その言葉には、ひっそりとした殺気が隠されていた。

 昨日や今日の戦いの中で<超級>や先輩、狼桜から発露されていたものとは性質が違う。

 研ぎ澄まされていて、気づいたら……それこそ首でも落ちていそうな殺気だ。

 ……いや、どうしてこんな殺気出せる小学生。


「ここに来る途中で、僕が不在の間に起きた王都封鎖の一件についてはすべて(・・・)聞いています」

「そ、それは、クラン本拠地の増設のために資金が必要で……、それにあのときもハンティングのルールは守って……」

「野盗クランの<ゴブリンストリート>や、悪役ロールプレイクランの<凶城>、殺し屋である<超級殺し>ならそれもいいでしょう。でも、<K&R>はハンティングクランです。僕達は兎未満の初心者を狩るためにルールを設けてハンティングをしているのですか?」


 カシミヤにそう言われて、狼桜は「ぐぅ」と唸りながら押し黙った。

 どうやらあの初心者狩りについては、オーナーであるカシミヤがノータッチのまま狼桜が参加を決めていたらしい。

 それはまずいだろう……。


「狼桜さん。あなたはそれでいいと思っているのですか?」

「ひゃい!? 思いません!!」


 さっきまで獰猛な狼だったはずがカシミヤの前では借りてきた猫、……あるいは躾に厳しい飼い主と駄犬といったところだ。

 ……いや、なんか体格差とかアバターの年齢差からするとよくわからん光景なんだけど。

 身長は狼桜がでかいこともあって大人と子供以上。年齢も二十歳は離れているように見える。

 あの二人、どういう関係なんだろう。

 実は狼桜の方も中身は子供で、兄妹だったりするのだろうか。あるいは、カシミヤが子供の容姿だけど中身は年配なのだろうか。

 俺は先輩に耳打ちして聞いてみることにした。


「元々、カシミヤは天地でソロのPKをやっていました。ただし、PKとは言っても「デスペナルティの掛かった真剣勝負がしたい」という理由で野試合をするタイプです。事前同意のPKと言いますか……天地にはそれなりにいるタイプですね。そんなスタンスだから決闘にもよく出ていました」


 なるほど。

 それでこっちに移籍しても決闘は続けていて、三位なわけか。


「対して、狼桜は野盗寄りのPKクランを率いていました。ある日、狼桜のクランがカシミヤ一人にボロ負けして、以降何度も襲撃を仕掛けていたらしいのですが……」


 先輩はそこで言葉を区切り、なぜか呆れたように溜め息をつく。


「途中から、狼桜がカシミヤに惚れてしまったらしく……」

「…………先輩。カシミヤの年齢は……」

「アバターとそう変わりないはずです」

「狼桜の……」

「アバターとそう変わりないはずです」


 ……犯罪じゃねえか!


「付け加えると、あのクランのメンバーは大体そうです」


 …………ただのファンクラブじゃねえか!

 ショタコンしかいねえの!?


「それで、ある事情からカシミヤが天地を出奔する際に、狼桜もクランごと付いてきまして……自分達のクランのオーナーになってくれるよう頼んだそうです」

「……それで?」

「カシミヤはPKに一定のルールを設ける代わりにそれを引き受け、今に至ります」


 なるほど。つまり今回の件は、そのルールを破ったからカシミヤが怒っているわけだ。


「今回の件、長く不在だった僕にも責任はあるでしょう。アメリカへの短期ホームステイやお婆ちゃんのお見舞いでの北海道行き、その影響でたまった学校の宿題の消化……そちらを優先して、クランに顔を出せなかったことは本当に申し訳なく思っています」


 ……いや、それは仕方ないんじゃないかな。

 リアルも大事だよ。


「でも、お金目当てに初心者相手にまでPK活動するのはいけないことです。その結果で<月世の会>に叩きのめされても、それは仕方のないことです」

「だ、だってダーリン……あれはすごく美味しい話で……」

「美味しくても食べてはいけない話もあるのです! それが人の道徳というものです!」

「ご、ごめんなさい!!」


 ……二十代の女性が男子小学生に人の道について説教されてる。


「狼桜は短絡的で考えなし……後にどういう影響が出るか分からないタイプですからね。カシミヤが実年齢より少し……いえ、何回りか人間ができているので、こういう光景によく発展します」


 ああ、フィガロさんとは違う意味で脳筋で頭が残念ってそういう……。


「それに、私怨でティアンの子供まで巻き込んで」


 カシミヤは馬車の中から恐る恐る様子を窺っているリューイを見ながらそう言う。頭痛を抑えるように額に手を当てて溜め息までついている。

 ……年齢の割に苦労してそうだ。


「そ、それはトミカの奴が言わないからで……」

「わあああん、ごめんなさあああああい!!」


 と、物陰から何か泣き声が聞こえた。

 見れば、女性の<マスター>がこそこそと隠れながらこちらを窺っていた。彼女も<K&R>のメンバーらしい。


「トミカ! あんた……」

「トミカさんのことは今いいのです。それより狼桜さん。さっき“不屈”さんに「ティアンの子供がいる」と言われたときのことですが」

「ギクッ……」

「「あんたらをデスペナルティにしたらきっちり届けてやるよ」? 違うでしょう。『ティアンを護衛中の<マスター>には手を出さない』もルールの一つですよね?」

「ギクギクッ!」


 その擬音、無意識で言ってるんです?


「狼桜さん、謝ってください」

「ご、ごめんよダーリン!」

「僕にではありません」


 カシミヤがそう言うと、狼桜は不承不承といった様子でこちらを向き、


「……ゴメンナサイ」


 と、ひどくぎこちなく謝ったのだった。

 ……まぁ、幸いにもこちらの犠牲者はいない。俺はもう手を出してこないならもう許してもいいかと思っていた。

 が、


「いえ、誠意が足りません」

「……先輩?」


 先輩は眼鏡をクイッと押し上げて……アイテムボックスから紙を取り出して、何事かを書き綴っていた。


「今回の件、行為自体は今の謝罪でもいいでしょう。ですが、受けた損害――私の盾、それに二人分の【救命のブローチ】についての補償が済んでいません」

「あ」


 そういえば、それがあった。

 それに先輩は狼桜に盾をバリンバリン割られていたのだから、尚更だろう。


「そういうわけで、こちらは損害賠償を求める【契約書】になります。こちらの金額を期日までに私の口座に振り込んでおいてください」


 先輩は書いていた紙――契約の取り交わしを厳守させるアイテムの【契約書】を狼桜に差し出した。


「……チッ、仕方ないねぇ。…………って何だこの金額!? 明らかに市場価格より高いじゃないか!? 倍近いよこれ!!」

「おや、払えないとでも? 初心者狩りで儲けたのでは?」

「払えるかぁ!? こんなの、あの初心者狩りでのあたしの取り分どころか貯金全部使わなきゃ足りな」


「――あたしの取り分?」


 狼桜の発言の一部を聞きとがめたのか、カシミヤが一言そう言うと……殺気がまた一段濃くなった。


「……………………あ」


 狼桜はしまったと口を押さえる。

 同時に、先輩がしてやったりとばかりに眼鏡をクイッと押し上げた。……狙って誘導したんですね、先輩。


「ねぇ、狼桜さん。さっき、本拠地の増設のためと言っていたけど、ちゃっかりポケットマネーも増やしていたんです?」

「それは、その……」

「お二人の装備、ちゃんと弁償してくださいね?」

「…………ハイ」


 かくして、渋々と狼桜は【契約書】にサインをし、先輩は背中に回した手で小さくガッツポーズを取っていた。

 それと俺の耳元に小声で「浮いた金額の半分はレイ君にあげますからね」と言った。

 ……うん。先輩、優しいけど結構したたかだわ。


 ◇


 慰謝料も含んでいたらしい損害賠償の契約の取り交わしが済み、ひとまず話は片付いた。

 なお、<K&R>は先の初心者狩りでの被害者への補填も始めるそうだ。

 そちらは狼桜やクランの資金ではなく、監督責任としてオーナーのカシミヤが自分の貯金から出すらしい。

 ……さすがに不始末のツケを小学生に払わせるのはどうなのだろうと思ったが、狼桜も自覚しているらしく、めちゃくちゃ落ち込んだまま土下座していた。


「育ってからならともかく、育つ前の初心者を狩るのは決して良いPKとは言えないのです」

「良いPKってなんだよ」

「「これからPKしますよ」と声を掛けて「よし勝負だ!」と言ってくれる人を狩る事前同意のPKです」


 ああ、そりゃ良いPK……いや、やっぱPKとは違うんじゃないかそれ。


「けど、声を掛けるって言っても、逃げるまでの時間が一○分だろ? それじゃマップから出られない人もいるだろ」

「……狼桜さん」


 俺の言葉に何か問題があったのか、カシミヤはまた肝が冷えるような声音と殺気で狼桜に声を掛ける。

 その狼桜はと言えば、土下座したままいつの間にか数メートル後ろに移動していた。

 見事な匍匐後進。さすがは【伏姫】と言うべきなのだろうか?


「猶予時間、マップの広さにもよるけれど最低一時間はとるはずですよね?」

「え、えーっと、それだとあんまり狩れなくってさぁ……」

「誰彼構わず狩らないためのルールだからそれでいいんですよ?」


 どうやらカシミヤ不在の間に狼桜が勝手にルールを改変していたらしい。

 悪代官が無法をやらかすのと似た流れだが、恐らく狼桜の頭が残念なため起きた出来事なのだろう。

 ……この人、リアルでもこういう失敗してないだろうな?


「この二か月で何があったか、後でメンバーの方々からみっちり聴取させてもらいます。その間、狼桜さんはバケツを持って廊下に立っていてください」

「えぇ!?」


 小学生みたいな罰だな、と思ったが……二十代の女性が受けるには滅茶苦茶きつい罰かもしれない。


「……クビを切るのがてっとり早いのでは?」


 先輩のその発言は、はたして物理的に切るという意味か、それともクランから追放するという意味か。


「いえ、今回の件は僕にも責任があるのでクビにはしません。それに、刀で切ると喜んでしまうのです……」


 ……喜ぶんだ。


「ただ、今回みたいな事案が多発するなら、僕は責任をとってオーナーの座から退き、クランを去ろうと思いま……」

「ごめん! 本当にごめん! もう絶対にしないからそれだけはやめておくれよダーリン!?」

「うわぁぁぁん! クランがぁああああ! くらんがああぁああ!」


 カシミヤの引退発言に、狼桜と物陰の<K&R>メンバーが半ばパニックになりながら引き留めていた。

 ……あー、アイドルのファンクラブだわこれ。

 …………兄も芸能界を引退するときはこんな感じだったのだろうか。


『想像したらクマニーサンが「普通の男の子に戻ります!」とか言いながら着ぐるみを脱ぎ捨ててマッチョを晒す光景をイメージしてしまった』

「ごふっ」


 ネメシスからの念話でツボにはまって吹いてしまったが、幸い目の前の<K&R>劇場のお陰で気に留められなかった。


 ◇


 ともあれ、話も終わり俺達はトルネ村への道行きを再開し、<K&R>は王都の本拠地に帰ることとなった。


「今回はご迷惑をおかけしました。何かの機会にこの借りは返させていただきます。必要とあればご自由にお声掛けください」

「ああ、うん。じゃあ何かのときはよろしく」


 借りって言っても、どう返してもらうかは全く考えつかないわけだが。


「それでは、これで失礼します。トミカさん、“車”を」

「はいぃ! オボログルマぁ!」


 トミカという<K&R>のメンバーが左手を掲げると、紋章の中から装甲車のようなものが出てきた。

 オボログルマという名前からして、これが彼女の<エンブリオ>であるらしい。カシミヤも王都からここまでこれに乗ってきたのだろう。

 トミカが運転席に乗り込み、カシミヤが後部座席に座る。

 残ったのは狼桜だが、


「“不屈”に、ビースリー……今日は悪かったね」


 少し顔を逸らしながら、狼桜は不器用にそう謝った。


「いえ、私は賠償金がいただければ構いません」

「ぐぬっ、わかってるよ! 来週までには振り込んでおくさ!」


 狼桜はそう言って、踵を返し、オボログルマに向かって歩く。

 そこで、何かを思い出したように振り返って別れの言葉を残していく。


「じゃあね、ビースリー! 今日は敵同士だったけど……今度はまた一緒にPKしよう(・・・・・・・・・・)じゃないか!!」


 そんな、聞く者によっては爆弾発言となる言葉を。


 自分が言ったことの意味に気付いていないのか、狼桜は何も気にしてない顔でオボログルマに乗り込んでいった。


 ◇◇◇


「……狼桜さん、バケツは頭の上にも乗せましょうか」

「なんでさ!?」


 To be continued


(=ↀωↀ=)<分割投稿②は明日でラストですー

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― 新着の感想 ―
トミカも狼桜も他のメンバーも頼み込んでまでトップになってもらった人のルールを破り改変するって結局この人たちの気持ちはその程度だったってことなんですよね。 カシミヤを慕う気持ちより自分が好き勝手したい方…
[一言] この小学生ランカーの割にまともだ 明らかに重くなった罰は過去を隠してる人の過去を知らない人に教えたのが原因だろコレ
[良い点] カシミヤにファンクラブができるの、わかる気がする。 かわいい
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