第十四話 クロスハンティング
□<ファドル山道>【聖騎士】レイ・スターリング
突然のPK宣言に俺は困惑した。
それは俺だけでなく、周囲にちらほらと見えていた他の<マスター>も同様だった。
ただ、俺の隣の先輩は最初こそ様子がおかしかったが、今は落ち着いている様子だった。
「…………」
「レイ兄ちゃん、今のって……」
馬車の中から、リューイが心配そうに声を掛けてくる。
アナウンスは『対人戦をお望みでない方は、一〇分以内にご退去ください』とも言っている。
こっちにはリューイもいる以上、戦闘に巻き込まれてはたまらない。
シルバーの足を速めて一○分以内にこのマップを脱出すべきだと考えた。
だが、
『繰り返します。今から一○分後、この<ファドル山道>においてPKクラン<K&R>のハンティングを行います。対人戦をお望みでない方は、一○分以内にご退去ください。――《生体探査陣・【人間】》』
そのアナウンスと“スキル宣言”の直後、体を何かが通り抜けた気がした。
「……!」
「相変わらず……。ご心配なく、今のは直接危害を加えるタイプの魔法ではありません」
今の感覚について既知であるらしい先輩が、先ほど通り抜けたものについて教えてくれる。
「今のは文言をアナウンスにした《詠唱》を重ねて、範囲と精度を拡大した生体サーチです。彼らの常套手段ですね」
……さっきのアナウンスが《詠唱》か。たしかに《詠唱》の文言は自由だからありえるのだろうが。
だけど、生体サーチ?
「彼らのサーチは範囲内の対象カテゴリー生物の位置とレベルを把握します。スキル宣言までアナウンスしているのは、「隠れても無駄だ。逃げるか挑むか選べ」と言っているのです。余談ですが、<K&R>はメンバーの殆どが天地出身であり、これは【陰陽師】のスキルですね」
「<K&R>……」
その名前は聞き覚えと、見覚えがある。
あの王都包囲網のときにマリーから聞いた名前。
そして、クランランキングの掲示板で三位に位置しているのを見た名前だ。
「王国のクランランキング三位。PKクランとしても……<凶城>が解散し、<ゴブリンストリート>が他国に移った今は単独トップでしょう」
つまりは、王国最強のPKクラン。
……厄介そうな相手だ。
「それとオーナーの戦力は、遺憾ながら他のPKクランが健在であったころからトップです。それこそ、あの殺し屋……<超級殺し>をカウントしても王国最強のPKです」
……<超級>の【疫病王】を破ったマリーよりも、強いPK?
「……そいつは、<超級>なんですか?」
「私が知る限りはまだですが、よく知られた実力者です」
先輩はそこで言葉を切り、
「<K&R>のオーナーであるカシミヤは……決闘ランキング三位の座にもついていますから」
◇
王国の決闘ランキング三位。
俺はその人物の話を、以前少しだけ聞いたことがあった。
そう、あれは日課だった模擬戦の後、ランキング四位のジュリエットと食事をしていたときのことだ。
俺は、「これまで決闘ランキングの三位と五位の人は見たことないけど、どんな人なんだ?」と尋ねた。
八位……“流浪金海”のチェルシーより上のランカーとは度々模擬戦をしているが、その中でも三位と五位の人物には会ったことがなかったからだ。
ちなみに二位のトム・キャット氏とは模擬戦をしたことはないが、話したことはある。頭にネコを乗せた変わった人だった。
まぁ、上位ランカーは全員どこかしら変わった人ではあるのだが。
「“断頭台”と“骨喰”の逸話を所望するか」
「“断頭台”と“骨喰”?」
「然り。“骨喰”は<エンブリオ>の必殺スキルゆえの呼び名。そして“断頭台”は……この身も含め、あれより下位の番付強者が全員首を刎ねられているがゆえに」
ジュリエットはそう言って、首を押さえていた。
「ジュリエットでも、か?」
ランキング四位のジュリエットは、暗黒騎士の超級職【堕天騎士】。
加えて、彼女の<エンブリオ>であるフレーズヴェルグの翼による高速移動や魔法攻撃も有し、迅羽とは別種の万能さを誇っている。
そのジュリエットをして、首を落とされるほどの相手、と。
「“断頭台”は強い。相性差ゆえに二位の“化猫屋敷”に勝てずにいるが、実力は間違いなく二位相当であろう。それに……あの“無限連鎖”でも、奴の刃が届く間合いで勝利を掴むのは至難であると予想する」
「……フィガロさんが、接近戦で勝てない相手?」
予想も出来ない。
どんなバケモノだ、その“断頭台”は。
「気に掛かるだろうが、“断頭台”は模擬戦には出現すまい」
「なぜ?」
「奴は紋章を狩る者。試合のない日は“外”で首狩りに耽っている」
「……物騒な話」
◇
そのときは、『ランカーのPKなんて遭遇したくない』と思ったものだが。
「……巡り合わせが悪いにも程がある」
昨日は扶桑月夜、今日は最強のPK。
最近の俺の悪縁はどうなっているんだ。
「クランとしての<K&R>の特徴は、オーナーが作成したルールに沿ったPK……通称ハンティングを行うことです」
「ルール、ね」
まぁ、予め布告して時間の猶予を作るあたり……以前のマリーよりマシかもしれない。
「開始の布告と猶予時間の設定、該当エリアに通じる道への警告の立て札設置や、ティアンへの攻撃禁止などがルールですね」
「あぁ、それは良心的……でもないか」
マップを一つ占拠してるようなものだし。
ティアンに手を出さないから犯罪ではないのだろうけど。
「今回はそのハンティングに巻き込まれたってことですね」
「……いいえ。今回、我々は偶然ハンティングに巻き込まれたわけではないかもしれません」
「?」
先輩はそう言って、マップを表示したウィンドウを出す。
「先ほどの法螺貝が鳴った時、私達の位置はここでした」
先輩が指し示したのは……この<ファドル山道>のまさに中央。
「これって……」
「偶然でないのなら、私達が最も逃げづらい状況でハンティングを開始したと見るべきでしょう。一〇分ではとてもマップから離脱できない位置ですから」
……また狙われたのか、俺。
『御主が原因とも限らないのではないか?』
それはそうだが。
リューイはティアンだからPKの対象外。
先輩にしたって普通のプレイヤーだから狙われる可能性は低い。
となると、先日の事件で変に目立った俺が的にかけられた可能性が高い。
……これもフランクリンのせいだな。
「ともあれ、逃げきるのは難しいでしょう。一戦交える覚悟は必要です」
「分かりました。やりましょう」
「……早いですね、覚悟」
「…………慣れているので」
突然トラブルに放り込まれるの……これで何回目だっけな。
「では、先に<K&R>の戦闘面での情報をお伝えします」
「詳しいんですか?」
「ええ、それなりに」
さっきから法螺貝や生体サーチなど<K&R>についてかなり詳しく知っている様子だった。
<CID>に入会したのもデータ目当てだと言っていたし、先輩は様々な情報に精通しているのだろうか。
「まず、サーチ後の<K&R>の戦術は三本柱です」
先輩は指を三本立てる。
「レベル上げ途中のプレイヤーが多数で少数を駆逐する集団戦術。上級職カンストの熟練プレイヤーがパーティ単位で戦う部隊戦術。そして絶対的な力量を持った超級職……オーナーのカシミヤとサブオーナーの狼桜が単独で敵を遊撃する個人戦術。この三つを同時に行使するのが彼らの戦術です」
「超級職が二人、か」
しかも一人は俺が模擬戦で戦ったランカー達を上回る実力者だという。
俺が彼らに勝てた回数は決して多くない。
それもこちらだけ【救命のブローチ】を使うハンデをもらっての戦闘で、だ。
しかし……そんな彼らに対して少ない勝ち星を拾ったあの手なら、あるいは……。
「私達を狙っているとすれば、一○分のリミットが経過した時点で仕掛けてきます。それも集団や部隊ではなく、最強の札である超級職で来るでしょう」
「超級職二人で、ですか?」
「恐らく一人です。遊撃手としてバラバラに動いているでしょうし……彼らの戦闘スタイルは噛み合いません。だから彼らは各々が個別に<マスター>を……?」
なるほど、相手が一人なら少しは希望があるか……。
と、先輩が何かに疑問を覚えたのか、口元に手を当てている。
「…………おかしいですね」
「どうしたんですか?」
「よくよく考えれば私達が狙われた……この事態がそもそもおかしいんです」
「相手はPKなんでしょう?」
「ええ、PKだからおかしいのです。私達は、今はNPC……リューイ君を連れています」
先輩はそう言って、馬車の中にいるリューイを見る。
「<K&R>はNPCを狙いませんし、引いてはNPCを護衛している<マスター>も狙いません。これはオーナーのカシミヤが定めたルールの一つです。それにも関わらず、私達を的にかけているのであれば、リューイ君の存在に気づいていないか……今回のハンティングにカシミヤは不在なのかもしれません。<Infinite Dendrogram>時間で二ヶ月前から姿を見ないという噂もありましたからね」
「リューイに気づいた上でやっているとしたら……オーナーがいないからルールが守られてないってことですか?」
「と言うよりも、サブオーナーの狼桜が失念しているのでしょう。彼女はあの【超闘士】とは違う意味で脳筋……頭が残念ですから」
頭が残念……。
それにしても……やっぱり先輩は情報としてではなく、個人として<K&R>についてよく知っているように思われる。
「【伏姫】……奇襲特化の野伏系統である狼桜だけならば、相手の打つ手も絞れますし対処も可能ですね。……レイ君」
「はい」
「王国最強PKクランのサブオーナー……逆に討ち取ってみますか?」
◆◆◆
■王都アルテア<K&R>本拠地
<K&R>の本拠地である武家屋敷。
現在はログインしていたメンバーの殆どがハンティングに出ており、屋敷の人気は随分と少なくなっている。
そんな屋敷の一室で、一人の<マスター>が頭を抱えていた。
「あわわわわ……どうしよう、どうしよおおおおお……」
その<マスター>の名はトミカ。
冒険者ギルドの食堂での月影とレイ達のやりとりを目撃し、狼桜に報告した人物である。
彼女は元々本日のハンティングや稽古について非番だったこともあり、出陣するメンバーを見送って本拠地に留守番しているのだが。
「姐さんに、ティアンの子供も一緒ですよって言うの忘れたよおおおおお……」
見送ってから……重要事項を伝え忘れているのに気づいたのだった。
どうにか連絡を取ろうとしたが、生憎彼女は通信魔法を習得しておらず、それに類するマジックアイテムも持っていなかった。
リアルでもメールのやりとりがある一部のメンバーに伝えようともしたが、折悪しく今回のハンティングにはそれらのメンバーが含まれていなかった。
打つ手がなかった。
「あわわわ……怒られる……姐さんがオーナーに怒られて、私が姐さんに怒られるよおおおお……。もっと悪いことになるかもしれないよおお」
彼女は頭を抱えて呻く。
<K&R>のオーナーは優しい。
だが、優しいからこそ、ティアンを巻き込んだPKやルールのない理不尽なPKには怒る。
それに、最近はオーナーが不在の間に狼桜が色々と考えなしにやりすぎている。
高額の報酬に釣られた初心者狩りへの参加やハンティング開始までの猶予時間短縮などがそれだ。
そこに加えて今回の問題。この問題の何が危険かを重々承知しているからこそ、トミカは非常に思い悩んで頭を抱えているわけだが……。
「どうして怒られるんです?」
「だって、だって……姐さんやる気満々だったから、このままだとティアンの子まで巻き込んじゃいそうだし……。もしもその子が死んじゃったら、クランがあああ、クランがああああ……!」
どんな未来を想像しているのか、トミカは泣きながら呻いている。
そんなトミカの背後で一人の人物が「むぅ」と唸った。
「よくわかりませんが、何か込み入った事情があるみたいですね。えっと、狼桜さんの通信機は……あ、駄目ですね。出ないです。もうハンティングに入って、通信機もアイテムボックスに仕舞っちゃったみたいです」
その人物は通信用のマジックアイテムで件の狼桜に連絡を取ろうとしたが、出来なかった。
さもありなん。
ハンティングにおいて【伏姫】狼桜の役割は独立遊撃奇襲。
当然、受信で相手に悟られかねない通信機の類は仕舞う。
さらには何らかのサーチによって居場所を特定されることを避けるため【テレパシーカフス】の類も身につけず、ハンティング中の他メンバーとも情報をやり取りしない。
それが今回は完全に裏目に出ていた。
この分では他のメンバーに連絡をとっても無理そうです、とその人物は判断した。
「仕方がありません。直接向かうことにして……トミカさん、“車”を出して欲しいです」
「うぅぅ、はいぃぃぃ…………あれ?」
「それで、行き先はどこです?」
「<ファドル山道>で……」
トミカは、ようやく背後の人物に気づいたのか、目を瞬かせながら、尋ねた。
「あの……いつ、ログインしてきたんですか? オーナー」
「三分前です。ほら、早く行かないとですよ」
その人物――<K&R>のオーナー、“断頭台”カシミヤはそう言ってトミカを促した。
彼の腰には体格に不似合いな大太刀が……兎の髑髏を模したチェーンフックによって繋がれていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<なお、皆さんお気づきかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<<K&R>の意味は<カシミヤ&狼桜>です
(=ↀωↀ=)<カシミヤが「狼桜さんが決めていいですよ」というので狼桜が決めました
(=ↀωↀ=)<なお、意味はカシミヤには教えず、<K&R>とだけ提示した模様
(=ↀωↀ=)<でもメンバーは大体察している
(=ↀωↀ=)<カシミヤは「カールって美味しいですよね。僕はやっぱりチーズが好きです」と流している




