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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第四章 第三の力

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第十二話 傍迷惑な話

(=ↀωↀ=)<昨日不意討ちで二話更新したから後の話を読んでない人はそちらからー

 □王都アルテア 【聖騎士】レイ・スターリング


 俺達は義父を捜す少年――名前はリューイ――の依頼を受けた。

 だが、この依頼はクエストとしてはカウントされていない。特記事項に該当するためギルドでは受理されず、またミリアーヌの時のような突発クエストとしてもカウントされなかった。

 それが偶然なのか、あるいはクエストの難易度を算出している管理AIが「これはクエストではない」と判断したからなのかは分からない。

 しかし難易度が算出されなくとも……今からやろうとしている現実での人捜しが、ある意味ではこの<Infinite Dendrogram>のあらゆるクエストより困難であることは、俺自身も理解していた。


 今の俺達は冒険者ギルド併設の食堂で、リューイからは彼の義父についての聞き込みを行っている。

 尋ねる内容は名前や、ジョブ、他にもリアルに繋がりそうなことがないか等だ。

 その中からリアルに繋げられそうな情報はあまりなかったが、ひとまずリューイの義父のネームがシジマ・イチロウだということは分かった。この名前の通りに日本人ならば探すのがある程度絞れる。

 このシジマ・イチロウが本名のもじりで、リアルが「石島一郎」や「牛島一郎」だと探すのも随分楽になる。

 さらに欲を言えば、


「これが本名だと一番助かるんだけどな……」

「さすがにそれはないと思いますよ。会長と副会長じゃないんですから」

「そうだよな、あの女化生と秘書王じゃあるまいし」

「ええ、本名プレイなど私と月夜様、それに会の信者くらいのものでしょうね」

「だよなぁ。あっはっは……なぜいる秘書王」


 いつの間にか、俺達のテーブルの一角に秘書王……もとい【暗殺王】の月影先輩が、ティーカップ片手にニコニコとした笑顔で座っていた。

 ……何時ぞやのマリーを思い出したぞ。

 ジョブだけでなくそんなところまで同タイプかこの人。

 ……あ、でも彼の上司である女化生も似たようなことしてたな。


「ログイン制限中の月夜様から言伝を預かっておりまして。なお、聞き込みの最中から着席していたのですが、中々気づかれませんでしたので少々アピールをさせていただきました」

「言伝?」

「はい。『今なら<CID>の会員になるだけで腕治したるよー』とのご提案です」

「……む」


 それは……ちょっと悩むな。

 <月世の会>に入信しろと言われればノーと突っぱねるところだが、大学のサークルに所属ならそこまで忌避感はない。

 あの女化生が怖かった理由もわかったし、何より<CID>ならストッパーの藤林先輩もいる。

 これはそう悪くない条件に思えるが……。


「……休み明けまで返答は保留で」

「畏まりました」


 ここで「じゃあお願いします」と言うには、昨日の記憶が鮮烈すぎた。

 さて、これで用件も済んだから帰るだろうと思ったのだが、月影先輩に席を立つ様子はない。

 どうしたのだろうかと様子を見ると、何やらリューイを見ている様子だった。


「何か?」

「この子の義父捜しですが、よろしければ<月世の会>で行いましょうか?」


 どういう風の吹き回しか、あるいは何の企みか、月影先輩はそんな提案をした。

 たしかに、人捜しならば多数の信者を抱え、情報のネットワークを有しているだろう<月世の会>は最適だ。

 だが……、


「なぜ?」


 その提案した理由がまるで不明だった。

 この場に扶桑月夜はいないし、俺達がリューイの依頼を引き受けたことも知らないだろう。

 だから、これは扶桑月夜に関係しない、月影先輩自身の提案ということになるが……その理由が全く分からない。

 あの女化生なら「貸しを作るため」という予想がしやすいが、月影先輩に関してはそうではない気がする。

 だから「なぜ?」と問いかけたのだが、


「それは秘密です」


 と返されてしまった。

 「秘密」で真意を隠されてしまえば、ここで月影先輩に頼むのも危うい気がする。


「……俺達でどうにもならなかったら最後にお願いします」

「畏まりました。そのときは助力させていただきます」


 一先ず、この提案は保留にして自力でリューイの義父を捜すことにした。

 月影先輩は俺の言葉に頷き、席を立つ。

 そこで、さも「思いついた」という顔をして、俺達にこんな言葉を投げかけてくる。


「ああ、そうだ。これは提案でなくアドバイスの一つと受け取っていただきたいのですが。リアルの手掛かりを探るのならば、リューイ少年だけでなくリューイ少年の母、つまりはシジマ氏の妻からも情報を収集すべきでしょうね。子供とだけする話があれば、夫婦でだけ話す事柄もあるでしょうから。それと、彼ら家族が暮らした家にも何か手掛かりがあるかもしれません。リアルで探偵ないしはあなたの兄やご友人を頼るのは、それからでも遅くはないでしょう」


 具体的な助言を残し、月影先輩は影の中に沈み込んでいった。

 リューイはそれを見て驚く顔をしていたが、藤林先輩は慣れているのか動じていない。

 俺は……むしろテーブルの隅に残されていた「私の分のお茶代です」と書かれたメモ付きの小袋に驚いた。

 ……あの人、間違いなく変人だけど律儀だよな。


 何にしろ、月影先輩の助言は至極真っ当だ。

 リアルで人を捜すならば、その手掛かりは一つでも多い方がいい。


「リューイ。リューイ達家族はどこに住んでるんだ?」

「ここから北のトルネ村だよ。馬車で半日くらいのところにあるんだ」


 ギデオンよりは近いが、それでも結構遠いな。


「一人で来たのか?」

「違うよ。村を通った乗合馬車に相乗りさせてもらったんだ。義父さんからもらったお小遣いをずっと貯めてたから、そのお金で。ギルドへの依頼も、そのお金を使うつもりだったんだけど……」


 そう言ってリューイは財布の中身を見せるが、その額は帰りの馬車代があるかないかといったところだった。

 あるいは、ギルドに依頼するには足りないかもしれない額だが、それだけリューイも義父捜しに必死だったのだろう。


『義父親……見つけてやりたいのぅ』


 ああ。同感だ。


「よし、それじゃトルネ村ってとこまでいくか。移動手段は……」


 シルバーならあるいは飛んでいけばすぐかもしれない。

 しかし俺以外に乗せられるのは一人が精々だが……、


「レイ君は、噂だと馬を持っていましたね」

「あ、はい。持ってますけど」

「なら、丁度いいですね。私も馬は持っていませんが馬車は所有していますから。レイ君の馬に牽いてもらえますか?」

「わかりました」


 馬車か。それなら全員まとめて移動できるな。

 行く先も交通手段も決まった。早速トルネ村に向かうとしよう。


 ……それはそれとして、どうして先輩は馬車だけ持っているのだろうか?


 ◇◇◇


 ■???



「…………」


 レイ達が食堂を出た後、レイ達の席から少し離れた入り口傍の席で、一人の女性が席を立った。

 彼女はたまたまこの食堂にいただけの<マスター>だった。

 だが、今しがた“彼女の属するクラン”にとって見過ごせないものを見たため、レイ達が食堂を出るのを見届けてから……彼女もまた食堂を出た


 そうして彼女は王都の中にある一つの施設に足を踏み入れる。

 そこは彼女の所属したクランの本拠地であり、どこか和風の――しかし、<月世の会>の本拠地とは違う雰囲気の建物だった。

 それは施設の作りにも顕われており、和風の武家屋敷に道場が併設されている、と言うのがイメージしやすいだろう。

 また、その道場の看板に達筆なひらがなで「かある」と書かれているのも特徴の一つと言える。


「姐さぁん! 緊急のご報告があります!」


 食堂にいた彼女は道場に飛び込み、中にいるであろう人物に声を掛けた。


「騒々しいねぇ」


 呼び掛けにハスキーな声で答えたのは、筋骨隆々とした女性だった。

 女性としては高い一八○センチを超える身長と、鍛え上げられた筋肉に覆われた肉体、そして爛々と光る眼と尖った牙。

 さらに、頭頂部に狼の耳、腰部に狼の尾があることが、彼女の肉食の猛獣めいた雰囲気を強めていた。

 筋骨隆々の女性は道場の中央に立ち、槍を片手に持っていた。

 周囲には、今しがた叩きのめされたのであろう<マスター>が死屍累々とばかりに転がっている。

 彼らもまた、食堂にいた彼女と同様にこのクランに属する<マスター>である。

 食堂にいた彼女は『ちょうど稽古が終わったタイミングみたいですね』と悟った。

 同時に『ああ、今日は非番でよかった』と心から思っていた。


「で、どうしたんだいトミカ? あんた、今日はクエスト受けるって言ってなかったかい?」


 食堂にいた彼女――トミカは筋骨隆々とした女性に問われ、ハッと我に返る。


「た、大変なんですよ姐さん!」

「だから何が大変なのかお言いよ。まさか、ダーリンがログインしてきたってわけじゃないんだろう?」


 筋骨隆々とした女性が言うダーリンとは、このクランのオーナーだ。

 リアルでのとある事情から、ここしばらくログインできずにいる。

 ……それもあって、筋骨隆々とした女性の稽古が日に日に激しくなっていることは、もはやクラン内では周知の事実だ。

 彼女が年下のオーナーにベタ惚れしていることは、クランの外にまで伝わるほど有名なのだから。


「実は<月世の会>の連中に動きが……」

「――あのカルト共がどうしたって?」


 瞬間、女性から放たれたのは有無を言わせぬ威圧感。

 アバターのステータスゆえの威圧だけではない、彼女自身によって込められた感情による威圧感は……倒れているメンバーも含めてその場の全員を震わせた。


「じ、実はギルドの食堂に【暗殺王】が現れて……」

「ほう、あの腰巾着が一人でかい」

「それで、あるパーティと楽しげに(・・・・)談笑して、消えるときには何かメモが書かれた小袋を残していきました」


 月影自身が終始笑顔を絶やさないので傍から見ると楽しげなのは否定できず、小袋はただのお茶代だったのだが遠くの席であったトミカにそこまでは分からない。

 結果として、トミカが受けた印象は彼女の言葉通りのものだった。


「ふぅん、でもそれは信者のパーティなんじゃないかい?」

「それが……話していたのがあのBBB(ビースリー)と、フランクリンの事件で有名になったレイ・スターリングなんです」

「……ほぉぉ」


 それを聞いた女性は口角を吊り上げて嗤った。

 肉食獣そのものといった表情だ。


「噂の“不屈”が、ねぇ。それにビースリーかい……。テメエのクランが解散した後はどうしているかと思えば……まさかあのカルト共とつるむことにしたとはね。となると、“あっち”の噂はやっぱりデマだったってことかねぇ」


 実際、リアルでは同じ大学の同じサークルに所属しているので、つるんでいるのは間違いではない。

 まぁ、彼女の想像とは方向性が違うが。


「で、つるんだ連中は何をする気なんだい?」

「そこまでは……ただ、食堂を出るときに少し聞こえた限りではトルネ村がどうとか言ってましたけど……」

「トルネ村、か。じきに風星祭の時期だが、何か関係あるのかねぇ」


 女性は槍の柄を親指で弾きながら、レイ達と<月世の会>の思惑――実際は<月世の会>とは無関係――について思いを馳せる。

 しかし当然ながら答えは出ず……女性はあることを決意する。


「決めたよ。何をするかわからないが、潰しちまおう」


 何を考えているかわからないからPKすべし、と。


「リベンジの前哨戦だ。連中が画策している何かを潰してやろうじゃあないか」

「ですけど姐さん、オーナーがまだ……」

「ハッ、元々ウチが<月世の会>にしてやられて顔に泥塗る羽目になったのは、ダーリン無しで不甲斐なかったあたしらのせいさね。その雪辱戦に、ダーリン巻き込むこたぁないさ」


 女性はそう言って言葉を切り……深く息を吸い込んで、


「あんた達、いつまで寝てんだい!」


 道場全体が振動するほどの大音声で吼えた。

 その声に、倒れていたメンバーが一斉に跳ね起きる。


「あたしらの……<K&R>の狩り(ハンティング)の時間だよ! 支度をしな!」


 女性の――クランランキング三位にして王国最強のPKクラン<K&R>のサブオーナーである【伏姫ダウン・プリンセス狼桜(ローザ)の指示を受け、<K&R>のメンバーは襲撃の準備を始めた。


 かくして、些細な行き違いと思考放棄から、人捜しのクエストに向かうレイ達の前に、王国最強のPKクランが立ちはだかるのであった。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<<月世の会>に直接関わってなくても余波でこれですよ


( ̄(エ) ̄)<……本当にメイワクな話クマー


(=ↀωↀ=)<そして初【(プリンセス)】はマッチョ狼女さんです


( ̄(エ) ̄)<プリンセスとはいったい……

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