三話
あった~らしぃ~あーさがきた~きーぼーおぉのあーさーだー!
この続きはふふふふんふふんふふふふんふふんって、歌詞が分からなくてずっとふんふんで歌ってます('ω')
アシェル殿下は私を部屋へと運ぶと、ソファの上へと降ろし、それから私の目の前に跪いた。
「エレノア。何があったのですか?」
『絶対、足を痛めているよね? でも、僕が見るわけにはいかないし……見たら、だめだよね? いや、だめだよ。女の子の……足を見たら……だめ! あぁぁぁぁぁ! よ、邪まなことなんて、考えてないんだよ!』
アシェル殿下は真面目な表情であるのに、心の中は荒れているようであった。
私はどう答えればいいのだろうかと思いながら、これまでのように隠すのを諦めて正直に答えた。
「何でもないのです。ただ、私が至らないところがありましたのでお母様から、お叱りを受けただけです」
お母様のいらだちを収めるための、躾というなの言い訳の産物。
「ですから、心配する必要はありませんわ」
けれど、それはきっとどこの貴族の家庭でもよくあることなのだろう。その時の私は、本当にそう思っていた。
「え? ……ちょっと待ってください。エレノア、足を見せてください」
『何を言っているのエレノア? え? だめだ。まずは傷を確認しなくちゃ。ごめん』
「え? っきゃっ!」
スカートのすそから私の脹脛の部分を、アシェル殿下は見ると、目を丸くした。
赤くなったその足は、血は出ていない。
ただ、みみずばれにはなっており、あまり見ていて気分の良い物ではないはずだ。
それになにより、令嬢にとって足を見せる行為というものははしたないと言われるものであり、私は顔に熱がこもっていくのを感じた。
「み、見ないでくださいませ」
慌ててスカートを戻そうとしたけれど、その手をアシェル殿下に掴まれた。
一体どうしたのだろうかと私は思ってアシェル殿下を見ると、その表情はとても悲しそうであった。
『こんな傷……酷い』
そこまで酷いだろうか。私は今回の鞭打ちはこれまでの中では軽い方であったから、そこまで酷いとは感じなかった。
「アシェル殿下、大袈裟ですわ。このくらいは」
「エレノア。すぐに医者を呼びますから、待ってください」
『わかっていないんだね……エレノア。これは、酷いよ』
意味が分からずに呆然としてしまっている間に、アシェル殿下は女医を呼ぶと、手当をしている間は、隣の部屋で待っていてくれた。
そして手当が終わると、アシェル殿下も部屋へと戻って来た。
『酷いわね。自分の娘をこんなに鞭うつなんて……はぁ。嫌な貴族っていうものは残っているものなのね』
女医のその心の声に、私はこれが普通の事ではないのだろうかと疑問を抱いた。
これまで、お母様もお父様も、こうやって躾けることは当たり前、いや、他の貴族よりも甘いとまで言われてきた。
だから、我慢してきたのだ。
痛くても、苦しくても、これは今のこの時代の貴族の教育であり、躾であり、当たり前のことだと思っていた。
そんな私の現実が今、崩されそうとしていた。
「エレノア。これまでも、こういう事があったのですか?」
『こんなの、酷い。傷が残らないように同じところばかりにならないように鞭で打ってある……酷いよ』
私は頭の中が混乱してしまい、手を口元に当てて、考えてしまう。
尋ねられているのは分かっているけれど、今までの自分の生きてきた当たり前が崩れたのだ。
私は、アシェル殿下を真っすぐに見た。
「アシェル殿下……これは、普通ではないのですか?」
これが当たり前だと思ってきたから、私は我慢してこれた。
両親から感情的にいらだちをぶつけられることも、この世界では普通だと思っていたのだ。
だから我慢してきた。
けれど、アシェル殿下はゆっくりと首を横に振ると、大きく、ゆっくりと息を吐いた。
それはまるで自分の怒りを吐き出しているような、そんな雰囲気を感じた。
「エレノア……ローンチェスト公爵家には、もう帰らないでください」
『古い貴族の家には、それぞれの歴史があり、教育方法があるというけれど、これは、時代遅れにもほどがある。たしかに、厳重な問題を犯した時には、鞭で打つこともあるかもしれない。けど、女の子の足を、こんなになるまで叩くなんて……』
その言葉に、私は、静かに自分も息を吐いた。
あぁ、なんて自分は愚かなのだろうか。
足の痛みが、さらにひりひりと痛みを増した気がした。
「お父様、ごめんなさい」
『はぁ。ぐずが。こんなことも出来ないで、王族と婚約が出来ると思っているのか!』
「お母様、ごめんなさい」
『本当に、頭の悪い子。あぁぁぁ。この子の美貌が憎いわ。若さが憎い!』
暗い部屋に閉じ込められたことも、何度も見えない部分を鞭うたれたこともあった。
けれどそれは貴族の令嬢だから当たり前の躾なのだろうと思っていた。
怒られて、自分が出来ないから悪いのだとそう思って生きてきた。
両親の心の声が聞こえていたから、早々に愛されることは諦めた。けれど、愛されたくなかったはずがない。
頑張って、成果を出せば褒められるのではないか、愛されるのではないかという期待はずっとあった。
そんなもの、なければよかったのに。
私は、はっと目を覚ました。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まるで悪夢を見た気分であった
部屋の中を見回し、私は、結局アシェル殿下には安静にしているように言われ、部屋で食事をとり、そして眠ったことをゆっくりと思い出した。
全てが夢ならばどれほど幸せだろうか。
心の声が聞こえるという能力があるから、最初はそれを不気味がられているのかと思った時期もあった。けれど、結局両親は子どもが好きではなかったのだ。
自分以外には興味のない人間というのは、いるものなのだ。
私は、足の痛みを感じながらも体を起き上がらせると窓を開け、テラスへと出た。
暗闇の中に吹き抜ける風は、草木と土の匂いが混じっていた。
テラスの石造りの床は、足先を冷やし、そして吹き抜けていく風は体を冷やしていく。
「だめね。こんなことで気分を落としている場合ではないのに……」
「何を言っている。人間とは、本当に難儀な生き物だな」
『大丈夫か? 顔色が悪い』
横を見ると、テラスの柵の上に精霊エル様が腰掛けており、私のことを心配そうな顔で見つめていた。
私は息を吐くと、空を見上げた。
空気が澄んでいるからか、灯がほとんどないからなのか、空の星は恐ろしい程に美しく、ざわついていた自分の心が静かに凪いで行くのを感じた。
「私……わがままなのだと思います」
そう呟くように言うと、エル様は私の目の前に一輪の花を差し出した。
白く香りのよいその花を受け取ると、それは光を放ち、そして空気に溶けて空へと舞い上がっていった。
「……きれい」
「エレノア。あまり闇へと視線を向けないように。機会を与えてはいけない」
『心の隙は、すぐにあれに付け込まれる。それでは駄目だ』
心の隙。そう言われても、完璧な人間ではない私はすぐに劣等感を抱くし、そしてすぐに不安に思う。
それでもアシェル殿下の横に立ちたい。
「大丈夫。私は……自分で思っていたよりも図太いみたい」
足は確かに痛むし、そして、自分の常識が普通ではなかったという現実に悲しくは思う。
けれど、結局のところ過去は絶対に帰ることのできないものだ。
今、自分がどうするかを選び取るしか、結局のところはない。
もやもやとした気持であったけれど、空を見上げれば先ほどまでは恐ろしく感じた星空が、今では美しく明るく輝いて見えた。
気分一つで、全て変わる。
「エル様。私、頑張ります!」
そう伝えると、エル様は優しげな微笑みを浮かべて、私の頭を優しく撫でてくれた。
「あぁ。いつでも力になろう」
『無理はしないようにな』
その後、私はエル様と分かれベッドに戻ろうとした。
けれど、窓に影が映り、私はエル様が戻ってきたのだろうかと閉めたカーテンを開いた。
「え?」
そこには、大きな黒い翼を広げた、チェルシー様が立っていた。
一体全体何がどうなっているのだろうかと、私は窓から一歩後ろへと下がり、それからベッドの横にあるベルを取ろうとした。
「だーめ」
『うふふ』
私の手をチェルシー様は掴むと、私の体を抱きしめるようにぎゅっと包み込んだ。
「あ」
目の前が闇に呑まれていく。
私は静かに自分の意識が闇に飲み込まれていくのを感じた。
「っは……はぁはぁはぁ」
全身が汗でびっしょりに濡れている。
私はベッドから起き上がると、辺りを見回した。
いつもと何ら変わらない部屋があり、朝日が部屋へと差し込み、鳥のさえずりも聞こえた。
ガタガタと体が震えるのを感じながら、一体何が起こったのか、あれは夢だったのだろうかと思うけれど、全身が闇に包まれる感覚は今でも、鮮明に覚えている。
私はその場に座り込むと、そこへ朝の身支度を手伝うために侍女達が入って来た。
「エレノア様!?」
『どうしたの!?』
「どうかなさいましたか?!」
『何故床に!?』
私は侍女達の手を借りてソファへと移動して座ると、水を飲み、どうにか自分を落ち着けようとした。
一体何が起こったのだろうか。
確かに昨日チェルシー様を見た。そして、体が闇に飲み込まれた感覚を得た。
「あれは……なんだったの?」
小さくそう呟く。
けれどいくら考えても、何が自分に起こったのか分からなかった。
「エレノア様。本当に大丈夫ですか?」
『すぐにお医者様に見せるべきよね』
私は小さく呼吸を整えると、侍女達に笑顔で言った。
「大丈夫よ。ごめんなさい。寝ぼけていたみたい。怖い夢を見たのよ」
「お医者様を呼ばれた方がいいのでは?」
『心配です』
私は首を横に振ると立ち上がっていった。
「朝の準備を手伝ってくれる? お湯をお願い」
「かしこまりました」
『大丈夫かしら。私達が気をつけておかないと! エレノア様は頑張り屋さんだから疲れがたまっているのかもしれないわ!』
昨日お母様に鞭で打たれた箇所は、まだ熱は持っているが傷は残っていない。
私はお風呂へとゆっくりとつかると、お湯を手ですくい顔を洗う。
「え?」
うっすらではあるが、両方の手首のところに小さなバラの花のような痣が出来ていることに気が付いた。
よくよく見なければ気づかないくらい小さな、薄い痣。
けれどそれは両手首に確かにあった。
「これは、何?」
私は背筋が寒くなるのを感じた。
エレノアちゃんとアシェルくん、大好きです。ちなみに書籍のイラストはshabon様です。あまりの美しさに、イラスト出来上がったのを見た当初は一人ベッドの上で悶絶してました。たぶん見たらわかります。私の悶絶するほどのこのたぎる気持ちが!!!!






