5話
それから準備は着実に進んでいき忙しいけれど楽しい毎日を過ごしていた。
また、今日からはサラン王国内の視察もすることになっており、移動の為の大きな馬車が用意され、騎士団が外で準備を進めている。
私も今回は動きやすい服装での移動となる。
ドレスだと、どうしても緊急の際などに移動がしにくい。 なので、いつでも馬に乗れるような服装として、シャツにズボンを着ている。
髪の毛は一つに括り、いつもとは少し違ったいで立ちである。
「エレノア様は、本当になんでもお似合いですね」
『可愛い! 最高だわ』
侍女に褒められて私は嬉しく思いつつ、ズボンとは楽だなと思う。
「ズボンは動きやすいわね。幅がないから、場所も気にしなくていいし」
侍女の手前しないものの、ジャンプだってすぐに出来そうだ。
「出かける前に、少し庭の方へ行ってくるわ」
そう告げ、私はエル様に挨拶をしようと庭に向かって歩き始めた。
後ろから侍女がついてくるけれど、基本的に庭では少し離れた位置から見守ってくれる。
王城の中はいつも厳かな雰囲気だ。高い天井と石造りの壁には長い歴史がある。
その中を歩くと背筋が伸びる。
庭につくと、私は噴水の所に腰掛けた。
ふわりとした優しい風が吹き、瞼を閉じて開けた瞬間、エル様が現れて横に座った。
「エレノア。今日から出かけるのだな」
『ふふふ。顔つきが以前よりもよくなったな。結婚式に向けて気合が入っている』
私はエル様に笑顔を向けながらうなずく。
「はい。今日から出かけてきます。またお土産買ってきますね」
そう伝えると、エル様は私の肩に頭をもたげる。
「……サラン王国内であれば、どこにいても飛んでいく。何かあればすぐに呼べ」
『……傍に居ないのは寂しいな。着いて行ってもいいが、アシェルと二人きりを楽しみたいだろうから我慢するか』
エル様の心の声に、恥ずかしさが芽生える。気を使ってもら手散るのが何とも言えないのだが、不意に周囲から騒がしい声が聞こえ始める。
顔をあげたエル様は眉間にしわを寄せてため息をついた。
「……ユグドラシルとカーバンクルか? ……いつも庭を荒らして困る」
『今度お灸をすえなければいけないな』
その言葉に、私はここにも二人を見守り隊がいるのだなとくすくすと笑う。
今日も二人にはノア様がついているはずだ。
ガサガサと庭先の草花が揺れ、私は立ちあがるとそちらに向かって歩きながら声をかける。
「さぁ、隠れているのはだぁれ?」
今日はかくれんぼの気分なのだろうかと思っていると、エル様が眉間にしわを寄せた。
「エレノア、違うようだ」
『この、気配は?』
「え? 違う?」
どういう意味だろうかと思っていると、草むらの先の方からアシェル殿下がこちらに小走りでやってきた。
「ここにいたんだね」
『エル殿に挨拶をしていたのか』
手を振り現れたアシェル殿下の方が先にガサゴソとなる草むらに近くなる。
アシェル殿下も隠れていることに気付いたのだろう。
苦笑いを浮かべると、草むらを指さした。
「あれ? またかくれんぼしているの?」
『ノア相手大変だろうな……今度、お礼に何か贈り物しようかな』
その時であった。
「「お父様!」」
可愛らしい声が響き、草むらから出てきた二つの影が、アシェル殿下に抱き着いた。
最初こそ、一瞬アシェル殿下も腰に付ける剣に手をかけたが、すぐに影が子どもだと気づいて抱き留めた。
「え? 子ども?」
『なんで王城の庭に?』
燃えるような真っ赤で美しい髪に、エメラルドの瞳の女の子。そしてもう一人は、金色の髪に澄んだ菫色の瞳を持つ男の子。
その容貌に、私は息をのむ。
「お父様! うわぁぁん! お父様ぁ!」
「怖かった。怖かったよぉ」
泣きじゃくりながらアシェル殿下に抱き着く二人の子ども。
アシェル殿下は、驚いた様子で目を丸くしながら私の方を見ると、首を横にブンブンと振った。
「ち、違うよ! 隠し子とかじゃ、ないからね!」
『僕は誓ってエレノアだけだよ! 浮気なんてしていないからね!』
エル様がすっとアシェル殿下の近くによると、鼻をスンスンと鳴らす。
それからじっと二人を見つめた。
子どもはエル様に気付いたのか顔をあげると、ほっとした様子である。
「良かった……エル様もいる」
「エル様ぁ。怖かった。もう帰って来れないかと思ったよ」
私達は二人のその子どもの様子に、しばらくの間沈黙する。
エル様はじっと二人を観察した後に、呟いた。
「……アシェルと、エレノアによく似ている。その上、匂いも同じだ」
その場はまたシンと静まり返る。
男の子と女の子はその言葉に、困惑しながらも、今度は私の方をぱぁっと顔を明るくした。
「お母様ぁ!」
「良かった。本当にどうなるかと思った……お母様、その格好、どうしたんです? 馬にでも乗るんですか?」
二人は私にぎゅっと抱き着くと可愛らしく首を傾げる。
私は二人を抱き留めながら、そっとその頭を優しく撫でる。
何故だか胸の中が暖かくなり、二人を見ていると可愛いなぁと言う思いが湧き上がってくる。
「ふふ。こんにちは。二人のことを少し聴いてもいいかしら? 私のことをお母様って呼んだけれど、私、まだ結婚式をあげていないし、子どももいないの」
そう告げると、二人は驚いた様子で固まった。
「え……結婚、式?」
「待って……待って待って」
二人は私からゆっくりと離れると、こそこそと作戦会議を始めた。
ただ、小声で話しているつもりなのだろうけれど丸聞こえだ。
「ねぇ、どういうこと? 結婚式って……驚かそうと思っているのかしら?」
「いや、ユグドラシル様の言葉を思い出してよ」
「……ちょっと待ってよ。じゃあ……ここ、お父様とお母様の結婚式前ってこと?」
「ははは……お父様がユグドラシル様にはちゃんと気を付けるように言っていた意味がやっと分かった。うわぁ。どうしよう。僕達、過去に来ちゃったんだ」
お父様? 結婚式? ユグドラシル様? 過去?
一つ一つの単語が突拍子もなさ過ぎて、私もアシェル殿下も思考が追い付かない。
何が起きているのだろうかと思っていると、ふとそこで違和感に気付く。
「え……何?」
違和感の正体が分からずに首を傾げつつ、二人の様子を伺う。
するとアシェル殿下が心の中で私に話しかけてくる。
『どういう意味だろう……え……本当に僕達の……未来の、子ども?』
子ども? 私と、アシェル殿下の……子ども。
いつかはアシェル殿下との子どもをに恵まれたらいいなぁとは思っていたけれど、突然粗荒れた二人に戸惑いが隠せない。
その時になってやっと私は違和感の正体に気がついた。
「アシェル殿下」
「ん? どうしたの? エレノア」
『何かあった?』
私は目を閉じて心の声に耳を澄ましてみる。
だけれど、違和感は変わらず、私はアシェル殿下に向かって言った。
「心の声が、聞こえません。二人の心の声だけが聞こえないんです」
嫌な予感が胸を過っていった。






