二十一話
それもそうだろう。
年頃の令嬢が異性の裸体を見たなどという噂や状況が出回れば、その令嬢の未来は陰ることにもなりかねない。
もしこの状況を他者が見ていて外に洩れでもしたら、私とヴィクター様との関係を勘繰る者も出てくるであろう。
ヴィクター様は自分の軽率な行動に、気づいたのか慌てて洋服を着だしたけれどアシェル殿下は私のことを抱き上げると部屋から何も言わずに出た。
怒っている雰囲気が伝わってくる。
アシェル殿下は侍女の控えている休憩室へと入ると、お茶を頼み、それから人払いをすると私を膝の上にのせたままソファへと座る。
私は降りようとするけれど、アシェル殿下は私のことをぎゅっと抱きしめる。
「ごめん。はぁぁぁぁ」
『ちょっと待ってね』
何度か深呼吸を繰り返したアシェル殿下は顔をあげると、私の頬を指で撫でた。
「エレノア。大丈夫ですか?」
『ヴィクター殿が何を考えているのか分からない。あんな軽率な行動……』
私はうなずくと、頬を撫でるアシェル殿下の手に自らの手を添えて言った。
「大丈夫です。少しびっくりしましたけれど。ヴィクター様も、わざとではないのは分かっているので」
アシェル殿下は私のことをじっと見つめて小さく息をついた。
「あの、ごめん。気になってしょうがないんだ。ヴィクター殿は一体どのような考えの持ち主なんだい? 全然分からなくて」
『こんな時に人前で脱いで筋肉を見せるとか、ありえないだろう』
私はヴィクター様の恋心を勝手に伝えてしまうのはいけないと思い、端的に伝えた。
「えっと筋肉がとてもお好きなようです」
するとアシェル殿下が私の方を疑うようにじっと見つめてくる。
私は、何といったらいいのだろうかと思っていると、少しすねたような口調でアシェル殿下が言った。
「……どうしてヴィクター殿と話したいと思ったの?」
『……なんで?』
ないはずなのに、耳としっぽが垂れてすねているようなそんな子犬殿下の雰囲気に、私の心臓がドキドキとしながら、可愛いとさえ思ってしまう。
私は、どう答えたらいいかが分からず、白状してしまった。
「アシェル殿下を……ヴィクター様に取られたくなかったんです」
「え?」
そう言ってしまえば、本当にただの私の身勝手なやきもちであり、もしもアシェル殿下がヴィクター様に迫られたら? とか思うと、不安だったのだ。
私は素直にそう伝えたのに、アシェル殿下に視線を向けると、先ほどまで項垂れていたように思えた妄想上の耳はたち、しっぽはぶんぶんと振られているように見えた。
急激に私は恥ずかしくなり、この話はおしまいにしようと思った時であった。
大きな揺れが起こり、アシェル殿下は私のことをしっかりと支えると、ぎゅっと抱きしめた。
「はぁ。ヴィクター殿のおかげで緊張がある意味ほぐれたや。エレノア。ふふ。またこの話の続きは後でしよう。まずは、古竜からだ」
『さて、作戦が上手くいくかどうか』
私はアシェル殿下に支えられながらうなずき、どうかうまくいきますようにと願ったのであった。
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