第十二話 一人で冒険した理由
すっかり忘れていたのだが、朝のホームルームの時に転入生が紹介された。
こんな時期に珍しいらしい。
転入生の名前は、天理 夏生。
クラスの女子が、ざわめき立つほどの美少年だ。
「おいおい、転入生なら普通は美少女だろ? ……とか、そんなひどいこと言わないでくれよ?」
天理は隣から、にこやかにそう言った。
俺の席は窓際の一番後ろ。
その隣の席がなぜか空いており、天理の席になった。
「いや、別にそんなことは思わないが……」
「よろしくね。僕のことは親しみを込めて、なっちゃんって呼んでよ」
満面の笑みで手を差し出された。
俺はその手を握り返す。
「ああ、わかった、よろしくな。天理」
「だから、なっちゃんって呼んでよ……って、まあいいか。君は……えーと」
「俺は逢坂だ」
「逢坂君か。じゃ、おうちゃんでいいかな?」
「そうだな。逢坂で頼む」
天理はぶぅと頬を膨らませた。男がしても別にかわいく見えない。
「……もしかして、馴れ馴れしいのは苦手なのかい?」
「そうだな……あまりいい思いはしない」
「そっかそっか。だったら、仲良くなれそうだね」
意味がわからんが、そういうことらしい。
異常に馴れ馴れしくて、どこか憎めない転入生だった。
※ ※ ※
俺と莉亜は闘技場と書かれた教室を出た後、愛里に案内され、どこへ連れて行かれていた。
さきほどの話からするに、俺にレガリアを取らせようとしているのだろう。
今から戦闘になると思うと、自然と血が沸き立つ。奇妙な緊張だ。
戦いに? いや、違う。この緊張はそんなものじゃない。
俺は異世界でも、ずっと一人で戦っていた。
一緒に戦ってくれる仲間がいなかったわけでもない。
それでも、俺は一人を選んでいた。その方が楽だから。
この緊張は一緒に戦いに行く相手がいるからだろう。
莉亜が俺の顔をちらりと見て、軽く肩を叩く。
「そんなに緊張しないで欲しいわ。あんたは強いんだから、大丈夫よ」
「え? お兄ちゃん緊張してるの? ――心配しないで最悪、あたしがやるから」
愛里はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
俺が誰とも組まなくなったのは、二人の人間のせいだ。
一人は風祭。俺がこっちの世界にいる上で、一番ひどいと思う裏切りをした人間だ。後ろから突き刺さるような視線を感じ、愛里に声をかける。
「ところで、風祭は連れていかなくていいのか?」
「……え? ああ、いいのよ、あいつは……」
俺はちらりと振り返ると、柱の陰からこちらを覗いている奴がいる。
風祭。なぜか顔をぼっこりと腫らして、羨ましそうな顔だ。
これだけ覗かれていて、愛里が気づいてないはずもない。
わざと放置なのだろう。
顔が腫れているのは、もしかしたら、愛里の仕業かもしれない。
お仕置きとか、そんな理由があるのだろう。
風祭に関しては、このように愛里によって、ひどい目に合わされているので、いつか忘れてもいいと思えるかも知れない。
しかし、もう一人。そいつとはもう二度とわかり合えない。
命がかかったあの異世界で、俺が誰とも組まないと決めたきっかけの人物。
名前はエリス、女魔法剣士だ。
オレンジ色のショートボブヘア。
同い年くらいで勝ち気な口調の綺麗な女。
エリスは馴れ馴れしい態度で、何かと俺の後をつけてくるような奴だった。
頼もしく、いつも楽しい奴だった。
そして、とても大事で、とても大好きだった。
「ちょっと待ちなさい! 決闘を申し込むよ!」
不意に轟いた愛里の声で、俺は我に返った。
今は思い出に浸っている場合じゃない。
愛里に声をかけられた男子は脅えた顔で振り返った。
隣には、ロングの黒髪で目が虚ろとなっている女子。
おそらく、この男子の奴隷であろう。光彩を失った顔を見ていると、男子からどんな扱いを受けているのか、嫌でも想像させられた。
愛里に声をかけられた男子はいきなり腰が引けている。
「な、なんで、会長代理が……だってあなたは――」
「安心してよ。衣川先輩。あなたの相手はあたしじゃない。この人よ」
愛里は俺を手で刺した。
衣川先輩と呼ばれた男は、俺とすぐに隣りにいる莉亜を流し見る。
そして、厭らしい顔でニヤリと笑った。勝てると思ったのだろう。
「対戦相手を連れてきてくれたってところですね?」
衣川の質問に愛里は頷くと、鼻を鳴らし俺を見る。
「じゃあ、お兄ちゃんの相手はこいつ。気に入らなかったんだよね。女を食い物にしているような奴だから、遠慮しなくてもいいよ」
「おい、よかったな、お前の出番だぞ」
衣川は奴隷女の肩を乱暴に強く押す。
よろよろと蹴躓くように、奴隷女が押し出されて前に出てきた。
確かにあまりいい感じの男ではない。
「わかった」
俺の返事を聞いて、愛里が地面に手を置いた。
「結界発動したら、戦闘開始。五秒前――」
カウントダウンが進む。
「この女、強化すると、めっちゃ強えから覚悟しとけよ!」
衣川はそう言って、魔法を詠唱し始めた。
一度だけ莉亜を見ると、恥ずかしそうに頷く。
魔法を使うことになったら、嬌声の覚悟はしてもらおう。
「――イチ、ゼロ! スタート!」
「よしっ! いけぇ! 死んでも倒してこい!」
衣川が奴隷女に命令を出した。
魔法の強化を受けているのだろう。ものすごいスピードだった。
――しかし、それは一般的な話。
さきほど、愛里と戦ったばかりの俺には、止まって見える。
奴隷女の攻撃を軽く避けると、そのまま衣川の元に突っ込む。
「ひっ!」
「奴隷よりも先に、自分を強化すべきだったな」
脅えた衣川の顔を左手で掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
そして、そこに体重を込めて、右手で腹部を殴りつける。
「ごふっ……」
そんな変な声を出して、衣川は気絶した。
奴隷女は慌てて俺に向かってくるが、俺はそれに右手を出して制する。
「やめろ。もう戦い終わったんだ」
自分の主人を見て、奴隷女は力なく膝から崩れ落ちていく。
両手で顔を覆い、声もなく泣きだした。完全に戦意は消失したようだ。
ヒュー、と口笛を吹いて、愛里が近づいてくる。
「や、やるじゃん! お兄ちゃん。ここまで圧勝とはね……じゃあ、早速、レガリアを奪おうっか!」
レガリアを奪う方法は簡単だった。
奪う対象の胸に手を当てて、呪文を唱えるだけ。
相手が気絶。もしくは、負けを認めている場合には、問題なく奪えるらしい。
俺は言われた通りにやってみたが、レガリアを奪えなかった。
「おい、ダメだぞ。何か間違っているのか?」
俺の問いに対して、愛里は驚きに満ちた顔をしている。
「そ、そんな。……奪えないってことは、奴隷ってことだよ?」
奴隷状態のままでは、会長にはなれないのでレガリアは持てないらしい。
何度か試したがやはりダメだった。
「俺、こんな状態でも、莉亜の奴隷なんだな」
「形式的にはそう……なんだと思う。けど、おかしいよ。こんなこと……」
愛里の表情は険しく、深いしわが眉間に刻まれていた。
相当気に入らない状況なのだろう。
ちらりと莉亜を見ると、嬉しそうにほくそ笑んでる。
うむ、最悪だ。こいつの奴隷なんて勘弁して欲しい。
「じゃ、じゃあ、このレガリアは、私がもらっていいのよね?」
「俺は構わんが……愛里はいいのか?」
「え……あ、あたしも……いいよ。譲る……」
上の空気味に愛里は返事をする。すでに興味はそこにないのだろう。
俺は取れないし、愛里がいらないというなら、莉亜しかいない。
完全に棚ぼた状態だ。
莉亜は嬉々と衣川に近寄り、手をかざす。
淡いオレンジの光が莉亜を包み込み、莉亜の小さくて平らな胸の上が眩しく発光した。俺の時とは全く違う現象だ。うまくいったのだろう。
「できたぁ! ……これで二つ目だわ! やったぁ!」
自分の胸を莉亜はのぞき込み、心から嬉しそうな声を出す。
ちらりと見ると、小さな胸の上に、レガリアが二つ並んでいた。
莉亜の嬉しそうな顔を見ているとふいに、昔の記憶が頭をよぎる。
エリスが喜んでいるときのことを思い出した。
何年近くも苦楽をともにした相手、エリス。
彼女がいてくれたら、リノア姫以外にも、心を許せただろうし、あんな未来にはならなかったかも知れない。でも、彼女は唐突に裏切った。
助けたはずの村人達を殺しながら、血まみれでエリスは告げたんだ。
『英雄ごっこ、飽きたから魔王に戻るね』
エリスはいつもおちゃらけながら、ふざけたことを言う奴だった。
だから、その時もなにかの冗談だと思ったくらいだ。
あの時のショックは、今でも頭から離れない。
もちろん、ただ騙されただけなら、傷はそれほどでもなかっただろう。
でも、魔王アバタールは、その姿を好きに変化させられる『化身』の力を持っていた。性格や動作、匂いや声などを完全に真似できる力だ。
そんな奴が相手ではもう誰にも、背中は任せられなくなった。
だから、俺は最後まで一人で戦うと決めたんだ。
嫌な思い出を払うように頭を振ると、莉亜から腕を引っ張られる。
「――ちょっと聞いてるの?」
「あ、すまない。なんの話だ?」
「だから、レガリアが二個になると、主人と奴隷とのパイプが太くなるって話よ。つまりね。それだけ魔力効率が上がるの。例えば、魔力十の魔法があったら、レガリアが二つになると、五で使えるってわけ」
「ってことは、俺が使える魔力量も、単純に増えたってコトか?」
「そうなるわね!」
「……試してみていいか?」
莉亜がコクリと頷く。
俺はゆっくりとではあるが、さっきより大目に魔力を生成してみる。
体中にみなぎる強い力の波動。
確かに愛里と戦ったときよりもスムーズに流れて込んできている気がする。
その瞬間――
「は、はぅっ――い、いや……い、イ……クッ――」
莉亜はぺたりと座り込み、体をぴくぴくさせていた。
いつもの二倍増しで、激しい嬌声だった。
「お、おい……大丈夫か?」
顔を赤らめて、莉亜は乱れた息を整えていた。
しばしの沈黙のあと、ものすごい形相で莉亜が立ち上がる。
「だ、大丈夫なわけないでしょ! どうしていきなり全開にするのよ!」
「……ぜ、全開?」
半分も使っていない。
これは全開で使える日は来るのだろうか。
それにしても――
「お前って、魔力吸われると性的に感じてないか? いま、イクって……」
「は、はあぁ? そ、そそ、そんなわけないでしょ! て、ていうか、そんな経験ないし、なんのことだかわからないわ!」
顔を真っ赤にして、莉亜はそっぽを向く。
少しだけ股をもじもじとねじったのが印象的だった。
それを寒々と見ていたのは愛里。
「二人って……すごく仲いいよね……?」
「そんなことはない」「でしょ!?」
冷めた反応の俺とは裏腹に莉亜は嬉しそうな声。
仲がいいとか本当に勘弁だ。けれど、莉亜はどこか放っておけないのは、リノア姫に似ているからか。それとも……
――不意に天理の顔が浮かぶ。
どうやら俺は、馴れ馴れしい奴を放っておけないようだ。




