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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
この手にある幸せ

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十五 棄郷

 やるべきことを行ったという自覚がある。そしてそれはもしかしなくても私の人生における最重要事項だった。両親の墓は、そのまま他のだれかの目に留まることもなく朽ちて行くだろう。すべては土に還り、やがて野花が咲くだろう。それでよかった。

 ケシュキタロの家を遺棄するために、私はマンネの手を借りて残置物の整理をしていた。とは言っても、日常的に用いていた物の他は、ほとんどが動物の皮や加工されたものだ。買い手がつきそうな物はマンネが乗ってきた馬車へ。カビが生えていたり加工のしようがない物は火に焚べて燃やす。髪の毛を焦がしたような匂いが鼻をつき、煙で涙がにじんだ。だが、それが悲しみのせいなのかどうか、自分でも判じかねた。

 私がそうして外で火を見ていると、異腹の兄がやって来てこちらの顔色を窺うように見た。私はそれを気にも留めず屑皮を火に足して行く。やがて異腹の兄は居心地悪そうに私へ尋ねた。


「なにを、している」

「屑皮を燃やして処分している」

「なんでだ」

「家の整理を。もう戻らぬから」

「なっ、なんでだ。ここに住むんじゃないのか?」


 私は火を見たまま答えた。とくに相手の顔を見たいとも思わぬから。


「両親が亡くなった。もう居る意味もない」


 男ははっとしたように息を呑んだ。そして後退り、駆け去って行く。

 これで、疎まれていた村外れの皮なめし老夫婦の死去は村に伝わった。家はどうにかされるだろう。せめて金目の物は置いていかない。私なりの意地だ。

 すっかり燃やしてしまった辺りで、マンネが夕食を作ったと呼びに来てくれた。ありがたくともに与る。遠慮がちに扉を叩かれたのはそのときだ。先ほどの男だった。


「なんの用か」


 私が特に歓迎するわけでもない言葉を吐くと、目に見えて男はたじろいだ。しかし背を正して言う。


「親父が、おまえに会いたい、と言っている」


 なんの冗談を、と私は軽く笑った。おもしろかった。私は扉を閉めて室内に戻る。しばらくの後に男は扉を開けて、なにかを言いたそうに食事をしている私とマンネを見た。それに、いくらか片付いた皮なめし小屋の中を見回す。

 やがて、意を決した様子で言った。


「……うちに、来てくれ。親父が待っている」

「なぜ。会う必要も理由もない。顔を見たいとも思わない」

「親父が、会いたいと」

「知らぬよ、そんなことは。感傷に浸りたいなら余所でやってくれ。私を巻き込むな」


 私の生まれた背景は、マンネに話してはいない。けれど察することはあったのだろう。彼はまるでなにも聞こえていないかのように食事に取り掛かっていた。彼の作った燻製肉の汁物は美味かった。


 私にとって、胤の父など赤の他人だ。


 翌朝、私とマンネは準備を終えて幌馬車の御者席に乗り込んだ。荷は多くない。両親の思い出として、シピが皮へ書き写した私の手紙を懐に入れた。元の手紙も大事に保管されていた。それは、養父母の墓に添えて来た。

 村を出る際に、幾人か言葉なく見送る様子があった。ちらりとそちらを見ると、昨日の男に、その妹。それに、老人。

 もしかしたらあれが私の胤父なのだろう。なんの感動もなく、私はキヴィキュラを後にした。


 そして、約半月の旅路。気楽だった。これまでの人生の中で、きっと、一番。マンネは、私をラウタニエミへと導いて、シニサマランの拠点にて指示があるはずだと知らせてくれた。両親の遺した皮や革製品は、すべて彼に託してさばいてもらうことにした。話せなくとも、彼は腕利きの商人なのだ。

 キヴィキュラ村の雪の香りがする景色とはまるで違う、乾いた工業都市の匂いが鼻腔を刺激する。油に汗、それに金属臭。人工物に取り囲まれた感覚を持った。それは長く静かな白の冬を過ごした私にとって、いささか窮屈だ。


「おかえり、ラウリ」


 石造りの建物の中、分厚い壁に囲まれた部屋は、暖かさよりも圧迫を与える。窓の硝子越しに差し込む光はどこか冷たく、遠い。

 私を出迎えたウルスラはあの笑みを崩さず、いつも通りの声で言った。


「ここで休むといい」


 それはもちろん、慰労ではない。商隊に加わることなど許されず、街を歩く自由もない。

 事実上の軟禁だ。

 私への疑いは、晴れていないのだろう。


 私は笑った。こんなことなら、私をあの白くて孤独な村に、棄てておいてほしかった。


 手紙のやり取りは許可されていた。ひとまずラウタニエミに住むヴィエノへ手紙をやったが、結婚してあの長屋を退去していたようだ。転送されて返事にはしばらく間があった。私のことを心配していたことや、新妻のかわいらしさについて力強く書かれている。新居へ遊びに来てほしいとも。私はほほ笑んで、謹慎中のために行けないことを詫びる文面を送った。

 すぐに本人がやって来た。愛らしい女性を連れて。よほど自慢したかったのだろう。歓迎の宴をできる裁量もないので、ただ茶でもてなした。質素でも歓びがそこにあれば、それはもう宴なのだと理解できるひとときだった。


「私の妻のアウネだ。アウネ、こちらが前に話していた、私たちの世話人殿だ」

「ああ、その名で呼ばれるのも懐かしい。奥方、ヴィエノの小さいころの話などはいかがか?」

「ぜひ!」

「え、ちょっと待って、なに言う気?」


 声を上げて笑うなど、どれくらいぶりだろうか。ヴィエノは本当に、私の心を和ませてくれる。

 しかし、そうした優しい時間ばかりではない。その報はある日、夜の帳を切り裂くようにもたらされた。

 街中から、低く押し殺した人々のざわめきが波のように届いた。たとえシニサマランの建物から出られなくとも伝わるほどだった。それはいつもの酒にまかせた空騒ぎではなく、ざらりとした手触りの、どこか不快な。

 私がその理由を把握したのは、日付が変わるころだった。シニサマランに雇われている警備員が私へと耳打ちした。


「どうやら、ウスヴァカッリオの鉱山内で、坑夫と囚人たちが衝突して、暴動に発展したようだ」

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