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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
本編

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第三十三話 噂

 劇が終わり、少しずつ人々が席を離れて行く。シピたちはその波を避け、あらかたの人が退場してからその場を立つ。明かりが揺れている。開け放たれた出入り口から、香の煙が入って来る。

 シピは自分の腕に目をやる。オネルヴァの小さな手が、まだ袖を握っている。ずっとこのままでいられたらと思う。この世の果てまで、そうしていけたらと願う。それが歪んだ独占欲だと、ちゃんとわかっている。


 外はもうすでに、夕日色に染まり始めている。三人で天幕村の方向へ足を向けながら、肌寒さの中の熱気を身にまとう。

 オネルヴァは周囲をくまなく見渡している。もしかしたらシピも、自分だけでここにいたならそうしていたかもしれない。けれど、オネルヴァがいる。シピは、彼女のようには無垢になれない。

 人混みを縫って市外へ出る。自分たちの幕屋へ戻る。その途中の通路も出店も、初冬の夕方だというのに賑わっている。市内での祭りの空気感とはまた違い、色濃く商売の香りがする。実際に、やり取りされているのはその場をたのしむ飲食物ではなく、これからの冬を越えるための資財や食料だ。子どもの姿はない。

 夕食のための買い出しのため、マンネとは幕屋の入り口で別れた。オネルヴァとともに中へ入ると、人影がありぎょっとする。ウルスラだ。


「よお。どうだったい、祭りは」


 部屋の真ん中であぐらをかき、煙管をふかしつつ機嫌よくそう尋ねて来る。オネルヴァはシピの袖口から手を離して、ウルスラへと小さな身振りをする。


「おー、おー!」

「なんだいそりゃあ?」

「劇を観たのだ。冬の精霊のヤギの話を」


 オネルヴァは、言葉にできないもどかしさを感じているようだ。何度か手を上げ下げして、納得がいかないのか首を傾ぐ。その様子を見てウルスラは笑った。


「そりゃあよかった。たのしめたんだね」

「とてもよかった。私もオネルヴァも、多くのことを見聞きし、学べた。ありがとう」

「なんもさ。祭りはあと一週間ある。その間にもいろいろあるだろうよ」


 ウルスラは、明日以降は天幕村での仕事を手伝うようシピへと要請した。それにはオネルヴァを伴っていいらしい。仮面を外しつつ承諾する。シピは、自分が早く成長しなければならないと思っている。オネルヴァをしっかりと守れる人間にならなければと考えている。よって、そうした世俗の仕事に慣れることは急務だと思えた。


 商品の管理と、実際の売買。シピはひとつの幕屋と出店を任された。オネルヴァは間引きや置き引きがないかを監視するという名目で椅子に座っている。その仕事の意味を理解しているのかわからないが、それでも退屈した様子もなくじっとしている。扱っている商品は職人が作った胸飾りなどの小物だ。高価なものであればシピも緊張したと思うが、銅貨のやり取りで済む手頃な価格のもの。ウルスラ側の気遣いだろうと思えた。マンネもずっと着いてくれている。女性客がほとんどで、数日もすればシピは接客にも慣れた。

 そうして与えられた仕事の合間に、また市内へ行って屋台を巡る。ほとんどの種類を三人で食べ尽くした。

 そして、それは初日に食べた揚げ菓子をもう一度買おうとしていたときだ。


「マンネ!」


 聞き慣れない男声がマンネを呼んだ。オネルヴァとともに屋台の列に着いていたシピは、そちらを見る。背の高い旅装の男が、マンネに何かを耳打ちしている。そして、彼の視線はシピをまっすぐにとらえていた。マンネの顔がこわばり、目が一瞬泳ぐ。シピは、どきりとする。なにかあったのだ。

 マンネは足早にシピの元へ来る。そして真剣な表情で腕を取り、歩き始める。シピははぐれないようにオネルヴァの手を取りそれに従う。向かったのは三人の幕屋ではなかった。ウルスラが寝泊まりしている幕屋の傍だ。


「乗って」


 すぐにでも動けるようにした幌馬車がそこにある。ウルスラ自身も身支度していた。わけもわからずシピはオネルヴァに手を貸して馬車へと乗せる。中にはオネルヴァが大事にしている世話人の外衣が置いてある。シピがタイヴァスから持って来た物を入れた鞄も。

 シピ自身も乗り込み、マンネを振り返える。彼は真剣な表情を崩しておらず、馬車へ乗り込もうとはしなかった。


「どこへ? マンネは?」

「置いて行く。出すよ。幌を閉めて」


 言うが早いが、すぐに馬車が動き出す。御者はマンネを呼びに来た旅装の男性のようだ。幌を閉めろと言われたが、シピは遠ざかって行くマンネを見ていた。マンネは、なにかを飲み込むような表情で、シピの顔を見ると一礼した。


「はやく閉めろって!」

「……失礼した。なにがあったのだろうか?」

「あんた、仮設街で噂になってたのを知ってるかい?」


 馬車は幕屋の間を縫って外れる。そして街道へ。そこからは乱暴とも言える運転になる。シピはウルスラの顔をまともに見て、なんのことを言っているのか思案した。


「ああ、気づいてなかったかい。あたしも把握してなかったんだ。まったくの落ち度だよ、すまんね。神の足にそっくりな男が、天幕村にいるって話が流れていたらしい」


 背筋が伸びる。シピは、幕屋張りの手伝いをしたときに女性から声をかけられたことを思い出す。


「――しかも悪いことに、タイヴァスがね。昨日あんたを指名手配扱いにしたんだと。秘密裏にね。うちのモンから連絡が入った」


 ひゅ、と喉が鳴った。胸の奥に冷たい石を落とされたような感覚を覚える。

 指名手配。物語で読んだことがある程度の単語で、自分に適用されるなど、これまで想像したこともなかった。オネルヴァはシピとウルスラを見比べている。ガタンと大きな音を立てて馬車が揺れる。馬車の中にあった小さな積み荷が転がった。

 ウルスラはその積み荷を手に取り、シピへと押しつける。なんだろうかと問う前に、ウルスラは言う。


「あんたの取り分だよ。田舎じゃ金貨なんて使えないから、銀と銅だけ入ってる。準備しておいてよかったよ」

「……ありがとう。……私たちは、どこへ向かっているのだろうか?」


 不安な気持ちをどうにか胸に押し留めて、声色にも出さないようにシピは尋ねる。オネルヴァはシピをじっと見ている。ウルスラは答える。


「キヴィキュラ。あんたたちが行く場所として、あの人が指定した村だよ。本当は雪が降り始めてから連れて行くつもりだった。でもそんな悠長なことは言ってられない」


 あの人とは。ウルスラがそう指すのは、オネルヴァの実父である世話人のことに思えた。シピはオネルヴァを見る。オネルヴァもシピを見ている。


「あの人の親……ていうか、育ての祖父母がいるらしい。途中でこの馬車を乗り換えて、そこからまた二日だ。途中からは歩くよ。しっかりお姫さん抱っこしてやりなね」

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