第三話 器
本日3話目です
シピは、捕われてしまった。――いや、囚われた。
それは、昨日。豊穣を願う祭りの終わり。いつものように五人で御輿を担いだ。そしていつものように御輿の部屋に安置する。声もなく去る。それだけ。
毎年のことで、務めでだれかが泣くことももうない。だから御輿の絹は動きもしない。けれどシピは、あの初めてのときから、ずっとそれを確認してしまう。
そして、ほんの気まぐれで。いつもならば、まっすぐに浴場へと向かい、身を清めるのに。
柱の陰に身を隠した。けれど、すぐに後悔する。だから身を翻し、戸口へ向かおうとする。だが――
薄絹が、わずかに揺れた。柱から身を乗り出した瞬間、シピの動きが止まる。
白い指先。小さな手。目を奪われて離せない。なにも身に着けていない足先がそろそろと出てきて、階段を踏む。
シピは、御輿から出てくる『姫神子』を見てしまった。
目が合い――シピは混乱して、逃げた。
そのゆえに、今日がある。
恐る恐る窺ったが、シピが禁を犯して姫神子に接触したことは、だれも気づいていないようだった。
そして、調べたのだ。これまでの『姫神子』について。それに――今の。
今年はタイヴァンキが姫神子を奉じる都市になって二百年目という、節目の年だった。多くの名を持たぬ姫神子が役をこなし、去って行った。そう記録されている。だが、シピたち神の足と同じように、すべては番号による記録だ。
シピたちも、書面の上では『十七の姫神子に仕えた足』と記される。シピの『一』から始まり『五』まで。どの世代もそうだ。
シピたちは、タイヴァスでの『すべての』務めを終えたなら、家へ帰ることができる。そしてそこで、親にもらった名で呼ばれる。
事実、そうして市井に下る者が大半だ。けれど『姫神子』は違う。
彼女たちは、次の姫神子の『器』として用いられる。そしてその後のことは知らされていない。シピも含めて、この世のだれも。
ただ唯一語られているのは、ここはタイヴァス――天空と名のついた場所だ。
そのようなものだと思っていた。不思議に思うことはなかった。
姫神子は、天に帰るのだと。
シピは、自分が恐ろしくなった。昨日はっきりと『姫神子』の姿をこの目に見るまで、なにも疑問に思わなかったことを。
わかった。知ってしまった。『彼女』は『人』だ。
シピたちと同じ、人間だ。
それなのに――時が来れば、ただ器として扱われ、おそらく、その先は――
身震いした。
そして、彼女を『器』として用いるのは、シピたち『神の足』だということに、怖気が立った。
すべてはこう仕組まれている。
新たな『姫神子』が生まれ、その子どもがおおよそ五歳になったあたりで、正式に『姫神子』として祀られる。
それまでの間に歳の近い、美しく強健な男子に育つ見込みのある男の子を集めて来る。五人。
そして『教育』を施す。それは文字通りの勉学でもあるし、心身を鍛えるための肉体的な訓練でもある。
その中には『姫神子』に関する知識もある。彼女たちがどのように『穢れ』を身にまとい『姫神子』ではなくなるのか。
そしてシピたち『神の足』は、その後『胤』と呼ばれるようになる。
天へと帰る『姫神子』を、この地へ留める役割になる。穢れを帯びた元『姫神子』と交わり、新たな『姫神子』を迎えるために。
『穢れ』とは――彼女が血を流すようになること。
そして、六回目の穢れの後、シピたちは、彼女を孕ませる。シピが呼ばれる『一』とはそのことだ。御輿の担ぎ順などではない。交わる順番だ。
最近、シピは『一』であるがゆえに、ただひとり、特別な教育を施されていた。それは元『姫神子』を労るための知識だった。
五人の男を器として受け入れるのは、姫神子だった体には大儀なのだという。なので、初の交わりは儀式として行われる。
それは『器の儀』と呼ばれる。流れた血を拭った布をもって、彼女が姫神子を産む器になったと知らしめるのだ。
ふと、好奇心だった。
それで、柱の陰に隠れた。
自分が習った儀式を行うのは、どんな存在かと。
そして――囚われた。
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