番外編 ジルの受難 前編
ちょっとだけ肌色要素あり。
番外編なので本編には関係ないです。
「こんにちはエルザさん」
保護者同伴という事で外出許可を貰った私は、やっぱりというかジルを伴って、エルザさんの下を訪れていました。
ジルは街に出すのが嫌そうでしたけど、腕にくっついていたら仕方なさそうに許可してくれました。べったりしてしまえばはぐれる心配もないですもんね。
そうしてやって来たエルザさんのお店。エルザさんは相変わらずの美貌に気怠い雰囲気を纏わせて、カウンターでのんびりしていました。
「おや、嬢ちゃん、ジル坊やまで。どうしたんだい?」
退屈そうにアッシュブロンドの髪を弄っていたエルザさんは、私達の姿を見て口の端を吊り上げます。その表情だけで大半の男性は魅了されるであろう事は予想出来ました。ジルには全く効いてないですが。
「魔道具のお礼を言いたくて。指輪のお陰で色々救われました。ありがとうございます」
「ああ、それはちゃんと売買で嬢ちゃんが手に入れたんだから、お礼なんか要らないよ」
気にしないでおくれ、と愉快そうに瞳を細めるエルザさんに、頭を下げておきます。
この指輪のお陰で死を回避出来て、……まあジルにちょっと過保護が出てしまいましたが、それでも命を救って貰ったのです。とてもこの指輪には感謝しているのですよ、とチェーンから提げた指輪を撫でて苦笑。
ジルもそれには感謝しているのか、ありがとうございます、と私と同じようにお礼を言ってます。ジルの首にも、私と同じチェーンから指輪がぶらさがっていました。
「律儀な事だねえ。で、今日はそれだけじゃないんだろ?」
「あ、はい。魔道具の事勉強しようと思って、見学に」
「へえ、冷やかしはお断り……って言いたい所だけど、嬢ちゃんが真面目にそう思ってるから良いよ。好きなだけ見ていきな」
「ありがとうございます」
案外エルザさんは子供に優しいらしく、私が瞳を輝かせると柔らかな笑顔を浮かべます。面倒臭がりに見えて、実の所面倒見は良いらしいとはジル談です。
店主の許可を貰ったので、店内をぐるりと一周。これは何かと聞く度に、エルザさんは律儀に説明してくれました。偶に何の目的で作られたのかさっぱりな魔道具もありましたが、エルザさんのお店にはそんな物も沢山あるらしいです。
「嬢ちゃん、これなんかどうだい? 面白いよ?」
「これは?」
色んな物に目を惹かれていると、エルザさんが手招き。小走りで駆け寄ると、私の目の前に一つのガラス瓶が差し出されます。青いビー玉サイズの何かが詰められているそれは、店内の僅かな光にきらきら輝いていました。
「使い捨てなんだけどね。この飴を食べると面白い事が起きるんだ、ああ危険とか副作用はないから安心しな」
「……面白い事?」
この球体はどうやら飴だったようです。試しにとエルザさんはガラス瓶を揺らし、からんと擦り合う音を一つ。掌に青い球体を乗せて、私に向けて掌を差し出しました。
「試してみるかい?」
「え? でも、」
「別に料金は取らないし、危険はない。寧ろ嬢ちゃんが嬉しくなる事かな」
「……リズ様、あまりエルザさんを信じないで下さい、快楽主義ですから」
ちょっと気になる私ですが、ジルは飴を警戒している模様。そんなに構えなくてもいいのに……とは思ったものの、ジルが「私も何度か魔道具で遊ばれました」と小さく呟いたので、エルザさんを庇えません。
……まさか、こんな子供にまで取り返しのつかない悪戯はしませんよね?
うー、と唸りながら飴とエルザさんを交互に見て躊躇っていると、エルザさんは苦笑を浮かべて私の掌に飴玉を握らせます。
ジルはそれを咎めるように、エルザさんに鋭い視線を投げているのですが、エルザさんは肩を竦めるだけ。
「そこまで心配するなら、ジルもついていておやり。ほら、そこの部屋で試して来てごらん?」
「……じゃあ」
「リズ様!」
「……だって、好奇心が……」
面白い事が起きるとか言われたら確かめたくなるのが人間でしょう。好奇心猫をも殺すとも言いますけど、エルザさんは危険がないと言いましたし。
「本当に、私に危害はないのですよね?」
「そこは保証するよ、嬢ちゃん傷付けたらヴェルフの坊っちゃんやジル坊を怒らせるしね」
二人とも怒らせたら怖いと知っているので、エルザさんの言葉に頷きます。
……少なくとも大規模の犯罪組織をぶっ潰した二人ですからね。怒らせるとどうなるか、想像に難くないです。
それに、客をお試しの魔道具で怪我させたとか、そんな事があれば店の沽券に関わります。わざわざ不利な状況に飛び込まないでしょう。
「なら、試してみます」
「あいよ。あ、これは試した後にこの袋をあけておくれ、おまけだ」
またもぽいっと投げられた布袋を、飴玉を落とさないように気を付けながらキャッチ。重さはそこまででもありませんが、これは一体なんなのでしょうか。
エルザさんに視線で聞いてみるものの、エルザさんは「飴を食べてから」の一点張り。……まあ、悪いものが入っている訳でもなさそうだから、素直に受け取った方が良いのでしょう。
「ジル、大丈夫ですよ、そう危ない事はないですから」
「……リズ様が、そう仰るなら」
少し不満そうに頷くジルに、エルザさんはにやにやしています。どうやら私に対しては素直に従うジルが面白いようです。ジルが軽く睨んでも、そのままからかうような笑みのままなエルザさん。何故か少し生暖かい眼差しでした。
「じゃあ、少し部屋をお借りしますね。何故部屋を移さなければならないのか分かりませんが……」
「魔道具が大量にある部屋で使われて、もし何かあったら大変だろう?」
「成る程」
「リズ様、エルザさんの言う事はあまり信用しないで下さいね。大概エルザさんがさせたい事の為に、そう働きかけてますから」
「……どれだけエルザさんを警戒してるんですか」
「リズ様に危害を及ばせない為です」
被害者であると主張したジルは、そのまま私の肩を抱いて部屋に促します。何かあったら即座にエルザさんへ魔術をかましそうで、ちょっと不安なのですが。
「嬉しくなる事って何なんでしょうか」
一種の物置みたいな小部屋に入って扉を閉めてから、私は青い飴玉を眺めます。
確かに魔力は感じるので魔道具だとは思うのですが、食べる魔道具とか聞いた事ないですし。流石に体内に長期間残留するような物ではないと信じたいですね。
「分かりませんが、ロクでもない事だと思います。もし異常があったら慰謝料請求しましょうね」
真顔で辛口コメント頂きました。
……昔、ジルがどんな目に遭ったのか逆に気になって来ますよね。今度ジルが居ない時にこっそり聞いてみましょうか。
「そ、そこまでですか……じゃあ、いきますね」
躊躇っていたらジルに止めさせられそうなので、思いきって飴玉を口の中に放り込みます。
飴とか言いつつ舌に乗っても何の味はかんじなくて、飴玉? と首を捻った瞬間、溶けるように一瞬で固体が消えてしまいました。
粘膜から即時吸収なのか、舌先からじんわり熱くなって、その熱は全身に直ぐ回る。内側から熱を発するように火照り始めて、ちょっとくらくらしてその場に崩れます。
「リズ様!」
ジルが慌てて屈んで私の状態を確認しようと顔を覗き込んだ瞬間、私の中で何か弾けるような感覚が湧き起こります。決して嫌な感覚ではないけれど、とても、変な感覚。
違和感にも似た感覚が全身を支配します。それから、全身が熱くて、末端から拡張するような感覚が勢いを増します。
熱が頂点まで極まった、そんな事を無意識に感じた瞬間、私の体は眩い光に包まれました。
目を刺激する光に、堪らず瞼を閉じた私。暫く目を瞑っていると、先に視界が回復したらしいジルが、「……は?」と狼狽の声を上げています。
「うー……何で光ったんですか……」
私も続いて目を開けて、まだちかちかする視界に瞼を擦ります。少し明滅する視界でジルを見上げると、丁度ジルが、いつの間にか脱いだらしい自分のローブを私に被せて来る瞬間でした。
一気に見える景色が真っ暗になって、勢いよく覆われたせいでわぷっと変な声が出てしまいます。布地で鼻を打ったのでちょっと痛くて、もー……と軽く不満の声を上げておきました。
「ジル、いきなり何を、」
「リズ様はそこで待っていて下さい!」
「え、え?」
ローブから顔を出して文句を言おうと思ったら、ジルが大慌てで扉から出て行くのが見えました。横顔しか見れませんでしたが、何だか顔が真っ赤です。耳まで赤くなっていて、ジルは掌で顔を押さえていました。
それから、扉の向こうから聞こえて来る怒声。
「っあなたは何をしてるんですか!」
「えー? ジル坊やに良いもの拝ませてあげようと」
「何で私をあの場に入れたのですか!」
「心配性のジルを安心させる為に? でも私は最初嬢ちゃんだけを入れようとしたんだよ?」
「っ、これから私にどうしろと。リズ様に申し訳無くて顔を見せられません」
「そりゃあそんな真っ赤だったら、本人には見せられないよねえ。ちゃっかり見たって言っているような物だもん」
「っ!」
エルザさんとジルは、喧嘩というか言い争いをしています。珍しい事に、ジルが押されていますが。
というか、何でローブをかけられたんですかね。
ジルのローブを体から剥がして、そこで最初の違和感。
……先程は訳が分からなくて気付きませんでしたけど、何故ローブが素肌に当たっているのでしょうか。今日は長袖で来たから、その服越しに布地を感じる筈なのに。
座り込みながら、ちらっと自分の体を見下ろして……ああ、とさっきのジルの慌てぶりに納得がいきました。
そりゃあいきなり、子供の私が成長して全裸だったらびびりますよね。
……うん、……エルザさんの狙いが分かったというか。さっきのにやにやは、こうなる事を分かって笑ってたんですね。
「漫画じゃあるまいし……」
前世にあった、とある漫画を思い出して、私はちょっと頭が痛くなりました。何でこうなった、お約束パターンそのものじゃないですか。
溜め息をついて、改めて自分の体を客観的に評価。
手足は、大分伸びているのですかね? 立ち上がってみますが、身長はそれなりに伸びているみたいです。そこまでではないですが、恐らく一般的な成人女性前後はあるかと。
胸元は、……おお、結構ある。詳しくは言いませんが、巨乳ではないでしょうが、水平線に近い訳では決してない。適度に膨らんだ、年頃の女の子らしい体つき。腰もそれなりに細い、でしょう多分。鏡がないから分かりませんが。
恐らく、今の私に十歳くらい加算した時の肉体、そんな感じですね。太ってなくて良かった。
服がすっかり消えているので、何処に行ったのかかなり疑問なのですが……それはおいおいエルザさんに聞くとして。
裸でどうしろと。
ジルがローブをかけてくれたから、一応隠せなくもないですけど……確実に前が開くので、あまり教育に宜しくない格好です。ジルはまだ一応成人してないですし。
扉の向こうではまだジルとエルザさんが言い争ってますから、出て行く訳にもいきません。
どうしたものか……と再度嘆息する私に、一つの布袋が視界を掠めます。
……エルザさんは、食べた後に開けろと言いましたよね。この事を見越していたなら、服の一つや二つ、入っていてもおかしくないでしょう。というか入れて下さい切実に。
「あ。あった」
半ば祈るように袋の中身を出した私に、布袋は期待に応えてくれました。
中には、あつらえたように私の背丈に合った服が一着、それから用意周到というか下着まで用意されています。……紐なのはあれですよね、サイズが分からないからですよね? エルザさんの趣味じゃないですよね?
裸で出る訳にもいきませんから、取り敢えず着ますけど。
「ええと……あの、エルザさん……?」
きっちり服と下着、靴を身に付けてから、私はそろりと扉を開けて二人の元に歩み寄ります。
二人はまだ言い争いをしていましたが、私の姿に気付いて一旦停戦。
私を見た反応は正反対で、ジルは絶句。エルザさんは口の端を吊り上げて、にやっと意味ありげに視線をジルに一瞬送ります。それを受けたジルが頬を赤くするのは、何だか新鮮でした。
「これ、どういう事ですか?」
「おやまあ、すっかり美人さんになっちゃって」
「先に言って欲しかったんですが」
最初から言ってくれたらジルを入れなかったのに。
「はは、そこは楽しみだよ。どう? ピッタリだったろう?」
「びっくりするぐらいぴったりで引いてます」
私の体に合わせた寸法になっている事に一瞬寒気がしました。まあ比較的布に余裕のあるデザインではありますが、胸周りと丈が丁度良いサイズで私にフィットするのは狙っているとしか思えません。
スカート部分の裾を摘まんで、自分の姿が違和感を隠しきれていない事に溜め息。
白いサマードレスを纏っていますが、色々肉体が違い過ぎて困るのですが。
胸の下はリボンできゅっと絞られていて、胸を若干強調しています。そこから広がる布地はふんわりと空気を含み、スカート部分の生地が薄いからか透けています。それが幾重にも布が重ねられて段を作っていました。
首にリボンで固定するタイプだったので、肩は剥き出し。二の腕だけは、微妙に繋がっているバルーンタイプの短い袖で隠せていますが、デコルテ部分は素肌丸見えなので非常にやりにくい。普段はあまり肌を見せないから、すーすーする感覚が物凄く違和感です。
「……ジル?」
あまりに無反応なジルに、ちょっと不安になって来ました。別に服装は避暑地のお嬢様スタイルで、似合うかはさておきまとも……だとは思います。少なくとも全裸よりは。
「……あ」
「どうですか、似合いますか?」
ちょこんと裾を摘まんでくるっと回ってみると、ジルは非常に困った顔で視線をさまよわせています。……あ、ジルはさっきすっぽんぽんを見てるから反応に困りますよね。
私としては、まあそりゃあ見られて恥ずかしいには恥ずかしいですが、あまりに急過ぎて羞恥より呆然とする方が先でした。
それに、何か借り物の体みたいで全然馴染まなくて、自分の体とは思えないから見られても……と思ってしまいます。他人事のように感じてしまったのですよ。
「よ……よくお似合いですよ、リズ様」
「……目を見て言って下さい」
「似合ってます!」
そんなムキになって言われると、似合ってないのでは? と思うのですが。鏡が欲しいところですね、もしかしたら顔に合わない服装なのかもしれません。キツい顔立ちになっていたら、こういう可愛らしい清楚な服は合わないでしょうから。
元凶のエルザさんは非常に愉快そうににやにやしています。ジルがこんなにも狼狽しているのは中々に見れないので、それが楽しくて仕方ないといった表情ですねこれ。
「これどうやって戻るんですか? 赤い飴でもあるんですか?」
「いや? 三日くらいすれば勝手に戻るよ?」
「物凄く長いですね、もう少し早く直らないのですか」
「無理は体に良くないからね。それに、折角成長したんだから、楽しんでみても良いんじゃないかな?」
つまりこのままで過ごせという事ですね分かります。
でもエルザさんの言う事も尤もです。折角本来では有り得ない肉体になっているのですから、ちょっとくらい楽しんでも良いのではないでしょうか。
……ジルは相変わらず口を閉じて視線を下に落としているのですけどね。
「ほらジル坊や、嬢ちゃんを家までエスコートしておやり。こんな女の子をそのまま外に出すと、また誘拐されちまうよ」
「分かってます」
「然り気無く腰を抱いてやれば良いと思うよ?」
「しません! いい加減にして下さい!」
ふざけた口調のエルザさんに声を荒げるジルは、ハッと此方を見ては気不味そうに視線を逸らします。
そこまで過剰反応しなくても良いのですが……。体が変わっても中身は変わらないのに。
「……別に一人でも帰れますよ? ジルが嫌なら一人で、」
「いけません! ……帰りましょうリズ様、早く」
「え? あ、ちょっ、ジル? ええとエルザさん、服と靴ありがとうございます」
「んー、良いよ良いよ、ジル坊やの面白い反応見れたし。お代はまた戻った時にジル坊やの反応を聞かせてくれたら良いから」
意地の悪い笑みを湛えたエルザさんの言葉を背に、私はジルに連れられて強制的に店を出る事になりました。
「おー、大人になると視点が違いますね」
路地から大通りに出ると、相変わらずの賑やかな店構え。ただ背の低い頃とは違って、何もかもが新鮮に見えます。店頭に並んだ品物だって、前より小さく見えたりしました。
ジルはやっぱり此方を向いてくれずに、そのまま歩きます。私から離れないようにはしていますが、あまり、触ろうとはしません。
流石にはぐれるのも怖いので、朝と同じようにジルの腕へ自分の腕を絡ませると、大仰に体が揺れます。ぎぎ、と油のささっていない機械のようなぎこちない動きで、ゆっくりと此方に顔を向けるジル。
「……リズ様、お離し下さい」
「嫌?」
「っ、嫌というか、……対応に困るというか」
視線が迷子になっているジルの頬は、少し赤い。くっつくのが駄目なのか、ちょっとでも体が腕に引っ付こうものなら逃げ腰になっていました。
今気付いたのですが、腕を絡ませると胸がちょっと当たるんですね。子供の時には有り得なかった現象なので、胸という存在を失念しておりました。
「別にジルにとって私は子供なのでしょう? それなら気にしなくても良いと思うのですが」
「……そうは言われましても」
「じゃあ、手を繋ぐのは良いですか」
中身はジルにとって子供な私に意識させられるのも嫌でしょうから、素直に離れてジルの掌に自分のものを絡めます。途端にほっとしたようなジルの顔、……別に良いですけど、それはそれで不服なんですが。ジルも男の子だというのは理解していますが、今の反応は逆ですよね普通。そんなに私の胸部装甲は耐え難いのですか。
「……ジル、さっきから私と目を合わせないですよね?」
「そんな事は」
「じゃあ何で目を逸らすんですか」
顔を覗き込むと、微妙にさまよう視線。少なくとも視線がかち合う事はないですね、常に私とは違う場所に向いています。
「……そんなに、私が大人になったの嫌ですか?」
「そういう訳ではありません。ただ、リズ様は女性で、あまり無防備に触れられると私が困ります」
「……目くらい合わせてくれたって、良いのに」
そんなに違うのですか、私が大人になった姿は。
ジルが戸惑うのも、分かります。いきなり子供が大人に成長したのですから、扱いに困るのも分かります。……でも、どうしろって言うんですか。私は私に変わりないのに。
「……分かりました、じゃあ触りません」
ぱっと繋いでいた手を離して、ジルが着直したローブの背中部分を掴みます。肌には触れてないし、はぐれる事もない。これならジルも文句ないでしょう。
顔も合うと困るそうなので、ジルの後ろについて行きます。ほらこれなら全く問題ない。だって、真後ろなら私の姿はジルの視界に入らないもん。
「家まで帰って早く父様と母様に事情を説明しましょう。放っておけば戻るらしいですし、部屋で大人しくしています」
ちょっと弾んだ気持ちも急降下。
別にジルが悪い訳じゃないですけど、もやもやする。ジルだって男の子だし、一応成長した女の子に触れるのは抵抗があるとも分かってます。……でも、そんな態度はないんじゃないかって。
やり場のない複雑な気持ちが、空気に乗って頬に溜まる。口から吐き出してもまた溜まるから、最早ご飯を溜め込んだハムスターか何か並みに、ぷっくり頬が膨らんでます。多分、顔が不細工な事になっているでしょう。
途中ジルが一回振り返って、私の顔を見た瞬間目を見開いていましたが、そんなの知らないです。その後何も言わなかったのは、ジルの判断ですし。別に、宥めてくれなくても良いですもん。




