殿下とちょっとした真実
「リズ!」
決闘が終わって一息ついた所に、殿下が飛び込んで来ました。
場所は既に移動していて、父様が陛下に交渉して休憩に一部屋借りてくれたらしく、客室の一つで少し寛いでいました。小さな女の子に無理をさせてはならない、と陛下も気前良く上等な客室を貸し与えてくれるし。何なら泊まっても良いとの事。
陛下、それはどうなんでしょうか。良いのかこんな小娘を独断で泊まらせて。まあ報復があるかもしれないから、との事です。返り討ちにしますけどね。
ジルと父様は後処理やら何やらでゼライス伯爵子息の父君に会いに行ったそうです。つまり「お宅の息子がうちの娘に手を出したんだか」的な文句を言いに行ったのでしょう。未遂で終わって何よりです。
それは良いですし殿下と会うのも構いません。
ですが、ベッドでぽんぽん跳んで遊んでる姿を見られたくはなかったです。
……いや、だって、一度は憧れるじゃないですか、超ふかふかベッドで跳ねるって。家のとは比べ物にならないふかふか感と柔らかさ、堪能したいじゃないですか。土足じゃないですし、加減してちょっと童心に返っただけなんですよ?
「え、えっと、殿下、何か御用事ですか?」
慌てて居住まいを正して、乱れたスカートも直して平常を装います。……す、凄く恥ずかしいし居た堪れない。我に返ると自分でも馬鹿な事をしたと思ってます。
殿下はぽかんとしていましたが、次第にくつくつと喉の奥を鳴らすように笑い始めました。それが羞恥を余計に煽るから、頬の奥が熱くて俯きます。……ちょっと時を巻き戻したい気分ですよ。
「そんなに気に入ったなら好きに遊びに来ると良い」
「か、からかわないで、下さい」
は、始めて殿下に負けた気がする。あんな失態を見られては言い返せない。微笑ましそうに見られるとか、凄くむずむずする。
「まずは、お疲れ様だ、リズ」
恥ずかしくて押し黙る私に、殿下はゆっくりと歩み寄って私の隣に腰掛けます。ソファーではなくベッドなので、何だか微妙な気分になりますね。子供だから良いですけど。
「リズがあんなに強いとは思わなかった」
「相手が力量不足だっただけですよ」
「それでもリズは強い。私よりも」
殿下は少し悔しそうに歯噛みして、手頃なシーツを握り締めます。
王家の人間は、基本的に魔力が高い。殿下もその例外ではありません。今日決闘したゼライス伯爵子息より、遥かに、というか比べるのが烏滸がましい程です。
そんな殿下が劣等感を抱く程、私の魔力量は高いらしく。この度の決闘では全力という訳ではありませんでしたが、それでも殿下は悔しそうにします。
「リズがあんな奴の嫁にならなくて良かったのだが、男としては複雑だ」
「そりゃああれと結婚なんか御免こうむりますからね」
「リズの強さのお陰で最悪の事態は免れた、だが、……私より強いのは複雑だ」
「殿下も魔力量はありますし、ちゃんと三年間さぼらず訓練して来たでしょう?」
殿下は初めて会った時に、私に訓練も勉強も耐えると言いました。その約束は嘘ではなかったらしく、父様から聞いた話毎日しっかり厳しい指導に耐えていたそうです。たった、あの約束だけで。私なんかが言っただけで。
父様から、私は色々な人に大きな影響を与えていると聞きました。見える見えないの差はありますが、私が関わる事で人や物事の流れが変わっているそうです。分かりやすい所で殿下やジル、マリア。彼等は、私が会うと会わないで大きく将来が異なっていたそうです。
私はただ、励ましたり助け合ったりしただけなのに。
「……私は、リズが居なければ、自覚は芽生えなかったかもしれないな」
「買い被り過ぎですよ殿下」
「いや、私はリズが叱ってくれなければ、こんなに頑張れなかった。……これからも、頑張れない。リズは、凄いよ」
殿下は瞳を伏せて、それからゆっくりと私の手を取ります。殿下は私よりも三歳は歳上、思っていた以上に大きくなった掌がゆっくりと包み込みました。
いきなりで対応が遅れてしまって、瞬きをしながら殿下の顔を覗き込んで……ああ、覗かなければ良かったな、とちょっと後悔しました。
きゅ、と求めるように手を握られ、殿下は身を乗り出します。切なげに、懇願するような瞳が、私を捉えました。子供だと分かっていてもドキッとするような、しっとりと湿った私を乞う瞳。
「……リズ」
私は、殿下が正直少し苦手です。嫌いではないけれど、好んで近寄りたくはありません。
何故なら、私に正面から異性としての好意を寄せて来るから。
最初は、ただの吊り橋効果だと思っていました。ただ自分を助けてくれた人間に好意を抱いたのだと勘違いしてしまった、そう、思っていたのです。
でも、彼は私に三年間も好意を示し続けて来ました。現実を見て勘違いだと気付けるように、素っ気なく接して来ても。
つまり、これは紛れもない本物の好意な訳で。
「リズは、私のような人間は、嫌いか?」
囁くように問い掛けられて、言葉では応えられなくて、首を振るしか出来ませんでした。
私の欠点は、好意に弱い事です。打算のない、純粋な好意を向けられると、拒めない。受け入れるとは違いますが、簡単に嫌だとは切って捨てられないのです。
殿下を苦手と何となく思ったのは、無意識に、こういう展開になるのを嫌がったのもあるかもしれません。きっぱりと断ったり出来ない自分が現れるから。
結局の所私も人間だから、殿下を意識してしまうし、好意の一つや二つ抱いてしまう。それが恋愛的であろうがなかろうが、好きには変わりなくて、好きな人は傷付けたくないから。
自分に優しくて本気で好きだと言ってくれる人間を、人間はそう簡単には拒めない。
「リズが私の事を好きではないのは知っている」
「……っ、」
「でも、まだリズは誰も選んではいない。私が選ばれる可能性だってある、そうだろう?」
する、と腰と背中に手が回って、抱き締められる。十歳とは思えない程の台詞と行動に、私は混乱に固まるばかり。七歳の私に、十歳の殿下が口説く。
何故、こんなに殿下は大人びてしまったのか。それはきっと私のせいなのでしょう。十歳とは思えない程、彼は大人びて、艶っぽくなってしまった。普段は幼さの目立つ子なのに、今は、とても十歳とは思えないような色香を得てしまっている。
「なあリズ、私に一つ褒美をくれまいか」
「ほ、褒美……?」
「三年間頑張り続けて、これからも頑張る私に」
しっとりと微笑んだ殿下は、そのまま此方に顔を近付けます。そこからの行動は、私が反応出来ないものでした。
「……で、殿下、三ヶ月前わざと子供っぽく振る舞いましたよね?」
「ん? ああ、あれか。一応本気だったが……少し子供っぽい方がリズは拒まないからな。もっと優しく触れるべきだったとは思っている」
飄々とそんな事を言ってのける殿下に、私は頬を押さえながら表情筋を強張らせます。唇にはされなかったのが幸いですけど、普通にする事じゃない。
というか、こ、この子供、演技しましたよ、普通に私を欺きましたよ。今までのも若干演技入っていましたよね絶対。
まあ欺くと言っても頻繁に私は殿下と会っている訳ではないから、知らない所で成長していただけかもしれません。男子三日会わざれば刮目して見よと言いますが、呂蒙もびっくりな変わり方です。
「で、殿下、私は七歳です」
「そうだな、私は十歳になる。大人になれば三歳など大して変わらない。貴族では十歳以上離れた男女が結ばれる事もある」
何か問題が? と首を傾げる殿下に、私は言葉を呑んで、俯きます。
……色々怖い子供を覚醒させたかもしれません。確信犯とかなにこれ怖い。




