子供達と暖かな日々
「ユーディ、あまり走っては駄目よ」
アデルシャンの屋敷は無駄に広く、そして私が幼き日に改造しまくったせいで果実の木やら花畑(と野菜畑)が広がっていて、子供にとっ ては絶好の遊び場となっていました。
私達の間に生まれた娘……ユーディットももう走り回れる歳で、五歳になってからはそりゃあもう色んな意味で元気爆発しておりました。
泥んこになるのは日常茶飯事ですし、傷を作るのも当たり前になったり。貴族の子女としてはとても宜しくないのですが、この頃は子供の好きにさせるのが一番だと思うので自由にさせています。傷だけは治しますけど。
「えー。でもミストとおにごっこしてるもん。おかあさまもする?」
「私は限界だから二人で遊んでらっしゃい。……広いから遠い所に行かないのよ?」
「はーい。いこー、ミスト」
「うん」
同じアイボリーの髪を揺らしてまた何処かに走っていく二人を眺め、それからふぅ、と一息。
出来れば付き合ってあげたいとは思うのですが、子供のパワフルさに私がついていける訳もなく。最初は良かったもののもう限界で、私はベンチで休むのみです。代わりにミストが遊んでいるので良いでしょう。
「誰に似たのでしょうね、このお転婆具合は」
「間違いなくリズだよ」
突っ込みを入れたのは、隣で娘達を見守る旦那様。此処数年で私に対しては敬語が抜けてきたジルは、それはそれは楽しそうに笑っています。
「……そんなまさか」
「昔、あなたが庭を弄って泥だらけになったり、木登りをして降りられなくなったりした事を、私は覚えているんだけどね」
「……忘れてください」
くっ、昔の事をほじくりかえさないで欲しいのです。
……で、でも、私こんなにやんちゃじゃないですもん。そりゃあ、庭を改造したり、某伯爵子息と決闘とかしたりしましたけども。あれはノーカンです。
「まあそんなリズを見守るのも楽しかったのだけど、やはりひやひやしたね。丁度、今のリズがひやひやしてるみたいに」
「……その節はご心配をお掛けしました」
「私も楽しかったよ。肩車とかもよくしたろう。子供はあれくらい元気で良いんだよ」
「……どうせ子供でしたもん」
「おや、今のあなたは立派な大人なのは分かってるつもりだけども?」
に、と口の端を吊り上げた旦那様。ちょっぴり意地の悪い笑みに見えたので「でしょうね」と返してキスしようとしてくるジルを掌で制止します。
あのですね、子供が居るのですから目の前……まあ少し離れた所で走り回ってはいますが、子供達が居る所でキスするのは恥ずかしいから止めて欲しいのです。
ジル、一度すると長いんですもん。
めっ、と咎めるとちょっと悄気てしまいましたが、どうせ寝室で際限なくするでしょうから今止めた所で一時的なんですよね。相変わらず、ジルは私の事が大好きです。
……そりゃあ私だって勿論そうなのですが、その、ジルが色々求めてくるから、いっぱいいっぱいなのですよ。
「まあ、元気なのは良い事だろう? 私としては、健やかに育ってくれたら、それで良いから」
「それもそうですね」
くす、と笑って、隣の旦那様に凭れます。
ユーディット……ユーディは、幸いといっていいのか、良いところばかりを引き継いでいます。潤沢な魔力を身に宿し、攻撃術式も防御術式にも上手い事適正がありました。……まあ魔力がある分やんちゃをして、私達に叱られているのですが。
それでもすくすくと育ってくれているので、嬉しい限りです。歳が近いミストも居ますし、それに弟が生まれてからちょっとは大人しくなった方ですので。
「エミルは、どんな子に育つでしょうね」
「そうだね、ルビィそっくりに育ったらちょっと怖いかな」
「……うーん、あんな風に強かに育ってくれたら、頼もしいと言えば頼もしいのですが」
「あれを強かで済ませて良いのかな」
ジルはルビィの事を何だと……いえ、そりゃあルビィは、大きく、想定外に強かに育ちましたよ? 父様譲りのややベビーフェイス気味な美貌に豊富な魔力。セシル君とロランさんからみっちりしごかれて魔術剣術どちらとも使いこなす、それはそれは才能豊かな子に育ちました。
ただまあ、うん、本人は宰相の座を狙っているらしくて、色々と何かしてるみたいですけど。
そ、それでも可愛い弟には違いありません。
「まあ、ルビィの上昇思考が強いのは良い事ですよ。……一定の女の子を作らない事が不安要素ではありますが」
「……シスコン極まれりだからね、ルビィは」
「そんなまさか。そこまでじゃないですって」
「……そんなまさかなんだよね」
ジル、あなたはルビィの一体どんな所を見て……いえまあ良いのですけど。そこまでかなあ、確かにルビィは反抗期なんてほぼ起こさなかった良い子ではあるのですが。あ、父様には反抗してましたけどね。
「エミルには、ルビィの良いところだけを見習ってほしいものなんだが」
「ルビィは良い子でしょう、もう」
「裏の顔を知らないからそう言えるんだよリズは」
ルビィ、お姉ちゃん知らない事が一杯あるみたいなので今度教えてください。
しかし、まあ、心配は要らないと思うのですよ。
「まあ、どんな子に育っても、私の可愛い娘と息子ですから」
「私達の、だろう?」
「あら、ごめんなさい。そうですね、私達の、大切な子供達ですもの」
ユーディが宿った時に不安そうにしていたジルは私の、もう居ません。自信を持って我が子だ、と言えるようになった、父親が此処に居るのです。
ふふ、と笑うとジルもまた笑って、私達二人は眩しそうに走り回るユーディとミストを眺めるのでした。
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