ランチタイム(21)
続きです。
特に何事もないように今日も繰り返される日常。
みこが居ないことを除いて変わったことはない。
というよりむしろ、みこが居ないことで平常を取り戻したとさえ言えるだろう。
ここのところ少し変だったのはみこだけなのだ。
そのみこが欠席となれば、当然彼女の居ないこの場ではただの欠席と誰もが判断する。
未だ違和感に囚われたままなのはあたしだけだ。
何事もなく授業は進み、何事もなく時間は進み、そしてやって来た給食の時間もやはり・・・・・・。
「普通、だな」
もしかしたら何か起こるかもと思わないでもなかったが、結局何も異常は起きなかった。
となればもう答えはやはりみこのところにしかない。
今日一日中はそのことに頭を囚われ、身の入らないまま午後の授業も過ごした。
学校が終わるとすぐに担任に今日の配布物を手渡される。
あたしが届けに行く約束になっていたみこのものだ。
そのタイミングで簡単に道順の確認を済ませて、長居は無用と学校を飛び出した。
さて、道順の確認はしたが大真面目に歩いて行くつもりはない。
使えるものはなんでも使うのが人間というものだ。
例えばあたしが車を持っていたとして、そしたらまず間違いなくそれを使うだろう。
その車が、あたしの場合は自前の翼なだけだ。
いいかげん街の人も見慣れているだろうし、そもそも最初から特に何か言われたわけでもないので、今回は周囲の目は気にせず翼を広げる。
視線を集めはするが、注がれるのは奇異の眼差しではない。
「ほんと・・・・・・慣れってのはすごいな」
しみじみともう何度目かということを思いながら、空に飛び立った。
残していった風が校内の木の葉を揺らす。
その音が耳に届かないうちに、すぐさまその場を去った。
屋根よりは高く、しかし雲よりは低く。
きっと都会だったらビルに衝突しているだろうというくらいの高さを舞う。
飛ぶことに別段難しさはない。
変な話だが、まるで最初から飛び方を知っていたような気さえする。
突然あたしに与えられたこの“石”はそれくらい荒唐無稽なものということだ。
鳥を脅かしながら飛ぶこと数分。
元々広くもない町なので、みこの家のあの見覚えのある姿を見つける。
時間帯や見る位置で結構景色の印象というのは変わるものだけど、元より町内あちこち飛び回ってたあたしにはあまり関係のないことだった。
「よっ・・・・・・と」
ある程度高度を落として、そしたら翼をしまう。
アスファルトをつま先が捉える軽い音と同時に思い出したかのようにあたしに重力が帰ってきた。
「さて・・・・・・」
着地した道路から迷わずみこの家に駆け寄る。
「なんか・・・・・・こういうときの特別な挨拶とかあんのかな? お見舞い・・・・・・暑中お見舞い申し上げます・・・・・・? いや、これは違うか」
これはお中元とかのやつだ。
たぶん。
・・・・・・・・・・・・。
まぁ余計なことは置いといて、普通にインターホンを鳴らす。
マナー云々がどうたらと言ってもこっちには配布物を渡すという大義名分があるのだから気にすることもないはずだ。
安っぽい電子音が鳴ってから、しばらく待つ。
そうするとドアの奥から足音がやって来るのが分かった。
まるで無邪気な子供のような軽快なリズムの足音。
しかしその音から感じる質量は子供のものではない。
「お母さんだな・・・・・・」
半ば強制的に夕食を共にしたときのあの顔を思い出す。
その印象はこの奔放な足音と全く同じだった。
サンダルをつっかける音の後にすぐ扉がガチャリと開かれる。
隙間から身を乗り出すようにしてくるのは、やはりみこ母だった。
「おぅ、えっと・・・・・・」
「どらこ、です」
「あ、そかそか」
みこ母が何かを誤魔化すように笑う。
そんなに深い面識があるわけでもないし名前があやふやなくらい別に気にしないのだが。
「どらこちゃん、ですか・・・・・・?」
みこ母の声に反応して、みこの声が聞こえてくる。
その声は存外元気そうで、そこは少し安心した。
あたしが来たのを察知したみこは、すぐにこちら側にやって来る。
「おう、なんか思ったより元気そうじゃん」
みこ母の後ろにやって来たみこの姿は、特別体調を崩している風にも見えなかった。
服もしっかり着替えているようだし、わりと早い段階で体調は良くなったのだろうか。
あるいは、そもそも体調不良ではなかったということだ。
「ごめんなさい、心配かけちゃいましたかね? 明日には普通に登校すると思うので大丈夫ですよ」
「ああ・・・・・・まぁ、ならいいんだが・・・・・・。それと、これ・・・・・・今日配られたやつな」
「あ、ありがとうございます」
先生から預かった要件は手早く片付けて、そして当然このまま帰るつもりもない。
みこが快方に向かったとしても、やはり答え合わせはしたいところだ。
「せっかく来たんだし上がって来なよ。みこも今日学校行けなくてつまんなそうだったしさ」
「いや・・・・・・お母さんが今日は行かせないって言ったんじゃないですか・・・・・・」
「明日だって行かせるとは限らないからね?」
「もう・・・・・・別に今日だって」
都合良くみこ母があたしを招き入れてくれるようだが、聞こえてくる会話がいまいち気になる。
「あれ? えっと・・・・・・今日みこ休ませたのってお母さんなんすか?」
あたしの声にみこの方を向いていた母が胸を誇らしげに叩く。
「あたぼーよ! 自分の娘の異変も見抜けなくて母親が名乗れるかってんでい!」
「・・・・・・まぁ、わたしは大丈夫って言ったんですけどね」
母親とは対照的にみこは不満気にため息を吐く。
その様子がなんだかますます不思議な感じがした。
「えっ、と・・・・・・今日なんでみこ休ませたんですか?」
深く考えずにストレートに聞く。
それにみこ母は何故かちょっと考えるような素振りを見せて・・・・・・。
「えっと、それはねぇ」
「それは・・・・・・?」
「それはだねぇ・・・・・・」
言いづらい何かを隠しているという感じはしない。
というよりは出し惜しみというか、ちょっともったいつけているような雰囲気だ。
そして案の定・・・・・・。
「ま、それは中に入ってからにしようか!」
何かを企んでいる顔で、みこ母はあたしを玄関へ誘った。
続きます。




