最大風速(10)
続きです。
夕食を終え、風呂にも三人まとめて放り込まれた。
流石に狭かったけど、あまり不便さも感じなかった。
色々気がかりなことはあれど、時間は一秒ずつ過ぎて行く。
その度に、不安な時間が一秒減り、不安な記憶が一秒降り積もった。
風は止まない。
何をしていても、何もしていなくても、常に風の音とそれに軋む建物の音が鼓膜に届いた。
いつもの台風のときにはあった根拠のない絶対的な安心感は今はない。
きっと今夜は眠れない。
既に寝具は渡され、みこちゃんのパジャマにも袖を通している。
準備は済んでいるが、それだけだった。
「消すぞ」
どらこちゃんが宣言して、電気の紐を引く。
パッと音もなく、部屋を照らす明かりは消えた。
額にうっすら汗をかいたまま、敷いた布団に横たわる。
二人はベッドで寝転がっていた。
みこちゃんは壁際に体を寄せ、どらこちゃんはそこから少し距離を開けて腹を出して天井を見上げていた。
二人の間にある距離は、きっと何度も一緒に寝ている間に獲得された適切な距離なのだろう。
何せ夏だから、身を寄せあっていたら暑くて仕方がない。
「・・・・・・あれ」
ということは、二人は私が寝ているこのスペースが空いているときも同じベッドで寝ていたということになるわけだ。
それに比べて、私の隣に居るのはゴロー。
寂しいものだ。
体を横に向けて、ベッド側に背を向ける。
髪が頰の上から流れた。
騒がしい風の音とは対照的な静かで薄い闇を照明の光の残滓が滲んで照らす。
その薄闇の中で、枕元にまるでぬいぐるみみたいに座っているゴローの顔を見つめた。
「やっぱり、そうでもないか」
その顔を見て、そう思い直す。
ゴローのおかげで、私は寂しさから遠退く。
疼くような、冷たいようなあの感覚から。
「どうしたニャ?眠れない?」
暗闇でゴローの丸い瞳が光る。
それはこの薄闇の中でも目立っていた。
きっと私の目玉も同じように目立って見えたのだろう。
その瞳をゴローが覗き込んだ。
「風、強いからね。うるさいし・・・・・・ちょっと怖い」
今は体の下に敷かれている掛け布団を蹴って、足を折り曲げる。
枕を抱えるように腕を巻きつけて、鼻先をうずめる。
慣れない枕の匂いを吸った。
「まぁあの家も古いけどそこまでボロくないニャ。このくらいで崩れることもないよ」
「そうかなぁ・・・・・・」
枕から手を伸ばし、ゴローの尻尾を掴む。
引っ張って鼻先まで持ってきた。
ゴローも引っ張られて少しこちらに近づく。
私はそんなことお構いなしに、意味もなく自分の鼻先を尻尾の先端でくすぐった。
柔らかい毛の感触が鼻の頭を撫でる。
その尻尾の先端に噛みつきたくなったけど、みんなの前だからやめておいた。
家ならたぶんやってた。
「何やってるニャ・・・・・・」
「私に聞かれても困る」
ゴローが困惑する。
私以外誰が知っているんだ、という顔だ。
まぁ、その通りだけど。
突然頭上に垂れ下がってきた指が、私の髪をもしゃる。
本当に突然だったからびっくりした。
上半身を傾けてそちらを覗けば、ベッドから半身を乗り出すどらこちゃんが私の髪に指を突き刺していた。
「何・・・・・・?え、わりと何?」
「いんや・・・・・・別に。ただ、まぁあんま心配せんでも大丈夫だと思うぞって、それだけ」
髪を指に巻きつけるようにしてもてあそぶ。
それだけ言って、髪いじりに満足したらベッドに戻って行った。
体内に熱がこもる。
背中に汗が滲む。
暑さに耐えかねて、私もどらこちゃんを真似てお腹を出した。
するとすぐにゴローに直されてしまう。
ベッドでは逆パターンで、みこちゃんが服の裾を捲られていた。
袖を捲って、熱を帯びた息を吐く。
その息を吐き切らないうちに、目を閉じた。
強風の中に、風に逆らって飛ぶ目玉が一つ。
環境の影響を受けづらい形状をしているとは言え、流石にその飛行は不安定だった。
その機械仕掛けの瞳を通して風を見る少女が一人。
その少女の耳を押さえるヘッドホンからは不明瞭な雑音が流れていた。
「こりゃ・・・・・・風はとんでもないもんを連れてきてくれたよ・・・・・・いや、どっちが先かも分からんね。ともあれ・・・・・・明日か」
研究室のモニターの、そのスピーカーから風が夜を切り裂く音が響いた。
続きます。




