救世主(23)
続きです。
「こ・・・・・・これ、いっちゃんだよね?ね?」
肩を掴まれて、画面をさらに近づけられる。
画面が近過ぎるのと、手の揺れが酷いのでその写真がブレて見えた。
「わ、私・・・・・・だと思う。たぶん」
何か悪いことをしたわけでもないだろうに、その勢いにすっかり気圧されてしまった。
「・・・・・・ご、ごめん」
私が目を逸らしながら答えると、芹は肩から手を離し一歩下がった。
「いや・・・・・・別に・・・・・・」
服に寄ったシワを直して、校舎の壁から背中を離した。
「まま・・・・・・とりあえず返してくれよ」
「あ、うん・・・・・・ごめん」
少年はそうして芹から携帯を受け取ると、それを閉じて再びポケットにしまった。
「ふ、二人とも・・・・・・ごめん。びっくりしちゃって・・・・・・」
「いや・・・・・・。ごめん・・・・・・」
よく分からないまま、私も謝る。
それを少年はつまらなそうに眺めていた。
芹が一息ついて首をゆっくり横に振る。
そして声の調子を整えて、再び話し出した。
「・・・・・・それはそれとして・・・・・・戦ってたって言うのは本当なの?」
いつになく真面目な声色だ。
黙って目を逸らした。
「ほんとだぞ。別にもうそんな嘘つくような歳じゃないし・・・・・・」
「いっちゃん・・・・・・!」
少年の言葉を受け、芹が詰め寄る。
一体なんだと言うのか・・・・・・ただあまりいい雰囲気ではなさそうだった。
「・・・・・・なんでそんなことしてるの?危ないじゃんか・・・・・・。お母さんも言ってたでしょ?最近物騒だって・・・・・・」
「・・・・・・それは鉄パイプのことでしょ」
「そうだけど・・・・・・危ないのには変わりないじゃん。なんでそんなこと・・・・・・」
何故か・・・・・・その理由は定かではなかった。
何故あの時立ち向かう選択をしたのかは、私自身にも分からない。
ただそれはその時の話だ。
今は明確な目的がある。
たぶん未来を変えるには戦う必要があると確信していた。
「色々理由はあるよ。それは芹にも関係あることだ」
「私に・・・・・・?」
「そう・・・・・・」
ゆっくり頷く。
未来のことは、たぶん話さない方がいいだろう。
芹は納得は出来ていないようだが、何かを言うこともない。
ただ考え込むようにして俯いていた。
「ま、別に気にすることもないんじゃね?芹が心配してやる必要なんてないよ」
少年の発言は無視をした。
しかし芹はその言葉にもちゃんと答える。
「そんなこと言うもんじゃないよ。いっちゃんは悪い人じゃないもの」
「そんなこと言ったって今までさんざん・・・・・・」
少年は愚痴るように言いかけるが、口をつぐんだ。
誰かが口を開くことはない。
気まずい沈黙だ。
「・・・・・・」
妙に張り詰めた空気の中で、息苦しさを感じながら誰とも目を合わせないようにしていた。
その空気を断ち切るように、芹が口を開いた。
「ごめん・・・・・・。なんか変な感じになったね。でもさ・・・・・・やっぱり危ないよ」
言って笑うが、その笑みも力をなくし大気に溶けていく。
ここで私が分かったと言えば元に戻るのだろうけれど、当然そうするわけにはいかなかった。
嘘は・・・・・・つきたくない。
「・・・・・・ごめん。心配してくれるのは嬉しいし、とてもありがたいけれど・・・・・・でもダメなんだ」
「そっか・・・・・・」
芹が悲しそうな顔をする。
その表情にまた心臓がキュッとした。
少年は何か気に入らないような表情で少し離れる。
その位置から腕を組んでこちらを眺めていた。
何か言わなければ・・・・・・と、そう思うがあまりいい言葉が思いつかない。
芹の望むことと真逆の行動をとらなければならないから当然と言えば当然だ。
「・・・・・・その、ごめん・・・・・・」
ただ意味もなく謝ることしか出来なかった。
私の言葉にスッと芹が表情を変える。
「・・・・・・そうだね。いっちゃんは完璧だから大丈夫だよね・・・・・・」
芹は私を非難するように、自嘲的に言葉を吐いた。
その表情には敵意すら見え隠れする。
何故か分からないが、芹の「完璧」という表現に私は引っかかった。
酷く悔しいというか、失望のようですらあった。
「なんだよ・・・・・・」
無性に腹立たしかった。
胸のうちでぐちゃぐちゃになった感情が、私に腕を突き出させる。
私はほとんど無意識のうちに芹の肩を押し、拒絶していた。
私に押されてフラッと後ろに下がった芹の表情がハッとしたように変わる。
歪んだ表情から涙が溢れた。
芹の敵意が涙に変わる。
その涙を見せまいと芹は私に背を向け、そのまま駆け出してしまった。
その後ろ姿が校門の方へ消えていく。
最後の表情に敵意はなかった。
どんな感情がそこにあったのか、私には分からない。
「芹・・・・・・」
そう呟くが、声が出ていたかは分からなかった。
芹の肩を押した手のひらを見る。
怒りは霧散し、体は虚脱感に包まれた。
走って逃げ去ってしまった芹の足跡をなぞるように、とぼとぼ歩いていく。
胸の内には何も無い。
何も・・・・・・。
「待てよ」
私の背中を、少年が引き止める。
無気力に振り返ると、体操服の少年が苛立った様子で立っていた。
「どこにも行かせねーよ・・・・・・」
太陽が溶けてしまいそうなほどの暑さの中、少年は私を睨みつける。
背筋が凍るような、冷たい視線で。
続きます。




