ゆーま(9)
続きです。
カポーンと、手桶だか風呂椅子だかが鳴る音がする。
ずっとドラマとかだけの演出だと思っていたが、本当にこんなに音が響くものなのか。
一番目を引くのは浴場の大部分を占める大きな浴槽。
白っぽいタイルの上に浴槽から溢れたお湯が常に流れていた。
常時吐き出されるお湯はそこそこ大きな音を立てているが、決して不快にならないのが不思議だ。
浴場の奥まで並んだシャワーの前にはそれぞれ桶と椅子が合わせて置かれている。
そこにある鏡の大半は曇っていた。
奥にもう一つ扉があるが、外に続いているようだ。
お母さんは既に浴槽で脚を伸ばしているが、どらこちゃんとみこちゃんは見当たらなかった。
「あの二人・・・・・・初手で露天行ったわね・・・・・・」
「露店・・・・・・?」
お風呂とはあまり結びつかない言葉に首を傾げる。
「行けば分かるわよ」
だがそれに言及するタイミングがないまま、さくらはシャワーの元へ向かってしまう。
仕方なくその背中を小走りで追いかけて、隣の椅子に座った。
「あんた風呂で走っちゃ危ないでしょ・・・・・・」
「ごめん」
さくらの見様見真似で体を流す。
別に特別な作法とかも無いようで、それからは普段通りに振る舞った。
大体同じタイミングで体を流し終わったさくらを追って今度は浴槽へ向かう。
さくらは一番角のところに身を沈め、落ち着いていた。
私も溢れんばかりの・・・・・・ていうか溢れ続けているお湯に足先を突っ込んだ。
「ちょっと熱くない・・・・・・?」
お湯の重みの中で足先をちゃぷちゃぷさせる。
やはりちょっと熱いような気がした。
「これが丁度いいのよ。まぁ、入りなさいって」
「・・・・・・」
さくらに言われて、恐る恐る体を沈めていく。
やっぱり少し熱いけど、我慢しながら肩まで浸かった。
「・・・・・・はぁぁぁ、ふ」
体を包む熱湯に自然とため息が漏れる。
足先をが痺れるような感じがして、ゆっくりと力が抜けていき、じんわりと温度が染み込んでいった。
さくらはそんな私の様子を満足そうに眺めている。
「どう?いいでしょ?」
「これは・・・・・・」
やっぱり熱すぎないだろうか、と思っていたが、そうしている間にも何故だか心地よくなっていく。
「いいかも・・・・・・」
しまいには全身が溶けてしまいそうだった。
頭にタオルを乗せて、目を閉じる。
自分の鼓動をとてもゆっくりに感じた。
「「ふぅぅぅぅ・・・・・・」」
さくらと一緒に息を吐く。
この湯船の中で永久に漂っていたいと、そう思った。
このなんとも言えない脱力感。
おそらく布団の中よりリラックス出来ているだろう。
「君たち、なんか渋いねぇ」
みこちゃんのお母さんが半ば浮力に体を預け、こちらへやってくる。
「私は初手で露天風呂に行くような甘ちゃんじゃないのよ」
さくらはそれに謎の拘りを自信満々で言い放っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかしそんな心地よさの中でも、やはり熱さが際立つようになってきた。
いや、熱さというよりは今度は暑さという言葉が適切だろう。
体内に染み込み溜まった熱が、頬を赤く染める。
さくらの方を向くと、さくらの顔もうっすら赤くなっていた。
さくらが私の視線に気づき、こちらを見る。
「ふむ・・・・・・そろそろね」
「そろそろ・・・・・・?」
私の言葉に、さくらは立ち上がって答える。
「行くわよ・・・・・・露天に!」
グッと握った拳からお湯が滴る。
正直もう体も火照っているし、そろそろ帰ってもいいかなと思うのだけど、その勢いじゃ断れそうになかった。
「いってらっしゃーい」
みこちゃんのお母さんがのぼせた顔で言う。
お母さんはまだ移動するつもりはないようだ。
さくらの後を追い湯船から出るが、体内に籠った熱が拡散することはない。
依然として暑いままだ。
さくらは真っ直ぐと浴場の奥の扉に向かっていく。
さくらがその扉を押したとき、火照った体を外気が撫でた。
「来な」
さくらに招かれて、外に足を踏み出す。
外には小さな沢のある山の景色が広がっていた。
その景色に囲まれて、ちょっと小さめの屋根付きの浴槽があった。
岩で出来たそれの中で、どらこちゃんたちが寛いでいる。
「これが、露店・・・・・・」
「そう・・・・・・これが露天よ」
外の気温は決して低いわけではないはずだが、火照った体には涼しく感じられた。
「お・・・・・・おまえらも来たか」
「景色・・・・・・綺麗ですよ」
二人に誘われて、さくらと湯船に浸かる。
外気に晒されているからか、お湯の温度は先程とは打って変わって低めだった。
相対的に多少ぬるく感じるが、それが今の体には心地良い。
「ふふ・・・・・・感じてるわね、露天風呂の素晴らしさを。初っ端から露天に行く輩どもにはたどり着けない境地よ!」
さくらがドヤる。
一体何目線なのだろう。
しかし、確かにこの心地よさはあの熱湯をくぐってからじゃないと味わえないだろう。
冷めた岩肌に腕を伸ばして、景色を眺める。
「こりゃ・・・・・・いい・・・・・・」
時折ライトが小さな羽虫を照らし出す。
それすら趣のあるものに思えた。
段々と体温も落ち着き、湯に馴染んでくる。
ぽーっと、心地よい温度の中で揺蕩っていた。
「はぁ・・・・・・いい夜だ」
「そうね」
吐いた熱い息が、夜空に昇っていった。
続きます。




