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330話 アレフの魔術

  暗雲が立ち込めた空に、一筋の光が差し込んだかと思うと、その輝きは世界を照らした。

  あまりの美しさにおれは息を呑み込んでその姿を見つめてしまう。


  そして、天使シャロンが掲げる右手に周囲の魔力は吸い込まれるようにして消えていく——。

  それに伴い、彼女の右腕からは溢れんばかりの光が流れ出すのであった。


  次第に光輝く魔力は渦を巻き、それは肥大化してやがて遥か彼方の地平線さえもを照らす。

  今まさに彼女がその手を振り下ろせば、この魔界には言葉に尽くし難い厄災が降り注ぐであろう。

  それがわかってしまうほどに、天使シャロンの威圧感と魔力は凄まじいものだ。


  嘘だと思いたいものだ。

  先ほどまで死闘を繰り広げていた魔界最強の魔王ユリウスが赤子(あかご)であるかと思えてしまうほどに、シャロンの存在は圧倒的であった……。


  人は死を認識すると感覚が研ぎ澄まされ、時間が流れるのがゆっくりに感じるそうだ。

  それはまさに、今のおれにも当てはまることだった。

  そして、永久にも思えたこの時間にも終わりのときがやってくる。

  遂にシャロンがその手を振り下ろして魔法を解き放ったのだ——。


  次の瞬間、膨大な魔力を帯びた光の渦が流星群のようにおれたちに降り注ぐ。


  これを防ぐことなど不可能以外のなにものでもない。

  残された時間はほんの刹那の時間ばかりだ。

  おれたちは肉片すら残らず、綺麗に消し飛んでしまうのだろう。

  そう直感で理解した。

 

  しかし、誰もが諦めた絶体絶命のその場面で、おれは不思議と冷静にシャロンの魔法への対処を考えていた。

  どうにかして、この世界を護らなければならないのだと。

  そして、おれは誰にも聴こえないほどの小声で、ひとりつぶやくのだった。


  「できる……」


  確信したおれはそうつぶやくと、静かに魔術を展開する。

  両手を合わせ、魔力制御と魔力操作を行い、術式を編み込んでいく。


  時間はない、難しく考えるな。

  感じるんだ!!


  魔力の流れを、そしてあの頃の……。


  シャロンが解き放った流星群がおれたちを直撃する直前、おれは記憶の中で見たものと同じ魔術を発動した。



  「破壊術式 《(オメガ)》!!」



  発動と同時に両手を広げると魔法陣が周囲に展開されていき、おれの周囲を埋め尽くす。

  それらが闇を纏うとと同時に、周囲の光がおれの魔術に吸い込まれていく。


  いや、呑み込まれていくと表現する方が正しいだろうか。

  シャロンが解き放った流星群は流れるようにおれが発動した魔法陣に呑み込まれていくのであった——。



  そして、おれと彼女《シャロン》の間を阻むものが綺麗に消え去るまでに、そう時間はかからなかった。

  あとにはおれが発動した闇の魔法陣だけが、不気味に周囲に浮かんでいるのであった。



  「何が……起こったんだ……?」



  状況が読み取れず、呆然としたウェインがそうつぶやいた。

  だが、この状況に陥っていたのはウェインだけではなかった。


  アイシスやゼシウスさんといった味方はもちろん、天使や悪魔たちも何が起きたのか理解ができていないようだった。


  もちろんそれは魔法をかき消された張本人であるシャロン自身もだ——。


  そして、おれの周囲を取り囲む漆黒の魔法陣は崩れ去り、気体のようにモヤとなって拡散して消えていく。

  この様子をジッと見つめていたシャロンが遂に口を開くのであった。


  「今のはアルフレッドの魔術——。そうか、アベル……。遂に、記憶を……」


  あれほどの大魔法を止められたにも関わらず、シャロンはそれほど動じていない。

  むしろ、何やら嬉しそうにすらおれの瞳には映るのであった。

  そして、彼女はゆっくりと頬を吊りあげてケタケタと笑い出す。


  「クックックッ……。ハッハッハッハッ——。やっと、やっと記憶を取り戻したのね」


  シャロンは周りのことなどもはや眼中にないようで、一人達成感に浸りその場で笑いを堪えきれないでいる。

  彼女に仕える天使や悪魔たちは、そんな主の様子を静かに黙って見つめているのであった。


  一方でおれは彼女の口から出た言葉に反応する。


  「アルフレッド……? やはり、おれの記憶にあったあの少女は、お前で間違いないんだな」


  思わずおれは女神さまのことをお前呼ばわりする。


  既に、おれの中で天使シャロンは敵として認識された。

  いや、しなくてはならなくなったと言った方が正しい。

  おれが仲間たちと世界を守るとするならば、彼女は倒さなくてはならない存在なのだから。


  だが、彼女の言葉から出たアルフレッドという言葉——。

  そして記憶の中にいたシャロンと瓜二つの少女の存在——。

  もしかすると……。


  彼女のセリフから色々な可能性をおれは考える。

  そして、そんなおれの考えをシャロンは肯定するのであった。



  「そうです、貴方が見た記憶の少女は私で間違いないです——。いえ、正確には私であった……という方が正しいですね」



  シャロンは一瞬、何かを躊躇(ためら)う素振りを見せて、そう告げるのであった。

  あれはかつての自分であったのだと——。


  「それはどういう……」


  おれはシャロンに追求するために尋ねようとするが、それを遮るように彼女はおれたちに対して宣言をする。


  「貴方には今日ここで死んでもらうつもりでしたが、それはやめておくことにします。記憶を取り戻した貴方には、是非ともやってもらいたいことがありますからね」


  彼女は満足そうな笑みを浮かべ、そう語るのであった——。

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