188話 祖父母との再会
「武闘会? あぁ、ごめんなさいね。私、観に行ってないからわからないの……」
想定外の彼女の答えにおれは戸惑う。
なんだって……?
ヴァレンシアは武闘会を観に来ていないだと?
おれの中で嫌な予感がする。
だって、この人が武闘会でサラを見つけて手紙を出したんだろ?
それで……。
あれ……?
そういえば、どうしてヴァレンシアはサラがエトワール・ハウスにいるって知っていたんだっけ?
カシアスが言うには、ヴァレンシアに悪魔との繋がりは見えないらしい。
だとしたら、どうやってサラがエトワール・ハウスにいたと知り得た?
仮に、手紙を受け取ったおれたちがローレン領にやってきたと考えたとして、エトワールさんの所へお邪魔しているなんてどうして確信ができたんだ?
おれたちを迎えに来た使者たちは絶対にそこにいるからと念を押されたと話していた。
何もかも、おかしいじゃないか!
話が繋がらない。
もしかして、手紙を出したのも使者たちに命令したのも別人なのか?
だとしたら、そいつこそが……。
「おやおや、ひどいあり様ですね……」
おれが考えごとをしていると、一人の男性が部屋に入ってきた。
彼は散乱とした室内を見渡し、倒れている者たちやおれたち、そしてヴァレンシアへと目を向けた。
「母上殿は本当に交渉がヘタですね。だから、やすやすと兄上に逃げられてしまったんですよ」
ローレン家特有の紫色の髪、王国の貴族が着るような服装から地位が高いことがうかがえる。
さらに、どことなく雰囲気がカイル父さんに似ている。
この人の体型や顔がもう少しシャープだったら、カイル父さんと瓜二つだ。
そして、ヴァレンシアはそんな男に対して声をかける。
「ヨハン……。やめておきなさい、この方たちに逆らってはダメよ。貴方も死んでしまうわ」
どうやら、この男がカイル父さんの弟であるヨハンのようだ。
そして、先ほどの騒動の後ろめたさからか、それとも大事なローレン家の血を引く後継ぎを殺されたくないのか……。
ヴァレンシアはヨハンを止めようとする。
逆らってはいけない……?
つまり、ヨハンもヴァレンシア側の人間であり、おれたちと敵対するというか?
すると、ヨハンがニコニコとしながらおれたちに語りかける。
「はじめまして、セアラ。君の叔父にあたるヨハン=ローレンです」
「武闘会でセアラを見つけたのは僕なんだ。そして、母上殿に伝えて、ここに呼び寄せたのもね……」
ペラペラとネタばらしをするヨハン。
どうやら、おれたちが今までヴァレンシアによる行動だと考えていたものは、ほとんどこのヨハンによるものだったらしい。
だとしたら、ヨハンがサラをここに誘い込んだとも考えられる。
おれは一応ヨハンのことを警戒してサラの近くに寄る。
いつでも彼女を護れるようにと。
そして、そんな彼を見てカシアスが笑う。
「アベル様、セアラ様、この者は完全に黒です。十傑クラスの者に操られていますね。私やアイシスでは、これを無理やり解除するのは不可能でしょう」
カシアスがさらりと重大なことをつぶやく。
ヨハンが十傑クラスの者に操られているだと!?
まさか、本当にローレン領に十傑の悪魔が関わっていたのか?
それだけは絶対にないと思っていたのに、まさかそんな……。
しかし、十傑の悪魔が絡んでいるとするのなら、これまでの疑問にも答えが出る。
どうしてサラを含めておれたちを連れてきたのか、そしてエトワール・ハウスにいるというのがバレていたか。
おれたちを狙うのはこの前のダリオスの一件の報復かゼノシア大陸の一件のことだろう。
それでアイシスたちがよくやっているみたいに姿を隠し、ずっとおれたちを監視していたに違いない。
だが、いったいやつらは何の目的でこんなイチ領地を……?
いや、それを考えるのは後か。
今は目の前にある問題をどうにかしないとな!
おれはサラの前に立ってヨハンを正面に捉える。
カシアスが融合していると言わなかったことから、おそらくヨハンは思考誘導か思考支配をかけられているということ。
だとしたら戦闘力はそれほど高くないし、ここは傷つけ過ぎて殺さないことに注意をしなければならない。
おれはいつでも戦える準備を整える。
「嫌だな〜、もしかして僕と戦うつもりなのかい? 僕は戦闘に向いていないし、君たちと戦うつもりはないよ」
ヨハンは笑ってそう答える。
なんだろう、このヘラヘラとした感じは。
本当にこの人があのカイル父さんの弟なのだろうか?
「ただ……このまま逃すつもりもないけどね……」
ヨハンはニヤリとしてそう語る。
すると、彼が入ってきた扉からさらに人がやってくる。
完全武装した二人の騎士。
この騎士たちはそれぞれ年老いた老人たちを連れていた。
使用人と思われる服装で捕らえられているおじいさんとおばあさん。
彼らを騎士が連れて部屋へと入ってきた。
「これが誰だかわかるかい……?」
そう言って老人たちをおれたちの前に引きづり出したヨハン。
おれたちは二人の老人の特徴をよく捉える。
すると、おれの後ろでサラが声をあげる。
「まさか、その二人は……」
サラの声からは強い怒りを感じる。
おれはこのサラの反応を見て確信した。
ご老人たちの雰囲気はある人によく似ている。
「そうだよ。セアラも気づいている通り、ハンナのご両親。つまり、君の祖父母にあたる者たちだ」
やっぱりそうだったのか。
カイル父さんの家族はここにいることがわかったが、ハンナ母さんの家族はどうしているのだと思っていた。
まさか、こんな形で出会うことになるとは……。
「セアラ……? セアラなの!?」
「君が、あのセアラなのかい?」
二人の老人はここにいるのが自分たちの孫であることに気づき声をあげる。
おそらく、彼らはサラがここにいるということを知らされていなかったのだろう。
騎士たちに捕われている中でも、喜びと戸惑いが混じり合いながら孫娘の名前を呼び続ける。
きっと、これはヴァレンシアの時とは違って本当にサラのことが愛しいからこその行動なのだろう。
涙ぐむ二人の祖父母。
こんな形ではなく、早く解放して喜びに浸って欲しい。
だが、そんな心温まる雰囲気を壊す者がいた。
「うるさいね。別に僕は感動の再会をさせたくって、彼らをこうして連れてきたわけではないんだ」
ヨハンがそうつぶやくと、ハンナ母さんの父親。
つまり、サラのおじいちゃんの右腕が剣で斬られる。
「ぐわぁぁぁぁあ!!」
彼を捕らえている騎士が剣を抜き、右腕を思いきり斬りつけたのだ。
「料理人にとって腕は命というけれど、腕を切られたところで本当に死ぬわけじゃない。だけど、心臓は流石にダメだよね……」
ヨハンがそう告げると、後ろにいるおじいちゃんを捕らえている騎士の剣は彼の心臓に当てられる。
「おい! やめろ!!」
おれはヨハンに向かって叫ぶ。
どうにかして、こいつを止めないと。
「人質っていうのはそれ自体が扱える者でないといけないんですよ母上。人質にしようとする者の見極めもできないなんて、それだから貴女は三流の領主しか務まらないんですよ」
ヨハンはヴァレンシアを見てそう告げる。
「ヨハン……。貴方、どうしちゃったの?」
どうやら、ヴァレンシアにもこの状況は理解できていないらしい。
普段の二人の関係はわからないが、おそらくヨハンはヴァレンシアの言うことを聞くだけの都合のいいやつなのだろう。
ヴァレンシアの性格とこの反応を見ればそううかがえる。
「さぁ、セアラ。こっちにおいで。あの方が君のことを待っているんだよ、ふふふふっ……」
徐々に、騎士の剣がおじいちゃんの体に喰い込んでゆく。
料理人であろう白い服の着た彼の左胸からも、赤いシミが広がってゆく。
そんな状況を見て、サラが口を広く。
「ねぇ……。あの人は悪くないよね?」
怒りと悔しさ。
自分には何もできない、何もわからない状況に立たされている。
サラの声からはそんな彼女の悲痛の叫びが感じ取れた。
「はい、彼は本心からしているわけではないでしょう」
「自分よりも遥か高みにいる圧倒的な強者に思考支配を受け、無理やり動かされているのです」
カシアスがサラの言葉に反応した。
そうだ。
ヨハンさんは悪くないんだ。
彼だって、一人の被害者なんだ。
だからこそ、彼も含めて助けないと……。
「カシアス、お願い……。あの人を傷つけないで二人を助けて……」
サラはカシアスに頼み込む。
自分ではどうすることもできない状況。
こんな場面ですべてを解決できるのなんてカシアスを除いて他にはいない。
すると、カシアスは頭を下げてそれを承諾した。
「かしこまりました。セアラお嬢様」
まるで、本当の執事かのように振る舞うカシアス。
次の瞬間、カシアスは消えたかと思うとおれの側に現れた。
いくつもの問題をこの一瞬で片付けて……。
バタンッ、バタン……
人質としてサラの祖父母を捕らえていた騎士たちが床に倒れ込んだ。
しかも、その場には既におじいちゃんたちはいなくなっていた。
そして、サラの側に彼らは転移させられていたのだった。
すぐにサラは回復魔法を使っておじいちゃんの治療をする。
彼の斬られた腕は繋がってはいるが、傷は深く出血がひどい。
放置しておいたらご老体のおじいちゃんの命も危なかっただろう。
サラが早急に治療することで大事に至ることはないはずだ。
そして、抱きしめられる距離にまできた二人はサラを腕や頬に触れて現実であることを確かめる。
二度と会うことなどできないと思っていたのかもしれない。
彼らにとって、夢にまで見たようなことなのだろう。
「あぁ、セアラ……。ハンナのように綺麗になったわね……」
「それに、カイル様の立派なおもかげもある……」
涙ぐむ二人に対し、サラも再会の喜びをあらわにする。
「会えてよかった……。それに、無事で……」
珍しく、人前で涙ぐむサラ。
大切な人が無事でよかったな。
だが、今は非常事態でもある。
あとはおれに任せてくれ!
おれはヨハンさんと改めて向かい合う。
彼も操られているだけなんだ。
騎士とは別で、カシアスは彼を気絶させるようなことはしなかった。
まぁ、カシアスからしたら十傑の悪魔について何か聞き出したということがあったのかもしれないけどな。
「さて、人質もいなくなりましたよ? どうするんですか?」
おれはヨハンさんに尋ねる。
こうなってはおれたちの方が優勢だ。
このまま十傑の悪魔について聞き出して、倒しに行こう!
だが、ヨハンさんの至って冷静に答える。
「人質がいなくなった……? その考えは甘いねぇ……」
ヨハンさんはニヤリと笑う。
「こうなることなんて想定済みだよ。本当の人質をわざわざここに連れてくるわけがないじゃないか……」
そう言って、彼は一つの簪を取り出した。




