157話 ハリスの誓い
「氷の壁!!」
背後から聞こえる詠唱魔法。
そして、おれたちの目の前に出現する氷の鉄壁。
おれの闇の壁と相まってダリオスの業火の炎を防ぐことに成功する。
間違いない。
今の魔法は……。
おれは振り向いてアルゲーノを見つめる。
おれの中ではナルシストで自己中のわがまま王子。
しかし、今の彼は何かを決意したかのような頼もしい顔立ちでそこに立たずんでいた。
そして、アルゲーノが告げる。
「おれも戦うぞ! セアラを助けたいのはお前だけじゃない」
おれはアルゲーノの言葉に笑みが溢れる。
初めて見せるその表情。
そして、振る舞いにおれは思わず言葉をもらす。
「かっこいいじゃん」
アルゲーノが共に戦ってくれるのは大きい。
彼は魔法剣士としての実力もレイ並みにある。
ダリオス相手にどこまで戦えるかわからないが、それでもアルゲーノのサポートがあればおれはまだまだ戦える!
防御魔法が消え、おれたちの目には宙に舞うダリオスが映る。
高みからおれたちを見下ろし、ニタニタと笑っている。
「なるほどな……。お前はおれに逆らう道を選んだということか。残念だったよ、愛しき息子よ」
ダリオスがおれたちの味方に付いたアルゲーノに向けてそう告げる。
愛しいだなんて絶対に思っていないくせによく言うぜ。
「お前がお祖父様を殺したのか……?」
アルゲーノがダリオスに尋ねる。
ダリオスは先ほど、先代国王を殺したとも受け取れる発言をしてた。
アルゲーノはそれを確かめたいらしい。
そして、ダリオスは笑いながら答える。
「あぁ……そうだとも。先代国王を殺したのはおれだ。だったらどうする?」
この言葉にアルゲーノが激怒する。
「お前が殺したのかぁぁああ!!!!」
つらら状の氷塊がいくつも彼の前に現れる。
そして、ダリオスめがけて発射された。
ダリオスを氷塊が襲う。
完璧に捉えたと思われたアルゲーノの攻撃だったが、ダリオスは転移魔法で躱していた。
そして、ダリオスがおれたちの目の前に現れる。
「あいつはおれが王になるのに邪魔な存在だったからな。さっさと消えてもらったよ。それに、お前の母親を消したのもおれだ」
「退屈な女だったな……。子どもの名前だの将来だのなんだのって、いちいちおれに話しかけてきて」
おれは近くに現れたダリオスに向かって魔剣を振るう。
しかし、一発も当たらずに全て躱されてしまう。
「遅い……。所詮子どもか」
ダリオスの蹴りがおれの腹にさく裂して身体が吹き飛ぶ。
おれはアルゲーノとサラの付近まで飛ばされた。
「お前だけは……お前だけは許さない!」
アルゲーノは怒りの感情に身を任せて一心不乱にダリオスに剣を振るう。
だが、その攻撃も彼に届くことはなかった……。
「どうして思考支配が解けたんだか……。マルチェロも所詮その程度の悪魔だったということか。使えんな……」
ダリオスはあきれた顔でマルチェロのことを罵る。
クソッ……。
やはり今のおれじゃ、ダリオスには勝てないのか……。
『アベル様……もう今の私の身体は外部から魔力を得ることができません。魔力を酷使し過ぎたようです』
ハリスさんから念話で告げられる現実。
どうやら彼女も魔力切れを起こしているようだ。
これではもうハリスさんから魔力を供給してもらうことは……。
『しかし、最後に一つだけ戦う方法が残っています』
まだ……戦える手段があるのか?
それなら、おれはどんな手を使っても……。
おれはまだ戦うことを諦めていない。
だが、ハリスさんから告げられた言葉は……。
『私の生命力を使ってください』
生命力……?
おれはハリスさんの言葉が理解できなかった。
『私たち精霊体は大気中の魔力に魂が宿った存在。魔力を生命力として生きています。外部からの供給はもうできませんが、まだ完全にアベル様に魔力をお渡しできないわけではありません』
つまり、ハリスさんは死のうとしているのか……?
自分の命を燃料にして、おれに分けようと……?
『そんなのダメです! ハリスさんも助からなきゃ意味がない!!』
だが、この最悪の事態は変わらない。
ダリオスがアルゲーノを圧倒して魔剣を突きつける。
このままではアルゲーノが……。
『私はかつて七英雄ニーア様に命を救われた身。本当はあの時に死んでいた所を800年もの時を生かさせていただきました。ニーア様と交わした約束……。カルア王国を御護りするのが私の役目なのです!』
ハリスさんの固い決意とともに、膨大な魔力がおれに流れ込んでくる。
どうやら七英雄ニーアとの誓いはそれほど彼女にとって大切なモノらしい。
彼女はそのために命をかけて戦おうとしている。
そんな彼女の覚悟をおれは踏みにじるわけにはいかない!
おれの瞳からは涙が溢れ出す。
『すぐに終わらせます……。おれ、絶対にハリスさんを死なせたりしませんから!!』
おれはハリスさんに宣言する。
早く戦闘を終わらせればハリスさんはきっと助かる。
いや、助けないといけないんだ!
『ありがとうございます。本当に、貴方はお優しい方です……』
おれの身体に流れてくる魔力。
これを無駄にしてはいけない。
おれは転移してダリオスの目の前に現れる。
そして……。
ダリオスの左腕が斬り飛ばされる、
「ぎゃぁぁぁぁああああ!!!!」
おれは容赦なく追撃を加える。
ハリスさん、絶対に貴女を死なせたりはしない!!
『思えば、初めて出会ったのはあの大森林でしたね……』
ハリスさんの声が聞こえて来る。
そうだ。
おれはあの時、ハリスさんのおかげでカイル父さんやハンナ母さん、そしてサラと家族になることができた。
『懐かしい日々です……。貴方に懐く私を、よくティルが引き剥がそうとしていましたね』
ハリスさんがおれに懐く?
それにティル……?
防御魔法で身を守ろうとするダリオス。
だが、こんな所で無駄な時間を使うわけにはいかない!
おれは防御魔法ごと魔剣で叩き斬る!
そして防御魔法が破壊され、ダリオスの身体を魔剣が切り裂く。
『カタリーナ様、ララお姉様、それにテオにも可愛がってもらいましたね。私の方が長く生きていたはずなのに、みんな私を子ども扱いをして……。あの頃は、楽しかったな』
もしかして、ハリスさんはかつての七英雄たちとの思い出を語っているのか。
「クソやろうがぁぁああ!! 調子に乗るな!!!!」
ダリオスが魔剣に全魔力を込めて渾身の一撃を放つ。
おれも真っ向からそれを受けて立つ。
魔剣に魔力を注ぎ込んでそれを振り抜いた。
どうしてだろう、涙が止まらない……。
ハリスさん……おれ……。
『ニーア様……。私、貴方と過ごした王国をずっと一人で守ってきたんですよ。最後くらい、頭をなでて……褒めて欲しいな……』
おれとダリオスの魔剣が交わる。
そして、勝負がついたのだった……。
◇◇◇
ダリオスが倒れ、戦いが終わったことでおれはハリスさん融合を解除した。
既にハリスさんの身体からはどんどんと魔力の光が拡散していって、姿は薄まっていた……。
「ごめんなさい……おれ、ハリスさんを、守れなかった……」
おれは涙を流して彼女に謝罪する。
結局、また大切な人をおれは守れなかった……。
座り込むおれの膝にハリスさんが横になっている。
まるで、ひざ枕をしているかのような状態だ。
おれのせいで死ぬというのに、ハリスさんの顔は安らかなものだった。
そして、クスリと笑う。
「それでも王国は護れましたね……」
おれはハリスさんの言葉に頷く。
ハリスさんのおかげで国王は護られた。
だけど……。
ハリスさんが弱々しく手を伸ばし、おれを頬に触れた。
そして、涙を拭いてくれる。
「きっと……また巡り逢えます。その時は、また私を守ってくださいね」
ハリスさんの魔力がどんどん弱まってゆく。
もう、ハリスさんに残された時間は……。
「はい! 絶対にハリスさんを守れるくらい強くなりますから……だから!!」
おれはハリスさんを抱きしめる。
この時、ハリスさんは優しく微笑んだ気がした。
「あぁ……ありがとう。あなたに出会えて……わたしは幸せだった……」
そう言い遺し、ハリスさんはゆっくりと目を閉じて静かに消えていった……。
宙に舞う光が静かに天に登ってゆく。
「ハリスさん……ありがとう。ハリスさんのこと、おれ絶対に忘れないから……」
おれは静かにそうつぶやいた。
彼女のおかげで王国は救われた。
そして、おれたちも……。
おれはさっきまでハリスさんがいた自分の腕を見つめ、彼女への想いに浸るのだった。




