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156話 アルゲーノの決意(2)

  ネル=ハイリース。

  おれの勝ち続けなければならない人生において最大の関門となる存在だ。


  最初は同じクラスでも全く印象に残らない女だった。

  しかし、授業がはじまるとメキメキと力を付けて頭角をあらわすようになる。


  おれたちのように王族、貴族に生まれた人間と違い、庶民の家に生まれた獣人の彼女は剣術や魔法に触れる機会がなかったのだろう。

  入学して数ヶ月でおれと並ぶ実力者になっていた。


  ネルは魔力量こそエルフ並みにあるものの、それを上手く扱えていない印象を持った。

  座学では家庭教師を長年付けてきたおれが圧倒的に上だったが、既に剣術でおれに匹敵する実力になっていた。

 

  ネルが魔法の扱いに慣れたとき、その圧倒的なまでの魔力を制御できたとき、おれはネルに勝てなくなるのだろう。

  今のまま卒業を迎えれば魔法の実力からしておれが主席を取れる。

  おれはネルが覚醒するのが怖くなって彼女にちょっかいを出すようになった。


  「ネル、一緒に剣術の模擬戦をしないか?」


  ネルに魔法への興味を持たせてはダメだ。

  獣人らしく剣士を目指していればいい。

  そうすればおれの主席は確約されたようなもの。


  だが、ネルはそんなおれの誘いをいつも断ってきた。


  「剣術? ごめん、興味ないわ。他を当たって」


  他の誰かじゃダメなんだ!

  それでもおれは諦めずに毎日のように誘う。


  最悪剣術なら多少彼女に劣っていても問題ない。

  魔法と剣術なら実践において魔法の方が重視されている。

  剣術でネルに勝てないと思うようになったら、その時は直接剣術のみで戦わなければいいだけだ。

  とにかく、負けることなど許されない。


  だが、毎日のようにネルに話しかけていたため、彼女に誤解されることになる。


  「何よ、毎日毎日しつこいな……。もしかして私のことが好きなわけ?」


  ネルのことが好き?

  そんなことあるはずがない。


  お前に負けたらおれは殺されるかもしれないんだ。

  おれがお前のことを好きになるなんて……。


  だが、おれはこの言葉にモヤモヤとしていた。


  おれには許嫁(いいなづけ)がたくさんいる。

  父親であるダリオスに媚びる貴族たちの娘が仮にではあるがおれと婚約状態にある。

  王族であるおれは何人もの妻をめとることができる。

  正直、大してよく知らない女ばかりだし愛情などこれっぽっちもない。


  だが、ネルのことは毎日考えてしまっている。

  それに彼女のことを考えているとドキドキするのも事実。

  これが恋心というものなのか……?


  恋をしたことのなかったおれは、この胸の苦しさが恋によるものなのか死を実感してしまうからなのか区別ができていなかった。


  「わからない……。好きなのかも……しれない」


  おれはネルにそう告げた。

  彼女の目を見ることなんてできなかった。


  人生で恋をしたことなんてないおれはもちろん告白だってしたことがない。

  恥ずかしさでいっぱいだった。


  そして、ネルはおれにはっきりと告げた。


  「マジで無理。自分の身分をわかってて言ってるの? 私、貴族とか王族って本当に無理だから!」


  ネルは怒鳴っておれを拒絶する。


  最初からこうなることはわかっていた。

  王族であるおれが獣人であるネルと結ばれることは絶対にない。


  獣人の女の子にこんな告白をすれば、奴隷として近くに置いておきたいと思われるか、変態性癖を持っていて獣人と遊びたいと思われるかだ。


  庶民なら獣人と結ばれることはありえるが、王族であるおれには絶対に無理なのだ……。


  それにクラスの貴族たちがネルをいじめているのをよく見かけた。

  才能を開花させた彼女に嫉妬をしているのかもしれない。

  とにかく、ネルは貴族だけでなく王族まで嫌っているようだった。


  ネルを特別だと思っていなかったおれは彼らを止めることはなかったが、これからはやめさせようと思った……。


  そして、翌日以降ネルをいじめている貴族たちをおれは注意するようになる。

  王子であるおれに逆らう貴族など誰一人としていない。


  これにより、ネルも段々とおれへの見方を変えてくれるようになった。


  「あんたは多少なりとも、まともそうなのね」


  おれはネルのこの言葉が嬉しかった。

  いつしかただのライバルではなく思い人になっていったのかもしれない。


  「ねぇ、あんたって基本属性以外の魔法を教わってたりするの?」


  ネルが珍しくおれに話しかけてくる。

  おれはこの事が嬉しくて興奮していた。


  「まだないけど、いずれは教わるつもりだよ! 王族直属の魔導師たちには氷属性や雷属性を使える魔導師もいるからね」


  おれは自慢げにそう話す。

  するとネルが羨ましそうなまなざしでおれを見る。


  「いいな〜、私もそんな魔導師たちに指導を受けてみたい」


  可愛げにそう語るネル。

  おれは迷わずにネルを王城に誘うことにした。


  「指導は難しいかもしれないけど、王城に来て魔導師たちに会ってみる? みんな優しくていい人たちばかりだよ!」


  この言葉にネルが笑みを溢す。


  「本当!? 私が行ってもいいの?」


  おれは首を縦に振る。


  こうしておれはネルを王城へと招いたのだ。

  だが、この決断がおれとネルのこれからを大きく変えてしまうことになる……。




  ◇◇◇




  ネルは王城を案内してあげたことで満足して帰っていった。


  特に、魔導師には並々ならぬ憧れがあったようでたくさんの質問をしていた。

  また、テオ様の残した国宝にも興味を持っていたようだ。


  満遍の笑顔で帰っていったネルを見て、おれも胸がいっぱいだった。

  少しずつ彼女と縮まっていく距離と関係に一喜一憂しながらおれはネルを見送った。



  そして、その夜おれは再びダリオスに呼ばれたのであった……。



  ここに呼ばれたのはレイに敗北した時以来だ。

  おれの中にトラウマが甦る。

  また何か言われるのではないかと……。


  そして、おれは静かにダリオスの言葉を待った。


  「お前、獣人の女をここに連れ込んだらしいな……」


  おれは背筋が震える。

  どうやらネルを王城に呼んだことについて言及されるらしい。


  「はい……ぼくが招待しました……」


  答えた瞬間、おれの腹部をダリオスの剣が貫いた。



  「ぐわぁぁぁぁああああ!!!!」


 

  おれは痛みで床に転げ回る。

  腹部が熱い、そして痛みがギシギシと伝わる。


  流れ出る血液。

  おれは死を覚悟した。


  『本気でやるやつがあるのかよ』


  「構わん、状況判断ができないこいつはおれの計画に不必要だ」


  ダリオスと何者かの声が聞こえた気がした。



  まだ……死にたくない……。



  生きるためなら、おれはなんだってしてやる。



  だから……まだ……。



  そして、完全におれの意識が遠のいたのであった。




  ◇◇◇




  目覚めた時、おれの腹部に剣は刺さっていなかった。

  出血もしていない。


  おれはダリオスの部屋に転がっていた。

  そして、目の前には暴君ダリオス。


  おれは彼を見た瞬間、震えが止まらなかった。

  そして、彼の口から驚きの言葉が語られる。


  「お前、レイ=クロネリアスだけでなく、あの女にまで魔法で負けそうなんだってな。それなのにくだらん感情を持ちやがって……」


  ダリオスは間違いなくネルのことを話している。

  どうして、どうしてダリオスはそんなことまで知っているんだ?

  まるで、おれの心を読んだかのように……。


  ダリオスはおれの頭を片手で掴む。


  「勝ち続けろ。世界の王となるために……」


  頭に何かが流れ込んでくる。

  ダリオスの言葉とともに、おれの頭には様々な情報が流れ込んだ気がした。



  そして、おれの中にもう一つの人格が作られたのであった……。



  ——賢者テオこそが至高の存在——


  ——獣人を憎み、人間を尊べ——


  ——おれは王の中の王へとなるのだ——



  「クックックッ……。おれが永遠の時を生きるため、お前には器になってもらわないといけないんだ。くれぐれも、至高なる王として愚劣な振る舞いは控えよ」


  ダリオスの言葉が聞こえない。

  耳には入ってきてはいるが、おれの頭には入ってこない。

  そして、おれの口が勝手に動く。


  「はい。かしこまりました父上殿」


  そして、おれはダリオスの操り人形としてしばらくの間過ごしていくことになる。




  ◇◇◇




  段々ともう一人のおれに支配される時間も少なくなった。

  今のおれにならわかる。


  きっと、ダリオスはおれを刺した時に記憶を盗み見たんだ。

  そして、回復魔法で何事もなかったかのように工作した。


  なぜおれが刺されたのかはわからないが、ダリオスが獣人を迫害する法律を作っていっていることから彼は獣人が嫌いなのかもしれない。

  それで獣人であるネルを呼んだことに怒ったのだろうか?


  とにかく、ダリオスはいまだにおれがもう一つの人格に支配されていると思っている。

  だが、それはあながち間違いではない。


  現におれはもう一つの人格によって、本当の自分まで見失いそうになっている。


  余計なことをすればダリオスにバレて殺されるんだ……。


  おれは恵まれた家系に生まれた。

  剣術の才能だって魔法の才能だってある。

  女の子にだって困ることはないし、金や食べ物に困ることもない。


  ダリオスに操られているフリをしていれば、やがておれは大国の王になれる。

  多少の獣人が苦しもうが死のうがおれには関係ない。

  おれにとって、おれ自身が生き残って幸せになれることが一番じゃないか……。


  だからこそ、アベルに初めて会った時は胸くそ悪かった。


  『お前はセアラのことをどう思っているんだ?』


  初めて会った時にアベルに問いただしてみた。


  『おれが命をかけられる何よりも大切な存在だ』


  セアラに対してアベルが思っていること。

  こんなの嘘に決まっている!


  誰だって自分のことが一番可愛いんだ。

  自分の命をかけてまで好きな女を守るだなんて理解できない!


  おれがダリオスの操り人形となった翌日から、おれはネルを遠ざけた。

  当時、おれは好きだったネルではなく自分の身を優先した。


  そして、ダリオスが介入したのかもしれないが、教師の一部がネルに対して冷たく接するようになった。

  ネルだけ授業カリキュラムが変わったりすることもあった。


  だが、おれはそんなネルに手を差し伸べなかった。

  結局、好きな女より自分の命が優先するべきなんだ。



  そのせいかわからないが、ネルは段々とおかしくなっていった……。



  アベルの言葉は、昔のおれを責めているように感じた。

  そして、アベルはおれが見捨てたネルと仲良くしている。


  セアラにしても、ネルにしてもおれへの当てつけなのかと思った。


  『くっ……。ふんっ、言ってろ! お前はいつか現実を知ることになるんだからな』


  こいつだっていつかセアラを見捨てて自分を優先させる時が来る。

  無知なこいつは何も知らないだけ。

  そう思っていた……。



  だが、アベルはその言葉の通り命をかけてセアラを助けにきた。

  おれがどうあがいても勝てないレイと戦い、人類では戦いにすらならない上位悪魔とだって最後まで諦めずに戦った。


  今だって、セアラを助けるためにハリス様と協力してダリオスと戦っている。

  それなのにおれは……。


  『アル、テオ様は七英雄様たちの中でも一番戦闘に向いていなかったそうだ。戦いの中で何度も何度も自分の弱さを悔やんだそうだ』


  お祖父様、おれはテオ様という英雄の血を引く者なのですよね。


  『私たちはそんなテオ様の血を引いている。これは誇るべきことだ。我らの中には偉大な英雄の血が流れているということを。しかし、決して(おご)ってはいけない。この違いがわかるか?』


  お祖父様、今ならおれにも少しだけわかる気がします。


  どんなに弱くとも、無力でも……。

  大切な人たちのためならおれ、戦える気がするんです!



  テオ様がおれに、巨悪と戦う勇気をくれるんです!!



  おれはテオ様の末裔として誇れる人生を歩もうと思います。

  損得ばかりに気を取られ、大切なモノを忘れていました。


  「闇の壁(ダークウォール)!!」


  アベルが防御魔法を発動する。

  だけど、これだけじゃダリオスの攻撃は防げない。


  ここでおれが加勢すれば、ダリオスを完全に敵に回すことになる。

  だけど、もう後悔しない!



  アベル、お前はテオ様を血を引く本物の英雄だ。

  おれも、お前のようになりたい。

  だから……。



  「氷の壁(アイスウォール)!!」



  おれも防御魔法を発動してアベルを補助する。


  今度こそ、おれは守ってみせるんだ!


  大好きなセアラのことも。

  あの日、守れなかったネルのことも。


  テオ様の血を引くおれになら、それがきっとできるから!!

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