124話 英雄に憧れた少女
今回はネル視点の話です。
今まで語られなかったネルの過去、そして彼女の夢に関するお話です。
私がかつて暮らしていた村はカルア王国の中でも東側の果てに位置する辺境地にあった。
そこは獣の特徴を持つ獣人たちの中でも、猫の特徴を持ったミケーネ族の村だった。
小さい村だったがみんなが仲良く暮らしている幸せな村だったと思う。
そんな村で私は両親を合わせて三人で仲良く暮らしていた。
私がまだ小さかった頃に、大好きだったお母さんが聞かせてくれたお気に入りの話があった。
それは800年前にあった魔族の人間界侵攻、そしてそれに立ち向かった七英雄様たちのお話だ。
まだ幼かった私は七英雄様たちのその強さとカッコよさに憧れていた。
そして、いつか私も七英雄様たちのようになりたいと思っていた。
特に私は、後にカルア王国の国王となった賢者テオ様が大好きだった。
彼の使う雷属性魔法は当時世界最強の雷属性魔法であり、その魔法を使って数々の魔族を滅ぼしたらしい。
私はそんなテオ様に憧れて魔法使い——いや、賢者になるのが夢だった。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった……。
雷属性魔法は基本属性の魔法ではないため、扱える者は精霊を含めて人間界にはほとんどいない。
つまり、スキルで『魔法使い(雷)』を持っていたとしても教えてくれる者がいない上に、自分で学ぶことも難しいのだ。
それに、もちろん私は『魔法使い(雷)』を持っていなかったし、何より私は獣人だった。
獣人は人間やエルフに比べて優れた身体能力がある代わりに魔力操作や魔力制御の能力が極めて低い。
魔力量はエルフよりは少ないが、それでも人間と同じ程度はある。
つまり、純粋に魔法で戦う魔法使いではなく魔力を剣に纏った剣士に向いているのだ。
七英雄様たちの中でも英雄騎士に憧れているのならばそれでいいのかもしれないが、私がなりたかったのは賢者なのだ。
雷属性魔法に対する希望もなければ、獣人という種族が賢者になることを拒んでいるようで悔しかった。
獣人であることにそれほど誇りはなかったけれど、それでも獣人であることを恨むこともなかった。
もしかしたら、私は獣人でありながら賢者になりたかったのかもしれない。
かつて、800年前に七英雄様たちのお役に立てなかったことが獣人として悔しかったのだと思う。
だとすると、気づかなかっただけで私は獣人としての誇りを持っていたのかもしれない。
——英雄となり歴史に名を刻みたい——
テオ様が築いたカルア王国に獣人である私が賢者として名を馳せて王国の平和を守るのだ。
それはきっと素敵なことだし立派なことだ。
私はテオ様が創設した魔術学校の存在を知ると両親に頼んで通わせてもらうことにした。
学費も生活費も高かったが二人は私の夢を応援して借金をしてまで学校に通わせてくれた。
本当にありがたかった。
私は将来、絶対に親孝行することを誓ってカルア中等魔術学校に入学した。
◇◇◇
しかし、そこで待っていたのは私の想像を絶する現実だった……。
まず、私の知っていた物語に出てきていたような人間はこの世界に存在しなかった。
傲慢で自分勝手で、七英雄様たちのうち六人が人間であるということで自分たちまで神格化して獣人たちを奴隷のように扱おうとする者。
そして、テオ様の血を引くという王族や貴族でも、その血統から選民思想を持ち他を見下している者。
心に留めて置くだけでなく、彼らは私たち獣人に対して明らかに人として扱おうとする意思はなかった。
それに対して反発する獣人も少しはいたが、彼らの意見に納得してしまい軍門に降って付き従う合う獣人たちも多かった。
七英雄様たちは人間だけを守るために魔族と戦ったわけじゃない。
人間界に住む全ての種族のために命をかけて戦ったのだ。
しかし、今を生きる人間たちにその意識はないようだった。
『獣人たちは先の戦いに参加しなかったのだから人間たちに敬意を持って命ある限り尽くせ!』
そんな意識が彼らの根底にあるように感じた。
そしてそれはこの王国の法律などの制度を知っていく中でも感じたことだった。
私は学校内で関わる、獣人を見下す人間にも人間に媚びへつらう獣人にも反発した。
やがて私は孤立していき誰も私に近づかなくなった。
だが、あんなやつらに関わるのなんてこっちから願い下げだった。
さらに私は授業においても絶望した——。
私が獣人であるからなのかはわからないが、魔法や魔術の授業より剣術の授業の方が多く組まれていた。
さらに、世界最高峰の教育機関だというのに基本属性ではない雷属性について教えてもらうことはできなかった。
それは私が人間の魔法使いだとしてもそうだったらしい。
雷属性魔法の研究は教師たちの中で行われているが、授業として生徒たちに教えることは高等魔術学校に進学してもないそうだ。
学びたければ研究者になるか、雷属性魔法を使える精霊を自分で探して教えてくれるように説得するしかないという。
やがて、私は何をするために学校にいるのかがわからなくなっていった……。
そして、気づけば中等魔術学校での生活も三年生を終えようとしていた。
CクラスかDクラスに内部進学できるだけの成績はあったが私は卒業したら冒険者になろうと思っていた。
高等部に進学してもテオ様のような賢者にはなれない。
それに、こんな腐った王国の王族や貴族のために働く役職に就くのなんて嫌気がさしたのだ。
両親に借りた分のお金を返すために冒険者になろう。
そう決めていたときだった。
「はじめましてネルさん。私は高等部の教師であるドーベルと申します」
私に会いたいと言ってきた高等部の先生がいるということで二人きりで会うことになったのだ。
「はじめましてドーベル先生。何のお話かはわかりませんが私は高等部に進学する予定はありませんよ」
本当は会いたくなかったのだが中等部の先生が会って欲しいとうるさいかったからこの場を設けたのだ。
このドーベルという男は中等部でも噂があった。
進学予定のない中等部にいる問題児と劣等生を高等部のFクラスにスカウトして集めているという噂だ。
剣士としての実力はあるが対人関係にも授業態度にも問題がある私をスカウトしに来たのだろう。
ただでさえ高等部に魅力など見出していないのにFクラスだなんてもってのほかだ。
さっさとこの場を終わらせて帰りたい。
「聞きましたよ。獣人でありながら魔法使いに憧れているとか……。さらには雷属性魔法に興味があるんですってね」
ドーベル先生は私を見つめてそう話す。
「えぇ、悪いですか? でも、もういいんです。高等部でもそれは教えてもらえないようですし、私を魔法使いとして育ててくれるカリキュラムじゃありませんから!」
私はきっぱりと言い切る。
お前らの教育には何ひとつとして魅力を感じないと。
するとドーベルという男は笑いながら語りはじめる。
「確かに今の教育制度では貴女の望む授業を受けることは不可能でしょう。しかし、授業外ではどうですか?」
この男は何を言っているのだろうか?
もしかして、授業外で一人で魔法使いを目指せと言っているのか?
だとしたらこいつは教師とは思えないバカだ。
「そんな顔をしないでください。実は来年おもしろい生徒が外部からFクラスに入学してきます。私が直接面接して彼を獲得しました」
ドーベル先生はニコニコと笑いながら楽しげに話す。
外部からFクラスに来る?
なんて哀れな子なのだろう。
せっかくカルア高等魔術学校に入学できたのにFクラスだなんて。
「彼ね、召喚術師で一度に30人ほどの精霊を召喚したんですよ。しかも、魔石を使わずに2秒でね」
「ぷっ……」
私は思わず吹いてしまった。
何を言い出すかと思ったらそんなありえない嘘を。
「彼なら雷属性を操れる精霊を召喚できると思うんですよね。それにあの魔力操作と魔力制御は世界一でしょうね……」
「私をFクラスに引き入れたいからってそんな嘘を付くんですか!? 教師として、いいえ人間として最低ですね!」
私はドーベル先生を罵倒した。
高等部を受験しに来る15歳の子どもが魔石を使わずに2秒で精霊を30人も召喚?
私ですらもっとマシな嘘がつける。
こんな嘘で私を引き抜こうなんてこいつは最低な教師であり最低の人間だ。
だが、ドーベル先生は話すのをやめなかった。
「彼はヴェルダン家の人間でしてね。しかも、自分がテオ様の血を引いていることを面接しているときに知るほどの世間知らずなんです。貴女が嫌う人間とも違うタイプだと私は思いますよ」
ヴェルダン家……?
あそこはマルクス大臣のいる家系だ。
確かにヴェルダン家は賢者テオ様の血を引いている。
だが、ヴェルダン家に跡取りがいるなんて聞いたことがない。
「私の話が嘘だと思うなら入学して自分で確かめてみればいいでしょう。ここに契約書があります。魔道具の一種であり、私が契約したという確かな証拠になります」
私は渡された魔道具の書類に目を通す。
それは驚きの待遇だった。
まず、私が高等部での生活に満足できなかったとしたら、三年間通った中等部での学費分と高等部への入学金の免除、退学までにかかった高等部の授業料、そして違約金としてさらに数年は王都で暮らせるだけが支払われるというものだった。
「こんな契約していいんですか?」
こんなの私にとって損はない。
それに、もし仮に彼のいう規格外の召喚術師がいたところで申告制の契約なのだから私が満足していないと嘘をつけばいいだけの話だ。
そうすれば私はお金が手に入り両親にも恩返しができる。
「えぇ、絶対に貴女は満足してくれると信じていますからね」
こうして私はドーベル先生との契約書にサインをして高等部のFクラスに進学することにした。
◇◇◇
Fクラスに現れたヴェルダン家の人間アベルは最初は頼りなさそうだった。
獣人のケビンに怯えているし、授業中は寝ているかレポートを書かされているか。
それよりも彼の義理の姉であるセアラという女の子の方が外部進学でAクラスに入学するという肩書きから私は興味を持った。
だが、確かにドーベル先生の言葉に嘘偽りはなかった——。
アベルは私が嫌う権力や肩書きを振りかざして獣人や劣等生たちをバカにすることもなければ、私たちの夢を聞いて笑うこともなかった。
彼はここにいる誰よりも努力して、誰よりも強い信念を持って魔法に取り組んできていた。
そして、それに見合うだけの実力を持っていた。
そんな彼が私の夢を叶えるきっかけを与えてくれた——。
ライトと出会えたことで、結果として彼は私に雷属性の魔法を授けてくれた。
一寸先すら先の見えない暗闇にいた私を光あふれる場所へと連れ出してくれたのだ。
——もう私は立ち止まらない——
あの頃のように種族のせいにして夢を諦めることも学校のせいにして夢を諦めることもしない!
ただ、純粋な気持ちで憧れた賢者になるために突き進んでいくだけ!
夢を諦め、くすぶっていた日があった。
何もかも投げ出して逃げ出した日があった。
他人との関わりを拒んで孤独になった日があった。
もう二度と、魔法なんて見たくないと思った日があった。
だけど家族が、先生が、仲間が、友だちが、こんな私を支えてくれたから、こんな私でも応援してくれたから、私はもう一度自分の足で歩こうと思えた。
もう一度、憧れに挑戦してみようと思えた。
これから歩んでいく道はけっして楽な道ではない。
誰しもが憧れるその英雄の頂は果てしなく遠く、そして厳しいものだ。
でも、きっと今の私なら大丈夫。
いばらの道を一歩踏み出そう。
さぁ、英雄ネルの物語を今はじめるの!




