92 帰還
「レル――」
「マスター! まだです!」
突然身体が下に引っ張られる。重力……ってよりは強力な磁石みたいな。必死に足をバタつかせてみるがレルアと手が離れる。
「くっ……」
「わ、ぉ、ぁ」
腰から勢いよく地面に着地。レルアと違って優しさの欠片もねえ。まさに天国から地獄へって感じだ。
「させねえ、っつったろ?」
「ああ……はは」
首筋に剣を突きつけられる。冷や汗がヤバい。指一本でも動かそうもんならこのまま首刎ねられそうだ。
「マスター!」
「宮廷筆頭騎士の名において命ず――起動せよ!」
ローレンツは、急降下してくるレルアに向かって魔術結晶をぶん投げた。が。
「――解呪!」
術は空中で霧散する。
「チッ、俺の給料何ヶ月分だと思ってやがる!」
「痛っ」
強引に肩に担がれた。はははレルアと追いかけっこか? 秒で追い付かれるぞ。
「仕方ない、死んでくれるなよ――麻痺」
『天の羽衣により状態異常:麻痺を無効化しました』
ローレンツが俺を放り投げて剣を抜く。いいのか? 麻痺無効化しちゃったから逃げられるぞこれ。いやー、持ってて良かった天の羽衣。
魔力も回復してきたし、記憶が戻った今なら転移も使えそうだ。
なんなら早速――いや、ダメだ。ダメだった。
レルアに、ここにいる全員の記憶を消してもらわないと。少なくともルファスの記憶は。
もしユネが裏切り者として処刑されるとかなったら後味悪くてたまらん。
(レルア、戦闘中にすまん。ここから城の中までの全員の記憶を一日分だけ消すことってできるか?)
(……不可能ではないですが、少し時間が)
念話が途切れる。見れば斬り合いでレルアが若干押されていた。天使と互角以上にやり合うってマジかよ。本当に人間かあいつ?
遅延でも撃ってみるかね。いや間違ってレルアに当たったら悲惨なことになる。
何かで隙を作るだけでいい。直接当てなくても方法はあるはずだ。
――例えば、地面を割るとか。
(レルア、俺の言うタイミングであいつと距離を取ってくれ)
(了――解です)
少し見ていてわかったが、ローレンツの斬りこみには特徴がある。特徴ってか、弱点か。
恐らく剣に一時的な属性付与をしていて、それが切れるタイミングで一瞬だけ後ろに下がる。ほんの一瞬だけ。
そのタイミングで距離を取れれば、確実にローレンツだけを沈められる。はずだ。
見る限りでは属性付与の持続時間は大体十五秒。ちなみにこれは全部勘だし、もし誘われていた場合まんまと相手の策にハマることになる。が、これ以外に思い浮かばん。
次のバックステップから数え始める…………三、二、一、
(今だ!)
「――穿空! からの――」
ローレンツを中心に大穴を空ける。悔しそうにこっちを睨んでいる、ように見えるがまだ油断はできない。まあ少なくとも今、空中では碌に身動きも取れまい。
「遅延!」
今度こそ真正面から食らったはずだ。動きはスローになってる。残像とかでもなさそうだ。成功だな。成功だよな。
(レルア、忘却を頼む!)
(術式を構築します、暫しお待ちを)
「――土壁!」
レルアが分厚い土の板で大穴に蓋をする。人間離れしているとは言え、下まで落ちればしばらくは戻ってこれないだろ。
「いたぞ侵入者だ!」
「し、しかしローレンツ卿は?」
「いらっしゃらないなら我々で相手するしかないだろう! 行くぞ!」
やれやれ一生湧き続けるな。ここの座標は兵士のポップ場所にでも指定されてんのか?
「マスター!」
「ああわかってるって、時緩――減速!」
「え――」
レルアが少し驚いた顔をしている。あ、もしかして下がれって意味だったか今の。まぁ一般兵士くらいなら余裕だから安心してくれよな。
(構築完了。発動します――)
「忘却!」
庭も含めた城全体が、薄い灰色のベールに覆われていく。
スローになっていた兵士たちも、減速が溶けた先から意識を失って倒れ始めた。
「よし、もう良さそうだな。レルア、転移で逃げるぞ!」
「了解です、マスター」
土壁で張った板が何やらガタガタいってるが、まさかローレンツには忘却効かなかったのかね。……まぁ一人くらい気にする必要もないか。
「「――転移!」」
「くそ……!」
''遅えんだっつの''。今更出てきたところで間に合わん。じゃあなローレンツ。
開きかけた穴を眺めつつ、青い光に包まれる。いざ、懐かしき我が迷宮へ。
*
「おー……」
迷宮街は相変わらず賑わっていた。数日ぶりくらいだってのにマジで懐かしく感じる。
「む、やはりマスターか! その様子だと記憶も戻ったようだの」
綿あめ片手に走ってくるのはリフィスト。
「ああ、お陰様でな。助かった」
「我は何もしておらん。礼ならそこの上級天使様に言うべきよな」
ああ、それもそうだ。結局ちゃんと言えてなかった。
「ありがとう、レルア」
「い、いえ。当然のことをしたまでです」
ちょっと照れてる姿も可愛いなあ。こんな可愛い子を忘れるとかどうかしてるぜ俺。
「そういや、今迷宮は誰が管理してんだ?」
「ゼーヴェに任せています。残った聖騎士――ハルティアはシレンシアへ戻りました」
「ああ、そういやあの人残ってたんだった。あの後どうなった?」
「実は――」
なるほど、アルデムがね。なかなかやるじゃんお爺ちゃん。ハルティアもかなり強い方だと思うが、どうやって倒したんだろ。あとで聞いてみよう。
カインはまた死んでるらしい。もうあいつボーナス層のボスとかにするか。死んでるときはいないが、生きてたらめっちゃ強いタイプのボス。目覚めてすぐアイラに殴り掛かるのをやめさせないとな。
「マスター、お帰りなさい! 元気そうで嬉しいわ!」
迷宮入口前でリフェアに会う。客引きは上手くいってるっぽいな。今度マカロンとかあげよう。
「おうリフェア。今思えばあの影はリフェアのやつだったんだな。ありがとよ」
「お礼を言われるほどではないわ。でも、でもねマスター……」
何やらもじもじしているリフェア。
「少しでも役に立てたなら、その……あ、頭を撫でてくれないかしら」
「おー、お易い御用だ。よーしよしよし」
いろいろ若干アブないなとか考えつつも思いっきり撫でる。大丈夫、これは近所のお兄さんポジ。俺は不審者ではない。
「っと、髪ぐしゃぐしゃになっちまったな。すまん」
「ううん、大丈夫! マスター大好き!」
「ふ、ふへへ。嬉しいよ」
腰に抱きつかれる。髪からふわっと広がる香りに失神しそうになった。俺はロリコンじゃないぞ。
あとなんか後ろの冒険者の方々からの視線が痛い。皆リフェアたん好きなんだな? その殺意でわかるよ。黒髪ロングが嫌いなオタクはいない(個人調べ)。
リフェアに手を振って城の裏へ。茂みの中の転移門を踏んで転移する。
「ロード! ご無事で……!」
「おかえり、マスター」
「おーっすゼーヴェにアイラ。留守番ありがとな」
ちょっと疲れた顔のゼーヴェ。もしやずっとモニタ見ててくれたとかじゃないよな。いや、普通にその可能性あるな。真面目だし。無理させてすまん。寝てくれ。
アイラも疲れてる気がするが、カインと一戦交えたばっかとかかね。なんか傷あるし。傷……遂に何発かもらうようになったってことか。負担増えてそうだし後で話聞いときたい。
「っふー……」
とにかく、だ。やーっと戻ってきた。やっぱここが一番落ち着く。このまま共有スペース――リビングのソファに座ってボーッとしたい気分だが、久々に迷宮の諸々も見ときたい。っていうか、それよりも。
「折角だしパーティーしようぜ、どうよ」
「賛成! 我はポテチを所望するぞ、童!」
「はは、勿論用意するさ。皆はどうだ?」
「マスターの帰還、これほど祝うべきこともないでしょう」
「……ケーキとか、食べたい」
賛成多数。っつーか反対意見なし。よしよし。念話でアルデム、あと外出てるリフェアとラビも呼ばないと。さーて派手にやるぞ派手に。
次回から第3.5章です。




